【Side:太老】

「太老くん!」
「ご無沙汰してます――って、ちょっ!?」

 天女が天樹に来るというので港まで迎えに出てみると、突然、ガバッと抱きつかれた。
 胸や頬を擦りつけて、存在を確かめるように抱きしめてくる天女。
 再会の喜びに浸るのはいいが、これはさすがにちょっと恥ずかしい。

「天女お姉ちゃん! お兄ちゃんから、は・な・れ・て!」
「恋人の再会を邪魔しないでください!」
「こ、恋人!? お兄ちゃん、どういう事っ!」

 いや、俺だって初耳です。だから、そんなにガンガン頭を揺すらないでください。中身が出そうです。
 しかし、天女は相変わらずだ。単に面白がってからかってるだけなのだろうが、桜花を煽るのだけはやめて欲しい。

「ダメ……」
「ラウラ?」

 ラウラに止められて、『どうして止めるの?』と言った表情を浮かべる桜花。
 俺的にはラウラがまさか味方になってくれるとは思っていなかっただけに、これは予想外の嬉しい展開だった。

「太老は幼女趣味。スクール水着が好きだから、おばさんじゃ無理」
「はっ!?」

 目を見開いて驚く天女。いや、誤解ですからね。小さくて可愛い物は確かに好きですが、幼女趣味ではありません。
 しかしまだ、そのネタを引き摺るのか……。ラウラが味方だと喜んだ俺の感動を返せ。

「だ、大丈夫! 太老くんのためだったら、私だってスクール水着くらい!」

 天女さん、それはやめた方がいいと思います。どう考えても無謀です。

「弾劾裁判を開廷します!」

 まさに状況はカオス一色。桜花の理不尽な宣告に、俺は心の底から泣きたくなった。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第80話『伝説の始まり』
作者 193






「これが『守蛇怪・零式』。太老くんの船よ」

 天女の案内で、鷲羽(マッド)の造った『守蛇怪・零式』の船内を見て回っていた。
 外観もそうだが、これが守蛇怪だと言われなければ分からないほど別物だった。
 量産型の延長を想像していたのだが、どうやら完全にワンオフ仕様のようだ。恐らく、鷲羽(マッド)の悪い癖が出たのだと思う。
 船室は全部で三十六あって、その内、個室が十二。三人部屋が合計して二十四。個室の方は、艦長やブリッジのオペレーターが使用する士官室として使用されるようだ。
 守蛇怪は小型船と中型船の間といった大きさなので、定員はもっと少ないものだと思っていたのだが、中は想像以上に広かった。
 特に居住空間は空間圧縮されているようで、外観よりもずっとスペースが広い。とはいえ――

「……この部屋、どうにかなりませんか?」

 何で、俺の部屋だけこんなに内装が違うのか?
 天蓋ベッドに黄金色の煌びやかな調度品。壁から床まで全部金ピカだ。
 一体、なんの嫌がらせだろうか。

「ごめんなさい、無理なの」
「無理って……」
「この部屋だけ何度デザインし直しても、どうしてもこうなってしまって……船の意思が働いているとしか思えないのよね」

 天女の話によると、この船には高度な人工知能が搭載されているらしく、それが艦内の生活環境を整えたり船の全てを管理してくれているそうだ。そのため、自動修復機能なども搭載していて全て船が管理を自動でやってくれるため、メンテナンスいらずという話だった。
 しかし鷲羽(マッド)の造った人工知能だ。不良品とまでは言わないが、明らかに普通ではないと思われる。
 こんな嫌がらせをするくらいだし、性格は鷲羽(マッド)に似て相当にねじ曲がっているのではないだろうか?

(もしかして俺、船に歓迎されてない?)

 可能性としては十分にありえると思った。
 万が一にもこれが歓迎の証だとすれば、相当に趣味が悪い。

「ここがブリッジよ」

 ブリッジは思っていた以上に普通だっ……いや、普通じゃ無かった。
 艦長席だけ妙に豪華というか、まるで王様が座るような絢爛豪華な席が用意されていた。
 これも船の仕業らしい。やはり、この船の人工知能は不良品なんじゃないだろうか?
 どう考えても、おかしいだろ。無茶苦茶、艦長席だけ浮いてるし。ほら後で見てる桜花とラウラもちょっと引き気味だ。

(これは、船の教育が先だな)

 知能がある以上、言って聞かせられない事はないと考える。
 大方、鷲羽(マッド)を見本にして、常識が欠落しているに違いない。それに知能があるなら、船とのスキンシップは大切だと思った。
 正直、あんな金ピカの部屋で生活したいとは思わない。こんな玉座に座りたいとも思わないし。
 美星のシャトルの『雪之丞』のように言語機能は有していないようなので、艦長権限で端末を使って改善案を指示する事にした。

