ところ変わって、ここは地球にある島国『日本』の大都会――東京。
 顔には覆面、ジャンパーにジーンズ、右手には銃。もう片方の手には紙幣がはみ出たバッグ。如何にも銀行強盗といった風体をした男達。
 前時代的な格好ではあるが、百人が百人誰が見ても『銀行強盗だ』と答える風体の男が三人、高層ビルが林立する大都会の中を何かから逃げるように走っていた。

「邪魔だ、邪魔だ! どけっ!」

 通行人を押しのけ逃げる三人。何故、逃走に車を使わないのか、というのはさておき一行は人混みを掻き分け、とにかく全力で走る。
 一応、凶悪犯に違いはないのだが、どこか間抜けで締まりのない連中である事は確かだった。

「くそっ! 何なんだ、あのイカれた女どもは――」
「はあはあ……兄貴、ちょっと休みましょうよ……」
「バカ野郎! こんなところで立ち止まったら捕まっちまうだろうが!」

 息を切らし今にもその場に倒れ込みそうな丸々と太った大きな図体の子分に向かって、立ち止まったら殺されると言わんばかりの勢いで怒鳴るトンガリ頭のリーダーと思しき男。そう、実はこの三人、警察から逃げているのではなかった。
 いや、正確には警察からも逃げているのだが、一番焦っている理由は別にあったのだ。
 何故、逃走に車を使わないのか? それは簡単だ。逃げる途中で車を、その何者かに木っ端微塵にされたから――
 では、何から逃げているのか? 男達は答えるだろう。あれは人間じゃない、あれは――

「――そこまでよ!」
『!?』

 強盗犯は顔を青くして静止した。声のした方角、五階建てほどの小さな雑居ビルを男達が見上げると、その屋上には二人の少女が立っていた。
 そう、彼女達こそが男達が必死になって逃げていた元凶。そこにいた通りすがりの一般人を含め、誰もが同じ事を思い、同じように答えるはずだ。
 あれは――魔法少女だ、と。

「遠い星からやってきた」
「魔法のチカラで奇跡を起こす」
『とってもキュートな女の子』

 キラキラとした如何にも魔法少女といった衣装を身に纏った二人。年の頃は十歳そこそこと言ったところか?
 強盗犯に向かって、衆人環視の前でポーズを決めながら名乗りを上げる。

「魔法少女ティンクル・ネージュ!」
「魔法少女プリティ・サミー!」

 どこかで聞いた事があるような名前。異星からやってきた自称魔法少女の二人は『とうっ!』というお決まりの台詞と共に、何の迷いもなくビルの屋上から飛び降りた。
 ポカンと固まった通行人を無視し、どちらが悪者か分からないほどの圧倒的な力で建造物を破壊し、銀行強盗を追い詰めていく二人の魔法少女。人々は身を低くして騒ぎが収まるのを震えながら待つ以外に方法はなかった。

 そして警察官が駆けつけた時には既に事件は解決しており、戦争でもあったのか、と思えるほど荒れ果てた街並みとロープでグルグル巻きにされ泡をふいて倒れている銀行強盗の三人の姿があっただけだった。
 幸いにも死傷者はゼロ。後日、『大都会に現れた魔法少女!』の見出しが新聞の一面を飾る事になる。

「ネージュお姉ちゃん……何で変身すると小さくなるの?」
「それは魔法少女だからよ!」

 変身したら大きくなるのではなく、小さくなる魔法少女。
 こんな辺境の惑星に、まさか二千と七百歳を超す魔法少女が居るとは、誰も夢にも思わない事だろう。
 そう、あのケネス・バールでさえ――





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第66話『琥雪の覚悟』
作者 193






【Side:太老】

 現在、俺は歓迎会の準備の真っ最中だったりする。そう、琥雪の歓迎会だ。
 会場となる神木家別宅のリビングには、『立木琥雪さん、お帰りなさい』の横断幕が掲げられており、テーブルの上には水穂と林檎に用意してもらった料理の数々が並んでいた。

「お兄ちゃん、私も手伝ったんだけど……」

 地の文に突っ込まないで欲しい。そう桜花の手料理も一部ではあるが、ちゃんと並んでいる事を付け加えておく。
 ちなみに俺はフルーツの盛り合わせとジュースを担当した。フフッ、毎回毎回皇家の樹の実ばかりと思っていたら大間違いだ。
 ベースは確かに皇家の樹の実を使ってはいるが、フルーツジュースは研究を重ねたオリジナルブレンドのミックスジュースだし、フルーツの盛り合わせも市場に並ぶ何千種という果物の中から選りすぐった一品ばかりを、俺の好みと主観で揃えた物だ。
 少なくとも味は保証する。伊達に毎日毎日健康のために天然ジュースを飲んではいない。
 ジュースは主に俺と桜花、それに招待した孤児院の子供達の分だ。たまに桜花に誘われてこうして遊びに来ているのだが、林檎が『琥雪さんも子供好きですから、きっと喜びます』と言ってくれたのでパーティーは賑やかな方が楽しいだろう、と誘った訳だった。

