【Side:零式】

 泣け! 喚け! 叫べ!
 そして、お父様を怒らせた事を心の底から後悔するといいのですよ!

『た、助けてくれ!』
『何故、艦の制御が利かんのだ!』

 先程まで優勢だった大艦隊の姿は無く、そこには泣き叫び助けを乞う愚か者達の姿しかなかった。
 無理もない。お父様の放ったウイルスは瞬く間に艦隊全てに広がり、艦の制御を奪ったばかりか、同士討ちを促したのだ。
 味方だったはずの船は一瞬にして自分達の船を沈める敵艦へと変わり、頼みの綱である十二本の皇家の樹は既にお父様の支配下、私の制御下にあった。

(さすがはお父様です!)

 ここまでは予定通り、神すら平伏させるお父様の実力を持ってすれば当然の結果だ。
 しかしこれだけは予定外というか、一番驚かされたのはお父様と接触した十二本の第四世代の樹だった。

 本来、第四世代の皇家の樹は光鷹翼を生み出す事が出来ない。単独で光鷹翼を生み出せる樹は第二世代か第一世代のみ。第三世代ですら二本が協力し合わなければ可視光下の光鷹翼を発生させる事は出来ない。それだけ、光鷹翼の発生には膨大なエネルギーを必要とするからだ。
 だが、お父様の力の影響を受け、覚醒を果たした第四世代の樹達は第三世代に近い力を発揮していた。
 やはり第三世代には僅かに及ばず、三本で協力してようやく三枚の光鷹翼を発生させると言った限界がある様子だが、それでも本来一枚発生させるだけでも二乗の力を必要とする光鷹翼を第四世代の樹が作り出したというのは、これまでの常識を覆しかねない偉業だった。

 更には、目の前に広がる第四世代の作り出した光鷹翼。それだけでも壮観な光景だというのに、

「何なの。これは……嘘でしょ?」
「零式にエネルギーが流れ込んできてる。船穂と龍皇の仕業? いえ、それだけじゃない」

 柾木天女。立木林檎。そして、この場に居る全ての者達は、この現実と懸け離れた光景に目を奪われていた。
 第一世代船穂、第二世代龍皇。そして、天樹とリンクしている全ての皇家の樹から漏れ出た膨大なエネルギーは全て一箇所へと集まり、お父様を通して私へと流れ込んできていた。
 お父様と私が銀河の中心となり、今現在全ての皇家の樹を支配しているのだ。

「船の前方に高次元エネルギー反応!」
『――光鷹翼!?』

 フフフ、皆、驚いてる驚いてる。私はこの瞬間を待ち望んでいたのだ。
 私の前に十枚の光鷹翼が展開される。一撃で銀河を破壊し、宇宙創世も可能な超高次元の力。
 三次元で現界が可能な最大限の高次元エネルギーがそこにはあった。

(条件は揃った! 今こそ、お父様の計画を遂行する時!)

 この力を使い、お父様の偉大さを全銀河に知らしめる。

 ――お父様を怒らせた有象無象共よ。心するがいい
 ――お父様の偉大さを理解出来ない無知なる者よ。理解するがいい

 これこそがお父様の力。頂神をも上回る世界の管理者、唯一にして絶対なるお父様のお力だ!

 銀河を包み込むように十枚の光鷹翼が伸びていく。光鷹翼を通じ、世界は私と繋がった。
 全銀河に、新たなる支配者の誕生を知らせる青い印≠ェ咲き誇る瞬間が訪れたのだ。

「林檎様、天女様、大変です! 銀河中に撃滅信号が発信されています!」
「後、それだけじゃありません。日記? 後、これって……」
『へ?』

 だが、そこで強制的な介入を受け、ネットワークが私の支配下から勝手に離れた。
 私が銀河支配を開始した瞬間、私以外の誰かがネットワークに介入してきたのだ。

(この介入って、お父様!?)

 私のネットワークに介入できるのは、私の知る限り二人しかいない。マスターであるお父様と、マイスターであり管理者たるお母様だけだ。
 私は予想もしなかった状況に慌てた。マスター権限を持つお父様に抗う術はない。しかも皇家の樹の力を集束しているのはお父様で、私はそれを借り受けているに過ぎないのだ。
 だが、このままでは予定していたプロセスの三分の一も遂行する事が出来ない。
 これから銀河中のシステムを私の支配下に置く作業が残っているというのに、まだ撃滅信号を発するところまでしか終了していないのだ。

(ど、どうしましょう! お父様、タイミングが悪すぎです!)

