【Side:太老】

「みゃ、みゃみゃみゃ、みゃー!」
「あんまり暴れるなよ。落ちるぞ?」
「みゃあ」

 左肩には船穂。右肩には龍皇。頭の上には『福』が乗っかっていた。そう、魎皇鬼の妹だ。
 穂野火の前でウロウロとしていた福を保護して、今は林檎と一緒に西南を捜している。
 しかし生体コンピューターの癖に迷子って……。
 まあ、魎皇鬼もよくそうしたポカをやっていたので珍しい事ではないが……姉妹揃って人騒がせな奴だ。

「太老様は西南様にお会いした事があるのですか?」
「いや、これが初めてですよ。どうして?」
「いえ、福ちゃんが随分と懐いている様子ですから……」
「昔からこの手の動物には好かれるんですよ。それに魎皇鬼の妹なら全然知らないって訳じゃないし、懐かしい匂いでも感じ取ったんじゃないかな?」

 林檎の疑問は尤もだ。しかしこれには色々と事情がある。
 以前からずっとそうなのだが、船穂や龍皇を始めとする皇家の樹や魎皇鬼。それに鷲羽の実験動物やら……何というか俺は地球外生命体≠ノやたらと好かれる体質にあるらしかった。
 俺も男だ。どうせなら人間の女の子にモテたいという欲望はあるが、現実にはそんな上手い話は転がっていない。自分がモテない事くらいは自覚しているし、これまでそういった経験は一度としてなかった。
 俺のモテ期は全て、変な生物に好かれるという一点に集約されているのではないか、とさえ思える。
 それが嫌と言う訳ではないのだが、自分で人間の女性にはモテないと認めているようなもので言っていて悲しくなった。

「福ちゃん!」

 林檎とそんなたわいのない話を交わしながら西南の事を捜していると、俺の頭の上の福に気付き、慌てた様子で一人の女性が駆け寄ってきた。

「……よかった。心配したのよ。急に居なくなるから」
「えっと……」
「どなたかは知りませんが、ありがとうございました」

 丁寧に頭を下げて御礼を言ってくる女性。福は呑気なもので『みゃ?』とよく分かっていない様子だ。
 しかし、パーティーに招かれたゲストの一人だろうか? それともスタッフの一人?
 女官達が着ているのと同じサンタクロースの衣装を身に纏ってはいるが、残念ながらこんな人を俺は見た事がない。
 艶やかな緑色の髪を後で一本に束ね、白い肌と尖った耳が特徴的。まるで童話に出て来るエルフのような、そんな印象を持つ美しい女性だった。
 これだけの美人、一度見たら忘れるはずもないのだが……。
 原作知識を総動員しても、福の関係者でこんな女性は記憶にない。

「ネージュ様。ご無沙汰しております」
「あら、林檎さん。こちらこそ、お久し振りです」
「ネージュ? それって、もしかしてメルマスの……」
「はい。よくご存じですね? ネージュ様は確かに先代のメルマスの巫女ですが、今は西南様の奥様でいらっしゃいます」

 宗教国家メルマスの先代巫女『ネージュ・メルマス』。あの幼女がこんなに大きく成長していようとは……。
 でもまあ、砂沙美だって成長してるんだ。ネージュが大きくなっていても不思議な話ではない。
 二千年もの間、巫女としての力を維持するために少女の姿で幼生固定されていたと言う話だが、巫女を辞めてからは身柄をアカデミーに引き取られ、その幼生固定も解かれているはずだ。
 俺が生まれてから十五年という事は、西南と彼女が出会ってから既に十三年が経過している。外見年齢が二十歳を超えていて当然といえば当然だった。

「初めまして。俺は正木太老と言います」
「太老さんね。えっと……」

 俺と林檎を交互に見て、何か考え込むネージュ。

「林檎さん。もしかして、そういう事?」
「ち、違います! 早とちりをなさらないでください! 私達はまだ……」
「まだ?」

 顔を真っ赤にして何かを必死に否定する林檎。そんな林檎の反応を見て楽しそうに笑うネージュ。
 やはり女のする事は分からない。さっぱり事情が呑み込めなかった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第58話『太老と西南』
作者 193






【Side:ネージュ】

「でも、安心したわ」
「え?」
「林檎さんは西南さん≠フ事が好きだとばかりに思ってたから」

 敢えていつもの『お兄ちゃん』と西南さんの事を呼ばないのは、ここに冷やかす相手がいないと言うのもあるが、それだけ真面目な話をしていると相手に悟らせるためだ。林檎さんは頭が良く勘が鋭いので、特に何もいわずとも雰囲気だけでもある程度の事を察してくれる。それに西南さんの事を取られたくなくて、こんな事を言ったのではなかった。
 どちらかと言うと、林檎さんには幸せになってもらいたいと思っている。その林檎さんの幸せが西南さんの隣にあるのだとすれば、私は喜んで林檎さんを祝福しただろう。しかし林檎さんは結局、私達とは違う選択を取った。
 確かに林檎さんは竜木家の血を引く人だけあって気立ても良く上品で、それに瀬戸様の女官を務めているだけあって非常に有能な人だ。
 しかし、それ故に欠点もあった。西南さんの件がそうだ。

