【Side:太老】

 討伐軍を編成し、陳留を出発して十日目。
 荀イクに怨念の籠もった殺気を向けられ、春蘭の羨ましそうな視線に晒され、兵達の前で華琳と馬で相乗りをするといった羞恥プレイにもようやく慣れてきた頃、斥候の報告にあった敵の集積所と思しき砦に俺達は近付いていた。
 順調に行けば、明日にでも賊と交戦する事になりそうだ。

「敵の数は一万か。こちらとほぼ同数だな」
「はい。ですが、所詮相手は賊の群れ。兵の質、練度共に比べるまでもありません」

 明日に備え少し早めの夕食を取りながら、雛里達と軍議を行っていた。議題は勿論、明日どうやって賊を討伐するかの作戦会議だ。
 雛里の言うように兵の質では圧倒的にこちらの方が優勢だ。華琳のところの兵は言うまでもなく、俺が連れてきた千人近くの義勇兵は自警団の厳しい訓練に耐え、盗賊との実戦経験もある精兵ばかり。凪のお墨付きなので、そこは心配していない。
 だが、相手は砦に立て籠もっている。通常、攻城戦には三倍の兵力が必要と言われているが、今回は質の面はともかく兵数はほぼ互角。若干、相手の方が上回っているくらいだ。戦争に置いて兵力の差は勝敗を左右する上で軽視できない重要な点だ。
 孫子も『十なればこれを囲み、五なればこれを攻め、倍すればこれを分かち、散すればよくこれと戦い、少なければよくこれを逃れ、()かざればよくこれを避く。故に小敵の(けん)は大敵の(きん)なり』と用兵の大切さを語っている。
 何れにせよ、賊だからといって油断出来る状況では無いという事だ。

「出来るだけ兵の損耗を抑えつつ、圧倒的に勝利する事が条件か。結構、厄介な話だな」
「ですが、私達もそれほど兵数と兵站に余裕がある訳ではありません。確実に成功させる必要があります」

 話を聞けば聞くほど面倒な話だ。だからと言って、雛里の言うように失敗は許されない。
 兵の質だけでなく、こちらには商会から持ち込んだ武器の数々がある。勝利するだけなら、損害を考えなければ何とかなるだろう。
 しかし、賊は目の前の奴等だけではない。この後に控えている敵の本隊との戦闘を考えると、ここで出来るだけ損害を出す訳にはいかない。だが、逃げるという選択肢は無かった。
 今後のためにも出来るだけ、敵の補給線を絶っておくにこした事はない。しかも損害を恐れて賊を見逃したとあっては、華琳の風評にも関わる大問題だ。

「まずは敵を砦から引っ張り出す必要があるわね」
「はい。その上で敵と相対する訳ですが、平地での衝突は避けるべきと思います」
「伏兵を忍ばせるか、どこかに誘い出すのが上策でしょうね」
「誘い出すとしたら、こちらですね。川が干上がって出来た峡間があります」
「それだけじゃ不十分ね。なら、事前にこちらの崖に兵を配置しておけば……」
「敵の意表を突き挟撃を仕掛けるには、それで十分ですね。後は誰が囮役をするかですが……」

 地図を挟んで荀イクと雛里、二人の軍師は次々に案を出し合い作戦の概要を決めていく。
 全くと言って良いほど、俺はここに居る必要性を感じないほどだ。有能な軍師が居るとやっぱり楽だな。

「で、華琳達はなんで、こっちの陣地で食事を取ってるんだ?」
「こちらの方が美味しいからに決まってるじゃない。狡いわよ。自分達だけ専属の料理人を連れてくるなんて」

 自分達の陣地で食事を取らず、毎日のように義勇軍の陣地に足を運んで飯を食べていく華琳達。
 食材は同じ物を揃えているはずだが、本隊の食事とこちらの食事では味に天と地ほどの開きがあるらしい。
 まあ、それもそのはず。義勇軍の食事の調理を担当しているのは流琉だ。
 食品開発局の局長で、商会の皆から『料理長』の名で親しまれている凄腕の料理人。
 それに缶詰を始めとする保存食は食品開発局と技術開発局の合同で作られた物なので、それを調理するためのレシピも当然考えてある。
 局長としてプロジェクトの先陣に立っていた流琉が調理しているのだから、美味くて当然だ。

