【Side:鷲羽】

「さすがに、アレには肝が冷えたね……」

 太老が規格外な事は知っていたつもりでも、あれはそんな私の常識をも覆すほどに常軌を逸していた。
 全ての皇家の樹をリンクさせ力を集束。更には樹の力で相乗効果を生み出し増幅(ブースト)するなど、今までにそんな事が出来た者は一人も居なければ、やろうと考えたのは太老と零式くらいなものだ。津名魅も、この結果には驚きを隠せない様子だった。
 まさか皇家の樹に、そんな使い方があろうとは微塵も想像していなかったからだ。

 とはいえ、これは人間に出来る事ではない。同じ事が出来そうなのは津名魅くらいのものだ。
 いや、太老には零式という優秀な補助があったからこそ、あのような芸当が可能だったのであって、津名魅が同じ事をやろうとしても恐らくは不可能だろう。
 それに十枚以上の光鷹翼を司る頂神である私達には、そのような真似をするメリットが全くと言って良いほど無い。
 あれはあくまで皇家の樹のリンクを用いた独自の力であって、私達の力を増幅させるものではないからだ。
 しかし頂神を超えるという可能性には及ばないが、私達の考えが及ばなかった高次元の力を得る新しい方法でもあった。

 今回の事からも、太老は皇家の樹を支配下に置いているばかりか、リンクに自在に介入できる事が確実となった。
 津名魅と同じ、第一世代よりも上の上位存在として皇家の樹に認識されている可能性が高い。
 そして、その皇家の樹のリンクを無意識に操る事で樹の覚醒を促し能力の底上げをするなど、太老にしか出来ないが最も効果的な皇家の樹の強化策だった。
 嘗て、私が断念した第四世代の強化。それをあの子は別のアプローチから実現してしまったのだ。
 それもまた、本人に自覚が無いというのが難点ではあるのだが――

「フフッ、弟子が師匠を超えるか」

 太老にしか出来ない。
 偶然とはいえ、私に出来なかった事をやり遂げた太老を素直に感心していた。

「笑い事じゃありませんよ。鷲羽様」
「どうしたんだい? ノイケ殿」
「どうしたじゃありません。クレーの日記がネット上に流れた事で、行方不明になっていたはずの鷲羽様が生きている事が銀河中に知れ渡ったんですよ?」

 その事か、とノイケ殿の話を聞いて頬を掻く。
 クレーも懲りない男だと思う。あのハッキングの癖と毒舌日記をまだ続けていたのも驚きだったが、まさか二万年前の再現を太老がやってしまうとは思わなかった。
 まさに『歴史は繰り返す』と言ったところか。私はそれだけで、クレーの日記の内容に憤慨していた怒りも薄れていた。
 あの子は本当に笑わせてくれる。喜劇を演出させたら、瀬戸殿でも太老には敵わないだろう。

「生きてるって知れただけで、どこに居るかまでは記されて無かったんだから、これまで通り変わりはないよ。まあ、ちょっと大人しくしてないといけないだろうけどね」

 そう、主にクレーの自慢話と毒舌だけで、私が今どこで何をしているかなど事細かに記されていた訳ではない。
 結局のところ、どこかで生きているのは確かだが居場所が分からない。
 この広い銀河で人間一人を捜しだすなんて真似が誰にでも出来るはずもなく、行方不明扱いである事に変わりはないのだ。
 それに瀬戸殿の情報部が上手く動いてくれたようで、思ったよりも騒ぎにはなっていなかった。
 いや、どちらかと言うと五千年振りに私の存在が確認された事よりも、周囲の注目を集める別の問題があったから目立たなかっただけとも言える。

「これで太老さんも、表≠ノ出るのが難しくなりましたね……」
「ちょっと目立ち過ぎちゃったからね」

 零式の自重無い行動の所為で、銀河中に鬼の寵児の存在を大々的に喧伝してしまった事が大きかった。
 しかも、銀河を包み込むほど大きな十枚の光鷹翼。全ての皇家の樹をリンクさせ、その力を増幅させて津名魅に匹敵する力を生み出すなど人の身に余る力だ。結果だけを言えば、やり過ぎてしまったのだ。

 銀河中に発せられた青い撃滅信号。途中で太老が止めなければ、私の予想では零式の銀河支配は完了していたはずだ。
 零式は光鷹翼を世界中に張り巡らせ、それを媒介にアストラル海とリンクを繋ぎ、文字通り世界と一つになろうと考えたのだ。
 情報による世界支配。知識の根源ともいえるアストラル海と生きながらにして繋がるという事は、文字通り全知全能の新たなる神の誕生を意味していた。
 私がその昔、アストラル海を指して『神を創り出すシステム』と称した事を零式は実現しようとしたのだ。
 実際に一瞬ではあるが、零式と世界は繋がった。