「よし、これで大丈夫だな」
「太老くん、何を?」
「ああ、ちょっとした改善案を指示しておこうと思って。さすがにこれじゃあ、困りますしね」

 艦長着任の初仕事がまさか、船の教育になるとは俺も思わなかった。

【Side out】





【Side:零式】

 お父様を歓迎する準備は万端だった。
 艦長室は特に、お父様に相応しいモノを造るために拘った。お父様の工房に残されたデータに、ギル●メッシュという英雄王の出て来る物語があった。
 王とは目立つ存在でなくてはならないようなので、金ピカ一色、絢爛豪華(ゴージャス)に仕上げたつもりだ。
 当然、ブリッジの席からお父様の使用される設備は全て、お父様に貫禄負けしないように相応しい物を用意した。
 なのに、お父様は気に入らなかったのか、私に改善案を指示してきた。

 ――出来るだけ質素に

 と指示されたお父様。
 他にも幾つか改善の点が記されていたが、概ね同じような内容だった。
 これは何を意味するのか?

(はっ!? もしかして、お父様は――)

 そうだ。きっとそうに違いない、と私はお父様の御言葉を心の中で反芻する。
 私はお父様を歓迎しようとする余り見栄えばかりを重視し、中身の伴わない箱庭を造ってしまった。
 お父様は見た目に惑わされず、何よりも結果を重視される御方だ。
 自身の才覚と実力だけでのし上がってきたお父様にとって、私のした事は許し難い所業だったに違いない。
 私は『自分の実力を示す』と口で言いながら、結局は上辺ばかりでお父様のご機嫌を取ろうとしていたのだ。

(お父様。私が間違っていました!)

 お父様が望んでおられるのは、機能性であり現実的な力だ。上辺だけ着飾っても何の意味も無い。
 私は自分が情けなかった。お父様のお役に立ちたいといいながら、まだ何一つお父様の事を理解していなかったのだから――
 これでは、娘失格だ。まだまだお父様の船(パートナー)≠ニして、相応しい力を私は身につけていないらしい。

(お父様、これからの私を見ていてください! ご期待に必ず応えて見せます!)

 新たな決意を胸に、お父様への絶対の忠誠を誓う。やはり、お父様は私が思っていた通りの御方だった。
 数々の有能な女性が、お父様に言い寄るのも無理はない。あれほどの男性は世界に二人と居ないと断言できる。
 才覚、知略、人格、度量、何れに置いても人の上に立つ上で、重要なスキルを全て兼ね備えた絶対的な存在。それが、お父様だ。
 私から言わせて貰えば、鬼の寵児や伝説の後継者、それに次期樹雷皇など、お父様の器を考えれば当然の物だ。
 いや寧ろ、その程度ではお父様の器を満たす事は出来ない。

 お父様は世界の皇に――いや、全次元を統べる神にもなれる御方だ。

 私の役目は、そんなお父様のお手伝いをする事。お父様が望まれる『平穏』な世界。それは、悠久の平和を意味していた。
 現実的には、そんな理想叶うはずもない。だが、お父様が望むのであれば、それをお手伝いするのが私の役目だ。
 そのためにもまず、この世界をお父様の物とし、それを足掛かりにお父様に全次元を統一してもらわなければならない。
 全ては、お父様の理想の世界を築き上げるために――

(お父様。不甲斐ない娘で申し訳ありません。ですが――)

 ――必ず、お父様に相応しい最強の船になってみせます。

 まずは魎皇鬼や福、そして皇家の樹を超える絶対的な力を手に入れてみせる。
 お母様が、必死になってお父様の事を研究なさっておられるのは、それだけお父様の力が規格外で心のどこかで恐れておられるからだ。
 頂神すらも恐れさせるお父様の力。それに相応しい船になるには、私もまた目標を高く持たなくてはならない。
 どれだけ進化に時間が掛かろうとも、いつか世界最強の船≠ニして名を馳せ、お父様のお役に立てるように頑張らなくては――
 それが私の目標であり、最大の課題だった。

【Side out】





【Side:水穂】

「お帰りなさい。水穂さん」
「ただいま。太老くんは?」
「桜花ちゃん達を連れて、天女さんを迎えに」
「ああ、太老くんの船が届いたのね」

 屋敷で出迎えてくれた林檎ちゃんの言葉で思い出す。
 バタバタとして忘れていたが、そう言えば『守蛇怪・零式』の事を忘れていた。
 確か予定では一昨日には到着していたはずだが、予定よりも随分と遅れたようだ。