 最初、流琉から雑用でも構わないから義勇軍に同行させて欲しい、と頼まれた時には驚いたが、こうして一緒についてきてもらって今では正解だったと思っていた。
 やはり、美味しい食事を食べられるというのは良い事だ。
 美味い物を食べていると自然と笑みが溢れてくる。娯楽も大切だが、食は何よりも重要だ。俺が流琉を重用している理由もそこにあった。
 彼女が居なければ、今の俺達の生活は無かったとさえ思っている。俺の目指す理想に彼女は欠かせない人材だった。

「兄ちゃん、お代わり!」
「太老、私もお代わりだ!」
「お前達はちょっと遠慮しろ!」

 季衣と春蘭の遠慮の無いお代わり宣言にツッコミを入れる俺。
 春蘭はともかく、季衣はちょっと食べ過ぎだ。一人で大鍋の三分の一とか、以前にも増して食いしん坊に拍車が掛かってないか?
 当初予定していた兵の数は一万人余り。しかし実際には九千人ほどしか兵は連れてきていない。華琳と相談して残りを州境の防衛に割いたからだ。無理をすればもう少し兵を増やす事は出来たが、練度の低い兵を無理して部隊に組み込むよりは少数でも精鋭で固めた方が良い、という軍師の意向に沿ったからでもあった。
 そのため、糧食にはかなりの余裕があった。とはいえ、季衣がその余裕を食い尽くさんばかりの勢いで消費していく。
 大体、なんで俺が給仕掛かりになっているのか……。これでも義勇軍の大将なんだがな。自分で全然似合ってないのは自覚しているがな!

「でも、この味付け。どこかで食べた事あるような……。まあ、美味しいからいいか!」

 ガツガツと本当に美味しそうに飯を平らげていく季衣。
 もう、何も言うまい。何を言っても無駄だと分かった。育ち盛りと思って諦める他ない。
 俺も結構食べる方だが、さすがに季衣には負ける。第一、俺の場合は運動量に比例して食事量が増すだけで、普段からそれほどバカ食いしている訳ではない。季衣はそれがデフォルトだからな。
 これでも華琳の親衛隊の隊長という肩書きを持つ将軍の一人だ。かなりの給金を貰っているはずだが、その給金の殆どが食費に消えるというのだから驚きだった。
 この食いっぷりを見れば、その話にも納得が行くというものだ。
 世の女性達からすれば、食べても食べても太らない季衣は、まさに理想の存在だと思う。いや、妬みの対象だな。
 その代わりと言ってはなんだが、胸とか尻とか、色々と無い物が多いが……世の中、本当にままならない物だ。

「それでは御遣い様=Bよろしくお願いします」
「へ?」

 荀イクに『御遣い様』と呼ばれ、頭に疑問符を浮かべる俺。
 行き成り話を振られても、俺には何の事かさっぱり分からない。
 季衣の食いしん坊振りに呆れて、真面目に二人の話を聞いていなかったからだ。

「た、太老様、頑張ってください!」

 雛里に頑張れ、と言われて益々混乱する俺。
 詳しく事情を聞いて、そりゃないよ、と思ったのはここだけの話だ。
 二人の軍師による話し合いの結果、俺が囮役をする事が決まった。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第20話『軍師の誤算』
作者 193






 工作部隊として真桜の小隊を残し華琳の本隊と別れた俺達は、雛里の指示に従い敵が陣を構える砦に向かっていた。
 数の上で少なく機動力の高い俺達が囮役を任せられ、華琳達は北東の陽動地点に先行し、そこで兵を伏せ賊の到着を待ち構えるといった算段だ。
 更に敵の主戦力を引き離した後、砦を制圧する部隊として秋蘭の率いる部隊二千が砦の後方に配置されていた。
 この作戦の成功の鍵は、どれだけ沢山の敵をこちらに引き付けられるか、に掛かっている。

「軽く挑発をすれば、まず間違いなく敵は砦から出て来るはずです。数の上で、向こうは圧倒的に有利ですから」

 雛里の言うように『義勇軍』千対『賊軍』一万じゃ、当然そうした結果になるだろう。
 数だけ多くても所詮は大義を持たない烏合の衆。明確な目的を持っているのは、上の一部の者達だけだ。
 奪い、殺す事しか知らない奴等の取る行動など、単純極まりない。

「申し上げます! 前方に砂塵を確認! どこかの軍が賊軍と交戦中と思われます」
『はあ!?』

 斥候から帰ってきた兵士の思わぬ報告に驚き、俺達は間の抜けた声を上げた。
 まだこちらは仕掛けてもいないのに、砦から出て何者かと戦っているという賊の群れ。
 一体全体どういう事だ?

