【Side:華琳】

「大丈夫か? もう少し休憩を取ってもいいけど?」
「だ、大丈夫よ……先を急ぎましょう」

 肉体的には疲れていない。どちらかというと精神的な疲れからくるものだった。
 陳留を出発して三日。そうたった三日で山賊や盗賊に遭遇する事、実に七回。こんな驚異的な遭遇率は生まれて初めての事だ。次から次へと起こる予想外の事態についていけず、私の精神は消耗していた。
 こうした原因はやはり、人の流れにあるのだと考える。エン州の人口は現在も増え続けているし、当然人口が増加すれば、まず第一に不安視されるのが治安の問題だ。
 民が安心して商売や農業に従事するためには、そうした治安の問題が一番重要となる。犯罪が横行しているような場所で、安心して仕事や生活を営めるはずがない。それでもエン州は他の地域に比べれば、ずっと治安の良い方だという自信があった。
 私もその努力はしているつもりだ。それなのに、こんなに匪賊に頻繁に襲われるとなると流石に私の自信も揺らぐ。確かにこれなら太老のところの自警団が、商人達に重用される理由にも頷けると言うモノだった。

「でも、随分と手慣れてるのね」
「山賊の事か? まあ、慣れてるしね。それに今回は季衣も一緒だし、華佗や卑弥呼も居てくれるから楽で助かるよ」
「えへへ……でも、兄ちゃんも凄かったよ。あんなに強いとは思わなかった」

 季衣の言うとおり、太老の武は侮れない。
 季衣は勿論の事、華佗と卑弥呼の武もかなりの物だが太老の力は一線を画していた。

「儂らの腔内(なか)ではないか、遠慮はいらん。しかし良いオノコに面と向かって感謝されると、さすがに照れるの」
「俺は何もしてないがな。しかし卑弥呼の実力は知っていたが、正木殿もなかなかのモノだ」
「あの程度の奴等が相手で自慢も何もないけどね。でも、華佗も十分強いと思うよ」

 ポッと頬を染め、クネクネと悶える卑弥呼を見て背筋に何とも言えない寒気を感じながらも、太老の力について改めて考えさせられた。
 春蘭との一件からもかなりの力を有している事は予想していたが、この私が目で追い切れないほどの素早い動き。素手で何十人と居る山賊を無効化する圧倒的な力。あの動きについて行けるか、と問われれば少なくとも私には不可能だ。
 単純な身体能力だけでいえば、春蘭よりも遥かに上だと考える。しかしあの動きは、それだけでは説明が付かない。

「太老。あなた、素手で戦ってたけど武術は何を習ってたの?」
「え?」
「あの間合いの取り方や動きからして、本来の獲物は剣≠ゥしら?」
「ああ、そういう事ね。よくそこまで見てるな。一応、剣術を習ってたよ」

 あの間合いの取り方や動きから、何か獲物を持った戦い方が太老の本当の型だと私は読んでいた。
 そして予想通り、『剣術』という答えを返してくる太老。私がこれまでに見た事がない、まるで舞うような洗練された動きだった。
 独学という訳ではなく何かの流派を学んでいる事は直ぐに気付いたが、あれが天の武術なのだろうか?
 何れにせよ、太老の武は素晴らしい。しかし普段、帯剣していないのはどうしてなのか?
 剣術家と言う割に、腰に帯剣もしてないのは不自然でならなかった。

「ああ、試してみたけど……こっちの武器じゃダメなんだ」

 苦笑を浮かべながら『直ぐに剣が折れちゃうんだよね』と、なんでもないかのように語る太老。
 武器の方が太老の力について行けていない。そんな話を聞かされて、私はただ呆れるばかりだった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第12話『未来の街』
作者 193






【Side:太老】

 樹雷軍やGPでも採用されている標準装備である光剣。
 言ってみればビームソードみたいなものなのだが、そればかりを振るっていて気付かなかったが鉄を押し固めて作っただけの剣では強度に致命的な問題がある事が分かった。
 俺の一撃に耐えられないのだ。まさに扱える武器が無い状態。某『竜の騎士』になったような気分だった。
 いっそ、ここがドラ●エの世界でオリハルコンでもあれば問題は一気に解決なのだろうが、そんな都合の良い金属があるはずもない。

