【Side:秋蘭】

 私の名は『夏侯淵(かこうえん)』。字を『妙才(みょうさい)』、真名を『秋蘭(しゅうらん)』という。
 エン州の牧、曹孟徳様に姉妹揃って武官として忠誠を誓っていた。最も、私は生粋の武人である姉者とは違い、頭を使う方がどちらかというと得意で文官として(まつりごと)に関わる仕事の方が実際には多い。今回の任務も、私の方が『案内役』として姉者よりも適任と判断されたから遣わされたまでの事だ。
 華琳(曹操の真名)様から、エン州北部で最近名を挙げている商人『正木太老』という男を案内し、城まで連れてくるようにと仰せつかった。
 民の間では『天の御遣い』などと呼ばれている男だ。それが単なる噂だけならばよいが、確かな成果を上げているので我々も見過ごしては置けなくなった、と言う訳だった。

 幽州を発端とした盗賊討伐で名を挙げ、ここエン州では数多くの豪族と商人を纏め上げ『正木商会』と呼ばれる商業組合を設立。
 自ら調練を施した自警団を使って盗賊や山賊の駆除を行っているという、なかなかやり手の男だという話を聞いていた。
 事実、エン州に姿を見せたかと思えば僅か半年ほどで頭角を現し、今では豪族や商人達は疎か、近隣の諸侯にまでその名は知れ渡っていた。
 盗賊討伐で着実に成果を上げている自警団の練度もそうだが、真に驚くべきはその人心を惹きつける魅力≠ニ、エン州で活動する商人と豪族の半数を抱き込み、奇跡の御業と民達の間で呼ばれている天の知識と技術を用い、驚くべき成長を遂げた正木商会――それを実現させた商才≠ノあった。

 自警団の活躍で北を中心とした街道や村から匪賊は姿を消し、数多くの行商人や旅芸人達がエン州に訪れるようになった。
 商会がそれに一役買い機能している事は確かで、商人達の横の関係強化に繋がり、話し合いの場が持たれる事で流通の効率化が図られ、金と人、物の流れがより円滑になった事が功績としては大きい。これまで以上に沢山の物と人で、市場が活気づく光景が見られるようになった。
 陳留も、その影響を多分に受けていると言える。事実それが功を成し、税収がこの半年で三倍に膨れ上がるなど城の財務担当官が腰を抜かしていた。

 華琳様の治政が民に受け入れられ感謝されているのは事実だが、流れは確実にあの男の方へ傾いていた。
 今、エン州の民に話を聞けば、今のエン州の活気がある理由を、大半の者は『華琳様』の名ではなく『天の御遣い』の名を挙げる。
 政治は華琳様だが、経済に関しては正木太老が担っており、そしてその経済に後押しされるカタチでエン州はどんどん豊かに成長していた。
 一見釣り合いが絶妙に取れているようで、良い事のように思われるが、しかしこれは同時に大きな危険を孕んでいる証拠でもあった。
 正木太老に野心がなければよいが、万が一にも華琳様に牙を剥いた場合、嘗て無いほどの脅威となる恐れがある。
 しかし今の我々に打つ手はない。秩序に従い、税もきちんと収めている以上、それはエン州の民である事に変わりはない。
 まだ謀反の意思を示していない人物を、ただ疑わしい危険だというだけで捕らえる事も追い出す事も出来ない。そんな事をすれば州牧である華琳様は、逆に民の信頼を失い反感を買う事になる。

「なるほど。まあ、そろそろ来る頃かな? と思ってましたけど」
「……では、ご同行頂けますか?」
「州牧様には一度挨拶をして置かないと、と思ってましたしね。いいですよ、行きましょう陳留へ。夏侯淵さん」

 私がここに来る事にも既に気付いていたようだ。やはり相当に頭が切れるとみていいだろう。
 しかし不思議な男だ。私を『さん』付けで呼ぶ態度も嫌みが無く、気張った様子も無い極自然なものだった。

「お兄さん、風も一緒にいって良いですかー?」
「風! それは私が!」
「稟ちゃん、曹操様にあって鼻血を出さない自信があるなら代わりますけど? そうなって迷惑するのは、お兄さんですしー」
「うっ……分かった。ここは風に譲る事にする」
「夏侯淵さん、風ちゃんを同行させても構いませんか?」
「ええ。私が案内役と護衛を兼ねていますが、余り多くならなければ何人お連れ頂いても構いません」
「稟は悪いけど留守番な。俺の留守中、商会の方をよろしく頼むよ」
「はい! お任せください!」