「あわわ……ど、どこの部隊でしょうか?」

 雛里も動揺していた。さすがにこの展開は予想していなかったようだ。
 あわわ、って地が出てるぞ。まあ、そこが可愛いんだが……。
 ううむ。思わず、頭を撫でたくなる。戦場だというのに雛里を見てると、なんか癒されるんだよな。

「あの……太老様?」
「ああ、悪い悪い。ちょっと考え事をしてた。雛里ちゃん、ここは波に乗るべきだと思うんだが」
「あ、はい。そうですね。では部隊を二つに分けて挟撃を仕掛け、その後、出来るだけ多くの部隊を引きつけ、手はず通り転進。峡間に誘い出すのがよろしいかと」
「問題は向こうの部隊が、こちらの思惑にあわせてくれるかだな」
「はい。そのご心配は勿論ですが、この場所に目を付けたという事は、向こうにもかなり頭の切れる人物が居ると思います」

 指揮系統を別とする軍が、連携して行動するのは難しい。こちらの目的が敵の陽動にあったとしても、向こうの指揮官がこちらの思惑に乗ってくれなければ、その策は通用しないから尚更だ。
 しかし雛里は恐らく大丈夫だと考えているようだった。その根拠は、この拠点を敢えて襲撃しているという点だ。
 敵の本隊は、ここより更に南下した場所に集結している。実際、諸侯達はそちらに目を向け進軍を開始しているはずだ。
 それを後回しにして、ここを狙ったという事はその相手も補給線を絶つ事の重要性を理解している、という事に他ならない。
 主戦場より離れた場所ではあるが街道が交錯する補給線の要ともなる戦略上、重要な拠点に目を付けた者が俺達の他にも居るのだ。向こうにも優れた軍師が居る可能性が高い。
 それも雛里や荀イクと同じ読みをした、という事は、彼女達と対等に渡り合えるほどの人物がそこに居る可能性が高かった。

「協力して数で勝っていれば、そのまま一緒に賊を討伐。数で劣っていれば、予定通りに行動して問題ないでしょう。向こうの軍師も何の策も無しに仕掛けたとは思えません。恐らく私の読みが正しければ……こちらの思惑に乗ってくれるものかと」

 雛里の言葉を信じる事にした。
 戦いに関しては俺も素人ではないが、雛里や荀イクほど細かい作戦を立案するのに長けているという訳ではない。ここは適材適所。素直に軍師の考えに従った方が確実だ。
 それに何者かは知らないが、考えようによっては好都合でもある。
 向こうが獲物を釣り上げてくれているのなら、こちらはそれを利用させてもらうだけ。
 その方が貴重な兵の損耗もより少なく出来るし、今後の事を考えれば乗って置いて悪くない策だ。

「雛里は流琉と一緒に後方待機。凪と沙和は自分達の部隊を率いて南側から進軍。残りは俺について来い」
『――はい!』

 さてと、与えられた仕事くらいは、きちんとこなすとしますか。

【Side out】





【Side:雛里】

「あわわ……ど、どこの部隊でしょうか?」

 斥候から報告のあった賊軍と交戦中の部隊。
 予想もしなかった事態に、私は思考が停止し慌ててしまった。

「あの……太老様?」
「ああ、悪い悪い。ちょっと考え事をしてた。雛里ちゃん、ここは波に乗るべきだと思うんだが」

 しかしそんな私と違い全く慌てた様子は無く、既に思考を切り替え、どうするべきかを考えておられるとは、さすがは太老様だ。
 このくらいで動揺するなど、やはり私はまだまだ経験が足りていない。分かっていたつもりでも、実戦の難しさを改めて自覚させられた。
 太老様の事だ。恐らくはどうするべきか、既に頭の中には様々な策が巡らされているに違いない。
 それでも敢えて、こうして私に話を振ってくるということは太老様が私の答えに期待し、試しておられるのだと悟った。

「あ、はい。そうですね。では部隊を二つに分けて挟撃を仕掛け、その後、出来るだけ多くの部隊を引きつけ、手はず通り転進。峡間に誘い出すのがよろしいかと」
「問題は相手が、こちらの思惑にあわせてくれるかだな」
「はい。そのご心配は勿論ですが、この場所に目を付けたという事は、向こうにもかなり頭の切れる人物が居ると思います」

