俺に正式な配属辞令が下りた。

「艦隊勤務だと思ってたのに、よりによって情報部所属か……水穂さんの部下ってのは分かるが、独立部隊ってなんだ?」

 情報部で独立って、諜報員でもやらせるつもりだろうか?
 自慢じゃないが、諜報活動など俺には全然向かない自信がある。この配属の理由が、さっぱり分からなかった。
 まあ、これも間違いなく瀬戸の指示なのだろうが、本当に何を考えているのか?

(何はともあれ、行ってみない事には何もわからんよな)

 そうして、俺は辞令書を持って以前に見学に来た事もある軍の施設に足を運んでいた。
 以前のように受付で手続きを交わし、情報部の部署がある区画を尋ねると、一際大きな施設へと案内された。

「ここより先は、お一人でお進みください。情報部の区画への立ち入りは、関係者以外は固く禁じられていますので」
「案内ありがとう。助かったよ」
「いえ、これが仕事ですから……あの、太老様。頑張ってください!」

 そう言って足早に立ち去っていく案内の女性。
 かなり恥ずかしがり屋のようで、ここに来るまで一言も喋らず、目も合わせようともしなかった。
 あんなにシャイで案内役が務まるのだろうか?

(おっと、いけないいけない)

 他人の心配をしている場合ではない。今日から、ここで働く事になるのだ。
 顔馴染みの水穂が上司とは言っても、ここは家ではなく軍だ。普段と同じような態度で、仕事に臨む訳にはいかない。
 生体認証、アストラルチェック、と強固なセキュリティで守られた重厚な扉を抜けると、そこには一つの転送ゲートがあった。
 どうやらこの先が、情報部の管轄エリアになっているようだ。

(……ゴクリ)

 この先に待ち受けているであろう新しい生活に思いを馳せて、息を呑み、緊張した面持ちで転送ゲートへと足を踏み入れた。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第30話『情報部へ』
作者 193






 ――パン、パパン!

『ようこそ、神木家情報部へ!』
「…………はい?」

 転送ゲートを抜けた先。そこで待ち構えていたのは、パーティークラッカーを手に持った大勢の女官達。
 見渡す限り女、オンナ、女性ばかり。一瞬、来る職場を間違えたか、と思うくらいそこは女の園だった。

「正木太老様ですね?」
「あっ、はい! 本日付でこちらに配属になった正木太老です! よろしくお願いします!」

 以前に見学の時に教わった慣れない敬礼を交わし、目の前の女官達に自己紹介をする。
 しかし、それがツボに嵌ったらしく、全員が何やら草食動物を補食した猛獣のように活き活きと目を輝かせて、俺を見詰めていた。

「ううん、やっぱり実物は全然違うわね。もう、抱きしめちゃいたいくらい可愛い!」
「あっ、ちょっと抜け駆けは狡いわよ!」
「緊張してるの? お姉さんが緊張をほぐしてあげようか?」
「そこも言ってる傍から!」

 本当に場違いな場所に来た気分だ。ここはどこだ? 本当に軍か? あの情報部か?
 正直、男一人だけ女子校に迷い込んだ気分だった。
 抱きしめたい、とか言いながら、既に胸を俺の顔に押しつけている女性。
 それに対抗するように前後左右、上からも迫られ、完全に逃げ場をなくしてしまった。

「ねえねえ、『正木の麒麟児』って呼ばれてるんでしょう? 物凄く頭が良いんだよね」
「それに、凄く強いらしいわよ。第七聖衛艦隊の闘士が手も足もでなかった、って」
「水穂様が夢中になるはずよね。彼が明日ここに来るって聞いて、物凄く張り切って部屋の掃除をしてたし」
「そう言えば、私も今朝方、訊かれたわ。こっちの服がいいか、それともこっちがいいか、って」
「あれじゃ、どっちが新任か分からないわよね」

 水穂が聞いたら、雷でも落ちそうな会話だ。
 しかし、水穂も俺がこちらに配属されるのを気にしてくれていたようで、少しほっとした。
 この配置も瀬戸の思惑なのだろうが、知り合いが居るのと居ないのとでは安心の度合いも大きく違う。
 ただ問題が一つだけあるとすれば――

(もしかして、男って俺一人なのか? まさか、そんな事ないよな……)

 かなり不安で一杯だった。男が一人だけなんて、ゲームやアニメの世界じゃあるまいし……ああ、そういう世界か。
 それは置いといて、実際には女ばかりの中に男が一人なんて肩身が狭い事この上ない。
 瀬戸の事だ。それも分かっていて、楽しんでやっていそうな気がするが……。
 瀬戸の直属ではなく、水穂の下という事で少し安心したが、この状況で仕事をするのは正直辛い。

