【Side:太老】

『本当にすまなかった。あのバカには、よーく言い聞かせておくので許して欲しい!』

 通信の向こうで申し訳なさそうに頭を下げている筋肉質の青い髪の女性は天南コマチ。今の天南財閥を実質取り仕切っているという静竜の奥さんだ。
 この突然の通信会談。五日前に事を発した私闘騒ぎに原因があった。
 気を失った静竜は、桜花の言うとおり荷物扱いで天南財閥に送りつけられたらしく、事の次第を聞かされたコマチが関係者にどうしても謝罪をしたいと、こうして連絡を取ってきたのが始まりだった。
 コマチから話を聞くと、また病気が再発したらしく『旅に出る』と書き置きを残したまま行方知れずになっていたとか。
 こうして何かを思い立ったかと思うと天南財閥のセキュリティを潜り抜け、フラッと居なくなる事がよくあるらしい。
 天南特例があるとはいえ、その度に他所様で迷惑を掛けて帰ってくるので、コマチも困り果てているといった様子だった。
 特に今回は樹雷の首都『天樹』で、しかも九羅密家長官の視察中に起こった事件で内容が内容だけに、コマチも一人ずつ関係者に頭を下げて回らざるを得ない状況に陥っていたと言う訳だ。相手が静竜(バカ)だけに天災と諦める他ないが、何とも不幸な話だと思う。

『パパ、またバカやった?』
『またまた?』
『バカやった! バカやった!』
『アンタ達、ちょっと大人しくしてな!』

 コマチの後で無邪気に動き回っているちびっ子。静竜をミニサイズにしたような男の子が三人、『バカ』という単語を連発して騒いでいた。
 コマチに怒られて逃げるように散っていく子供達。子供にまで『バカ』で覚えられているとは……さすがは天南静竜と言うべきか。
 こうしてペコペコと頭を下げているコマチを見ると、何だか可哀想に成ってしまう。
 静竜と結婚したばかりに、本来は下げなくても良い頭を下げて回らなくてはいけない彼女の心労は計り知れない。
 謝罪されているのはこちらなのだが、どうにも静竜絡みだと彼女への同情の方が先に立ち、怒るに怒れない状況にあった。

「いいですよ。怪我もありませんでしたし」
『そう言って頂けると助かる……』
「まあ、俺も似たような経験はありますから、痛いほど気持ちは分かりますしね……」

 コマチを見ていると他人事のように思えない。学生時代を思い出しながら俺はそう言った。
 三者面談や保護者参観でやってきたはずの保護者(柾木家の面々)の代わりに、先生や他の保護者に頭を下げて回っていた俺の苦労が分かるだろうか?
 あの人達に常識を求めるつもりはないが、トラブルに巻き込まれて迷惑を被るのはこちらなので本当にやめて欲しいと思った事が何度あるか。
 だからと言って『来ないでくれ!』などと言えるはずもなく、俺の学生時代に置いて学校のイベントと言う物は如何に被害を少なくするか、という級友の命や学校の命運を懸けた戦いでもあったのだ。
 何かが起こる度に鷲羽(マッド)が記憶操作をやってくれていたが、正直に言ってキリがないほど色々な事があった。
 体育館が消失する事件や、校庭に隕石が落ちたような巨大なクレーターが出来た事も。魎呼と阿重霞の私闘に巻き込まれて、教頭の残り少ない髪の毛が無残にも全て散った事もあったな。
 正木の村の関係者が数多く通っている学校とは言っても、昔と違って一般人も在籍している普通の学校だ。
 最終的な手段として記憶操作があるとはいっても、今までよくバレなかったと感心するくらいだった。
 まあ、裏山のお化け騒動など危ない場面は何度かあったが……。

「今後もこういう事があったら、遠慮無く対応させてもらいますけど」
『それは一向に構わない。寧ろ、ちょっとやそっとで懲りないし死なないから思う存分やってくれ』
「それじゃあ、遠慮無く――」
「お兄ちゃん、表の罠に天南のおじちゃんが掛かってるよ?」
「…………」
『……重ね重ねすまない』

 あの騒動から五日。
 早速リベンジに訪れた静竜。しかも、あっさり仕掛けておいた罠に引っ掛かった静竜に、呆れを通り越して溜め息が漏れる。
 何度も何度も深々と頭を下げるコマチをみて、心の底から同情を抱かずにはいられなかった。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第73話『クソジジイの悪巧み』
作者 193






 で、罠に引っ掛かったのが静竜だけならまだしも、美瀾までおまけについてきた事で更に溜め息が漏れた。
 この爺さん、先日からずっと俺に付き纏っていた。
 何か企んでいるとは思っていたが、色々と言い訳をして滞在を引き延ばし、天樹にまだ居座っていたのだ。
 居座っている理由は簡単。俺に『アカデミーに留学しないか』と執拗に迫っていたからだ。

