【Side:阿重霞】

「太老が宇宙に上がってもう三ヶ月か……何やってんのかね? アイツ」
「寂しいんですの? 何だかんだ言って、魎呼さんも気になってるんじゃないですか」
「なっ!? あたしは別に太老の事なんて……弄る相手がいなくなって少し物足りないだけだよ!」

 魎呼さんのこういう素直じゃないところは相変わらず可愛げがない。気になっているなら気になっている、と素直に白状すればいいものを。
 太老さんがお祖母様に連れられて宇宙に上がり、もう直ぐ三ヶ月が経とうとしていた。
 私も魎呼さんのように気になっていない訳ではないが、鷲羽様の元に毎月届けられているお祖母様からの経過報告で元気にしている事は分かっていたので、それほど心配はしていなかった。

(太老さんをどうこう出来る相手なんて、そうはいませんものね)

 鷲羽様に育てられ遥照お兄様に鍛えられ、勝てないまでもあの歳で魎呼さんと正面から戦えるほどの実力を既に有している太老さんだ。そこらに転がっている有象無象の犯罪者如きに後れを取るはずもない。
 その上、お祖母様はああいう性格でいらっしゃるが過去に次期樹雷王として推挙されたほどの実力者。樹雷の裏の最高権力者と呼ばれる御方だ。
 それにお祖母様の副官をされている水穂様が、太老さんの宇宙での生活をサポートしてくださっている、という話を耳にしている。
 そんな方々が後ろ盾として控えているのに、心配な点などあるはずもなかった。
 まあ、家族同然に育った弟のような少年がいなくなって、寂しいという気持ちなら私にも理解できる。

「魎呼さん、お酒は程々にしてくださいね。最近、酒量が増えていると砂沙美ちゃんが心配していましたよ」
「うっ……分かってるよ」

 ノイケさんに注意され、とてもバツが悪そうな表情を浮かべる魎呼さん。
 この家の台所を預かる砂沙美とノイケさんには、流石の魎呼さんも余り強く出る事は出来ない。
 しかし、それは私も同じ。食を握られているという点で、頭が上がらないというのはお互い様だった。

「そう言えばノイケさん。お義姉(ねえ)様≠ニ一緒に帰っていらしたんですわよね?」
「ええ。天女様なら帰ってこられてから、ずっと鷲羽様と一緒に工房に籠もられていますよ」

 龍皇の本体が勝手に出歩いた事には驚いたが、あの子は特に太老さんに懐いていたので分からなくもない。
 それに余り細かい事を気にしても仕方がない事を、最近では完全に悟っていた。それが精神衛生上、一番賢い方法だという事に気付いたからだ。
 太老さんとの上手い付き合い方は、滅多な事で驚いたり反応しない事だ。この家の人間は皆、その辺りの事は心得ていた。
 そして、ノイケさんと一緒に帰省なされたお義姉様。
 ずっと鷲羽様の工房に籠もっておられるという話だが、お二人で何をされているのか、少し気になっていた。
 食事も砂沙美やノイケさんが運んでいるようだし、居間にも全然顔を出されないからだ。

「ん? そういや、美星の奴も見ねぇな」
「あら、そう言えばそうですわね」

 どれだけ任務があっても、必ずその任務の合間に時間を作って定期的に家に帰ってくる美星さんだが、ここ十日ほど魎呼さんの言うように姿を見ていなかった。
 何か大きな事件でも抱えているのだろうか?
 と二人して首を傾げる。また、妙な事になっていなければ良いのだが……望みは薄いだろうと思う。

「美星なら九羅密家の公務で留守にしていますよ」
「ああ……そういや、一応あいつも良いとこのお嬢ちゃんだったんだよな」
「魎呼さん、一応は余計ですわよ」

 魎呼さんの言いたい事は分からなく無いが、ああ見えても美星さんは歴とした九羅密家の御令嬢だ。

「皆さんにご迷惑を掛けていなければ良いのですが……」
「いや、無理だろ……美星だぜ?」
「まあ……心配するだけ無駄でしょうね」

 深く溜め息を吐くノイケさん。
 魎呼さんの言うように、私もその心配はするだけ無駄だと思っていた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第50話『女難の前触れ』
作者 193






【Side:太老】

「太老ちゃんの事は手紙で知っていたから、一度会ってみたいと思っていたのよ。嬉しいわ。こうして会えて〜」
「その手紙の内容が物凄く気になるところですけど……こちらこそ、お会い出来て嬉しいです。美兎跳さん」

