【Side:零式】

 お父様が攫われた。正確には脅されて、自主的に付いていったと言った方が正しい。

「ごめんなさい。私が付いていたのに……」
「桜花ちゃんの所為じゃないわ。その状況じゃ仕方がないもの……」

 平田桜花が悔しそうに言葉を漏らす。それを慰める柾木水穂。
 他の面々も同じようで、今にもお通夜が始まりそうなくらいブリッジは暗い雰囲気に包まれていた。
 とはいえ、私はお父様を敵がどうこう出来るとは思っていない。
 はっきり言って、お父様がやられるところなんて微塵も想像出来ないからだ。

 取り敢えず状況を整理する事にした。平田ラウラは『ラウラ・バルタ』で、バルタ王の孫を名乗った。
 納月の乗員とラウラ自身を人質に取られ、お父様は仕方なく降伏してラウラに付いていった。
 これが、ここまでの状況だ。

 だが腑に落ちないのが、あの狡猾で残虐非道な完璧主義のお父様が、何の策も無しに敵の罠に嵌るかどうか、という点だ。
 私の知るお父様であれば、まずそれはありえない。
 だとすれば、私達が何か見逃している点があるはずだった。

(どうしたのですか? えっと、船穂と龍皇でしたっけ?)

 考え事をしていると、私にアクセスしてくる二体の端末体に気付く。

(はっ!? まさか、そういう事なのですか?)

 船穂と龍皇は端末とは言っても、第一世代、第二世代の皇家の樹だ。
 そして皇家の樹は引き寄せ合い、リンクを通して互いの位置を感じ取る事が出来る。
 お父様の狙いが分かった。何故、船穂と龍皇を残していったのか。

「早く、太老くんを助けに行かないと!」
「天女さん、落ち着いてください。太老様の居場所どころか、敵の本拠地も分からないのですよ?」
「個人転送が可能な区域を全て捜索するにしても、かなりの範囲ね。直ぐに、と言う訳には……」

 柾木天女が声を荒らげるも、立木林檎、柾木水穂は冷静に今の状況を冷静に判断し、そんな天女を諫めてみせた。
 だが、彼女達はまだ気付いていないようだ。
 お父様が自分を餌にして、敵の位置を知らせてくれたと言うのに――

(私に協力してくれますか? お父様のために)

 船穂と龍皇に協力してもらい、お父様の現在地を割り出す作業をする。
 お父様の指には水鏡の指輪が填っている。船穂と龍皇の力を借りれば、その位置を探れるはずだ。
 案の定、忽然と水鏡の反応が消え、リンクが遮断された後を発見した。
 敵もバカでは無いらしい。位置を容易に知られないために複数回に及ぶ転送を繰り返し、更には皇家の樹とのリンクを遮断する徹底振りだ。
 だが、その程度で私から逃げ切れると思ったら大間違いだ。
 まずは船穂のマスター権限を使い水鏡にアクセスし、過去のリンク情報を引き出す事で転送ルートを割り出す。
 皇家の樹のリンクが機能しなくなった場所。反応が消えた場所を中心に位置の洗い出しを行い、敵のアジトの位置を絞り出した。

「これって……零式、あなたなの?」

 位置の特定が済んだところで、座標情報を空間モニターに表示してみせた。
 驚いた様子で、問い掛けてくる柾木水穂。その通り、お父様のパートナーである私の仕業だ。
 というか、皇家の樹の力を利用して位置を割り出す作業なんて、私以外には出来るはずもなかった。

 お父様の船である私にしか出来ない仕事です。まあ、船穂と龍皇の協力が無ければ無理でしたけどね。
 それよりも凄いのは、やはりお父様です。お父様の機転が無ければ、敵のアジトの特定は不可能でした。
 ここまで計算して敵陣に単身乗り込まれたのですから、お父様の方は心配は要らないでしょう。

「さすがは太老様ですね。ただ捕まった訳ではなく、ここまで先を読んでいたなんて……」

 立木林檎は、お父様の凄さがよく分かっていますね。さすがに、お父様の事を普段からよく見ているだけの事はあります。
 その後、話し合いの結果、納月の乗員を助け出す救出部隊と、敵の攻撃を惹きつける囮部隊の二つに別れることになりました。
 突入部隊には水穂と桜花。そして『剣』と呼ばれる二十名からなる戦闘に特化した女官達が――
 私と他の者は、敵の注意を惹きつける役です。