「良い人みたいね。福ちゃんがあんなに懐いてるんですもの」

 会場の一角に設けられたカフェテラスに席を取り、太老さんが西南さんを呼びに言っている間、私と林檎さんはここで彼の帰りを待つ事にした。
 久し振りに二人で少し話をしたかったと言うのもあるが、福ちゃんが太老さんと離れるのを嫌がったからと言うのも理由にある。
 私達以外に福ちゃんがあんな反応を見せたのは初めての事だ。正直、かなり驚いた。
 林檎さんが見初めたような人だ。普通の人ではないと思っていたが、西南さんとは別の意味で面白い人物と知り合えたと心を躍らせていた。

「これでも色々な人を見てきたからね。一目見れば良い人か悪い人かくらい分かるわ」
「はい。素晴らしい御方です。今はその……片思いですが」

 頬を染めて俯きがちにそう話す林檎さんは、女性の私から見ても思わず抱きしめたくなるくらい恋する乙女の顔をしていた。
 本気で彼の事を好きなのだという純粋な気持ちが伝わってくる。

(よかった。思っていたよりも幸せそうで……)

 西南さんの件では、彼女にだけ損な役割を担わせてしまった。
 その事を気にしていなかったと言えば嘘になる。しかし、再会した彼女の幸せそうな顔を見る事が出来て少し安心した。

「正木の麒麟児?」
「ご存じなのですか?」
「少しだけね。霧恋さんが以前に話をしてたのを聞いたくらいだけど」

 それほど詳しい訳ではないが、正木家に生まれた天才児という話だった。言われてみれば、確かにそう言われても違和感がない。
 私の事を知っていたところから見ても、そちらの情報に関してもかなり詳しいという事だ。
 それに福ちゃんが初対面だというのに警戒心を抱かずあれだけ懐いている事や、私が元とはいえメルマスの巫女だと知っていてあの極自然な態度。なかなか、ああまで自然に振る舞えるモノではない。
 身体の成長と共に力は衰えているとはいっても、私が集団意識を操れる事を知っていて自然な態度を取れる人は少ない。その事から考えても、彼が普通の人とは違う事は一目瞭然だった。

「西南様と境遇は少し似ているかもしれませんね。瀬戸様に目を掛けられている点に置いては――」
「瀬戸様が? 確かにそんな感じね」

 瀬戸様が彼の事を気に掛け、後見人として面倒を見ているという話を聞いて、なるほどと思わせられた。
 確かに瀬戸様なら、あれほどの少年を放って置くとは思えない。

「林檎さん、応援するわ。あれだけの人はなかなか居ないと思うし……幸せになってね」
「はい……努力します。まずは太老様に振り向いて頂かないといけませんが……ありがとうございます。ネージュ様」

 私に対して偏見を持たないという事は、西南さんとも良い友達になれるかも知れない。
 林檎さんの幸せそうな顔を見て、出来ればそうあって欲しいと願わずにはいられなかった。

【Side out】





【Side:西南】

「福!」
「みゃあ!」

 ネージュちゃんから連絡を貰ってイルミネーションに彩られた巨大樹の下に向かうと、そこに一人の男の人が立っていた。
 肩に丸い妙な生き物を乗せて、頭に福を乗せている事からも『この人だ』と一目で分かるほどに周囲から浮いていた。

「あの……ありがとうございました。福がお世話になったみたいで」

 丁寧に頭を下げて御礼を言うと、『気にしなくて良い』と少し照れた様子で答える男性。福の懐き方や、その仕草からみても悪い人ではなさそうで安心した。
 それに随分と若い人のようだ。少し大人びて見えるが、年の頃は十五、六と言ったところだろうか?
 俺が宇宙に偶然上がる事になったのが、丁度そのくらいの年齢だった。
 GPの制服と樹雷の制服。物は違っても、まだあどけなさの残る青年の姿を見ると当時の事を思いだし懐かしくなる。

「あ、自己紹介がまだでしたね。俺、山田西南と言います」
「正木太老です。太老でいいですよ」
「あ、じゃあ俺も西南でいいですよ。でも、マサキ? 霧恋さんと同じ……」
「ああ、確かにそっちの『正木』ですよ。霧恋さんとは親戚関係になるのかな?」
「そうなんですか。俺、あの村の出身なんですよ。それじゃあ、どこかで会ってたかもしれませんね」
「まあ、確かに擦れ違うくらいならあったかも。山田商店の奥さんには色々とお世話になってたし」
「うわ、嬉しいな。こんなところで同じ村の出身の人に会えるとは思っていませんでした」