 どこの軍か分からないが、ここに目を付けたという事はそれなりの指揮官、軍師が居ると考えて間違いない。
 数で勝っていれば、そのまま共闘すればいいだけの事。数で劣っていれば向こうも何らかの策を講じているはずだ。
 それに交戦地点が平原と言うのも気になる。数で劣っている状態で視界の良い広い平原で戦えば、敵に部隊を展開されるだけで包囲される可能性が高く、数が劣っている方が不利というのは用兵に置いての原則の一つだ。
 しかし敢えて、その愚策を行っているということは、そちらが陽動である可能性が高い。
 この辺りの地形を考えると、恐らくは向こうも私達と同じような事を考えて居るのではないか、と予想できる。

「協力して数で勝っていれば、そのまま一緒に賊を討伐。数で劣っていれば、予定通りに行動して問題ないでしょう。向こうの軍師も何の策も無しに仕掛けたとは思えません。恐らく私の読みが正しければ……こちらの思惑に乗ってくれるものかと」

 だとすれば、こちらが一撃を浴びせ敵の部隊を引きつけた後、転進すれば、向こうの指揮官も間違いなくこちらの思惑に乗ってくれるはずだ。
 太老様も私の案に納得されたのか、首を縦に振って優しく私の頭を撫でてくださった。
 些細な事だが、少しは認めて頂けたと思うと嬉しかった。

【Side out】





【Side:愛紗】

 劉玄徳(りゅうげんとく)が一の家臣。関雲長(かんうんちょう)とは私の事だ。
 名は『関羽(かんう)』、字は『雲長(うんちょう)』、真名は『愛紗(あいしゃ)』。義姉妹(ぎきょうだい)の契りを交わし、姉と慕う劉玄徳こと桃香(とうか)様。そして同じく契りを交わした妹、旅を共にしてきた張翼徳(ちょうよくとく)こと鈴々(りんりん)と共に義勇軍を設立し、民の平穏を脅かす賊を討伐し、この争乱を何としても鎮めようと志を胸に幽州を旅立ったのが二ヶ月前。
 道中、賊を討伐しながら志を共にする仲間を増やし、予州に入ったところまではよかったが、そこで思わぬ苦戦を強いられる事となった。

「くッ! 雑兵とはいえ、数が多すぎる……」
「関羽様! このままでは前線が維持できません!」

 敵の本隊に向かう途中、敵の集積地点。補給の生命線と呼べる場所を発見し、拠点を持たず兵数も兵站も少ない我々は、実と名を得るためにこれをどうにかしたいと考えたが、こちらと向こうでは数に倍以上の開きがあった。
 そこで軍師の発案で敵の本隊を峡間に陽動し、そこで殲滅する作戦をとったのだが、敵の陽動を任されたはいいが多勢に無勢。
 血気盛んな奴等の事だ。直ぐに餌に食いついてくるものと考えていたが、そこそこ優秀な指揮官が居るのか、なかなか敵の後方部隊は姿を見せず、思わぬ苦戦を強いられていた。
 奴等を引き摺り出さない事には、この作戦の成功はない。

「もう少し踏ん張ってくれ! 頼む! 敵の後方を引き摺り出さなくては意味がないのだ!」

 兵達に檄を飛ばし、奮闘を見せるも状況は余り芳しくはなかった。
 一閃、二閃と繰り返し何度も武器を振るうが、一向に目の前の敵は減る気配がない。既に私の周囲には死体の山が積み重なっており、身動きの取れる幅をどんどん狭めていく。
 足場が悪い。武器の切れ味も悪くなってきた。
 しかも一向に後方部隊に動きは無く、じわじわと消耗戦を強いられている上に敵の数に気圧され、味方の士気も下がってきている。状況は最悪と言ったところだ。

「このままでは……だがっ!」

 目測が甘かった事は認めよう。しかし、このようなところで終わる訳にはいかない。
 桃香様の剣となり盾となり、理想の手助けをするのが私の使命。

「心して聞け、下郎ども! 我が名は関雲長! 劉玄徳が一の家臣なり!」

 暗く閉ざされたこの世界に置いて、あの方の存在は民の希望だ。
 桃香様の目指す理想に希望を見出し、あの方であれば必ず太平の世をもたらしてくれると信じ、付いてきてくれた者達のためにも、このようなところで賊如きに敗れる訳にはいかない。

「弱き民から奪い、殺し、群れる事でしか力を誇示できぬ臆病者どもよ! 貴様等に僅かでも誇りが残っているのであれば、死を恐れず我に掛かってくるがいい! 我が愛刀、青龍偃月刀の錆にしてくれる!」