 ここに来るまでに抱いていた印象と、実際に会って抱いた印象は大きく違っていた。
 周囲の者達が心から、この男を慕って集まっている事は見れば分かる。
 しかし目の前の男からは、権力者特有の威厳や自尊心といったものが全くと言って良いほど感じられなかった。
 私に対してもそうだが、自分の部下にさえ偉ぶった態度を取る事も無く、極自然に接している事が分かる。

(なるほど……これが人心を惹きつける理由か)

 華琳様がこの男の姿を見たら、『甘い』と仰るのだろうか? しかし私には、それだけとは思えなかった。
 ただ甘いだけの男が、これだけの組織を僅か半年で築き上げる事が可能だろうか?
 千人を超す盗賊達を、たった一人で討伐するような真似が可能だろうか?
 否――それは不可能だと言わざる得ない。

(これは一筋縄ではいきそうにないな)

 出来る事なら味方に引き込みたいが、私を使者に出された華琳様のお気持ちが分かるようだった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第4話『曹操の使者』
作者 193






【Side:凪】

 私の名は『楽進(がくしん)』、字を『文謙(ぶんけん)』、真名を『(なぎ)』という。私は今、『正木太老』様という心から尊敬できる素晴らしい方にお仕えしていた。
 民の間から『天の御遣い』の名で敬われ、その民草のために立ち上がる事を決意された御方。
 人心を惹きつける魅力と人柄、文官をも唸らせる知略を用い、近隣の豪族や商人達を纏め上げたばかりか、『正木商会』と呼ばれる組織を起こされた。
 その上、武に置いても私など足下にも及ばないほど優れた力をお持ちなのだから、本当に底の知れない方だった。

 ――太老様と出会ったのは今から四ヶ月ほど前の事だ

 街道を行く商人や、村や街の人達を匪賊の脅威から守るため自警団の隊員を募集をしているとの話で、私と旅を共にしていた二人の仲間は路銀が心許なかった事もあり、暫く商会でお世話になる事にした。
 最初は『天の御遣い』の名を噂に聞いてはいても、『所詮は素性の知れぬ男。どれほどの実力かも知れぬ』と侮っていたところが、私達全員の胸の内にあった。
 だが名ばかりではない自警団の訓練の厳しさに驚かされ、太老様と模擬戦をする機会を得て意気込んで挑んだは良いモノの触れる事も出来ないままいとも容易くあしらわれた事で、私の中で太老様に対する評価が大きく変わった。
 人心を惹きつける魅力溢れる人柄に、武にも知にも優れたまさしく英傑と呼ぶに相応しい力。『天の御遣い』の名は決して誇張ではなく、あの噂はあれでも控えめであった事が実際にお会いしてよく分かった。

「んー! 調練の後の冷たいお水は最高なのー!」
「ふう……ん? 沙和、他の者達はどうした?」
「皆、調練場で伸びてるのー」
「またか……まあ、半分でも残れば良い方か」

 私が『沙和(さわ)』と真名を呼び捨てにしたこのメガネを掛けた少女が、先程いっていた仲間の一人だ。
 名を『于禁(うきん)』、字を『文則(ぶんそく)』といい、今は私と共に自警団の指導と監督の任に着いていた。

 太老様は僅か半年で、このエン州北方にある村落一帯を、天の知識と技術で人々が住みよい場所へと変えてしまわれた。
 蛇口を捻るだけで出て来る水道という物や、沸かさずとも飲料水として使える、この濁りのない水も太老様の発明品のお陰だ。
 もう一人『真桜(まおう)』という、カラクリを作る事を趣味と実益にしている職人の仲間がいるのだが、彼女は甚くその知識と技術に感心したらしく、太老様に弟子入りし商会の中に新設された『技術開発局』というところで働いていた。

