【Side:一刀】

 俺の名は北郷一刀(ほんごうかずと)。聖フランチェスカ学園に通う高校二年生……のはずだった。

「あ〜ら、ご主人様。まだ、悩んでるの?」
「だってなあ……行き成り、三国志だとか別世界だとか言われても心の整理が……ちょ!? またさり気なくどこ触ってるんだよ!?」
「んもう、恥ずかしがり屋さんね。でも、そういうウブなところが漢女(オトメ)心をくすぐるわ」

 それがどういう訳か、千八百年前の中国――三国志の舞台によく似た異世界に居た。
 この丸坊主に筋肉ムキムキのフンドシ一丁の変態……彼、いや彼女、どっちでもいいが取り敢えず、この人があの三国志に登場する中国古代四大美人の一人に挙げられる絶世の美女『貂蝉(ちょうせん)』だと知った時は、自分の中の価値観や常識が全て音を立てて崩れていくような、そんな錯覚を味わった。
 俺が、ここが『三国志によく似た異世界』と例える一番の理由は、間違いなくこの貂蝉が原因だ。
 とはいえ、貂蝉が居なかったら丸っきり何も分からないまま異世界に放り出され、今頃は野垂れ死んでいたかもしれない。どこにも行くあての無かった俺に、こっちの事を色々と教えてくれたり、親身になって相談に乗ってくれたりと、変態だが、根は凄くいい奴なのは確かだ。
 感謝はしているのだが、このクネクネとした動きや過剰なスキンシップだけは勘弁して欲しい。一ヶ月経った今も全然慣れなかった。
 しかもどういう訳か、この『ご主人様』という呼び方をやめてくれない。他人に聞かれると変な誤解をされそうだから、本当にやめて欲しいのだが……。

「ご主人様も、もうちょっと普段からシャキっとしてくれないと」
「俺は元の世界に戻りたいだけなんだけど……」
「そのためには、こうなった原因を取り除かない事には、前にも後にも進めないでしょうね〜」
「えっと……あの鏡が割れた場所に居た奴だっけ?」
「まだ、思い出せない? 何なら、私のあつぅぅぅい抱擁とキスで、思い出させてあげましょうか?」
「いい! 遠慮する! もう、思い出したから、バッチリ!」
「そう? 残念だわ……」

 本当に残念そうな表情を浮かべる貂蝉。冗談ではない。そんな事をされたら、また失神してしまう。
 今度は、こっちに戻ってこれるかどうか……というのも、こちらの世界にきて直ぐに、目が覚めた瞬間に貂蝉に人工呼吸(本人曰く)をされていて、再び気を失い生死の境を三日三晩彷徨ったというエピソードがあった。

(ううぅ……思い出しただけで身震いが)

 怪しい白服の男と口論になり、空から突然降ってきた謎の男の所為で白服の持っていた銅鏡が割れ、銅鏡から漏れ出た光に呑み込まれて異世界に飛ばされたと思えば、待っていたのはオカマのキスだ。運が悪いにも程がある。
 しかも、相談した貂蝉には、『そうなった原因を取り除かない事には、ずっとこのままでしょうね』と言われて、どうするべきか途方に暮れていた。
 貂蝉は色々と教えてくれるし、こうして旅の手助けもしてくれる。しかし、明確な答えは示してくれない。俺が自分で考えて行動する事こそが、一番の近道であり最善の方法なのだとか。
 正直、言っている意味はよく分かっていないのだが、確かに他人に甘えてばかりもいられない。
 困惑している事は確かだし、これが夢だったら良かったのに、と思う事は確かにある。しかし、これは夢ではなく紛う事なき現実だ。
 余り気が乗らないが、だとすれば元の世界に帰るためにも、俺のやるべき事は決まっていた。

「ご主人様、次はどこに行くつもりなのん?」
荊州(けいしゅう)を目指そうかと思ってる。ここより大きな街もあるっていうし、何か情報を得られるかもしれない」
「いいんじゃない? 私はご主人様の行くところなら、どこまでも付いていくわよん」

 原因は、あそこに居た白服の男と、空から降ってきた男。それに、あの銅鏡が関係している事は間違いない。
 確かに何も分からないままでは、一向に進展はない。今は、情報を得る事。あの男達を捜し出すことが先決だった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第3話『正木商会』
作者 193