 あの後、どうしても手伝いたいと言う美兎跳に飾り付けを手伝って貰い、美兎跳が宿泊する予定だったゲストハウスの方ではなく神木家の別宅に戻ってきていた。
 というのも女官から話を聞いた林檎が気を遣ってくれて、こちらで美兎跳を預かるように手配してくれたからだ。
 美兎跳曰く美星から手紙越しではあるが俺の話を聞いていたらしく、それで一度会って話をしてみたかったという事だった。
 それは別に構わないのだが、美星が手紙に何と俺の事を書いていたのか非常に気になるところだ。

「パーティーに美兎跳さんも呼ばれていたんですね。って事は九羅密家の皆さんも?」
「ええ。今頃向かっているはずよ。私はちょっと色々とあって先についてしまったのよね」

 その色々≠ェ九羅密家の人間、美星の母親だという事を雄弁に物語っていた。
 しかし、九羅密家の人達が全員か。実のところ美星以外には誰一人として顔を合わせた事がない。
 先日アカデミーに行ってきたところだが結局、GPアカデミーの校長をやっている美守や、整備部主任を務めているという美瀾にも会えず終いだった。勿論、美兎跳に会うのもこれが初めてだ。
 親子と言うだけあって外見は美星に良く似ているが、性格は美兎跳の方がおっとりしているというか落ち着いた雰囲気を身に纏っている。何というか、ほのぼのとした可愛らしい感じの人だ。

「まてよ。全員って事は、もしかして美星さん……も?」
「ええ。美星ちゃんも呼ばれているはずよ。『任務の帰りに直接向かう』って連絡があったから、多分当日になると思うのだけど」

 どう考えても嫌な予感しかしなかった。実のところ、どれだけ記憶を呼び起こしても美星が関わると碌な目に遭わない。

 ――鷲羽(マッド)の作ったガーディアンの実験台にされていると空からシャトルが降ってきたり
 ――他にも鷲羽(マッド)の実験動物を不注意で逃がし、一般人を巻き込んで気絶させたり

 裏山で魎呼や勝仁との訓練中に突然ブラックホールが発生し、周辺の木々と一緒に穴に吸い込まれそうになるといった事件もあった。
 そうした例に挙げたらキリがないほどのアクシデントの数々に美星が関わっていた。
 ちなみに柾木家の家屋損壊被害の加害者は、魎呼と阿重霞が二人合わせて三割ほど。残りは殆ど美星による被害だ。
 少しだけ(二割くらい)俺も関わっていたケースもあるが……大抵は巻き込まれ被害なので、美星に比べたら遥かにマシだと思う。

(どうにも嫌な予感しかしないんだが……)

 何事もなければいいが、正直な話をすると美星が居る時点で何事もなく終わるとは思えなかった。
 しかし残念ながら俺に出来る事は何もない。無事にパーティーが終わる事を、今はただ祈るばかりだった。

【Side out】





【Side:瀬戸】

 美兎跳様が天樹に到着したという報告を林檎から受けた時は、いつもの事とはいえ驚かされた。
 表向き警戒が緩く見えるかも知れないが、実際にはいつも以上に厳重な警戒態勢が敷かれている。
 それもそのはず、港から会場に配置されているスタッフの殆どは情報戦・白兵戦、何れに置いても一騎当千と言われてる私の女官達だ。
 蟻の子一匹通さない万全の布陣とも言える中で会場にまで侵入され、林檎が声を掛けるまで誰一人美兎跳様がそこに居る事に気付かなかった、というのだから驚くなと言う方に無理がある。事実、警備に当たっていた女官達もその話を聞かされ随分と驚いていた様子だった。
 美兎跳様だから、と言ってしまえばそれまでではあるが、こんなに見事に出し抜かれた経験なんてそうはないはずだ。
 林檎も顔には出していなかったが、改めて警備の見直しを始めているところを見ると相当に堪えたようだった。

「美兎跳様も相変わらず、お変わりがないようですね。GP本部で清掃作業中に行方不明になられたようです」
「あら、水穂。衣装の製作は終わったの?」
「ええ……終わりましたよ。きっちり人数分の衣装を揃えました」

 水鏡のブリッジに不機嫌そうな表情で入ってきて、私の前に一着の真っ赤な衣装を広げて見せる水穂。
 それは女官達に当日着用するように命令したサンタクロースの衣装だった。

「林檎ちゃんと私の分も女官達に頼まれたのは瀬戸様ですよね?」
「……ほら、雰囲気って大事でしょ? 大丈夫よ。素材がいいんだから水穂も林檎も絶対に似合うわよ」

 実のところ、これも一つの楽しみだった。
 水穂ならきっと恥じらいながら良い表情をして着てくれるだろう、と考えていたからだ。

「こ、こんな短いスカートで人前になんて出れません!」
「でも、林檎は『頑張ります!』って張り切ってたわよ?」
「え……?」

 実際には太老の名前を出すだけで一発だった。林檎からすれば、太老にアピールする絶好のチャンスという訳だ。
 林檎が着る事に承諾したという話を聞いて、頭を抱えて自問自答を始める水穂。
 もうちょっと素直になればいいものを、やはり先日の事件とか色々と尾を引いているのだろう。
 本当なら今頃は太老と婚約くらいしていて不思議ではなかったというのに、自分から身を引くような真似をしてチャンスを棒に振ったり。
 気持ちは分からなく無いがこの調子では結婚は疎か、まだ当分の間は彼氏の一つも期待できそうになかった。