「零ちゃんが動かなくなってしまったのは、やはり……」
「あれはサナギの状態さ。ただ眠っているだけだよ。最適化、いや進化するためにね」

 その時にアストラル海より流出した情報の影響を受け、零式の人工知能は眠りについた。
 船体に問題は無い。性能がアップした普通の守蛇怪と考えれば、十分過ぎるスペックをそれでも有している。
 とはいえ、暫く零式はドック入りする事になりそうだ。
 私が開発した人工知能を有する中枢部分が、私でも分からないブラックボックスと化していたからだ。

 私の持つ管理権限を使っても、今の零式にはアクセスする事が出来ない。
 いつ目覚めるか分からない眠りに、零式は自らの意思でついていた。
 零式が自分の意思で進化を望んだ事だけは確かだ。
 それも恐らくは太老のために――

「ああっ、もう! 予定よりも二年以上早いよ!」

 太老を宇宙に上げて九ヶ月。早い、余りに事態の展開が早すぎた。
 私の予想では最低でも二年。上手く行けば三年以上は、時間的余裕があるはずだった。
 それを零式と太老が揃った事で、私の予測を大きく超えてしまった事が痛かった。
 銀河中の人々が鬼の寵児の存在、その力を目の当たりにしてしまったのだ。もはや、この流れは止められない。

「計画を繰り上げるしかないか……」

 ちょっとした賭けではあるが、今の状態で放置すれば、より事態は悪化するだけだ。
 一先ずの緊急処置と計画を第二段階に進める事を決め、私は考えを新たにしていた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第91話『揺れ動く世界』
作者 193






【Side:瀬戸】

 あの事件から一ヶ月が経った。

「瀬戸様。こちらの書類もよろしくお願いします」
「はあ……また?」
「全員が事後処理に追われているのはご存じのはずです。それでも、ほんの一部なんですよ?」

 水穂の言っている事は本当だ。情報部も経理部も休み返上でフル稼働。一年掛けても終わるか分からないほどの仕事の山が、私達の前には積み重なっていた。
 理由は、私達の予想を大きく超えた結果を出した太老の活躍の所為だ。
 あの場に居たアイライ、銀河軍、そして海賊は捕縛され、クレーの日記と一緒に流出した情報が証拠となり、芋蔓式で関係者は全員捕縛されるといった事態になった。
 銀河軍はその騒ぎに乗じた吟鍛の指導の下、事実上の解体が告知され、そして新たに組織機能を見直し再編される事が決まった。
 これには美守殿も関与しているようで、今までずっと曖昧にされ続けてきた警察機能と軍機能の明確な差別化という点で話し合いが行われているようだ。

 更にはアイライでも大きな動きがあった。
 今回の騒動に呼応するようにアイライの最高意思決定機関である教主会≠ナ大きな動きがあり、遂には民の声が引き金となって政変が起こったのだ。
 その原因となったのは銀河を覆い尽くした光鷹翼と、それを成し遂げたと噂されている鬼の寵児にあった。
 あれは鎖国続きだったアイライにも影響を与え、それを見た人々は『神の降臨』『救世主』と騒ぎ始めたのだ。
 元々、鎖国状態が続いていたアイライは貿易を絶つ事で経済に大きな穴が埋まれ、アイライが銀河中に信者を抱え権勢を振るっていた時代は過ぎ去り、かなりの衰退を余儀なくされていた。
 それでも何とか国家としての機能を保てていたのは、信者からの支持があってこそだった。

 しかしそれも限界に来ていたのだろう。アイライの原理主義者達が焦っていた理由もそこにあった。
 明確な神が必要だったのだ。離れつつあった信者の心を鷲掴みにする神の存在が、アイライには必要不可欠だった。
 そこで再び皇家の樹にその力を求めたアイライだったが、太老によってその計画は阻止される結果へと繋がった。
 そこに、あの銀河中の人々が目にする事になった光鷹翼。そして青い撃滅信号が現れたのだ。
 どん底にあった人々の心に差し掛かった一条の光。アイライの人々にとって、世界を覆う光鷹翼は救いの光に見えたに違いない。
 その結果、アイライでは皇家の樹を『神』。そして鬼の寵児は『神の子』と呼ばれるようになった。

 原理主義者達の思惑は失敗に終わったが、別の意味でアイライは国家としての纏まりを取り戻す事に成功したのだ。
 しかしそれは同時に、鎖国を解消せざるを得ない状況に追い込まれる事に繋がった。
 皇家の樹を神と崇め、鬼の寵児を神の子と崇拝するアイライの人々にとって樹雷は『聖地』とも言うべき場所。樹雷への反逆は民にとって『神の子』の意思に反する行動と捉えられた。
 それが原因となり、これ以上、鎖国という状況で国民を抑える事が不可能となってしまったのだ。
 結果、鎖国を推進していた最大派閥の教主会は国民の支持を得られず、民の反乱というカタチでその席を追われる事となった。

