昨日から続々とゲストの船が樹雷へと集まって来ていた。
 九羅密家の人達も昨日の夜こちらに到着したとの事で、家族から連絡のあった美兎跳は迎えに来た女官に連れられ、涙を流しながら家族の元へと帰って行った。
 あれは別れを惜しんでいたと言うより、何かに怯えていた様子だった。
 多分、その原因は家族からあった連絡にあるのだろうが……。まあ、深くは追及しない方が身のためだ。

「お兄ちゃん、まだ時間があるしお祭りの方を見ていかない?」
「それはいいけど、屋台であんまり食べ過ぎるなよ? 本番で入らなくなっちゃうぞ」
「本番って……」

 遂にクリスマスパーティー当日だ。パーティー開始は日が暮れてからなので、まだ結構な時間がある。
 やはりパーティーと言ったら食って飲んで騒ぐ、これが一番の楽しみなのに屋台でお腹を膨らませていったら勿体ない。

「う〜ん、でも……樹雷のお祭りだものね。瀬戸様もそのつもりなんだろうし」
「こういうのは楽しんだ者の勝ちってね。思い出すな。食べ物でも酒でも宴会となると、あっちは凄かったもんな」
「地球での事? あそこには魎呼お姉ちゃんや阿重霞お姉ちゃんもいるもんね……何となく想像はつくけど。やっぱり楽しかった?」
「楽しい事は楽しいんだけど……それよりも大変だった。いや命懸けとでも言うべきか?」
「大変? 命懸け?」

 大抵、宴会が始まると誰かが悪ノリして、その悪ノリに乗じた誰かが更に悪ノリして、という悪循環が待っている。
 そしてその対象とされるのが、主に俺と天地だった。
 たまにそこに剣士や信幸が加わるというのが、いつものパターンだ。

「桜花ちゃんにはちょっと難しいかな。男には色々とあるんだよ……」

 柾木家の食物連鎖……もとい鷲羽(マッド)を頂点とする力の連鎖の中で、上位にいるのは言うまでもなく女性達だ。
 天地がハーレムを形成していて羨ましいと思った事など、はっきり言ってこれっぽち≠烽ネい。女ばかりの中で男一人の立場なんて、普段の生活の中では本当に小さく弱いモノだ。
 あれは天地が女を囲っているのではなく、女性達の共有財産として天地が飼われているだけの話に過ぎないと俺は考えていた。
 それに樹雷の女性は強い。以前からずっと言っている事だが、心身共に強かな女性が多い。更に言えば魎呼は元海賊だ。
 例外中の例外美星を含め、基本的に柾木家で女性に頭が上がる男なんて居るはずもなかった。
 俺なら大丈夫とか言っている奴は現実を甘く見ている。あの中にいれば、自然とそんな考えは抱けなくなるはずだ。

「何となく……柾木家の宴会が大変だって事は分かった、かな?」
「それだけ分かれば十分。誘われたら断れないから、逃げる事よりもその場を如何に乗り切るかを考えた方がいい」
「う、うん」

 で、俺が出した結論が……悩むよりも一緒になって楽しんだ方が勝ち、というモノだった。
 やられる側よりやる側に回る事で、自分が当て馬にされる前にその役目を立場の弱い誰かに丸投げする。
 その結果、天地や剣士、それに信幸という犠牲を払っていた事は言うまでもない。
 宴会では空気の読めない奴、雰囲気に乗れない奴、バカになりきれない奴が一番損をするように法則が出来ているのだ。

「何だか話だけ聞いてると宴会というより戦争みたいだね……」
「そう、戦争! 宴会とは戦場だ! 文字通り本気のぶつかり合い! 命懸けの戦いなんだよ!」

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第51話『林檎の思い人』
作者 193






【Side:林檎】


 会場付近の屋台が多く立ち並ぶ青空市場の警備確認を行っていると、二体の端末を肩に乗せた太老様とその横を並んで歩く桜花ちゃんの姿を発見した。
 二人して屋台の見学にでも来られたのだろうか?
 声をお掛けしようとすると――

「そう、戦争! 宴会とは戦場だ! 文字通り本気のぶつかり合い! 命懸けの戦いなんだよ!」

 突然両手を広げ、そんな風に力強く叫んでいる太老様の声が耳に入ってきた。

(戦争? それに宴会が戦場って……)