 話題に母さんの事や村の話が出て、余計に懐かしさが込み上げてくる。
 簾座連合に身を置いている事もあって、なかなか里帰りが出来ないのが現状だ。数年に一回帰郷するのがやっとの状態なので、今回の長期休暇も実はかなり楽しみにしていた。
 まさか立ち寄った先で『正木の村』の出身者に会えるとは思っていなかっただけに、その喜びも大きかった。
 アイリさんや水穂さんも『柾木』の人間ではあるが、元々あの村の出身と言う訳ではないし宇宙での生活が長い所為か、余り村の事が話題に上がった事は無い。それ以外で地球に居る宇宙の事を知る知り合いと言えば、俺の家族に天地先輩と柾木家の皆。親友の海と月湖おばさん。それにダイ小父さんに……霧恋さんくらいのものだ。
 あんなに狭い村なのに思いの外、俺って交友関係が狭いんだよな。まあこの体質だし、仕方がないと言えば仕方がないけど。

「福、どうしたんだ? こっちに来いよ。余り我が儘を言っちゃ迷惑だろ?」
「みゃ……」

 太老と離れたくないのか、寂しそうな声を上げる福。こんな福を見るのは随分と久し振りの事だった。
 そう、あれは確か――

(ネージュちゃんと別れた時……)

 そうだ。あの時の福の様子に似ていた。
 初めてネージュちゃんと出会い、任務を終えて別れを惜しんだ時、あの時にも福は同じような反応を見せた事があった。
 福がこんなに懐いているのはネージュちゃんに生みの親である鷲羽さん。それに姉である魎皇鬼ちゃん。霧恋さん達にも確かに懐いているが、特に気を許している人達というとそのくらいしか思い当たらない。
 あれから約十三年経つが、福が甘えん坊で寂しがり屋なところは余り変わらない。しかも見た目以上に福は人見知りが激しくて、ここまで他人に懐くのは本当に珍しい事だった。
 それも初めて会った人にこれだけ懐くなんて本当に珍しい。だからこそ、余計に目の前の光景が信じられなくて驚きを隠せない。

「待ってる間に、魎皇鬼の話を少ししてやったからかな?」
「福のお姉さん?」
「地球に居た頃は柾木家でお世話になってたからね。それを考えると、こうして顔を合わすのが初めてって妙な話だな?」
「そうですね。何度か里帰りしてるのに一度も会った事がないなんて」

 天地先輩の家に他にも居候がいるなんて話は聞いた事がなかった。

 ――偶然なのだろうか?

 しかし意図的に隠す理由も分からないし、多分偶然なのだろう、と考える事にした。
 俺って運が悪いし、多分そうした事もあって今まで会えなかっただけに違いない。

「取り敢えず、案内するよ。林檎さんとネージュさんも待ってるし」
「あ、はい。林檎さんも居るんですか?」
「仕事仲間でね。あ、そう言えば他の人は?」
「後で合流すると思います。瀬戸様と水穂さんに途中で会って、今はそっちの方に」
「水穂さんの相手はともかく……瀬戸様の相手か。時間が掛かると思った方がいいな」

 林檎さんに会うのは結婚式のあったあの日∴ネ来だ。それだけに久し振りに会えると思うと楽しみで仕方がなかった。
 随分と後で知った事だが、林檎さんが密かに色々とサポートしてくれていた事を知り、その御礼をずっと言いたかったのだがタイミングを逃してばかりだった気がする。
 今の俺があるのは瀬戸様が俺の運の無さを『才能』だと認めてくれて、霧恋さんや皆が助けてくれて応援してくれて、そして林檎さんのように沢山の人達が裏で支えてくれて居たからなんだと思う。そうした人達に感謝の気持ちを抱かなかった事は一日として無かった。

(あれ? そう言えば……)

 村の事とか話をするのに夢中になって違和感に気付かなかったが、ようやく違和感の正体に気付く。
 一度も不運が発動していない。いや、周囲ではさっきから色々と騒ぎがある様子なのに、一番近くを並んで歩いている太老だけには何の影響も及んでいない事に気付いた。

(……偶然?)

 俺と一緒に居て『確率の偏り』に巻き込まれない人なんて、これまでに見た事がない。
 慣れている霧恋さん達ですら、何も言わないでくれているが多少なりとも影響を受けているくらいだ。
 それを全く影響が無いなんて事――

「どうかした?」
「いえ、何でも……」

 不思議な人だった。天地先輩のところに居候していて母さんの事を知っているなら、俺の事を聞いていても不思議じゃない。
 なのに嫌な顔一つ浮かべず、極自然に接してくれているのが分かる。
 しかも偶然かどうかは分からないが、今のところ俺の才能に影響されたような形跡はない。

 ――正木太老
 その名は、俺の中で強く印象に刻まれていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.