 これがアイライで起こった政変のあらまし。銀河軍再編の経緯だ。
 これは銀河史上最大の粛正事件として、歴史書に名を残す結果となった。

 僅か一ヶ月で、七百年以上に渡って続いてきたアイライの鎖国と樹雷のわだかまりが解消されたのだ。
 長年に渡る私の苦労や、アイリ殿の心労はなんだったのか、と問いたくなる。
 もう冗談としか思えない急転直下の出来事だった。

「アイライからは、神の子≠ニの面会の要請や式典への参加を促す招待状。こっちは連盟からの事情説明の要望書ね……」
「後、銀河中から移住希望者の要請が届いてますよ……。入管はパンク状態。樹雷周辺の地価が過去に例を見ない上昇率を記録していると不動産関係者は大騒ぎだそうです」

 水穂の報告を聞いて、私は更に頭を抱えた。アイライが太老の事を『神の子』と称した事によって、樹雷への移住希望者が殺到していたのだ。
 それはアイライに限らず、様々な宗派が入り乱れる結果へと繋がっていた。
 太老が銀河に与えた影響は良くも悪くも、鬼の寵児の存在で人々の心を纏め上げてしまったのだ。
 アイライの教主会もこうなってしまっては、鬼の寵児を『神の子』と認め、樹雷と友好関係を築く以外に生き残る道はない。
 教主会の面会希望や、後は『神の子』を大々的に喧伝するために式典参加を促す招待状など、この間まで厄介者と称し命を狙っていたとは思えないほどの豹変振りだった。

「いっそ、太老くんに領宙を与えて、そこに移住希望者を住まわせてみては?」
「……それも一つの手ね」

 水穂の提案に乗らざるを得なかった。取り敢えず、時間稼ぎするために打てる手は全部打っておく必要があったからだ。
 眷属とはいえ、領宙を与えるには十分過ぎるほどの説得力がある。あれほどの成果を上げているのだ。最高議会でも文句が出るはずがない。
 それに阿主沙殿や船穂殿などは、これ幸いとこの話に乗ってくるだろう。
 あの二人は将来、自分達の子供と太老を結婚させて樹雷皇を継がせるつもりいるようだから、反対する理由は無かった。

「これからの事を考えると頭が痛いわね……」
「更には捕縛した海賊達の処分もありますし、一年で片付きますかね……」

 これからの事を考え、その大変さを想像しながら二人して大きな溜め息を漏らす。
 太老がもたらした成果は、確かに樹雷の利になる物だったが、同時に私達の仕事を大幅に増加させる諸刃の剣でもあった。
 半年どころか、一年経っても終わるか分からない仕事が突然目の前に振ってきたのだ。
 それが単なる書類整理だけであればいいが、今後のアイライとの付き合い方や、連盟との関係調整を含めると大きな前進ではあるものの何十、何百年と掛かる新たな問題を抱えた事になる。他にも様々な仕事を抱える私達にとっては頭の痛い問題だった。

 もう一つ、太老をこれ以上、表だって使う事が難しくなった、という点も私の頭を悩ませる結果へと繋がっていた。
 少なくとも一年か二年は様子を見る必要があり、周囲の熱が冷めるなりこちらの対策がきちんと完了するまでは、太老をこれ以上目立たせる訳にはいかない。
 太老の影響力は今までのように局地的な物ではなく、銀河全域に影響を及ぼす巨大な物へと発展しているのだ。
 良くも悪くも、今後の銀河の在り方や世界の情勢を揺るがし兼ねないほどの影響を、太老が握っていると言っても過言ではない。
 しかしまだ太老に世界を、未来を託すには早すぎた。

 年齢が若すぎるという問題もあるが、太老の場合は表だって使うと更にややこしい問題を積み重ねる恐れがある。
 今でも手が足りていないというのに、それではこちらの処理能力の方が追いつかなくなってしまうのが目に見えていた。
 せめて対策を講じられるだけの土台が出来るまでは、今まで通り時間を引き延ばし、太老の存在を秘匿する必要性があった。

(神の子ね……。実際には神様すら翻弄する問題児なのだけど)

 太老の影響を色濃く受けた世界がどこに向かうのか、既に私にも予想がつかない。
 太老を中心に『銀河統一』という私の夢が現実味を帯び、太老の危険性とを天秤に掛けて私の心は激しく揺れ動いていた。

 最大の誤算は、太老を他の確率の天才と同じように考え、目算を見誤った事だ。
 太老が宇宙に上がる前、鷲羽殿が念を押した意味を今更ながらに痛感していた。

 ――鬼の寵児
 今や、その名を知らぬ者はこの銀河に居ない。
 ローレライの再来。英雄。救世主。または神の子と称される太老は、間違いなく歴史に名を残す偉人となった。
 私の手の平どころか、樹雷にすら収まらない器の大きさを持つ青年を今後どうするべきか、その処遇に私は更に頭を悩ませる事になる。

 それは太老が異世界へと旅立つ、二ヶ月前の事だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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