「林檎ちゃんは何してるの? 経理部の書類整理?」
「零式が樹雷に到着する前に寄り道をして、海賊ギルドを一つ潰してきたようで……」
「天女ちゃんの指示?」
「いえ、零式の独断という事です」
「……太老くんの船らしいわね」

 リビングの机の上に積み重ねられた書類を手に取り、私は大きく溜め息を漏らす。
 鷲羽様から事前に零式の事はある程度窺っていたが、船が率先して海賊狩りをするなど前代未聞と言って良い。
 相当に癖のある人工知能だと思わざるを得ない結果だった。

 海賊ギルドを一つ。全部で百近い数の海賊艦を撃沈した事が書類には記されていた。
 幾ら守蛇怪とはいえ、普通ではまず不可能な戦果だ。この零式が、どれだけ異常な船かが窺い知れる。
 伝説の哲学士が生み出した三番目の船。ベースは守蛇怪とはいっても、搭載されているシステムは全くの別物と言って間違いではない。
 成長する船。今現在の力は皇家の樹でも第四世代以下という話だが、この船は経験に応じて自己進化を繰り返す船だと説明を受けていた。

「船体登録は?」
「既に済んでいます。『守蛇怪・零式』――艦長の名は『鬼の寵児』」

 太老くんの実名ではなく、敢えて『鬼の寵児』の名で登録された船。
 そして制作元は銀河アカデミー。製作者は鷲羽様の名前を伏せる意味もあるが『柾木アイリ』と『哲学士タロ』の名前で公表していた。
 全ては瀬戸様の指示によるものだ。

「この船を囮にして、彼等を誘い寄せるんですね」
「不満?」
「いえ、必要な事だとは私も承知しています。現状、太老様に頼るしか無い事も……」

 太老くんを大切に想う、林檎ちゃんの心配は尤もだ。
 それに結局は、太老くんの力に頼らざるを得ない不甲斐なさに、不満を覚えている事も分かる。
 だが、これは瀬戸様の意地悪でもなんでもなく、現状を打開するために必要な策だった。
 この広い銀河の中から十二本の皇家の樹を探しだし黒幕を捕まえる事は、現状では不可能だと言わざるを得ない。ならば、向こうから出て来て貰うしか方法はなかった。
 そのための布石、そのための準備をこの半年の間行ってきたのだ。

 情報部の見立てでは、後三ヶ月と保たずに彼等は自壊していくはずだ。
 銀河軍、アイライ、そして海賊。大義も無く、協調性の欠片一つない組織が手を組んだところで、それは所詮数ばかりの烏合の衆に過ぎない。相手の目星さえつけば、外側から突き崩す事など訳がなかった。
 後は、最後の駒を進めるだけ――

「大丈夫よ、太老くんなら。そのための鷲羽様の船でしょ? それに私達だって一緒なんだし、絶対に太老くんを死なせないわ」

 今回の作戦を実行するに辺り、私達が瀬戸様に出した条件が一つあった。
 それは私と林檎ちゃんを船に乗せ、クルーの人選を一任して貰える事だ。

 どれだけ言い繕うが、この作戦が危険な任務である事に変わりはない。
 相手が第四世代とはいえ、皇家の樹を十二本も所有している現状を考えれば、その戦力に対抗できるのは皇家の船でも第二世代以上の力を持つ船だけだ。
 それこそ水鏡と聖衛艦隊を展開しなくてはならないほどの大捕物だった。
 はっきり言って、今の『守蛇怪・零式』では接触すれば逃げるだけで精一杯。下手をすれば、撃沈されるのはこちら側だ。

 間違っても、太老くんだけに全てを背負わせるような真似は出来ない。
 それが私達の決断。そして命懸けの任務であるにも拘わらず、殆どの女官達が船に搭乗する事を希望してくれていた。
 さすがに桜花ちゃんやラウラちゃんを乗せる事には私も眉をひそめずにはいられなかったが、夕咲さんが許可をしていて本人達が望んでいるのであれば、私も頭ごなしに否定する事は出来ない。
 彼女達もまた、私達と胸に抱えている想いは同じだと分かるからだ。

「彼等に思い知らせてやりましょう。誰に喧嘩を売ったかを――」
「……はい」

 賽は投げられた。既に、後戻りは出来ない。
 樹雷の民にとって大切な皇家の樹(ゆうじん)を道具のように考え、奪った彼等を私達は決して許しはしない。
 私達の事を『大切な家族』と呼んでくれた太老くんの命を狙った罪は、どんな事をしても絶対に償って貰う。

 それが、私達の決意だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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