「あの……出来れば、もう少し離れて欲しいんですけど」
「どうして? 大丈夫よ。お姉さん達が優しく……」
「優しく、何?」
「――ヒィッ! 水穂様!?」

 間に割って入ったドスの利いた女性の一声で、先程まで俺に詰め寄っていた女官達が、ザッと蜘蛛の子を散らすように身を退いた。
 水穂だ。何だか、物凄く不機嫌そうに黒いオーラを身体中から滲ませた水穂が、円を作る女官達の中央に立っていた。

「あなた達、仕事はどうしたの?」
「申し訳ありません! す、直ぐに戻ります!」

 その後は、素早いものだ。あれだけ大勢居た女官達が、水穂のプレッシャーに負け、あっと言う間に姿を消した。
 俺も、水穂の無意識に放つプレッシャーに気圧され、背筋に冷たい汗を流す。正直、息をするのも苦しいプレッシャーだ。
 これが、『瀬戸の盾』と呼ばれる水穂のもう一つの顔。仕事をサボってこんなところに居た部下達に、腹に据えかねていたのだろう。これだけでも、部下からも恐れられるほど仕事に厳格な事が窺えた。
 俺も馴れ馴れしくしていれば、彼女達の二の舞になりかねない。ここでは水穂は上官だ。ケジメはきちんとつけようと、気を引き締めた。

「水穂様! 先程は大変失礼をしました!」
「……え? ちょっと、太老くん?」
「改めて自己紹介をさせて頂きます! 本日付でこちらに配属された正木太老です! どうぞ、よろしくお願いします!」

 先程よりもビシッと決まったと思う。何事も第一印象が大切だ。
 ここで大ポカをやってしまえば、後にも引き摺る事になる。

「……ようこそ、太老くん。神木家情報部へ」

【Side out】





【Side:水穂】

「式典や公の場でもない限り、敬礼や畏まった言葉遣いなんかは、ここでは必要ないわ」
「え? そうなんですか?」
「瀬戸様を見れば分かるでしょう? ああいう方だから……」
「ああ、なるほど……そう言われると分かりやすいです」

 太老くんに『水穂様』なんて呼ばれた時は、心臓が飛び出るかと思うくらいに驚いたが無理もない。
 ここは家ではない。瀬戸様の私設部署とは言っても、仮にも軍だ。彼は公私の区別を、きっちりつけようとしてくれただけなのだろう。浮かれていた自分が恥ずかしい。
 あの娘達も悪気はないのだが、いつもああして何でも大きく騒ぎ立ててしまうのが悪い癖だ。
 瀬戸様がああいう方なので、今更それをあの娘達に求めても意味の無い事とは知りつつも、今回ばかりは苦言を呈せずにはいられなかった。
 尤も、大人気ない態度にでてしまった事は、私も反省すべき点だ。最初から彼には恥ずかしいところを見られてしまった。

「だから、その……いつも通り『水穂さん』でいいわよ。太老くんに『様』付けで呼ばれるのには慣れてなくて」
「そうですか? それじゃあ、遠慮無く『水穂さん』と、これまで通りに呼ばせてもらいます」

 太老くんに『様』付けで呼ばれるのが、あれほど効果があるとは思わなかった。
 あんな呼ばれ方を毎日のようにされれば、先に私の理性の方がどうにかなってしまいそうだ。
 絶対に、太老くんに『様』付けで呼ばせてはいけない、と固く心に誓った。

「でも、中は随分と広いんですね。ここって、外から見たのと随分違うような」
「外観は偽装なのよ。公的には、あそこが情報部の施設という事になっているけど、それはあくまで表向きの話」
「え? それって……」
「転送ゲートを通ったでしょ? あそこが分かれ道になっているの。本当の情報部の部署は、ここ水鏡≠フ中にあるわ」

 水鏡と、そして公的には存在しない事になっている私の船≠ェ情報部の活動拠点になっていた。
 水鏡の情報処理能力は、皇家の樹の中でもズバ抜けていて、第一世代を超えるほど優れたモノだ。
 その利点を最大限に活かすためと、もう一つは情報を隠すには外の施設を使うよりも、遥かに皇家の船の中の方が安全だという理由があった。
 経理部の活動拠点が、林檎ちゃんの船『穂野火』になっているのも、そうした理由からだ。

「あれだけ、大きな施設がブラフって……」
「そうしておかないと信憑性が薄いでしょう? ここで取り扱っている情報は機密に関わる重要な物が多いのよ」
「なるほど、他国の諜報員対策って事ですか」
「それもあるけど、これでも他の勢力に気を遣っているのよ?」