「あれは酷いのではないか? さすがに儂も肝が冷えたぞ」
「本当は天南用≠フ罠なんですけどね」

 表に設置されている罠だが、皇家の樹の害意に鋭い特性を流用し、俺に悪意を持たない相手には発動しないように作ってある。ここが天樹の一角である事を利用したシステムだ。
 一度発動すると亜空間に対象者を取り込み、金タライから吊り天井に底なし沼と、対象に対して六六六種の罠で襲いかかるという極悪な代物だ。
 元々これは『虎の穴』と命名した俺の発明品なのだが、これまでに俺が鷲羽(マッド)に嵌められた罠を余す事なく設置しており、可愛い弟分(剣士)の試練として用意したものだった。
 まあ本音を言えば、俺ばかり鷲羽(マッド)の実験の餌食になっているのを不平等に感じて、弟分である剣士にも痛みを分かち合って貰おうと製作した物だったのだが――

(剣士の奴は、あっさり攻略しちゃったんだよな)

 内容を知ってる俺を除けば、剣士はこの『虎の穴』を完全攻略≠オたプレイヤーの一人だった。ちなみに他に完全攻略をしたのは二人しか俺は知らない。鷲羽(マッド)と正木かすみ――俺の母さんだ。
 しかも剣士は、最高難度のレベルSを、三十分でクリアという偉業を成し遂げている。これは製作者の俺にも出せないタイムだ。
 剣士はトラップ解除や罠抜けとか、細かい作業があの家で誰よりも%セ意だった。

 とはいえ確かに極悪な罠ではあるが勝手に発動するような事は無い。安全性を考慮して前でも述べた通り、皇家の樹の判断任せではあるが悪意を持たない相手には発動しないように設置してある。
 にも関わらず静竜に巻き込まれたのか、はたまた他に何か企んでいたのか、美瀾も見事に罠に嵌っていた。
 ちなみに静竜は、いつもの通り気絶したところでダンボールに詰め、荷物扱いで天南財閥に送りつけておいた。
 また数日したら戻ってくるかも知れないが、そこはそれ。今回のデータを基に、ちょっとトラップのレベルを引き上げておこうと思う。力尽くで攻略できるほど『虎の穴』は甘くない。まだ暫くは通用するだろう。

「それで、決めてくれたかね?」
「だから何度言われても、その気はないですって」

 ――銀河アカデミーへの留学
 興味が無い訳ではないが、今の仕事を辞めたり放り出してまで通いたいとは思わない。
 普通の高校に通えなかった時点で進学は既に諦めているし、第一普通ではない♀w校に通うつもりは俺には無かった。
 アカデミーに留学など、どう考えても平穏破壊フラグに思えてならない。変人の巣窟≠ニも言われているあのアカデミーだ。
 そこに通う生徒は例外なく変人ばかり。そんな場所で俺みたいな一般人≠ェ、とてもじゃないがやっていけるとは思えない。

「俺みたいな一般人が、そんなところでやっていけるとは思えないですし」
「……一般人?」
「はあ……これだから自覚のない人は」

 本当に不思議そうな表情を浮かべる美瀾と桜花。いや、酷くない?
 俺は、そこまで自分が変人だとは思っていない。確かに勝仁の訓練や鷲羽(マッド)の所為で多少は鍛えられているが、これまでに知り合ってきた人物の中では余裕で一般人と言える範疇だ。数少ない常識人だと自負している。
 誤解の無いように言って置くが、俺は前世ではオタクと言われる分類の人間だったし、多少変わっているかもしれないと自覚しているが決して変人≠ナはない。
 変人とは即ち、鷲羽(マッド)のような人間の事をいう。少しオタクだというだけで、変人扱いなんて偏見もいいところだ。
 ロリコンという言葉一つを例に挙げても、『可愛い物が好き』というだけで変態扱いされている紳士が、どれだけこの世には居ることか。
 悪しきマスコミの情報操作や世論に踊らされて、何でも一括りにして変な誤解をしないで欲しいと切に願う。

「とにかく、俺はそのつもりはないので」
「ううむ……出来るだけ穏便に済ませたかったが、これを見てもそんな事が言えるかね?」

 美瀾が提示してきたのは、アカデミー施設の修繕費などの請求書だった。
 そう、俺が哲学科でパーソナルデータを暴走させて壊した施設の修繕費だ。
 ゼロの桁が間違っているのではないか、と思えるほどの数字がそこには並んでいた。
 あの件に関しては一向に音沙汰無しだったのでバレていないと思っていたのだが、やはりその見通しは甘かったらしい。