 それにこちらの剣は突く事や叩く事を前提としたもので、俺の使う剣術とは厳密に言うとかなり違う。
 俺が勝仁に習ったのは樹雷皇家に伝わる古流剣術。あれは本来、日本刀のような斬る事を前提とした武器でこそ力を発揮する剣術だ。
 しかし残念ながら、こちらの『剣』と名の付く武器は一通り試してみたが、俺の全力に耐えられるほど強度のある物は一つとしてなかった。
 力をセーブすれば使えない事もないが、それならばまだ素手の方が戦いやすいくらいだ。
 自慢ではないが意識をして手加減するのとか、余り得意ではない。

(一応、真桜に頼んであるけど……期待は余り出来ないしな)

 それでなくても物騒な世の中だ。数十人の山賊や盗賊程度なら素手でも十分だが、それ以上となるとやはり厳しい物がある。
 俺が戦うつもりがなくとも、身を守る手段は必要となってくるだろう。実際、商会を立ち上げてから、商会も何度か盗賊の襲撃を受けていた。
 まあ、それは全て撃退しているのだが、そうした教訓からやはりいざという時のために武器は必要だと考え、真桜にダメ元で頼んでみたのだ。
 最初は自作する事も考えたが、剣や槍といった職人としての腕と技術が要求される武器は俺の専門外。そうした物は専門家に委ねた方が確実だ。幸いにも真桜は鍛冶職人としても優秀な腕を持っていて、手先の器用さや職人としての腕は俺よりも遥かに才能があるし上だった。
 彼女自身の武器や、自警団で使っている武器の殆ども、真桜や彼女の下で働いている職人達がこしらえた物だ。

「着いたな。それじゃあ、商会の方に……華琳?」
「……いえ、想像以上だったので驚いてしまって」

 街の入り口でポカンとした表情で呆気に取られている華琳。彼女が驚くのも無理はない。目の前には古代中国と言うよりは、中世の西洋的な街並みが広がっていたのだから――
 きちんと整備された石畳の道路。そして電気を利用した街灯に、街の外と内には沢山の風車が回っているのが見える。
 街の至る所にある共同の水場には水道が完備されており、生活用水として街の住人や市の商人を始め大勢の人達が利用していた。
 まだ完璧には程遠いが、俺が住みやすいように手を加えた街だ。以前、凪が陳留を見て『田舎』と称した事があったが、それは当然の事だと言えた。
 ここだけ周囲の街や村と違い、使われている技術、その殆どが十世紀以上先取りした物だ。
 華琳からしてみれば、未来にタイムスリップしたかのような感覚に違いない。

「凄い、凄い! 華琳様、見た事がない物が沢山ありますよ!」
「確かにこれは凄いな」
「……ううむ。明らかにここだけ世界が違って見えるの」

 目を輝かせてはしゃぐ季衣に、華琳と同じように感心した様子で唸る華佗と卑弥呼。まあ、これがこの街に初めて訪れた人の反応だ。
 エン州北部、河北四州に程近いとある街。ここに俺達の商会は拠点を置いていた。
 河北と言えば、幽州の公孫賛や冀州の袁紹などが有名だ。実は取り引きのある行商人の殆どは、こうした河北から流れてくる者が多い。
 袁紹は派手好きで知られているが、ああ見えて部下が有能なのか、民に重税を課したり圧政を敷いているという話は聞いた事がない。
 事実、乱世と言われるこの時代に置いても、袁紹の下には金と物と人、その全てが他州とは比べるまでもなく豊富に揃っていた。

 一方、エン州の南には北の袁紹と双璧を成す大勢力、河南の袁術が治める土地があるが、あちらとは今のところ取り引きが殆ど無い。
 河南は袁術の圧政に苦しめられている人達が多いらしく、余り商業が盛んとは言い難い現状にあった。
 そのためエン州まで流れてくる行商人が少なく、取り引きが北に集中しているのもそのためだ。いつかは荊州南都辺りまで商売の手を広げたいと考えてはいるが、今のところそれも難しいと言わざるを得ないだろう。

(北のバカより、南のバカの方が厄介ってのもな……やっぱり副官の差かね?)