 私は自分の耳を疑った。作戦の事は太老様にも秘密で進めていたはずなのに、確かに太老様はこのパーティーの事を『戦場』だと仰った。
 それは表向きの部分ではなく、私達が行おうとしている裏の部分をお知りになっている、という事だ。
 瀬戸様や水穂さんが話したとは思えないし、女官達が口を滑られたとも考え難い。

(ご自身でお気づきになったという事ね……)

 太老様ならありえない話ではない。ここ一週間の私達の行動や、会場の雰囲気をから勘付かれた可能性が高かった。
 だとすれば会場スタッフの殆どが、瀬戸様の女官である事にも既にお気づきになっているのだろう。
 侮っていた訳ではないが一流のスパイの目ですら欺く自信があったこの布陣に、いとも容易くお気づきになった太老様の慧眼には恐れ入るばかりだった。
 さすがは『正木の麒麟児』と呼ばれる御方。女官達の間でも、瀬戸様の後継者として太老様の名が挙がるのも頷ける話だ。

「太老様」
「林檎さん。見回りですか? お勤め、ご苦労様です」
「いえ、これが私の仕事ですから……それで、あの……太老様」
「はい?」

 全てお気づきになったという事は、ご自身が囮≠ナある事にもお気づきのはずだ。
 実のところ、その事もあって出来れば太老様に知られたくはなかった。
 今回の件には、私も水穂さんも深く関わっている。幾ら太老様のためだとは言っても、それは私達の都合に過ぎない。
 それにご本人の意思を確認したのならまだしも、全てを内緒にした上で何もかも進めてしまった後では言い訳も出来ない。
 太老様の身が危険に晒される事を承知の上で今回の計画に協力している以上、その事で太老様に責められたとしても、例え嫌われる事になったとしても、それは仕方のない事だった。
 しかし、太老様に嫌われる――そう考えるだけで、胸が締め付けられるように苦しくなる。

「今回の事……私の仕事の事なのですが……」
「仕事? ああ」

 納得の行った様子で声を上げられる太老様。私の言いたかった事を察してくださったのだろう。

「手伝いますよ」
「……え?」
「仕事。俺だけ遊んでる訳にもいきませんものね」
「ですが、本当によろしいのですか?」
「構わないも何も、俺だけ遊んでる訳には行かないでしょう? 遠慮なんかせずに最初から言ってくれればよかったのに」

 太老様の言葉に、私は救われた気がした。そうだ。そういう方なのだ。この方は――
 簡単に他人を嫌ったり恨んだりするような心の狭い方ではない。いつも他人の事を考え、自分の事を犠牲にしても頑張られるような御方だ。
 子供達の件にしても太老様は常に弱い人達の事を考え、自らの信念に基づいた行動を取られてきた。
 そんな太老様が今回の事件の詳細をお知りになれば、どう行動されるかなど分かりきっていた事だ。

(この青空市場にいらしたのも……もしかして……)

 たった一人で囮になられるつもりなのだと、私は全てを察した。
 先程大通りで、桜花ちゃんを相手にあんなにも力強く叫んでおられたのも、桜花ちゃんを巻き込むまいと考え、自分から離れるように説得されていたに違いない。

「あの……林檎さん? 俺、何かまずい事を言いました?」
「え……いえ、これは違います。嬉しくて……太老様の心遣いがお気持ちが……ありがとうございます。太老様」

 自然と涙が零れていた。悲しくて泣いているのではない。
 太老様の温かく優しい心遣いとお気持ちに触れ、それをとても嬉しく感じ――
 そしてそんな太老様を少しでも疑った自分の浅はかさが、とても情けなかった。
 そして改めて自覚させられた。やはり私は太老の事を心よりお慕いしている、という事が――

(……この想いは嘘ではない。そう、私は太老様の事を愛している)

 これまで、ずっと一つだけ気になっていた事があった。それが西南様への私の想いだ。
 私にとって西南様が恩人である事、大切な方である事は今も変わりはない。
 しかし西南様が結婚なさるという話を聞き、そして霧恋さん達、周りの方々と一緒に居る西南様の幸せそうなお顔を拝見した時、私は自分の想いを断ち切る事を心に決めた。
 西南様の隣にいるべき人物が、私ではない事に気付かされたからだった。その選択が間違っていたとは今も思っていない。
 それに今もあれは恋だったのか、ただ恩を感じていただけなのか、自分でも定かではない。
 しかし私が山田西南様という一人の男性を意識していた事、その事を今までずっと気にしていた事だけは確かだ。
 それが唯一の私の気掛かり……太老様をお慕いする気持ちの一方で西南様の事を考えている自分が居る事を自覚し、それが太老様にそして西南様にも申し訳なくて、どうしても最後の一歩を踏み出せずにいた。

