【Side:林檎】

 琥雪さんが太老様にお仕えするようになって早一ヶ月余り。
 彼女の仕事は太老様の補佐と、身の回りの世話をする事。そして――

 もう一つ、琥雪さんが太老様の協力者となった事により財団にも大きな進展があった。私と琥雪さん、二名の連名があった事により竜木家も財団への支援と協力を約束してくれたのだ。
 その事により竜木家と交流のある企業や国家が続々と支援者へ回ってくれた事が大きい。『立木』とはいえ、私の家もそうだが琥雪さんの家も分家の中では特に大きな力を持つ名家だ。
 それに琥雪さんは、代々樹雷琥珀の採掘権を保有している由緒ある商家の後継者でもある。
 皇玉に限らず、樹雷の琥珀を取り引きするには必ず彼女の家を通す必要があり、それ故に彼女が与える市場への影響は非常に大きな物だった。

「支援者も随分と増えましたね」
「柾木家、そして神木家。更には竜木の支援もあるし、先日の事件で負い目がある天木家も全面的に協力してくれてますからね」

 琥雪さんの言うように財団の支援者は随分と増えた。半分は前者にも述べた通り、彼女のお陰でもある。
 更に付け加えるなら先日のクリスマスパーティー以降、後ろ暗い事のある人達がこぞって財団の支援を表明した事も大きな要因にあった。全ては財団名が引き起こした勘違いと、あの騒動の影響だ。
 財団の運営状況は好調だ。設立当初から比べても、僅か一ヶ月で保有資産が十倍以上に膨れ上がるという信じられないような状況にある。
 設立当初から大きな財団の一つに数えられていたとはいえ、僅か一ヶ月余りでMMD財団に次ぐ規模に勢力を拡大していた。

(琥雪さんの存在は太老様の大きな助けになる)

 当初、琥雪さんが太老様にお仕えすると言いだした時はどうなる事かと心配し反対した事もあったが、今では太老様の理想を考えればそれでよかったと思える。
 これは個人の感情が差し挟む余地のない問題だ。
 太老様の事を本当に想っているのであれば、どちらに利があるかは考えるまでもない事だからだ。

「――様、林檎様?」
「あ、ごめんなさい。えっと問題のあがっている孤児院の補修工事の確認でしたか?」
「その件は先程済みました。先程からずっと心ここにあらずと言った様子ですし、やはりお加減が優れないのではありませんか?」
「い、いえ。大丈夫です。ごめんなさい……」

 理性では分かっていても、感情は太老様の傍に琥雪さんが居る事をよしとしていない自分がいる。
 我ながら心の狭い事だと思いつつ、それが嫉妬から来るモノだという事は自覚していた。
 息をスッと深く吸い込み、気持ちを落ち着かせる。太老様の事をお慕いしているのは事実だが、目的を見誤ってはならない。
 私が太老様の傍にいるのは、あの方の役に立ちたい。理想を叶えるお手伝いをしたいと考えての事だ。自分の気持ちを押しつけるためではない。
 琥雪さんもまた、そういう意味では私と同じ立場にあった。彼女を責めるのは大きな間違いだ。

(周囲に影響されて本分を忘れてはダメ……全ては太老様のために)

 それが立木林檎の願いであり、為すべき事だった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第69話『秘密基地』
作者 193






【Side:太老】

 ――カチャカチャ。カチャカチャ

「……お兄ちゃん、何やってるの?」
「ん? ああ、折角だから自分の工房をこっちにも造ろうと思ってさ」

 皇家の樹の間の最深部。先日、腕輪を隠したその場所に新しい俺の工房があった。格好良くいうと『隠れ家』、別名『秘密基地』とも言う。
 メインの工房は既に設置が済んでいるが、他の施設はここにいる第一世代の樹の力を借りて現在二十四時間体制で必要な建物を建造中だ。
 子供の頃に皆やった事があるだろ? 勝手に他人の土地を不法占拠して『ここが俺の秘密基地だ!』とか、ノリはそんな感じだ。
 ただ誤解の無いように言って置くが、俺は不法占拠している訳ではない。ここの住人(皇家の樹)と大家(津名魅)の許可はちゃんと得ている。

