【Side:霧恋】

 宴会は朝日を拝むと共に終わりを告げ、不眠不休で飲んで騒いでいた事もあって、今の私達の気分はかなりハイな状態にあった。
 一休みしてもよかったのだが、西南ちゃんに頼まれた大切な用があったのでそうも行かなかった。

「お邪魔します。あ、これよかったら皆さんで召し上がってください。酔い覚ましにはピッタリだと思いますよ」
「どうも、ありがとう。遠慮せずに、ゆっくりしていってね」

 正木の麒麟児――正木太老。西南ちゃんに今朝方、彼を瑞輝に招いてもいいかという相談を受けた。
 昨日の内に随分と仲良くなったようで、既に名前で呼び合うほどの仲に進展している事に少なからず驚きを隠せなかった。
 西南ちゃんは体質の問題もあって友達が出来にくい。西南ちゃんの不幸は周囲の人を巻き込む。子供の頃からそうだが、今もそれは変わる事がなかった。
 そんな西南ちゃんに出来た数少ない同性の友達だ。だからこそ、西南ちゃんの気持ちを大切にしてあげたい、という思いが強かった。

「西南の友達が遊びにきたんだって?」
「やはり、一言ご挨拶した方がよろしいのでしょうか?」
「はあ……そういうのは後にしましょう。昨日、瀬戸様には言われたばかりでしょ?」

 過保護に接するばかりではなく、少しは西南ちゃんの好きなようにさせてやるべき――と瀬戸様に叱られたばかりだ。
 私達にそんなつもりはないのだが、瀬戸様が仰るという事は全く見当外れとも言い難い。
 それに私達との時間も大切だが、友達と一緒に過ごす時間も大切な時間だ。
 特に西南ちゃんには貴重な時間だと分かっているだけに、出来る事なら邪魔をしたくはなかった。

「ネージュ様はよろしいのですか?」
「私は昨日、太老さんに会ったしね。後でいいわ」

 リョーコさんにそう尋ねられ、ソファーにもたれ掛かり読書をしながら素っ気なく答えるネージュ様。
 そう言えば昨日、一足先に福ちゃんを連れていた彼に偶然あったと仰っていた事を思い出す。
 その時に何かあったのだろうか? 余り興味がないといった様子だった。

「でも、西南とあっさり友達になれるなんて、その太老って奴、見所があるかもな」
「そうね……まあ、彼が噂通りの人間なら柾木家の方々と同様、西南ちゃんを避けるような事はないでしょうけど」
「はあ……勘違いしてるわよ? あなた達」
『勘違い?』

 雨音と私の会話に小さく溜め息を漏らしながら、そう言って間に入ってくるネージュ様。
 さっきは興味が無いような素っ気ない態度だったのに、関心でも惹くような話がさっきの会話の中にあったのだろうか?
 私と雨音は二人してネージュ様の口にされた言葉の意味が分からず、首を傾げた。

「気にならないのではなく、気にする必要がないのよ。彼は――」
「え? それはどういう……?」
「一言でいうなら、お兄ちゃんの才能の影響を受けない世界で唯一の人物、ってところかな?」
「西南ちゃんの」
「西南の」
「西南様の」
『影響を受けない!?』

 私と雨音、それにリョーコさんの言葉が重なった。
 そんな人物が居るなんて話はこれまでに聞いた事がない。もしネージュ様の話が本当なら、西南ちゃんにとっては初めて『不幸』を気にしなくても付き合える友人という事になる。

「実際に、昨日近くでみたしね。瀬戸様に確認も取ったから間違いないわよ? ああ、これは他言無用ね。樹雷でも一部の人しか知らない最高機密らしいから」

 最高機密と言いながらも主婦の井戸端会議で話すように、あっけらかんとした様子で話をするネージュ様。しかし、だからこそ信憑性が高いように思えた。
 そうした大切な話を宴会の席でネージュ様に伝えたとしても、瀬戸様なら全然違和感がなかったからだ。

「そういえば、太老さんのお土産って何だったの?」
「これだろ、瓶? 中身はジュースぽいけど……」
「ちょっと雨音、勝手に!」

 ネージュ様に言われて全員の視線が太老くんが持ってきたお土産に向いた。
 我先にと雨音が箱を開け、その中に入っていた一本の瓶を取り出す。
 栓を開け、クンクンと鼻をひくつかせ匂いを嗅ぐ雨音。全く、行儀が悪いと言ったら無い。
 しかし、何があったのか? 匂いを嗅いだ、そのままの状態で雨音は固まっていた。

「き、霧恋……」
「な、何? もしかして何か問題があったの?」

 雨音がいつになく驚いているというか、半ば放心状態といった様子で私の名前を口にした。
 賞味期限切れのジュースをお土産として持参するような少年とは思えないし、見た感じ市販品ではないのかラベルが貼っていない。
 樹雷は巨大樹が有名だが、元々緑が豊富な惑星である事もあって植物の種類が豊富で、凄まじい種類の木の実や果物が採れる事でも知られている。恐らくはその果物で作った自家製のフルーツジュースだと思ったのだが……何か問題があったのだろうか?