 青龍偃月刀を高々とかざし、後で高みの見物を決め込んでいる指揮官に向けて、挑発するかのように声を張り上げた。
 そこら彼処から、私へと向けられる罵詈雑言の嵐。そして向けられる強い殺気。だが、この程度で怯むつもりはなかった。
 与えられた役目は奴等を引き摺り出す事。それがどれだけ危険な役割であろうと、全力を賭して役目を果たすだけの事だ。

「良い気になりやがって! おいっ! やってしまえ!」
「――来いっ!」

 ――掛かった
 砦が開門し、後方の部隊が前線に飛び出してきた事で、私は薄らと笑みを浮かべる。
 兵達の負担が大きいのであれば、その負担を私が引き受けてやればいい。それで更に時間が稼げるはずだ。
 姿勢を低くし武器を構え、迫る賊に対して身構えた。その時だ。

「なっ!?」

 何かが目の前を横切ったかと思うと、早足で迫ってきた賊達が突然弾け飛んだ。
 高く宙を舞う盗賊達。人間がこれほど宙高く舞うものか、と思うくらい豪快に空を舞っていた。

「先程のは岩か? 何故、岩がこんなところに……」

 大人よりも大きな巨大な岩が突然、空から降ってきた。それに一番驚いたのは、実際にその被害を受けた賊達の方だ。
 更に二撃、三撃と続けて飛んでくる岩に驚き、目の前の賊軍の群れは戦々恐々とした状況に陥っていた。
 既に私の目の前では、先程まで賊軍優勢だった戦線は瓦解していた。大岩に恐れ驚き、必死に逃げ回る賊達。
 私の言葉でようやく突出してきた後方の部隊も、その混乱した兵達に巻き込まれ、空から降ってくる大岩と敵か味方も分からない混乱した状態に右往左往していた。

「あー、くそッ! 弾切れか。やっぱり、そう上手くはいかないな」

 土煙の向こう側、岩の飛んできた方角から一人の男が現れる。
 不貞不貞しい態度で、賊達を見下ろす男。その後には、剣や槍で武装した兵士が悠然とした姿で立っていた。
 その姿からも、とても賊の仲間には見えない。我々を加勢し敵を蹴散らした事から考えても、我々の敵でも無いと思うが。
 それ以前に、目の前の男と兵達の隙の無さに、私は目を奪われていた。
 生粋の武人である私には分かる。この者達は強い、と――

(な、なんだ。これは……)

 指揮官と思しき男が手を振り下ろすと、混乱の極みにあった賊の群れに一丸となって飛び込んでいく兵士達。それは恐るべき強さだった。
 兵達一人ずつの精兵さも然る事ながら、その息のあった動きと練度の高さは目を奪われるばかりだ。
 瞬く間に数を減らしていく賊の群れ。最初の岩の一撃も恐らくは策の一つだったのだろう。
 岩に注意を向け、更に落下の衝撃で土煙を巻き上げる事で自分達の接近を隠し、奇襲を仕掛ける。
 後は士気が落ち混乱した賊達を、圧倒的な力を有した兵達で薙ぎ払う。
 厳しい訓練と高度な調練を受けた者だけが辿り着ける戦士の域。それも、これだけ実戦慣れしている鍛え上げられた兵達を、私は今までに見た事がなかった。

「助太刀感謝します。しかしこれならば、もう策を講じるまでもない。一気に片付けてしまった方が良さそうですね」
「いや、こちらこそ……ってあれ? ああ、ちょっと待――」
「後方の本隊に連絡を、我々は彼等と共に一気に敵本陣を叩く!」
『応っ!』

 後で詳しく話を聞きたい。先程の岩による奇襲といい、見事な物だった。
 これだけの精兵を引き連れているばかりか、更には戦場であの堂々とした物腰。
 一人の武人として、興味を注がれる御仁だった。

(鈴々も、こちらの動きに気付いたか。む、あれは別動部隊か)

 鈴々達の方にも、こちらに来た部隊と同じ装備を纏った兵士達が合流していた。
 逃げ惑う敵に容赦なく迫る剣と槍の乱舞。岩石の投下で混乱させられた上に、完全に周囲を包囲され逃げ場を失った賊達の末路は哀れなものだった。
 益々、底の知れない御方だ。敵の逃げる位置まで計算に入れて、兵を伏せておられたとは……。

(恐ろしい方だ。しかし今は共に戦う仲間。味方であれば、これほど心強い援軍はない!)

 気合いを入れ直し、賊の群れへと身を投じる。
 先程まで絶望的だった戦場が、一人の男の乱入によって一気に攻勢へと傾いた。
 ここが戦場だという事も忘れ、新たなる強者との出会いに私は喜びを感じていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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