「工房って……」
「いや、だってここってセキュリティ的には完璧じゃない?」

 ご存じだと思うが、皇家の樹の間は本来であれば誰でも入れない。俺や桜花は船穂と龍皇を連れているので好き勝手に出入り出来るが、普通そうはいかないのが現実だ。
 だが、その条件さえクリア出来れば、ここは環境が凄く整っている魅力的な場所だ。
 樹の中とは思えないほどの広大な敷地に、最強の番犬ともいうべき皇家の樹の二十四時間三百六十五日の監視付き。
 銀河中探しても、ここほど鉄壁のセキュリティシステムは存在しないのではないだろうか?
 故に、俺の工房にするには打って付けの場所だと気付いた。

「こっちの生活にも慣れてきたし、そろそろ趣味を再開しようかと」
「…………」

 所謂、趣味全開のアイテム開発≠セ。最低限必要な物は工房ごと空間圧縮して、地球から樹雷に送ってもらった。
 女性ばかりの職場だし、家に帰っても女性だらけの場所で生活している分、気遣いやストレスも大きい。
 いや、それが嫌と言う訳ではないのだが想像してみるといい。完全寮制度の女学院に男一人放り込まれたような状況、それが今の俺だ。
 兼光や樹雷皇、それに内海など男性も僅かばかり居るが、接する機会も少ない上にその殆どが年上どころか、おっさんばかり。
 歳の近い男友達など居るはずもなく、何処にいても誰かが一緒に居るので心休まる時もない。

(その点、ここはほっとするんだよな)

 天樹の中こそ、俺が唯一心から安らげる場所だった。
 独りに成れる場所という意味では、ここ以上に良い場所を俺は知らない。
 まあ、桜花も自由に出入り出来るのだが、そこはそれ。女官や兼光に追い回されたりしないだけ、遥かにここの方が落ち着ける。

「あっ、心配しなくても桜花ちゃんの部屋も用意してるから自由に使って良いよ」
「……そうだよね。お兄ちゃんだもんね」

 何だか自分を言い聞かせるように繰り返し呟く桜花。仲間外れなどせず、ちゃんと桜花の部屋も用意してあると言うのに不満な点がまだあるのだろうか?
 一応言っておくと、その気になればここで自給自足して暮らせるだけの開発を行っていた。
 もう二〜三ヶ月もすれば余裕で寝て暮らせるだけの環境が整うはずだ。
 エネルギー源は無尽蔵とも言える皇家の樹から分けてもらっているし、天樹の中というだけあって人件費はタダ。皇家の樹が作物の育成や管理、更には作業用端末の操作までやってくれる。
 ちなみにこの端末というのは、船穂や龍皇の劣化版だと思ってくれていい。自由に大きさや形を変えられるだけでなく、皇家の樹からエネルギーを供給されているとあって、かなりのパワーを秘めているので力作業だけでなく警備にも最適。特に改造などしなくても、自由に動ける端末を与えるだけであれば問題なく可能だった。
 しかし端末自体がクリスタルコアと同調している二匹と違い、ここに居る端末達はあくまで遠隔操作で動かせる仮初めの身体に過ぎず、行動範囲も天樹の中だけと狭い。正確には天樹の中に固定されている亜空間内でなければ自由に動けないという事だ。
 今も忙しく動き回っている無数の端末達。これらは全て、天樹の中に居を構える皇家の樹とリンクしていた。

「お兄ちゃん、それより水穂お姉ちゃんが捜してたよ?」
「水穂さんが?」
「うん。それで多分ここだろうと思って呼びにきたんだけど」

 何の用事だろ? 仕事は休みだったはずだが、何か急な任務でも入ったのだろうか?
 折角の休みだし、もう少し作業を進めておきたかったのだが呼び出しとあっては仕方が無い。
 皇家の樹達に後の事は任せ、桜花と一緒に水鏡に戻る事にした。