「これ、間違いない……皇家の樹の実のジュースだ。しかも薄めた奴とかじゃなく……天然百パーセントだと思う」
『はあ!?』

 私とリョーコさんの口にした言葉が重なった。
 果実酒ではなく、しかも純粋な天然百パーセントのジュースだとすれば、あれ一瓶で幾らするか……。
 ネージュ様は雨音の話を聞いて何がおかしいのか、クスクスと笑いを溢していた。

「林檎さんから聞いていた通りの人ね。皆で頂きましょう。皇家の樹の実なら栄養価も抜群だし……今ので皆、目が覚めたんじゃない?」
「ネージュ様!? それはそうですが、これ一瓶で幾らするか――」
「なら突き返す? それとも売りに出す?」
「うっ……」

 そんな事が出来るはずもない。
 物はどうあれ、誠意で贈ってくれた物を突き返すような真似が出来るはずもなく、売りに出すなんて以ての外だ。
 結局、ネージュ様の言うとおり、全員で美味しく頂く事にした。確かに、これ以上効果のある気付け薬はない。
 疲れも眠気も、それだけで吹き飛んでしまったかのようだった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第63話『西南の不幸』
作者 193






【Side:西南】

 約束通り、太老が瑞輝に遊びにきてくれた。
 正確には守蛇怪なのだが、俺や霧恋さん達の生活している居住区は瑞輝の中にあり、普段は殆どそこで生活をしている。
 緑と水に囲まれた大自然。今では随分と慣れたが、以前はここが船の中だなんて信じられなかったくらいだ。
 しかし、太老はやはり余り驚いた様子はなかった。瀬戸様の下で働いているという話だったし、水鏡にも何度か乗った事があるに違いない。
 以前と同じように肩に二匹の生き物を乗せ、福も太老が遊びに来たと知ると嬉しそうに太老に駆け寄り、前と同じ定位置と成りつつある太老の頭の上に陣取っていた。

「これが神武だよ」
「おおっ!」

 神武を見て目を輝かす太老の顔は、年相応の少年のものに見えた。
 普段はどちらが年上か分からないくらい大人びた雰囲気を持つ太老だが、こういう姿を見ると十五歳の少年なのだと思わせられる。
 とはいえ、俺も余り人の事は言えず、夫婦になったとはいっても霧恋さん達からは未だ子供扱いされる事が多い。
 実際、自分でも子供っぽい趣味や性格をしているという自覚はあるし、幾つになってもロボットが好きなところは変わっていない。
 最近、GPに新配備されている勇者ロボシリーズというガーディアンシステムなど実は凄く興味があって、霧恋さん達に内緒で、そのロボットの制作者であり現在GPで一番の有名人『哲学士タロ』のファンクラブにも入会していたりした。そこの会員に入ると、ロボットのミニチュアや最新カタログなどが毎月送られてくるのだ。
 簾座連合の支部を中心に『哲学士タロ』の装備を採用してもらえるように密かに布教活動も行っているくらいだ。実際、簾座にも彼のファンは多い。神武も確かに格好いいのだけど、あの如何にもロボットって感じの機械的なフォルムが何とも言えないマニア心をくすぐるのだ。

「西南、ちょっと動かしてみていいかな?」
「え? いいけど……でも俺以外には……」

 そう動かせるはずがない――そう言おうとしたのだが、どういう訳か神武が独りでに動き出した。
 唖然とした。台座から起き上がると手の平を差し出し、太老を肩に乗せる神武。

「何だ自律行動できるんだな。そりゃそうか、動力は皇家の樹だもんな」
「う、うん……いや、そういう問題じゃ」

 俺も慌てて神武に飛び乗るが、そこからがまたありえなかった。
 太老のいう事が分かるのか、その意思に呼応するかのように瑞輝の中を自由に動き回る神武。
 コクピットに乗っていないのに、それに神武のマスターと言う訳でもないのに、遠隔操作でこんなに自由自在に神武を動かす事が出来るなんて冗談としか思えない光景だった。

「やっぱり、お前も一緒に遊びたかったのか。あんなところでポツンと座ってるのなんて退屈だろうしな。福もそう思うか?」
「太老、神武や福の言っている事が分かるの?」
「ん? 西南も分かるだろ?」
「えっと……うん、まあ……」

 福の言葉は鷲羽さん曰く高速言語に近い物らしく、生体強化を受けていれば何となく意味が理解出来るのは分かるが、神武と意思を通わせるとなると話は別問題だ。
 俺も何となくではあるが、神武の考えている事、言いたい事は理解出来る。言葉が通じる通じないとかそういう問題ではなく、意思が直接頭に伝わってくると表現した方が正しいだろう。
 とはいえ、それはリンクを通して感覚で掴んでいるものであって、何でもかんでも細かいところまで詳細に把握できている訳ではない。
 だけど太老は、まるで同じ人と会話を楽しむかのように神武と話をしていた。