 話に聞く限り、袁術の土地は税が高く、公共整備は疎か治安も行き届いていないので、そもそもそこに住む人々に活気がない。そんなところで商売を始めたところで、商売相手がいなければ商売は成り立たない。袁術やそれを取り巻く官吏を相手に金を巻き上げる手もあるが、今の俺達の勢力では逆に取り込まれる恐れもある。バカに道理が通じないのは常識だ。
 そんな中、無理に南まで手を広げたところで、北と比べて圧倒的に商売の旨味が少なければ意味がない。
 袁術の椅子を狙っている呉の動きもある。今はタイミングを見計らっているところだった。

「太老様、お帰りなさいませ」
「稟、ただいま。俺の留守中、変わりはなかった?」
「はい。それで……後の方々は?」
「彼女が曹操で、後、陳留で知り合った華佗と卑弥呼。暫くここで――」
「曹操様!?」

 驚いて飛び退く稟。直ぐ様、畏まった様子でペコペコと頭を下げ、挨拶をする。
 そう言えば、手紙を出した時点では華琳が一緒に行く事を知らなかったので、稟には知らせていなかったんだった。
 以前に風が、稟は曹操に憧れていると言っていた事を思い出し、この反応も仕方がないかと考える。
 言ってみれば、突然テレビの中の有名人が家を訪ねてきたようなものだ。そりゃ、驚きもするだろう。

「か、郭嘉と申します! 曹操様、お会い出来て光栄です!」
「そう、郭嘉と言うのね? 初めまして、陳留の曹孟徳よ」
「稟、いや郭嘉は俺の秘書をやってくれててね。商会の業務の殆どを彼女が補佐・代行してくれてるんだ」

 出来る限り、真名を呼び合うような仲であったとしても、他人を交えて話をする時は真名ではない方の名前で呼ぶようにしている。
 相手は迂闊に相手の真名を呼ぶ訳にはいかないし、隠す必要はないといえ真名を許していない相手に気軽に教えて良い物でもない。
 それにその方が話を聞いている方にとっても混乱が少なく、分かりやすいだろうと考えての事だ。
 自己紹介されるまでどちらが名前か分からないのが普通だし、迂闊に口にして首を刎ねられるなんて堪った話ではない。

「へぇ……優秀なのね」
「と、とんでもない! 太老様には教わる事ばかりで、私などまだまだ――」

 華琳が感心した様子で声を漏らした。ここまで商会が大きくなれたのは稟や風のお陰だと俺は思っている。
 なのに慎み深いというか、感謝したり褒めたりするといつも稟はこの調子だった。特に、今日は華琳に会えて舞い上がっているようだ。
 行き成り鼻血を噴き出して倒れないだけ、まだマシだと言えるが……。

「過度の謙遜は褒めてくれた相手にも失礼よ? この街を造った商会の役職にあるという事は、それだけ有能なのでしょ? 私のところに欲しいくらいね」
「曹操様のところに……私が欲しい……ブハッ!」
「え? ちょっと!?」

 ああ、思っていた矢先にこれか……。鼻血を噴き出して仰向けに倒れる稟。
 何となくこうなるのではないか、と思っていたのだが案の定予想通りの結果となった。

【Side out】





【Side:華琳】

 一言でいって驚いた。話には聞いていたが、このような街など見た事がない。
 洛陽の都でも、これほど技術の発達した街並みはまず見られない。均等に敷き詰められた石畳。それに道路の脇にある街灯と呼ばれる明かりを灯す道具。『水道』というらしいが取っ手を捻ると水が湧き出る設備まで……どれも私の知識にはない未知の道具ばかりだ。

 そして何よりも、街全体を覆う高揚感、市の活気に驚かされた。
 街の規模や人口はさすがに陳留の方が上回ってはいるが、ここには同じ街とは思えない程の賑わいがあった。
 常に街には数多くの行商人が出入りし、市は物と人で溢れ他州からの流出品か、見た事もないような珍しい物も数多く店頭には並んでいる。
 ここだけエン州であってエン州でない。そんな印象を抱かせる貿易都市。半年でこれだけの街を築き上げた太老の才覚に恐ろしい物を感じた。
 やはり敵に回していい相手ではない。太老と友好を結ぶという私の判断は間違っていなかった、とここに来て改めて思い知らされた。
 太老が私の覇道の前に立ち塞がるというのなら対立は仕方の無い事ではあるが、無理に敵に回し危険を冒すくらいならば対等の条件を提示し、覇業の力とした方が利口なやり方だ。尤も、これだけの力……扱い方を誤れば猛毒と成り得る事も承知の上だった。

「彼女は大丈夫なの?」
「ああ、いつもの事だから気にしないでくれ。興奮したり極度の緊張に達すると鼻血を出すのが癖なんだよ。安静にしてれば、そのうち快復するから問題ない」
「癖って……」