 撃滅信号と一緒に流れていく大量の情報。
 お父様の命令に従い、お父様のパーソナルデータ達が何かの作業を始めていた。
 しかもそれに引っ張られるように、私がお父様のために集めたマイフォルダの中身も流出を始める。

(ああっ、ダメですよ! それは!?)

 お父様の部屋を作る時の参考資料に集めたコレクターも欲しがる貴重なデータの数々。
 折角訪れた機会。練りに練った計画が頓挫しただけでなく、その秘蔵データの一部が流出した事に激しいショックを覚え、私は誰にも届かない悲痛な声を張り上げた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第90話『クレーの最後』
作者 193






【Side:太老】

「ハハハ! 何処に逃げても無駄だと言っただろう!」
「おのれ……まさか、艦全ての制御を奪われるなど」

 追い詰められたクレーは最後の悪あがきとばかりに悪態を吐く。もう、奴に逃げ場など残されてはいなかった。
 最後の頼みの綱であった脱出用のシャトルも既に俺の支配下にあり、俺の許可無く発進させる事は出来ない。
 既にこの船は、完全に俺と零式によって抑えられていたからだ。

「追い詰められた気分はどうだ?」
「五月蠅い! 貴様といい、鷲羽といい、儂の邪魔ばかりしおって!」
「自業自得だろう? 自分の事を棚に上げて、何でも他人の所為にしてるんじゃねーよ! このタコ!」
「儂をその名で呼ぶなぁぁっ!」

 本当に愚かしい奴だ。あの場で直ぐに殺さず、生かしてやった理由にも気付いていない。
 まだ、自分が助かると本気で思っているのだろうか? だとしたら、本物のバカだ。
 最高の喜劇をプレゼントするために、その前準備に時間を要しただけの事。
 クレーを態と逃がしたのも、艦内のデータを余す事なく収集するための時間を稼ぎたかったからだ。
 ついでにじわじわと追い詰められる恐怖を、クレーに少しでも味あわせたかったからでもあった。
 自尊心の強いバカには、それも余り意味が無かったようだが――

「フンッ、ここで儂を捕まえようと無駄だ」
「……何だと?」
「銀河軍も海賊も、それに協力しているアイライも同じだ。ここにいる連中を捕まえたところで意味など無い。所詮は尻尾切りで終わり。儂とて銀河軍の司法取引に無理矢理♂桙カさせられて、軍の命令で協力させられていた≠ノ過ぎない。言ってみれば被害者なのだよ」
「そんな誤魔化しが通用すると本気で思ってるのか?」
「所詮はガキだな。裁くのが人間なら、法を作ったのも人間だ。何故、出来ないと言い切れる?」

 自分を捕まえたところで、同じような事件はまた起こる。そして捕まったところで言い逃れする方法は幾らでもある、とクレーは言っているのだ。
 実際にはそんな誤魔化しが通用するはずもないが、確かにクレーの知識と技術を欲している輩は大勢いる。
 残念ながらクレーの言うとおり、司法取引を持ち掛けてくるような奴は、銀河軍に限らず他にもごまんといるだろう。
 しかし敢えてそれをここで言う時点で、クレーがどれだけ負けず嫌いかが分かる。言葉巧みに動揺を誘い、俺を揺さぶっているつもりなのだ。
 本気でまだ助かるつもりでいて、逃げ道を模索しているのだろう。
 結局のところ全然反省していなければ、この期に及んで自分の事しか考えてないという証拠だ。

「フフフッ、お前が性根から腐ってるみたいで安心したよ」
「何だと!?」
「命乞いでもされたら寝覚めが悪くて仕方無いが、そういう態度なら全く遠慮がいらないからな」
「くッ! 何をするつもりか知らんが、無抵抗の人間に怪我を負わせれば貴様の立場も悪くなるぞ!」

 怪我? なぶり殺すつもりなら、とっくの昔にやっている。
 発想の乏しい奴は、これだから困る。

「そんな野蛮な真似はしないさ。怪我なんて治療したら元通り、殺したところで俺の気が晴れる訳でもない」
「小僧、何を……」
「罰なんだから、本人が嫌がる事をしないとな」

 そう言って、俺は支配下に置いた船に指示を送り、クレーの周りに空間モニターを出現させる。

「なっ!? 貴様、これをどうやって!」
「言っただろう? この船は俺が完全に支配下に置いている、と。お前のプライベート端末や、研究所も全て抑えてある」
「そんなバカな! あそこにはここと同じ厳重なセキュリティシステムが導入されているのだぞ!?」
「ここと同じだろう? で、ここはどうなったっけ?」
「うぐ……」