 しかし自分の気持ちをこうしてはっきりと自覚した今、私は私の想いに答えを出さなくてはならない。
 それがこれまでの自分にケジメをつけ、一つの区切りを持たせると言う事。

「太老様。私は太老様の事が――」

 胸に手を当てずとも心音が分かるほどに鼓動は高鳴り、極度の緊張から汗が滲み、息遣いが荒くなる。
 それでも、勇気を振り絞って言葉を絞り出す。

「好きです。お慕いしています。太老様」

 そこが大勢の人が行き交う大通りである事も忘れ、太老様の隣に桜花ちゃんが居る事すら、私の目には入っていなかった。
 この感動を忘れぬ内に、決心が鈍らない内に、私の想いを語っておきたかったからだ。
 答えが欲しくて告白をしたのではない。私の想いを太老様に知っておいて頂きたかった。そして、西南様への想いに区切りを付けたかった。
 これは私の我が儘。太老様を困らせてしまう事が分かっていても、この想いを偽る事は私には出来なかった。

【Side out】





【Side:太老】

 同じ鬼姫の部下として情報部に所属しているのだから、仕事を手伝うのは当然の事だ。
 林檎や水穂、皆が働いているというのに俺だけ遊んでいるというのも、同じ給料を貰っている身として肩身が狭い。
 俺に遠慮をして何も言ってくれなかったのだろうが、出来ればそういう事はやめて欲しかった。
 だと言うのに――

「あの……林檎さん? 俺、何かまずい事を言いました?」
「え……いえ、これは違います。嬉しくて……太老様の心遣いがお気持ちが……ありがとうございます。太老様」

 泣き出してしまった林檎。そんなに俺が手伝うと言った事が嬉しかったのだろうか?
 今日もこうして、経理部の林檎まで見回りに借り出されているくらいだ。人手不足な事は察しがつく。
 そこで気がついた。ここ最近、かなり仕事が忙しかったみたいだし、無理をし過ぎているのかも知れないと。

(林檎さんも苦労してるんだな……)

 嬉しさで涙が零れるほど辛い思いをしているなんて……俺はその事に全然気付いてあげる事が出来なかった。
 鷲羽(マッド)の事では俺も大きなストレスを抱え、相当の苦労を強いられていただけに、少しだけ林檎の気持ちも分かるつもりだ。
 水穂と同じく『鬼姫の金庫番』という重要な立場は、心身共に俺が想像している以上に大変なものなのだろう、と考えた。

「太老様。私は太老様の事が――」

 涙を拭い、林檎の表情が何か覚悟を決めたかのように凛と引き締まる。
 雑多とした人の行き交う足音。屋台の呼び込みや買い物客の話し声。林檎の放つ雰囲気に呑まれ、それらが全て制止したかのような長い長い緊張感に包まれた。
 時間にして三秒か二秒。いや、もっと短かったかも知れない。
 しかし、その次の言葉を待つまでの時間はとても長く重い物に感じられた。

「好きです。お慕いしています。太老様」

 林檎に『好き』と言われ、身体に衝撃が走る。これまでに体験した事が無いような衝撃だった。

(林檎さんが……俺の事を好き? それって……)

 一瞬、頭が考える事止め、思考が停止したかのような感覚に襲われた。
 しかし、呆けている場合ではない。意識を取り戻すと直ぐに思考を切り替え、どういう事か理由を考え始めた。
 先程までの話の流れからするに、ここで突然告白というのはどうにもおかし過ぎる。
 それに林檎にそこまで好意を持たれるような何かをした記憶はない。だとすれば――

(そんなに『仕事を手伝う』って言ってもらえた事が嬉しかったのか……なんて、なんて不憫な)

 仕事漬けで追い詰められていた事もあるのだろうが、やはり鬼姫相手のストレスも大きな原因にあるのだろう。
 そんな弱っているところを他人に気遣って貰えれば、思わず『好き』と口にしてしまうのにも頷ける話だ。
 この告白は恋愛的な意味ではなく、感謝の意を示しているのだと俺は察した。

(林檎にもうちょっと優しくしてやろう……うん、それがいいな)

 仕事の事も言われるまで気付かなかったようでは全然ダメだ。
 これからは、もう少し林檎の事を気遣ってやろうと思い、自分の行いを反省した。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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