【Side:左慈】

「貂蝉は、北郷一刀の助言者についたようですね。恐らくは、彼の保護が目的でしょうが……」
「ふんっ! 奴も、この外史の様子がおかしい事に気付いているのだろう」
「北郷一刀以外のファクターですか。正木太老……彼は、何者なのでしょうか?」
「俺がそんな事を知るか! くそっ! あそこで、あんな奴の邪魔が入らなければっ!」
「何れにしても、彼がこの外史に大きな影響を与えているのは確か……北郷一刀同様、放っては置けませんね」
「当然だ」

 干吉に言われるまでもない。北郷一刀同様、奴がこの外史に影響を与えている因子である事は間違いなかった。
 最初から、予定が全て狂ってしまった。その原因となったのは、あの空から突然降ってきた謎の男の所為だ。
 目の前で考え事に耽っている干吉(うきつ)は勿論、老人達にもその正体が一切分からない存在。
 この世界で『正木太老』――と名乗っているようだが、本名かどうかも疑わしい。一切、あの男に関する情報をこちらは持ち合わせていないのだから、何も確かめようがなかった。

「北郷一刀の方は、今のところ放って置いても大丈夫でしょう。あの男もついていますし、迂闊に手を出すのは危険ですから」
「ふん、あんな雑魚はいつでも始末できる」
「結構。では、まずは『正木太老』が何者かを知る事が先決です。どうも只者では無い様子ですしね」

 そんな事は干吉に言われなくても分かっていた。
 あの勢いで上空から落ちてきたにも拘わらず、怪我をした様子もなく平然としていた事や、この外史が作られた段階で奴が世界に与えた影響は、これまでの因子とは何もかもが全て違っていた。
 北郷一刀を基点とする世界。それらの世界が交わり、新たな一つの外史を生み出していたのだ。
 それも、このシステムの一部であるはずの俺達の予測を大きく超えたカタチで――

 他人の外史に干渉したばかりか、自らがその基点に取って代わるなど、現実的にありえる話ではない。
 外史……いやシステムその物への干渉。下手をすれば外史だけでなく、俺達にまで影響を与えかねない力だ。

「それに、彼の力を上手く利用すれば、私達の目的を叶えられるかもしれませんよ」
「なんだと?」
「この外史は、これまでの外史とは大きく違う。その原因となったのは、世界というシステムにまで干渉した彼の力が原因です。ならば、その原因を知る事はシステムの全容を知るのと同じ」
「――! なるほど、奴を上手く使えば、この無限の連鎖を終わらせる事が出来る、と言う訳か」
「これは予想ですがね。しかし、他とは違うなんらかの力を、彼が有しているのは確かです。正木太老≠ェ――ね」

 今は干吉の言うとおり、様子を見るしかない。
 しかし、どちらにせよ。ここまで俺を虚仮にしてくれた正木太老を、そのままにして置くつもりはなかった。

【Side out】





【Side:太老】

 張三姉妹のコンサートに偶然紛れ込み、成り行きで彼等『黄巾党』の組織改革に付き合って凡そ半年。

「何で……こんな事になったんだ?」
「お兄さんが、やりたい放題やったのが原因じゃないんですか?」
「素晴らしいです! さすがは太老様! 僅か半年で、これだけの組織を作り上げてしまうなんて!」

 いつも通りマイペースな様子で、ペロペロと渦巻きキャンディーを舐めている風。
 そして、何故か興奮冷め止まない様子で、大絶賛している稟。
 何がどうなっているかというと、今の黄巾党……いや、元黄巾党にその理由があった。

 このままでは官に目を付けられ、犯罪者に仕立て上げられるだけだと考えた俺は、張三姉妹を見捨てるのも可哀想なので、少しでもファンの統制が取れるようにと組織の一大改革に乗り出した。
 まずは彼女達のファン連中を集め、職種や能力別に役割を割り振って、豪族や貴族に話を持ち掛け資金確保をすると共に、商人達の協力を得て適材適所に人材を配置し、仕事のない連中には近隣の村々と連携して匪賊対策のための自警団の設立や、物資確保のための農作業や狩りに従事させる事で、組織の基盤と成るシステムの構築に入った。