(フフフッ、では派手にやるとしますか。あなた達にも手伝ってもらいますよ)

 船穂と龍皇。そしてリンクで繋がっている全ての皇家の樹達に合図を送ります。
 お父様のためという事で、皆、快く了承してくれました。やはり、これもお父様の人徳の成せる業です。
 お父様から託された秘密兵器(プログラム)。そして樹雷に数多と名を連なる皇家の樹の力。
 お父様の力を最大限に発揮するように考えに考えぬ抜いた私の計画(プラン)

 さあ、虫けら共。絶望し、後悔するといいのですよ。
 お父様を怒らせ、本気にさせた事を――

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第87話『タコの罠』
作者 193






【Side:太老】

 敵の本拠地、宇宙船の中と思われるが大聖堂のような石造りの廊下にコツコツと二人分の足音が響く。

 さて、どうしたものか。
 逃げ出す事は簡単だが、それでは納月の乗員の命が危ない。人質を取られている以上、大人しく今はいう事を聞いて置くのが賢明か。
 船穂と龍皇は置いてきてしまったしな。あの場では選択肢なんかなかったとはいえ、後先考えずに付いて来た事を少し後悔していた。
 それにいざとなったら水鏡の指輪で連絡を取ればいい、と考えていたにも拘わらず、この中では皇家の樹とのリンクも遮断されていると来る。用意周到にもほどがあるだろう。

(……救出を待つしかないか。その時がチャンスだな)

 零式には水穂や林檎も居るし、他にも天女や優秀な瀬戸の女官達が居る。
 多分、何とかしてくれるものと期待するしかない。
 事前に準備する時間が無かったとはいえ、やはり行き当たりばったりはダメだな。

「ラウラちゃんは二重人格と思っていいのかな?」
「……それは少し違う。私はラウラであってラウラでない。本当は、もうこの世に居ないはずの存在」
「それって……もしかして、リョーコさんと関係ある?」
「…………」

 (だんま)りか。だが、その態度からも無関係でない事は明らかだ。
 バルタの家系図は見た事がないのでなんとも言えないが、リョーコの両親は他界。
 祖母も死亡扱いとなっている事から、あそこは後継者がリョーコしか居ない事で問題となっていたはずだ。
 だとすれば、ラウラの正体は――

(リョーコさんの母親の姉妹? いや、姉は居ないとか言ってたし、もしかして……)

 そんな事がありえるのか? と考えるが、嘘を言っているようには見えない。
 俺がリョーコの名前を出した時の反応から見ても、恐らく俺の考えは間違っていないはずだ。

「リョーコさんの母親とか?」
「――!」

 僅かに動揺し、ラウラの肩が震えるのを俺は見逃さなかった。
 図星か。しかし両親は既に他界している、という話を聞いているし、どう言う訳だ?
 生き返ったなんて事はまずありえないだろうから死んでなかったか、もしくは本人のアストラルコピーという線も考えられる。
 身体年齢はこの際、余り重要ではない。身体だけ退行させるなり、現在の技術力なら色々と方法はあるからだ。
 だがこの様子では、詳しく事情を訊いたところで、まず答えてはくれないだろう。

(ラウラちゃんを使って、俺を連れてくるように指示した奴に訊いてみるしかないか)

 現状、納月の乗員と目の前のラウラを人質に取られているのと同じだ。残念ながら、今の状態では手出しが出来ない。
 態々、外部とのリンクを遮断して待ち構えているような相手だ。その用意周到さからも、非常に面倒な相手だと思う。
 ただ、裏を返せば臆病者という事だ。こちらの力を恐れているから、念には念を入れて遠回しな策を講じてくる。
 そこに必ず逆転のチャンスはある、と考えていた。

「何も答えてくれないなら、それも仕方が無いと思う。でも、一つだけいいかな?」
「…………」
「俺はラウラちゃんが誰であれ、大切な女の子だと思ってる。桜花ちゃんも、君の事を本当の妹だと思って大切にしてる。それだけは、信じて欲しい」

 どちらのラウラも、俺にとってラウラである事に変わりはない。彼女の正体がなんであれ、俺達がラウラと過ごした時間が無かった事にはならない。それは桜花も同じ気持ちのはずだ。
 でなければ、あの場で躊躇ったりはしなかった。
 もう一人のラウラが答えられない。俺達の敵に回ると言うのなら仕方が無い。
 でも俺はともかく、桜花の気持ちまで否定して欲しくはなかった。