「でも、会長は凄いのねー。この水道っていうのもそうだし」
「ああ、これも天の知識という話だが、本当に凄い御方だ」

 沙和がいう『会長』というのは太老様の事だ。商会の長だから『会長』という事らしく、彼女はずっとこの呼び方を通している。
 しかし沙和だけではない。この商会に所属する者の殆どは、沙和のように『御遣い様』か『会長』と呼ぶ者が大半を占めていた。
 その理由は、太老様の名前にあった。聞いたところによると『天』と呼ばれるところには真名の風習がないらしく、『太老』という名その物が太老様の真名を意味するとの事だった。
 太老様は『気にしないで好きに呼んでくれて構わない』と仰ってくださるが、大半の者は好きに真名を呼んでいいと言われても、どうしていいか分からず遠慮をしてしまうのが殆どだ。
 ましてや『天の御遣い』と呼ばれ、ここに居る誰もがその奇跡の御業を目にしている以上、尚更、名前を呼び捨てにする事など畏れ多くて出来るはずもない。私のように名前でお呼びする者の方が少ないのは、その所為だ。
 しかし、私が敢えて名前でお呼びしているのには理由があった。

(少しでも、太老様に追いつきたい)

 それは私が、希望の象徴とされる『天の御遣い』の姿ではなく、一人の武人としての太老様の圧倒的な強さに憧れを抱いていたからだ。
 太老様は小さい頃より剣術を嗜んでいたと仰っていた。しかし私は一度も、太老様に武器の一つすら握らせた事がない。
 私の得意とする武器はこの拳だ。自分の土俵であるにも拘わらず、全くあの方に手も足も出ずにいる自分が悔しかった。

 武を志す者として誰よりも強く、少しでも高みを目指したいと思うのは当然の事だ。
 武人にとって武とは、最も自分を輝かせる事が出来る誇りのようなものだ。しかし私の小さな自尊心は、あの方と出会う事で脆くも崩れ去ってしまった。
 この拳で救える命があれば助けられる人達がいればと思い、ずっと磨き続けてきた力だが、その力もあの方の前には通用しなかった。
 この程度の力で満足していた自分が恥ずかしい。太老様ほどとは言わなくても、あの方のお役に立てる程度に強くなりたい。
 だからこそ、この乱世に平穏を取り戻すためにも私は太老様の力が必要だと考え、少しでもその道筋の助けになれるようにと志を高く胸に持つ事を決めた。私の憧れであり、最大の目標が太老様なのだ。

「おっ、丁度良かった。凪、時間空いてる?」
「太老様、はいっ! お出かけですか?」
「ちょっと陳留のお城まで行く事になってね。よかったら同行してくれないかな?」

 陳留といえば、噂に聞く州牧の曹操様が治められている街の事だ。
 いつもの盗賊討伐ではなく、大きな責任が伴う重要な任務である事を自覚し、胸の内で緊張を噛み締めていた。

【Side out】





【Side:太老】

 最近ようやく様になってきた馬に跨がり、前に風を座らせて街道を陳留に向けて走っていた。
 少し前には馬に跨がった案内役の夏侯淵が、俺達の後を同じく馬に跨がった凪が付いてきている。
 以前は徒歩で旅をしていたが、あれは俺の体力なら可能な事で風のような子供にさせるには無理がある。
 この世界の陸の移動手段は徒歩か馬に限られているので、そうなってくると馬を乗りこなせなければ話にならなかった。

「お兄さん、随分と上手くなりましたねー」
「そうか? 先生にそう言ってもらえるなら安心だな」

 しかし田舎育ちの庶民の俺に、乗馬の経験なんてあるはずもない。そのため商会の仕事をこなしながらも、裏でコツコツと馬に乗る練習をしていた。実は、その乗馬の先生が風だったりする。
 風が乗馬を出来る事には最初驚いたが、よく考えてみると俺達の世界でいう自動車やバイクのようなものだ。
 旅をするには必要不可欠なモノで生活の一部と考えたら、大陸を旅していた風が馬に乗れても不思議ではなかった。

「稟には悪い事したかな。曹孟徳が憧れの人≠ネんだろ?」
「でも稟ちゃんの事ですから曹操様に実際にお会いしたら鼻血をだして、それどころじゃなかったと思うのですよー」
「確かに……」

 稟には悪いが、あのどこでも鼻血を出す癖をなんとかしてくれないと、陳留の城になんて連れていくのは難しい。
 最悪、風の言うように曹操の前で鼻血を出して倒れられでもしたら大変だ。

「ところで凪さんをどうして連れてきたのですかー?」
「護衛だよ。俺だけなら別に大丈夫だけど、風ちゃんには必要だろ?」

 曹操に会いに行くというのに、いつものように風を肩車していく訳にはいかない。
 陳留といえばエン州でも一番活気のある街だ。風のような美少女が、そんな街をフラフラ歩いていたら『襲ってください』と言っているようなものだ。なので、街に着いたら風の面倒を凪に見てもらうつもりで連れてきた。俺一人よりも凪が一緒の方が何かと安心だ。