(驚かされてばっかりだな……)

 俺の才能の影響を全く受けなかったり、直ぐに福や神武とも仲良くなったり、これまでに俺が出会った事がないタイプの人間だ。
 そもそも最初の点からして、太老は何もかもが規格外だった。

『お兄ちゃん。霧恋さんが『昼食にしましょう』だって。太老さんも、ご一緒にどうぞ』
「あ、うん。直ぐにそっちに向かうよ」
「御馳走になります」

 ネージュちゃんから通信が入り、そちらに神武を向かわせる。
 正木太老――やはり彼は、俺にとって色々な意味で特別な友達だった。



「うおっ、凄い御馳走だな」
「どうしたんですか? 随分と張り切って用意したみたいですけど」
「西南ちゃんのお友達が来るっていうから。それに、あんな物を貰って何も無しに帰せないわよね……」

 太老が驚くのも無理はない。俺も驚いた。
 長いテーブルの上には、俺達だけで食べきれるかどうかも分からないほどの御馳走が並んでいたからだ。
 普段から『節約』を口にしている霧恋さんとは思えない大盤振る舞いだった。最後に小さい声で何かを言っていたようだが、上手く聞き取れなかった。
 友達を瑞輝に呼びたいと言ったから、気を遣ってくれたのだろうか?

「それじゃあ、頂きましょう……って、あれ?」

 霧恋さんがそう口にしようとした時だった。
 霧恋さんの契約の指輪が光を放ち、太老の周りを照らし出したのは――

「瑞輝ちゃん? あなたも交ざりたいの?」

 霧恋さんの問いに答えるように空高く舞い、光のシャワーを降らせる瑞輝。それはまるで先程の神武と同じように、太老を歓迎しているかのような輝きを放っていた。
 そんな光景を見せられて瑞輝を無視して食事を取る訳にはいかず、食事を全て瑞輝の本体のあるブリッジに運び入れ、そこで取る事になった。

【Side out】





【Side:ネージュ】

「腑に落ちないって顔ね」
「それはまあ……。でも、瀬戸様の後継者って話を聞かされて『まさか』とは思っていましたけど、本人に会ってみて何となく納得が出来た気がしました」

 瑞輝のあの反応、それに福ちゃんや神武の反応を見て、彼が如何に特殊な人物か分からない関係者はいないだろう。
 西南さんや霧恋さんのように皇家の樹のマスターであれば、それは尚更だ。彼の特殊な点に気付かないはずもない。
 地球では『正木の麒麟児』の方が有名ではあるが、ここ樹雷では一部の人達から『樹に愛されし者』と彼は呼ばれているそうだ。
 それは文字通り、皇家の樹に祝福された存在である事を意味していた。あの皇家の樹の実のジュースにも、そう考えれば確かに納得が出来る部分がある。

「でも一つだけ分かった事があります。あの噂は誇張などではなかったという事です。寧ろ……」
「実物の方がとんでもない。それは私も同意見だったわ。瀬戸様が情報規制を掛けて、意図的にそう仕向けてるんでしょうね」
「彼を守るためですか?」
「もしくは彼から守るため」
「それって……」

 霧恋さんはそういって難しい顔をして押し黙ってしまった。
 林檎さんや瀬戸様も全てを語ってくれた訳ではないが、そのくらいの事は彼を見ていれば察する事が出来る。

「そう言えば、ネージュ様があの二人の話をする時、素っ気なかった理由がやっと分かりました」
「でしょ? 私もお兄ちゃんの事は気になるけど……さすがにあの中に入っていく勇気はないわ」

 私達の前には目を回して地面に転がっている雨音さんとリョーコさんの姿が――
 何があったかは言うまでもない。西南さんの不幸に巻き込まれた結果だった。
 遠巻きに見ていた感じ、不幸の度合いに磨きが掛かっているかのように見えた。
 しかも西南さん本人や太老さんに影響はないのに、その二人に接近した雨音さんとリョーコさんだけがこの有様だ。
 いつもと違う原因がどこにあるかなど、これを見れば一目瞭然だった。疑う余地がない。

「瀬戸様が私達が西南ちゃんに合流するのを止めたのも、これが原因だったんですね……」
「……私も実際にそれを目にしてなかったら信じられなかったと思うし」

 そう、林檎さんと二人で話をしながら太老さんと西南さんが来るのを待っていた時、段々と近付いてくる騒ぎを実際に遠巻きに目にしていなければ、私達も気付く事がなく巻き込まれていたに違いない。
 太老さんには西南さんと良い友達でいて欲しいと思うと同時に、この目の前の惨状を見ると手放しで喜べない自分が居た。

「お兄ちゃんも報われないわね……」
「西南ちゃんですからね……」

 周囲の影響を考えたら折角出来た友達と気軽に会えないなんて――
 やはりそれこそが西南さんの一番の『不幸』なのだろう、と霧恋さんと二人、大きく溜息を漏らした。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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