 役人だけでは、ここ最近で急増した盗賊や山賊の対処が追いついていないのが現状だ。
 そのため、安心して商人達が街道を利用できない、と言う大きな問題があった。そこで有り余っている労働力の一部を、そうした略奪者から村や商人を守る自警団に割り当てる事にしたのだ。勿論、丸っきりの素人に任せる訳にはいかないので、ある程度、見込みのありそうなのを選出して、そいつらに俺が子供時代に受けた訓練≠元に考案した、程々の訓練を課した。
 俺が子供の頃に、勝仁にやらされていたような訓練だ。体力の有り余っている連中なら多分大丈夫だろう、と考えていたのだが実際には三分の二が脱落。ダメだった奴等は農作業などの肉体労働に回す事にした。若いのに情けない話だ。

 それでも残った三分の一は、一ヶ月ほどで、どうにか使い物にはなったと思う。
 今は、マニュアル化した物を、エン州一帯を縄張りにしている豪族連中に渡し、人材の育成と管理を任せている。
 主な資金提供者は商人と貴族で、彼等も商売の安全がその程度の事で得られるのであれば、金を出そうという者達も少なくはなかった。
 ましてや、村や町を行き来する商人達は命懸けだ。その上、荷を盗賊に奪われる事を考えれば、損失は少ない方がいい。

 治安が良くなれば、それだけ商人達も商売がしやすくなり、それは即ち、街に人が集まってくる事に繋がる。
 同時に雇用が生まれ、消費が増えることで更に街は活気づく。
 そうすれば匪賊に身を落とす者も結果的に少なくなり、街に活気が満ちれば商人達が増え、それだけ貴族達の懐に入ってくる金回りも良くなり、更に消費が増える。
 この循環により市場に物と金が流れる事で、巡るに巡って自警団の増強にも繋がり、更に商売がしやすくなる、という訳だ。

 ここまで上手く行くとは思ってはいなかったが、それもやはり張三姉妹の人気の高さが功を成していた。
 彼女達の歌を聴いてファンとして集まって来た連中の多くは平民や農民だが、一番の労働力はそうした平民や農民達だ。色々な事を学ぶ機会がなかったために力を持て余しているような連中だが、仕事さえ与えてやれば、彼等以上に働き者はいない。ましてや、それが憧れの張三姉妹のためになる、となれば頑張らないはずがなかった。
 それに商人や貴族といった連中が、彼女達のファンに大勢居た事も大きかった。
 貴族ほど扱いやすい連中は無く、商人ほどしっかりした連中はいない。
 きちんとした計画、明確な旨味を提示してやれば、彼等は頭の固い役人とは違って聞く耳を持っている。
 張三姉妹の歌は人を惹きつける。それは、良い広告塔になる事を示していた。

 後は、商人達が一番気にしている治安の問題さえどうにかしてやれば、彼等は自然と集まってくる。
 他に比べて、曹操の治めるエン州の治安の良さは、他所でも噂になっている。税金が安く、そして他の州に比べて兵の統率が取れている事もあり、人手不足の問題から目が行き届いているとまでは言い難いが、比較的安定した治安を維持している事も、商人や旅人を集めるのに一役買っていた。

 場所にも、条件にもこれだけ恵まれているのだから、成功しないはずがない。そしてそれは同時に、黄巾党のイメージを悪い方向に向けさせないためでもあった。
 自警団としての活動は、多くの人の目に留まる。それに、農作業や狩りに従事する事で、お世話になっている村や街、そこに住む人々の役にも立ち、社会貢献をしながら生活の糧を得る事に繋がる。
 彼等の悪いイメージを払拭させ、逆に良いイメージを定着させる事で、鎮圧の理由を最初から無くしてしまおう、という考えだった。
 しかし、これ……後で気付いた事なのだが、『黄巾の乱』が起きないような?
 取り敢えず、何だか致命的な歴史改変をしてしまった気がするのだが、既に歴史通りとは言い難いし、気にするほどの事でもないだろう、と自分に言い聞かせていた。うん、多分……大丈夫だ。

「これで、正木商会も安泰ですね!」
「…………」

 そう、そこまでは順調でよかったのだが、商売をする上で役所に提出した書類の中に、『黄巾党』や『張三姉妹』の名前ではなく、どういう訳か、代表に俺の名前が載っており、『正木商会』の名前で登記されていた事が、俺にとっての唯一の誤算だった。
 俺が半年も、黄巾党の世話を焼いている理由もここにある。途中で抜けようにも、いつの間にか外堀が埋められていて、途中で抜けられなくなったと言う方が正しかった。
 原因は……今更、言うまでもなく稟だ。