「お姉ちゃん、玄関の飾り付けを見て欲しいんだけど……」
「あ、うん。今行くね」

 チラッとこっちを見て、桜花の手を引いて立ち去って行く少女。そう、あの事件で両親を失った少女だ。
 今は『平田ラウラ』と名乗っていた。名前からも分かると思うが平田家の養女になったのだ。言ってみれば桜花の妹という事になる。俺も知らなかっただけに、その話を聞いた時は驚いた。
 いつの間にそんな話がついたのか、経緯はさっぱり分からないが桜花の事を『お姉ちゃん』と慕っているようだし、上手く行っているなら喜ばしい事だ。まだ俺には心を開いてはくれないが、それでも以前よりはマシになったと思う。それに桜花だけでなく、他の子供達とも仲良くやれているようで安心していた。
 負い目を感じていなかったというとやはり嘘になるし、彼女の事を気にしなかった日は一日としてない。
 少しずつではあるが一歩ずつ前進している事を確認できて、それが何よりも嬉しかった。

「太老くん、どうしたの?」
「夕咲さん!? 驚かさないでください」
「将来、親子になるんだから遠慮しなくていいのに……」

 そう言って後から胸を押しつけてくる夕咲。最近、会う度にこれだ。
 将来、親子って……桜花の言っている事を真に受けているのか、冗談なのか、正直相手が夕咲だけに判断がつかなかった。

「ラウラちゃんの事を気にしてたの? もしかして姉妹ドンブリ?」
「母親の言葉として、それはどうかと思うんですが……」
「大丈夫よ。樹雷は一夫多妻制だもの」

 ――冗談だよな?
 あっけらかんとした様子で本当に何でもないかのように話すので、激しく不安になる。やはり夕咲も樹雷女性なのだと、あの鬼姫の部下なのだと思わせられた。
 一線を退いたとはいっても、今も鬼姫の相談役として政策秘書を務めているという話だ。未だにその影響力は衰えていない。
 それどころか、兼光や水穂も頭が上がらないくらいだ。ちなみにその事を知ったのは情報部に勤め始めてからだった。
 少なくとも樹雷では、『夕咲』の名は鬼姫に次いで有名な物らしい。鬼姫直下の第七聖衛艦隊の司令官を務め、今の瀬戸の剣と盾の役目を一人で担っていたという伝説的存在だ。水穂も瀬戸の下で働き始めた頃は、彼女に色々と教わっていたという話だった。
 その話を聞いて一つだけ分かった事がある。夕咲には余り逆らわない方がいいという事。後、兼光が夕咲に頭が上がらない理由にも頷ける話だった。

「兼光さんが許すとは思えないんですけど……」
「それも大丈夫。あの人も『太老殿なら許す』って言ってたしね」

 人差し指を立てて『問題ないでしょ?』という夕咲を見て、逃げ場が無い事に気付き頭を抱えた。
 取り敢えず、本人の意思まで無視する事はないと思いたいが、あの鬼姫の影響を色濃く受け継ぐ人だけに不安は捨てきれなかった。

【Side out】





【Side:琥雪】

 林檎様と水穂様には里帰りという事で連絡してあるが、本当の理由は太老様に会うためだ。
 通信で済ませられるような話でもなく、責任を果たすため退職願を出し仕事の引き継ぎを済ませると、私はその足で樹雷へと向かった。全ては先日のお詫びをするためだ。
 そして、これだけ遅くなってしまったのには理由があった。
 私のバッグの中に入っている厳重に封印を施された小箱。そこに入っている物を太老様にお渡しするため、準備をしていたからだ。
 そこに入っているのは皇玉の腕輪だった。それも数少ない真球をあしらった腕輪だ。

「……太老様」

 愛しいあの方を想い、赤子を扱うように大切にバッグを撫でる。
 この真球はただの皇玉ではない。私が持つコレクションの中でも二つとして同じ物がない最高の樹雷琥珀。
 将来、私が心から自分の主と認めた方、一生を添い遂げると決めた方にお渡ししようと心に決め、大切に保管していたものだ。
 私がこれを持ち出したのには、先日のお詫び以外に二つの理由があった。

 まず一つ目、発注ミスが発覚した後、直ぐに太老様から御礼の品として送られてきた皇家の樹の実のジュース。最初は何かの間違いでは、と考えたが通信の向こうの林檎様の幸せそうなお顔を拝見して、私はその考えを改めた。
 最初は無償交換を考え、指輪を届けた方々に一人ずつ私から謝罪をしようと考えていたのだが、全員が全員、その指輪を太老様から贈られた事を心から喜んでおられる事が分かったからだ。