「地球式だとここで『私がプレゼントです!』ってリボンを自分に結んで殿方に迫るそうよ」
「そんな破廉恥な真似、出来ません! はっ!? 瀬戸様、林檎ちゃんに教えてないですよね!?」
「………………」
「何で視線を逸らすんですか!?」

 実のところ既に言ってしまった後だった。
 私も本気で言った訳ではない。会話の中に冗談を交えてちょっと話題に出しただけだ。
 大丈夫だとは思うが……でも竜木家の縁者は押しに弱いというか妙に素直なところがあるので、その事を鵜呑みにしていないという自信もない。
 それに林檎は太老の事を本気で好きなのは間違いなく、経理部の娘達は全員が身体を差し出してもいいと本気で考えている節がある。
 もう一つ不安要素があるとすれば最近女官達の様子がおかしい事だ。何というか太老を見る眼が以前とは違うのだ。
 経理部以外にも情報部や他の部署の女官達まで、仕事中にもよく太老の事を話題に挙げるようになっていた。
 そう特に変わったと思うのは、太老殿から贈られたプレゼントの一件からだ。

(まあ、それはそうよね……)

 皇玉ほどではないとはいっても、あの琥雪殿の店で作られたイヤリングだ。あの店の装飾品は女性客の人気が高く、どれも一流の職人達が丹精を込めて作った一品物ばかり。太老が女官達に贈ったイヤリングも、使われている素材自体は合成素材を始めとするありふれた物ばかりだが、そのどれもが琥雪殿の店が抱える腕の良い職人達の手によって作られた代物だった。
 主には試作品といった感じの物だが、実際に店頭に置かれていても全く違和感のない完成度の物ばかりだ。
 うちの娘達は全員目が肥えているだけに、それがどれだけ貴重な物かを言われずとも理解している。女官達の間でも密かに人気となっている琥雪殿の店の品物と言うだけではなく、そこの店頭には出されていない貴重なイヤリングを贈られたのだ。
 しかも太老を客観的に判断すれば分かると思うが、男性で実力もあり将来性が高く家格も申し分のない樹雷皇族の眷属だ。
 更にはそれだけの優良物件だというのに情報部所属という性質上、太老の事は外部に極力漏れないように情報操作がされている。
 その分、ライバルが少ないという事だ。となれば、年頃の彼女達の目が太老に向くのはある意味で当然の結果だった。

「…………水穂。女官(あのこ)達の様子はどうだった?」
「様子ですか? そう言えば、いつもよりもテンションが高いというか、随分と張り切っていた感じが……」

 今更ながら、ちょっと失敗したかも――と思ってしまう。
 パーティーの高揚感に開放的な衣装。しかもあの娘達は全員、太老に好意を持ちプレゼントの件で感謝を抱いている。

「瀬戸様……まさかとは思いますが……」
「………………」

 肌がピリピリと刺激されるほど、凄いプレッシャーだ。どうやら、水穂も気がついたようだった。
 視線を合わせずとも、水穂の背後に黒いオーラが沸き立っている事くらい察しがつく。
 私は水穂と視線を合わせないようにしながら、そっと席を立ち上がり何も言わず静かにブリッジを立ち去ろうと試みる。
 しかし――大人しく見逃してくれるほど、黒水穂は甘くはなかった。

「お待ちください、瀬戸様。まだ、先程の質問の答えを頂いていませんが?」
「ほら、私だけ遊んでいても悪いし、会場の設営でも手伝って来ようと思って」
「ご安心ください。瀬戸様のお手を煩わせずとも、設営スタッフは優秀な人材ばかりですから、今夜中には準備は全て終了する予定となっています」
「ちょっ、水穂!? 待って! 話せば分かるのよ。話せば!」
「ええ、たっぷり事情を聞かせて頂きますとも……。納得の行く答えを頂けるまで、今晩は寝かせませんよ?」

 ガシッと襟首を掴まれたかと思うと、全く抵抗する事が出来ないまま引き摺られていく私。
 林檎にとって太老が弱点であり原動力であるように、水穂にとってもそれは同じ。
 太老に対する干渉が一定ラインを超えると、大幅にスペックアップした黒水穂≠ェ降臨する事が今回の事でよく分かった。
 とはいえ、少しやり過ぎてしまった事を後悔しても……既に時は遅かった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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