 何とも言えない表情を私は浮かべた。
 突然、鼻血を出して倒れたから驚いたが、太老が自身の片腕≠ニ称するからには郭嘉も相当に優秀な人材なのだということは容易に想像がつく。ここまで街を発展させた『正木商会』。その発展に貢献し、役職を務める人物だ。無能であるはずがない。
 程立や楽進を見ていて思った事だが、太老は部下に恵まれている。程立も桂花に劣らず、有能な文官としての力を持ち合わせていた。
 春蘭と互角の戦いを繰り広げた楽進。そして楽進ほどではないが、それに近い力を持った人材が商会の自警団にはまだ居るという。
 本人の能力も然る事ながら太老の一番の強みは、そうした人材を惹きつけ育てる事の出来る魅力と才覚にあると私は考えていた。
 人の上に立つ者に必要不可欠な力。太老にその気があれば乱世に名乗りを上げ、国を興す事も難しくはないだろう。しかし本人はそれを望んではいなかった。

(実際のところ、欲がないようで一番欲深い。まさに覇王の盟友に相応しい人物ね)

 彼が欲したのは『平穏な日常』。誰もが明日に希望を持てる世界を作る事。そのために太老は私に力を貸すと言った。
 この街には、その理想のカタチがあった。太老が目指す世界、その始まりがこの街なのだ。

「あら、結構良い部屋ね。見た事のない物も色々とあるけど」
「試作品が殆どだけどね。『きちんと整理してください』っていつも稟に怒られてるよ」
「確かに雑多としてるわね。部屋に統一性がない」
「それは言われなくても自覚してる……」

 商会に着くと、まず太老の書斎へと案内された。そこは見た事もないカラクリが所狭しと置かれた奇妙な部屋だった。
 季衣は珍しい食べ物を沢山見て、我慢が出来ない様子だったので市に残してきた。
 華佗は太平要術の書の件で聞き込みをしたい、というので太老の許可を得て商会に集まって来ている行商人達に話を聞いて回っているところだ。卑弥呼もそれに同行している。実のところ、卑弥呼が向こうに行ってくれて少しほっとしていた。
 実力は認めているが、ずっと一緒に居たいとは思わない。多少慣れてきたとはいっても、一緒に居てあれほど精神的に疲れる相手は他にいなかった。旅の疲れの半分ほどは、間違いなくあの変態の所為だ。

「普段はここに客なんて来ないしね。商会の人間以外なら、華琳が初めてのお客様かな?」
「あら、それは光栄ね」
「でもま、色々と現物を見たいならここと技術開発局が一番手っ取り早いし、散らかった部屋で俺と二人きりで悪いけど我慢してくれ」
「え、ええ……」

 太老に改めて『二人きり』と言われ、妙に意識してしまっている自分に気付かされた。
 こんな事は陳留の城でも何度かあったはずなのに汗が滲み咽が渇く、緊張しているのが自分でも分かった。
 太老の事は人として尊敬しているし、その能力も高く評価している。私の盟友として紹介しても恥ずかしくない人物だ。しかし桂花や秋蘭、それに春蘭のようにそういう相手≠ニして考えた事は無かった。いや、意図的に意識の外に置いていたのだ。
 これまでに私と対等以上の男なんて居なかったし、大抵の男は私を前にすれば畏縮して声も出なくなるのが普通だった。
 女しか閨に入れない女好きとして知られているが、単に興味を惹く、私に釣り合うほどの男がいなかっただけの話で、桂花のように男嫌いという訳ではない。
 だが、太老は違う。初めて異性として、私が意識をしている相手だという事は間違いなかった。
 まだ知り合って日も浅い。好きか嫌いかは分からないが、少なくとも私の中で太老は他の男とは違っていた。

「華琳?」
「――! ち、近いわよ! 何?」

 考え事をしていると、訝しい表情を浮かべた太老の顔が目の前にあった。動揺を隠しきれず、私は驚いた様子で身を後に引く。
 いつもそうだ。太老を相手に主導権を握るのは難しい。この男は、私の心を惑わし虚を突くのが上手かった。
 陳留の城であれば、私の領域とも言える場所なのでそうした意識を隠す事も出来たが、ここは違う。
 エン州の中とはいえ、商会やこの街は既に正木太老が支配する領域だ。それだけに今まで気にせずに済んでいた事が、必要以上に頭の中を巡る。

「いや、商会にきた記念にこれをあげようと思って」
「……これは、何?」
「懐中時計。商会員に配ってるんだけど、これが結構好評なんだよね」
「時計? こんなに小さな物が?」
「秒刻みで忙しい華琳には丁度良いんじゃないかって、それに陳留にも公共時計は設置するつもりだしね」