【Side out】





【Side:水穂】

 太老くんと連絡の取れない時は大抵天樹≠フ中にいるので、こちらから連絡をつける事は不可能だ。
 阿主沙様なら太老くんを呼びに行く事も出来るだろうが、まさか阿主沙様にそんな事を頼む訳にも行かない。
 消去法で行くと、桜花ちゃんに頼む以外に方法がなかった。

「水穂お姉ちゃん、お兄ちゃんを連れてきたよ」

 水鏡の中にある執務室で仕事をしていると、太老くんを連れた桜花ちゃんが戻ってきた。

「助かったわ。桜花ちゃん、ありがとう」
「水穂さん、急用ってなんですか?」
「それなんだけど……九羅密家の当主『九羅密美瀾』様は知ってるかしら?」
「名前くらいなら……あ、この間のパーティーでちょっと見かけたかな?」

 太老くんの様子を見るに、やはり直接面識があると言う訳ではなさそうだった。
 彼をここに呼んだのは、その美瀾様から名指しで『正木太老に案内と護衛を頼みたい』と打診があったからだ。
 天樹にあるGP支部の視察や、孤児院の慰問が目的という話だが、本当の狙いは太老くんにある事は間違いない。
 しかし九羅密家当主からの正式な要請とあっては、こちらとしても特に問題がない限り断り難い。
 孤児院慰問の件も、九羅密家を始めとする連盟からの多額の寄付があった事もあり『支援先の様子を見てみたい』と言われれば、それをこちらは断る事が出来ない。

「美瀾様の案内を頼みたいの」
「ようは案内役兼護衛って事ですか?」
「ええ。お願い出来るかしら?」

 美瀾様には前科があるだけに確実に何かを企んでいるのは間違いないが、瀬戸様は好きにさせておけばいいと半分投げやりだった。
 もう半分は分かってて楽しんでいる、といった様子だったが……。

(太老くんなら大丈夫だとは思うけど、絶対に良くない事が起こるわよね……)

 どちらかというと心配なのは美瀾様の方だ。何かを企んでいる場合、美瀾様の安全は保証できない。
 というのも相手は太老くんだ。彼の力は色々な意味で飛び抜けている。特に『確率の天才』と呼ばれる力は、あの美星さんや西南くんまで巻き込むほどの力だった。
 美瀾様の計画の中に太老くんがターゲットとして入っていた場合、確実に碌でもない事が起こる。それも私達の予想を斜め上で飛び越えた何かが――

(美瀾様の場合、自業自得だとは思うけど……)

 相手は太老くんだけに本当にそれだけで済むか不安だ。あのクリスマスパーティー以降、太老くんに関する様々な憶測と噂が飛び交っているのを知っているだけに余計に不安は大きかった。
 その噂と言うのが『良い子にはプレゼントを、悪い子には爆弾を』のサンタクロースの話や、青いZZZ(トリプルゼット)と関連付けて噂されている『鬼の寵児』の話。太老くんと結びつける確証ある話は無いとは言え、瀬戸様の後継者が居るという噂は銀河中に波紋を広げた。
 幾ら情報規制を敷いていようと、それにも限界がある。色々な意味で太老くんは目立ち過ぎるので、それを抑えるだけでも一苦労だった。
 太老くんのお陰で水鏡の処理能力が向上していはいるが、実はその向上した分の処理能力を太老くんの秘密を隠すための情報操作に使っており、余り仕事の効率は上がっていないのが現状だ。
 それにここ最近、海賊を含める犯罪者の検挙率アップや、その対策と処理に終われる毎日で私達の仕事は三倍近くに増えていた。

「構いませんよ。それって、いつからですか?」
「明日の昼頃到着されるらしいわ。急で悪いけど、お願いするわね」
「はい」

 実のところ美瀾様の心配と言うより、そこで起こるアクシデントの方を心配していた。
 今でも一杯一杯なのに、これ以上仕事が増えたら間違いなく処理しきれなくなってしまう。
 それでなくても女官達は疲労困憊の様子で毎日遅くまで書類と向かい合っていた。

(はあ……何か対策を考えないとダメね)

 瀬戸様は面白ければ良いかもしれないが、このままでは私達の方が先にダウンしてしまう。
 この時から本気で、太老くん対策≠私は考え始めていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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