「……分かっています」
「なら、いいんだ。ラウラちゃんの事も、絶対に救って見せるから」

 ラウラの言葉を聞いて、少し安心した。
 絶対に救うなんて、根拠のない言葉だと言うのは自分でも分かっている。
 だけど、二度と桜花を泣かせたく無い。それはラウラも同じだった。


   ◆


「クレー様。正木太老を連れてきました」

 広大な大聖堂の奥に案内され、そこで待っていた人物。
 ラウラに『クレー』と言う名で呼ばれ、堂々とした威風で席を立ち上がる初老の男性。
 左眼には義眼のような物をつけ、クルクルと巻かれたタコ足のような髭。妙なマークが入った帽子と赤いローブを身に纏っていた。

 ――Dr.クレー
 その名には、俺も覚えがあった。

「ああ、タコか」
「その名で儂を呼ぶな!」

 鷲羽(マッド)に『タコ』の渾名で呼ばれ、アカデミーを追放された変態哲学士。
 そして鷲羽(マッド)曰く、幼い身体に劣情を抱く悪しきロリコンであり、幼女の敵とも言える存在。これまでの経緯からも、非常に納得が行く話だった。
 ラウラに命令し、桜花を泣かせた張本人。俺の敵とも言える男が目の前に居た。

「くッ! 鷲羽のお気に入りというのは本当のようだな」
「そう呼ばれたくないなら、そのタコ頭をなんとかしたらどうだ? 明らかに趣味悪いだろう」
「き、貴様! 自分の立場が分かっておるのか!?」

 分かってるから手を出さないんだろう?
 直ぐにでもぶっ殺してやりたいのを、言葉で罵る程度で我慢しているくらいだ。
 大体、本当の事しか言っていない。『タコ』と呼ばれるのを嫌う癖に、その髭はないだろう。

「嫌なら髭を剃ればいいのに……」
「これは儂のチャームポイント≠セ!」
「プッ! アハハハハ――ッ! チャ、チャームポイントって……ぶッ!」
「ぐぬぬぬぬ……」

 自分で『チャームポイント』なんていう奴、初めて見た。
 笑いを堪えきれず、思わず腹を抱えて笑ってしまう。

「……ぷっ!」
「ラウラ! 貴様も笑うな!」

 いや、普通笑うだろう。この状況で『笑うな』なんて無茶な命令だ。
 何というか、こんな奴の罠に嵌められたかと思うと情けなくなってきた。
 最初は頭の切れる奴と思っていたが、実際はかなり乗せられやすい単純な奴だ。静竜とは別の意味でバカとも言える。

「おのれ……人質がどうなってもいいのか!」
「あー、はいはい。ほら、笑わなければいいんだろう? ただし、忠告はしたぞ」

 自分からネタを振って置いて、『タコ』と呼ぶなと言うのは無茶苦茶だ。
 取り敢えずロリコンもそうだが、あの頭を直さないとダメだろう。
 とはいえ、人質を取られているのは事実。今は素直に従うしかない。

「フンッ! 強がっておられるのも今の内だ。貴様の仲間もきたようだぞ」

 そう言って、空間モニターに零式の姿を映し出すクレー。どうやら零式は、無事にアジトを発見できたようだ。
 こんな短時間でこの位置を割り出すなんて、さすがは水穂達と言ったところか。

「あれは?」
「海賊、銀河軍、更にアイライの連合からなる大艦隊だ!」

 零式の前に同じ外装をした十二隻の船と、その後に海賊艦や軍艦と思しき無数の船が立ち塞がった。

「ハハハ、どうだ! これで人質は増えた訳だ。貴様が余計な真似をすれば、あの船も落とさせてもらう!」
「……それで?」
「強がっても無駄だ。知っているぞ。あの船には、貴様にとって親しい人物が乗っているのだろう?」

 勝ち誇った様子で、下品な笑い声を浮かべるクレー。やはり、こいつとは友達になれそうにない。
 だが自分が有利なためか、余りに相手を舐めすぎだ。
 そしてクレーの次の一言で、俺は確信した。

「何、素直に従っていれば悪いようにはせん。正木太老、貴様の身体を調べさせてもらうぞ」

 コイツはやはりバカだ、と。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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