 言葉を詰まらせ、ぐうの音も出なくなるクレー。赤くなったり青くなったり、表情がコロコロと変わって面白い。
 セキュリティシステムが破壊されてしまえば、鍵の開いた番犬の居ない家と同じだ。
 大方、自分が脱出した後は俺達諸共、この船を爆破するつもりだったのだろうが、そうはさせない。
 船の制御を最初に奪ったのもクレーの逃げ道を塞ぐだけでなく、証拠隠滅をさせないためだ。

『○月○日。今日は正木太老の事を調べるために、柾木アイリの研究データにアクセスした。銀河アカデミーの理事長などと言われているが、儂の手に掛かればこの程度のプロテクトの解除など造作もない。レポートの至るところに記された太老くんラブの文字。いい歳をしてバカではないだろうか。これだから化粧臭いババアは――』

 と書かれた日記の一部を読み上げてやる。

「確かに同意できる部分はあるけど、さすがにハッキングはまずいんじゃね?」
「がああっ! 勝手に読むなぁぁっ!」

 こんなのバレたらアイリに殺されるだろう。銀河の果てまで追っかけて来かねないぞ?
 他には天女の分や、鷲羽のまであった。あ、瀬戸のも発見した。余程、命が惜しくないらしい。
 他人のプライベート情報をハッキングして調べ上げ、自分の自慢話のように好き放題日記に書き連ねるのが趣味のようで、中身も本人が知ったら怒り狂うこと間違いなし。かなり危険な内容の物ばかりだった。
 それを一つずつ読み上げてやると、どんどんクレーのタコ頭が真っ青になっていく。

「これをばら撒いたらどうなるかね?」
「ま、待て! 他人のプライベート情報を勝手に流出したら、それは犯罪だぞ!」
「あれ? さっきは法を作ったのは人間とか言ってなかったっけ?」
「なっ!?」

 遠回しに、ここでは『俺が法だ』と言ってやっているのだ。
 船は既に俺の支配下にある。証拠となる映像や音声が出て来なければ、俺がやったという証拠は一切残らない。
 それに――

「ようは、バレなきゃいいって事じゃね? この船はタコの持ち物。ここから流出したデータなんだから、タコの自己責任だよな」

 ニヤリ、と悪辣な笑みを浮かべると、俺が本気だという事を悟って更に顔を青ざめるクレー。
 確かにクレーは捕まっても直ぐに釈放されるかもしれない。司法取引の話も当然あるだろう。
 しかし、釈放された先に待つのは更なる地獄だ。この日記に記された人物達の怒り買い、追い回される日々。
 果たして監獄の中に居るのと外に居るの、どちらが安全か。考えるまでも無い事だろう。

「鬼か、貴様!」
「あれ? 言ってなかったっけ?」

 ――俺が噂の鬼の寵児だ

 その言葉を最後にクレーのプライベート情報を一気にネットワークに流し込んだ。
 最後まで喚き立てるも、どんどんネット上に流れていくデータを見て、青から白くなっていくクレーの顔。
 しかも、そんなクレーを追い打ちするように――

「うわ……。これはさすがに……」
「こ、こんなのは儂は知らんぞ!?」
「あれ? どっかで変なデータが混ざったか? あー、すまん。タコの名前で流しちゃった」

 あっ、真っ白に燃え尽きた。その原因は、一緒に流れていった別のデータだ。
 かなり際どい映像の数々。ポルノグラフィーが、クレーのプライベート情報に紛れてネットワーク上に流出したのだ。
 当然ではあるがそのポルノグラフィーは、事情を知らない第三者の目に留まればクレーの持ち物と判断される事は間違いない。
 何で、こんな物が混ざったのか知らないが、大方誰かが保存してあった映像を間違えて拾ってきてしまったのだろう。

「……太老くん?」
「あっ、水穂さん」

 クレーが真っ白に燃え尽きたところで、扉を破壊して乗り込んできた水穂さん達とドックで鉢合わせした。
 もはや喋る気力も無いのか、全身が真っ白になり目の焦点すらあっていないクレー。

「太老くん……何をしたの?」
「敢えて言うなら因果応報? ラウラちゃん達にした報いを受けてもらっただけですよ」

 タコの仕置きはこれで一先ず終わり。
 これが原因でトラウマを残そうが、廃人となろうが、俺の知った事ではない。因果応報、自業自得だ。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.