 目に見えない驚異よりも、目に見える驚異の方が人は誰しも安心が出来る。
 それがブラフかどうかが問題ではなく、存在を掴めているかどうか、対策を講じられるか否かが一番重要な問題となる。
 ある程度の情報と存在を示してあげる事で、他の勢力が抱える樹雷の脅威を少しでも緩和できれば、という狙いがあった。
 特に、瀬戸様の場合は敵も多いし、色々な勢力から恐れられている事もある。何もかも分からないでは、彼等の不安を煽るだけだ。

(それに、太老くんがここに配属されたのも、不要な情報の流出を避けるため――)

 情報部は、その存在の重要性故に、所属する職員はその末端に至るまで徹底した情報管理下に置かれている。
 他の部署に配属してしまった場合、太老くんの能力では目立ち過ぎる危険が高い。その点、ここならば例え凄い功績を挙げたとしても、それが表に出るような事は滅多にない。ましてや、個人情報などは尚更だ。
 情報部とは、海賊討伐などの表舞台で活躍する聖衛艦隊と違い、それを陰で支えるのが役目。情報を収集し、解析し、最小の力で最大の成果を挙げ、被害を少なくするために舞台を整えるのが仕事だ。言ってみれば日陰者だ。
 大切な仕事である事は確かだが、名誉や功績といったモノからは程遠く、余り世間からは評価がされにくい。だからこそ、太老くんの力と存在を隠すには向いていた。

「そう言えば、今日は船穂と龍皇は連れてきてないの?」
「水鏡は一緒ですけどね。動物を仕事場に連れてくるのもあれなんで、桜花ちゃんに預けてきました」
「動物って……」

 そう言って水鏡の指輪を見せる太老くん。
 瀬戸様がこの指輪を太老くんに与えてから、水鏡の情報処理能力が一割向上した、という報告があがっていた。
 指輪一つを与えるだけで、ストライキから一転、これまで以上に仕事の効率が向上しているのは確かだが、そう考えると水鏡の本当のマスターである瀬戸様は何とも言えない気分だろう。言葉には出してなかったが、あれは納得が行っていない顔だった。
 何れにしても、これも天樹の中に自由に出入りが出来るという、太老くんの力の所為だと考えられた。
 太老くんを情報部に配属した理由の一つに、実はそこも大きく関係している。事実、太老くんがより近くに居て嬉しいのか、水鏡の指輪はいつもよりも色濃く輝きを放っていた。

「ここが太老くんの部屋よ」
「……部屋って言うか、もう家なんですけど」
「前にも言ったでしょ? 士官待遇だって。太老くんは、私の補佐官という事になっているから、待遇もそれなりに高くて当然よ」

 情報部に与えられた居住区の一区画に、太老くん専用の士官室が用意されていた。とはいえ、太老くんが驚くのも無理はない。
 それは『部屋』と言うよりは、『小さな家』と呼んで差し支えのない物だったからだ。
 しかし、その待遇も無理はない。私や兼光小父様のような聖衛艦隊の艦隊司令クラスを除けば、瀬戸様の女官という立場は非常に大きなモノだ。時には聖衛艦隊の艦長として、そして大隊規模の闘士の指揮を執る事もある。彼はそれと同等、それ以上の価値があると認められ、ここにいるのだ。
 私の補佐とはいえ、彼に命令できるのは直接の上官である私を除けば、瀬戸様を置いて他にはいない。
 それだけでも、彼がどれだけ特殊な存在か分かるはずだ。

「こんなところを一人で使うのか……」
「一人じゃないわよ?」
「あ、やっぱりそうですよね。何かおかしい、と思ったんですよ」
「今日から、私もここを使うつもりだから」
「……え?」

 書類整理などの仕事をする時や、ここで寝泊まりをするのは任務で外宙航海に出る時くらいだが、それでもやはり太老くんを一人にするのは心許ない。こちらの生活には慣れてきた様子だが、仕事を覚えるまで時間が掛かるだろうし、先程の件もある。あの娘達に身の回りの世話を任せるのは色々と不安だ。
 その点、私は彼のこちらの保護者であり上官でもある訳だし、プライベートだけでなく、仕事の面でも生活を共にした方が何かと都合が良い。実のところ、士官室の中でも一番大きなこの場所を手配したのは、そうした思惑もあったからだった。
 それほど大きくはないが二階建てで、仕事に使う執務室も含めて部屋は五部屋ある。神木家の別宅ほどの広さはないが、これだけあれば二人で生活をするのに十分なはずだ。

「これから、よろしくね。太老くん」
「えっと……はい、よろしくお願いします。水穂さん」

 少し困惑した様子で、差し出された手を握り返す太老くん。
 彼が宇宙に上がり丁度一ヶ月。瀬戸様の部下として、私の補佐官としての生活がこうして始まった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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