(本来なら、このような間違いはあってはならない。正直に話をし、謝罪するべき事なのかもしれない。でも……)

 そのタイミングで送られてきた太老様の御礼の品。それだけで全てを察するには十分だった。
 何も言わないで欲しい――太老様は間違いだと気付きつつも、それを私に話さないで欲しい、と口止めを頼まれたのだ。
 林檎様の笑顔を見て思った。本来なら事情を説明し謝罪すべき事なのかもしれないが、あの幸せそうな顔を拝見した後では『間違いでした』などと伝え難い。
 それに太老様が『それで良い』と仰っている事に、私が口を差し挟むのは幾ら謝罪のためとはいえ出過ぎた行動だと考えた。
 贈られた品物がどんな物かではなく、贈られた方がどう思うかが一番大切な事だ。過程はどうあれ、あの指輪は贈られた方々にとって掛け替えのない宝物へと変わっていたのだ。それに水を差し、無理に取り上げる権利は私にはない。

 しかし、それは結果に過ぎない。その事で私が犯した過ちが無かった事になる訳ではなく、ましてや太老様に心労をお掛けし、林檎様達に嘘を吐かせてしまったのは決して消えない私の罪だった。
 お優しい太老様の事だ。自分が黙っていれば、全ては丸く収まる。そう考えられたに違いない。
 だがそれは太老様に一生隠し事をさせ、余計な負い目を背負わせてしまった事に他ならない。それでも太老様は、私の責任を追及はなさらないだろう。御礼状と一緒にあのような高価な品を贈ってくださった、という事は単なる口止め料という訳ではなく『最初からそのように注文をした』と周りを信じさせるためでもあると考えた。
 注文が間違いであれば、あのような代物を贈る理由にはならない。あれは文字通り太老様の心遣いに他ならなかった。
 全ては自分のした事だと、そう仰りたかったに違いない。
 結果的に私や、そして店の信用は保たれた。この事を知るのは、私と太老様の二人だけなのだから――

(でも、そのような事が許されるはずもない)

 そう、それでは私の気が済まなかった。
 全てを太老様一人に背負わせ、私一人が安穏と今まで通りの生活を送るような真似は出来ない。
 例え真実を語る事が出来ないのだとしても、太老様の支えになり、お役に立つ事くらいは出来るはずだ。ほんの少しでもいい、あの方のお役に立ちたかった。
 これが二つ目の理由だ。理由はどうあれ、私は太老様をお慕いしている。一生を賭してもお仕えしたいと考えるほどに――
 今回の一件でその事を強く自覚した。この真球の皇玉は、その証でもあった。
 ただのお詫びではない。文字通り、私の全てをあの方に捧げる覚悟で私は樹雷へと向かっていた。

「私を笑顔で送り出してくれた方々の気持ちに応えるためにも――」

 私が辞めるという話をすると店は大騒ぎになったが、老オーナーも私の覚悟を聞くと笑顔で送り出してくれた。
 そもそも私が本店を捨て、あの小さな店で働くようになった理由も最初はそちらの方が面白そうだったから、という単純なものだった。
 事の発端はあの店の老オーナー、創始者のリタイヤに始まり、最初は長男の方が本店を引き継いだのだが急死に遭い、次男がそのゴタゴタの隙をついて長男の息子より財産贈与権を奪い本店から放り出したのが、あの店を始める切っ掛けだった。

 私が本店を捨て、そちらの店に鞍替えしたのもそのためだ。
 創始者と同じく、長男の方やその息子は経営者というよりは職人としての気質が強く、自分の仕事に誇りを確りと持ち仕事をしている方で、私の考えや求めている物と共感する部分が多かった事も理由にある。
 とはいえ本店の根底を支えていた樹雷琥珀の採掘取引権を持った私が本店から居なくなる事で、結果的に古くからの馴染みのお客様も全て本店を離れ、あちらの店に流れるといった結果になってしまい、巻き込んでしまった老オーナーとお孫さんには大変な迷惑を掛けてしまった事は今でも反省している点ではあった。
 全ては私の我が儘と、負けず嫌いな性格が引き起こした結果。好きでやっていた仕事ではあるが、これまであの店で働いてきた理由にはそうして迷惑を掛けてしまった方々への恩返しの意味も込められていた。

 それに私も手塩に掛けて育てたあの店には愛着がある。言ってみれば我が子も同然だ。
 店を離れたからといって、私があそこで働いていた事実までは消えない。今までお世話になっておいて、恩を仇で返すような真似をするつもりは毛頭無かった。
 代々受け継いできた採掘取引権の譲渡は出来ないが、少なくともあの店が変わる事のない限り、引き続き『立木琥雪』の名に懸けてお付き合いをさせて頂く事を約束をした。後顧の憂いはない。

「太老様。あなた様の夢を叶えるお手伝いを、私にさせてください」

 それが私、立木琥雪の願いだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.