「まあ……いいか。取り敢えず、生活の目処は立った訳だから」
「曹操様が、このまま放って置くとは思えませんけどねー。この商会の事は、大分噂になってますし。お兄さん、有名人ですー」
「うっ……」
「エン州で活動する商人の半数は、正木商会に登録していますからね。近い内に、曹操様からお声が掛かる事は間違いありません」

 実のところ、そこが一番頭が痛いところだったりする。気がつけば、この商会……商業ギルドと呼べるほどの規模になっていた。
 最初は、イメージアップも兼ねて、近隣の村々の役に立てばと自警団を始めたのだが、それが成果を上げるにつれて資金援助をしてくれる商人や貴族達が増えた。同時に、商会に登録する事で優先的に街道の護衛や、市場の監視と警備に人手が借りれる、との事で評判を呼び、商会員の数も日に日に増えていった。
 結果、エン州に流れてきた商人や旅芸人の多くが、正木商会に登録するようになり、風と稟の提案で商人や旅芸人の仲介所としての機能が付加されるようになっていった、と言う訳だ。
 それが、商人や芸人同士の結びつきを強くする事へと繋がり、州内、またはその枠を飛び越えて広がりを見せたネット−ワークは、正木商会の名を一気に広めるカタチになった。
 普通の商人が相手なら、曹操が自ら気にするような事はないだろうが、ここまで大きくなった後だと、絶対に見過ごしてはもらえないだろう。

「太老。曹孟徳の使者、って人が来てるけど」
「言ってる傍からか……」
「え?」

 部屋に入ってきた地和の話を聞いて、深くため息を吐く。また、厄介な問題に直面しようとしていた。

【Side out】





【Side:稟】

 やはり、太老様は桁違いに凄かった。まさか、これほどの商才までお持ちとは……天の御遣いと言う名は伊達ではない。
 それに、太老様は謙遜されているが、これだけ短期間に大勢の人が集まった原因は、張三姉妹の歌だけが原因ではなく、世間で吹聴されていた天の御遣いの風評、太老様の影響力の高さが大きな要因にあった。
 今や、天の御遣いが降臨したという話は、ここエン州を始め、近隣諸国では有名な話だ。
 盗賊討伐の話から人々を助けて回った旅の話まで、この荒んだ世の中だからこそ、天の御遣いは人々の希望の象徴として崇められていた。
 その天の御遣い様が、民を救うために、と立ち上げられた商会だ。
 その奇跡の力にあやかりたいという思惑を持った者達や、純粋に太老様を慕い、信奉する者達が数多くエン州に流れ、商会の門を叩いていた。

(しかしこれも、太老様の策の一つに違いない)

 曹操様のところに直ぐに向かわず、ここに残ると仰った時はどうなる事かと危惧したが、私の心配など何の意味も無かった。
 これだけ影響が大きくなれば、州牧である曹操様の耳にも必ず入る。そして曹操様であれば、部下任せにして放っては置かず、必ず自分の目で噂の人物を確かめようとなさるはずだ。それが太老様の狙いだと、私は考えていた。
 幾ら、私達が太老様の凄さを知っていようと、それを曹操様が知らなければ意味がない。私が知る限り、曹操様は噂や見た目で相手を判断されるような御方ではない。『天の御遣い』の名前を出して謁見を求めたとしても、門前払いを食うか、怪しい者として捕らえられる可能性が高い。だからこそ、曹操様が唸らずにはいられない、放って置く事が出来ない成果をまずは示し、あちら側から興味を持つように、太老様は仕向けられたのだ。

(太老様はやはり凄い。私が憧れ、目標とするのは、この御方しかいない!)

 目標とするには、余りに高すぎる壁だ。
 まず無い事と信じたいが、もし太老様が敵に回った場合、私には太老様を上回る策を考えつく自信がない。
 太老様の先見の明は、それこそ予測ではなく、確信とも言える予知の域に達している。この方の先を行き、裏をかける軍師など、大陸中を探したところで見つかるかどうか分からない。それほどの知略を太老様は有していた。
 更には『武神』と見紛う如き武力を持ち、歴史に名を連ねる英傑と比べても遜色のない王気、人を惹きつける魅力を兼ね備えておられる。
 太老様がその気になれば、大陸支配も夢ではないかのように思える。いや、実際にそれが可能なだけの力を、この方は持ち合わせていた。

(曹操様との謁見……それはまさに、歴史的な瞬間となるはず)

 太老様と曹操様が出会う時、歴史が動き出す。そのような確信めいた予感が、私の中にはあった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.