 どんな仕組みかは分からないが、かなり精巧な仕掛けである事は分かった。
 太老から受け取った時計の使い方を聞き、針の位置で秒単位での時間を知らせるというその精度に驚きを通り越して呆れさせられた。
 私の知る時計という物は、大まかな時間を知らせる物でしかない。砂時計や水時計といった物がそうだ。
 時間を知らせる時計一つをとっても、この技術力の差。明らかにここだけが外界と隔絶された世界である事が窺える。

「ありがたく受け取っておくわ」
「それじゃあ、適当に今まで作ったのを紹介するよ。まずは――」

 部屋にあるカラクリを手にとって、それを私に説明してみせる太老。
 いつもとは違い、童心に返ったような表情で嬉々として語る太老の姿に、私はまた違った太老の姿を見せられた気がした。

【Side out】





【Side:太老】

 華琳を案内したはいいが……狭いんだよな、この部屋。
 いや、部屋自体は商会にあるどの部屋よりも広いんだが、物で溢れ返っていて狭く感じると言った方が正しい。
 稟にも叱られている事だが、整理整頓が出来ていない俺が悪かった。
 それを今更後悔したところで仕方がないのだが……。

「普段はここに客なんて来ないしね。商会の人間以外なら、華琳が初めてのお客様かな?」
「あら、それは光栄ね」

 こんな部屋に客など呼べるはずもなく、それにこっちに友達や知り合いと呼べる人物は殆ど居なかったので、自分の部屋に客を招いた事なんてこれまでに一度もない。精々、ここに入った事があるのは稟達くらいのものだ。
 こんな狭い部屋で打ち合わせとかするよりは、会議室か応接間を使った方が無難だしな。

「でもま、色々と現物を見たいならここと技術開発局が一番手っ取り早いし、散らかった部屋で俺と二人きりで悪いけど我慢してくれ」
「え、ええ……」

 華琳からしてみれば、部屋付きの侍女が一人も居ないのは珍しいかもしれないが、ここは城とは違うので我慢してもらうしかない。
 秘書の仕事は勿論の事、身の回りの世話などもいつも率先して稟がやってくれていたのだが今はあの調子で部屋で倒れているし、どちらにせよ何人も部屋の中で寛げるほどスペースもない。

「華琳?」
「――! ち、近いわよ! 何?」

 考え事でもしていたのか、随分と驚いた様子で顔を真っ赤にして飛び退く華琳。
 やはり考え込むほど、この部屋は汚いのだろうか?
 まあ、気持ちは分からなくないが……これでもどこに何があるかくらいは把握しているのだ。
 ちょっと見た目はあれだが、俺的に使い易いように配置はしてある。他人が見れば散らかっているようにしか見えないだろうけど。

「時計? こんなに小さな物が?」
「秒刻みで忙しい華琳には丁度良いんじゃないかって、それに陳留にも公共時計は設置するつもりだしね」

 季衣に時計をやるといって、華琳にやらない訳にはいかない。
 秋蘭に春蘭、それに荀イクにも渡すつもりではいるが、まずはやはり華琳に渡しておくべきだろうと考えた。
 こう言うので順番を間違えると大抵、後で揉める原因となる。それに華琳をこの部屋に招いたのは、彼女が現物を見たいといって商会にまでついてきたからだ。
 時計もそうだが、ここ半年で俺が作った試作品を含める道具はかなりの数がここに保管してある。
 技術開発局に行けばもっと大掛かりな物も見られるが、まずはこちらの方が先だろうと考えた。
 急に色々な物を見せられても理解が追いつかないだろうし、より生活に密着した物の方が受け入れやすいはずだ。
 ここにあるのは俺があれば便利だな、という思考の元に作成した物ばかりなので、入門編としては打って付けの物ばかりだ。

「ありがたく受け取っておくわ」
「それじゃあ、適当に今まで作ったのを紹介するよ。まずは――」

 真剣に俺の説明に耳を傾ける華琳。真面目で理解力のある生徒は教え甲斐があるし、説明していて楽しい。
 それに、やはり華琳は頭が良い。理解するのが常人の何倍も早く、質問も的確で考え方が柔軟性に飛んでいる。基礎的な事を仕込めば、ちょっとした物であれば真桜同様、華琳なら自作できてしまいそうだ。

(基本スペックは間違いなく俺より高いよな……)

 結局、商会に着いたその日は夜遅くまで華琳にここにある道具の説明をする事になった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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