「……俺を脅す気ですか?」
「脅すとは失礼な。アカデミーに留学さえすれば、それも含めて全て費用はこちらで持とうと言っておるのだよ。これはあくまで交換条件だ」

 悪辣な表情でニヤリと笑う美瀾。
 言葉優しく交換条件などと言っているが、払う金が無い以上、俺に拒否権はないに等しかった。
 何か企んでいるとは思っていたが、ここに来てこんな請求書を出してくるとは俺も考えが甘かったようだ。
 狙いは俺か? それとも――

「少し考えさせてください。保護者≠ノも相談したいので」
「うむ。良い返事を期待しとるよ」


   ◆


「――てな事がありまして」
「太老様の敵ですね。抹殺しましょう」
「ちょ!? 行き成り抹殺って! タンマ、林檎さん! 水穂さんと琥雪さんも黙ってないで止めて!」
「林檎ちゃん。太老くんの事となると見境が無くなるのよね」
「ですが、今回は感情的にも林檎様に同意する部分がありますし」

 危なかった。幾ら何でも九羅密家の当主を抹殺とか、再び戦争でも引き起こすつもりですか?
 俺の不用意な発言で世二我との戦争に発展とか、冗談でもやめて欲しいネタだ。責任を感じて引き籠もりになっちゃいますよ?
 ちなみに美瀾は『保護者』と聞いて俺の両親の事を思い浮かべたようだが、そこからして大きな間違いだった。
 俺が保護者≠ニ言ったのは水穂の事だ。
 当然ながら水穂に話せば林檎の耳に入らないはずがなく、そしたら琥雪にも自然と話が行く。
 あそこに桜花が居た時点で夕咲とかにも話が言っているだろうから、隠し事なんて出来るはずもなかった。

 え? 告げ口じゃないかって?
 俺が脅しに屈して素直にいう事を聞くとでも?

 冗談ではない。利用できる物はなんでも利用する。その上で借金も踏み倒して、美瀾を孤立させるのが俺の狙いだ。
 第一あの請求書だって、本当に支払う義務があるかどうかも怪しいものだ。
 俺は拉致られて実験に参加させられただけだし、哲学科の生徒やそれを抑えきれなかった教師に問題があるだけで、俺は被害者と言っても過言ではない。過失は向こうにある。

 しかし、そんな事が分からないほど美瀾は果たしてバカだろうか?

 そこが、この話の問題点だった。

「百パーセント罠でしょうね」
「やっぱり、そう思います?」

 水穂も俺と同じ考えのようだ。林檎と琥雪も頷いている。
 では、何を企んでいるかが問題なのだが、この場合、美瀾の性格を考えてみるといい。
 俺と美瀾の接点は殆どと言って良いほどない。それなのに何故、美瀾が俺に接触してきたか。
 俺と美瀾に共通する接点で、美瀾が悪巧みをする原因を考えれば自ずと答えは見えてくるはずだ。

「やっぱり瀬戸様絡みかな……」
「瀬戸様が原因ね」
「瀬戸様ですね」
「瀬戸様でしょうね」

 俺、水穂、林檎、琥雪、全員の見解が一致した。
 いや、それ以外に考えられないだろう? どう考えても、俺に接触してきた原因は鬼姫絡みだ。
 美瀾が鬼姫の事を敵視しているのは、二人の関係者なら誰でも知っている事だ。それこそ仲違いの原因は、数え切れないほど出て来るだろうし。クソババアに恨みを抱いている連中は、それこそ腐るほどいる。
 結論からいうと、俺は鬼姫に復讐するために利用されたという訳だ。
 俺と鬼姫の関係は公的には伏せられているそうだが、恐らくは美星にでも聞いたと考えるのが妥当だろう。
 それにちょっとした情報通なら、俺が鬼姫のところに居る事くらい察していても不思議ではない。

「美瀾様の目的は予想がつくけど……そうね。全部、瀬戸様に被ってもらいましょう」

 え? 水穂さん?
 何だか背中から黒いオーラが漏れ出てますよ?

「良い考えですね。たまには瀬戸様にも、私達の苦労を分かって頂かないと」

 林檎さんまで、そのにこやかな笑顔が怖いんですけど……?

「太老様。こうなったら、お二人は止められないと思います」
「琥雪さん……」
「それに太老様に害を及ぼそうとされたのですから、当事者である美瀾様や関係者である瀬戸様には責任を負って頂かないと」

 いや、美瀾の悪巧みを阻止できればよかっただけなのですが……。
 どうやら相談するつもりで、地雷を踏んでしまったようだった。

(ま、まあ、自業自得だよな)

 俺は悪くないよな。美瀾と鬼姫は自業自得だし。
 あの二人を弁護してやる理由は俺にはないし、黒化した水穂達に意見する勇気は俺にはない。
 俺に出来る事といえば、被害が自分に及ばないように静かに成り行きを見守る事だけだった。


   ◆


 ……TO BE CONTINUED



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