 しかし陳留か……当初の目的地だった訳だが、張三姉妹と黄巾党の所為で目的から大きく遠のいてしまった。
 まさか、こんなカタチで陳留に行く事になるとは思っていなかっただけに、正直に言うと微妙な心境だ。
 そんな事を考えていると、最近では遠出をすると定番と成りつつある連中が登場した。

「おう、高そうな服を着てるじゃねェか。馬と身包みを全部差し出せば、命だけは助けてやらない事もないぜ」
「ケケッ、アニキの言うとおりにした方が賢明だぜ?」
「そうなんだな。この人数に敵うはずないんだな」

 三十人くらい居るか? 馬を走らせ街道を進んでいると街道脇に忍んでいた男達が、進路を邪魔するように飛び出してきた。
 相手は山賊のようだが……毎度毎度なんでこうタイミング良く遭遇するのか?
 自警団のお陰で少しは治安が良くなってきたと思っていたのだが、こういうバカは後を絶たないようだ。

「太老殿は後に下がってください。ここは私が――」
「いや、このくらいなら凪だけでも大丈夫ですよ」
「え?」

 案の定、俺と夏侯淵が手を出すよりも先に、やる気を漲らせた凪が馬から飛び降り、瞬く間に山賊達の眼前に距離を詰めた。
 刹那――凪によって殴り飛ばされた山賊が軽々と宙を舞い、別の山賊は気を練り込み拳から打ち出された衝撃波だけで紙のように吹き飛ばされていく。
 相変わらず、こっちの武人≠ニ呼ばれる連中は人間離れしている。生体強化を受けていない普通の人間として考えた場合、ちょっと考えられないような力だ。
 それでも、これだけ凄い力を持つ凪ですら、魎呼や勝仁といった連中に比べたら全然普通の人≠ネのだが……。
 俺ですら身体能力で圧倒的に勝っているので、一緒に訓練をする事があるが今のところ凪相手では負け無しだった。

 とはいえ、凪もメキメキと力を付けてきている。
 俺が子供の頃にやっていた訓練メニューを、一般人が耐えられるギリギリに抑えたものを自警団の連中にはやらせているのだが、凪にはそれとは別に俺が当時受けていた訓練メニューと殆ど変わらない物を課していた。別に嫌がらせじゃない。本人がそれを望んだからだ。
 真面目な性格もあってか、それを毎日欠かすことなくきちんとこなしている甲斐もあって、出会った頃に比べて随分と力を付けている。
 別に生体強化をされている訳でもないのに、この身体能力の高さは反則と言ってもよいほどに成長していた。

「太老様、終わりました」
「お疲れ様。全員、辛うじて生きてるみたいだな。街も近いみたいだし、悪いんだけど憲兵を呼んできてくれる?」
「了解しました」

 ここで放って置くと、また野に返って悪さをしかねない。そうなれば、街道を行く旅人や近隣の村や街に被害が出るだろう。
 こうした連中は役所に引き渡して、罪を償わせた上で郷里に返すのが一番だ。
 普段からやっている仕事だけに慣れたモノで馬に颯爽と跨がり、さっさと近くの街に憲兵を呼びに行く凪。

「夏侯淵さん、すみませんがここでちょっと休憩って事で」
「ああ……それは構わないのだが……あんなに強かったんだな。彼女」
「凪には自警団の教官をやってもらってますしね。でもこのくらいなら出来る奴は他にもいますよ」

 個人の武としては凪に軍配が上がるが、沙和と真桜も余裕でこのくらいの事は可能だろう。
 質の問題の差で、沙和は人をその気にさせて扱うのに長けているのか、教練を執らせれば類い希な素質を持っているし――
 真桜は手先が器用で、この世界の住人としては珍しく発明を得意とし科学技術に精通する知識と技術を有している。
 張三姉妹や稟と風を始め、うちの商会は人材の面でかなり恵まれているのは確かだった。

(問題は曹操が、どんな理不尽な要求をしてくるかだよな)

 あの曹操が、何の用もなく俺を呼びつけるとは思えない。
 間違いなく商会の件だと分かっているだけに、何を言われて何を要求される事やら今から不安で仕方がなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.