【Side:凪】

「さすがです。まさか、こんな方法で敵の注意を惹きつけるなんて……」

 巨大な岩盤を砕き崖崩れを引き起こす、といった離れ業をやってのけ、言葉通り敵の注意を見事に惹きつけた太老様。
 たった一人で囮役をすると仰られた時には驚いたが、やはり私の心配など杞憂だったようだ。

「感心している場合では無い。早く、捕らえられている人達を救出しなくては――」

 太老様が身体を張って作られた好機を逃す訳にはいかない。
 直ぐに部隊の皆に号令を発し、それらしい建物を片っ端から捜索させていく。
 今こそ、我々の力を示す時。太老様に育てて頂いた恩を返す時だ。

「必ずや、与えられた任務を果たしてみせます!」

 全ては商会の理念。太老様の理想のために――

 それが私達、商会に席を置く者達の総意だった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第28話『黄河の歌姫』
作者 193






【Side:太老】

 偶然ではあるが、早々と周泰を見つける事が出来たのは僥倖だった。これでシャオとの約束も果たせる。
 一先ず、俺は助け出した周泰を脇に抱え、倉の屋根を伝ってその場から距離を取る事にした。
 凪達も先程の騒ぎに乗じて人質の救出に動き始めているはずだ。時間が来たら、凪の合図と共に真桜達も行動に移る手はずと成っている。あんなところに居たら、工作部隊の攻撃に巻き込まれて火炙りにされかねない。
 うちの連中は相手が俺であっても、いや俺だったら余計に、遠慮無くそのくらいやってしまうから注意が必要だった。
 真桜の口癖が『局長やったら大丈夫や』だ。沙和も『団長は殺しても死なないの』と団員達に触れ回っている。
 これも信頼されていると喜ぶべきか、正直色々と複雑な心境だ。やはり、あの二人とは話し合い≠ェ必要だな。

「さて、周泰ちゃんは後方に下がっててくれる? 俺はこれから派手に暴れて陽動をやるから」
「いえ、私も手伝わせてください。助けてもらったばかりか、小蓮様を保護して頂いた御礼も返せていませんし、それに陽動なら私の得意分野です」
「でも、武器も無いんじゃ……」
「武器くらい敵から奪うなりすれば、どうとでもなります。お願いします。私にも挽回の機会をください」

 必死に訴えてくる周泰を見て、俺はため息を漏らしながら仕方なく折れた。
 本当であれば、シャオとの約束の件もあるので大人しくしていて欲しいのだが、今は口論している時間も惜しい。
 言ったところで、この様子だと素直に聞いてはくれないだろう。
 危なくなったら下がる事、無理をしない事を条件に手伝ってもらう事にした。

「明命です。私の真名をあなたに預けます」
「いいの?」
「小蓮様共々、命を救われた身です。大恩のある御方であれば、尚更、真名で呼んで頂きたく思います」
「うーん……それじゃあ、遠慮無く。俺の事は太老でいいから」
「はい! 太老様!」

 ちょっと生真面目そうだが、悪い子ではないようだ。
 しかしシャオといい、呉の女性と言うのは皆、頑固者が多いのだろうか?

「あっ、それじゃあ、明命。早速で悪いんだけど一つ訊きたい事が――」

 敵の陽動もそうだが、太平要術の書の事も忘れてはいけない。
 それらしい物を見ていないか、明命に尋ねようとした時だった。

「まんまとしてやられました。まさか崖崩れを引き起こして奇襲を仕掛けた挙げ句、狙いを済ましたかのように標的を襲撃して見せるとは……用意してあった段取りが全て台無しですよ」
「誰だ? アンタ?」

 声のした方を振り向くと、向かいの屋根の上に、黒髪の眼鏡と白い道服を身に纏った男が立っていた。
 黄巾党の連中とは毛色の違う風体の男。何やら、異様な気配を発している男に警戒を寄せながら、俺は何者かと尋ねる。

干吉(うきつ)、と名乗って置きましょうか。初めまして、異端者(イレギュラー)の青年」
「……干吉?」

 その名には聞き覚えがあった。そう、『恋姫†無双』の原作に置いて何かというと主人公を目の敵にしていた二人組の片割れの名前だ。
 名前はそう、干吉。もう片方の白服の少年の方を左慈(さじ)と言ったか?
 この外史に置ける管理者のような役目を担っている連中の一人だ。そんな奴が、どうして俺の前に?

「俺を排除しにきたとか?」
「フフッ、不思議な事を仰る。今日は、そうですね。あなたの持っている太平要術の書、それを返して欲しくて参上しました」
「……はあ?」
「惚けても無駄です。それは重要な鍵となる物の一つで、我々としてもあなたの手にあると色々と困る事になるのですよ。大人しく渡した方が身のためですよ」
「いや、俺は持ってないんだけど?」
「そんなはずが!? 馬元義を殺したあなたが知らないはずが――」

 馬元義って誰だ?
 確か、黄巾党にそんな奴が居たような居なかったような、うろ覚えだけど記憶にある。
 というか、殺したなんて物騒な。全然そんな記憶無いんですけど……。
 行き成り現れて、人を強盗殺人犯扱いするなんて酷いと思うよ。

「太老様。恐らく、先程助けて頂いた倉で瓦礫の下敷きになった男が持っていた物がそれかと……」
「へ?」

 明命に教えてもらって、先程の倉の方角を見た時だ。巨大な爆発音と共に炎上する建物。その中には先程、俺達が居た倉も含まれていた。
 間違い無く真桜達、工作部隊の仕業だ。火矢ではなく、あの破壊力から察するに持ってきていた火薬……爆弾を用いたに違いない。
 轟音を撒き散らし、吹き飛んでいく家屋。よく見ると、崖の上から筒状の発射装置を使って爆弾を投下しているのが見える。一見して、今の惨状は高低差を利用した絨毯爆撃だ。これは惨い。
 真桜の奴、火を付けろと言っただけなのに悪い癖が……容赦が無いにも程があった。

「あー、吹き飛んだな……」
「燃えてますね……」
「なっ!? まさか……」

 俺と明命の様子からようやく状況を把握した干吉が、目を見開き、慌てた様子で倉の方を振り返った。
 今更慌てたところで後の祭りだ。あの様子だと、太平要術の書も木っ端微塵。立ち上がっている炎に呑まれて消し炭となっているに違いない。
 俺としては手間が省けたと言うところか?
 出来る事なら確保して術の解除を試して見たかったのだが、こうなってしまった後ではどうしようも無い。

「こっちとしては手間が省けてよかったんだが……すまん。吹き飛ばしちゃった」

 さすがに干吉の必死な姿を見て、少し可哀想に思えた俺は素直に頭を下げる。干吉にとっては大切な物だったのかも知れないし。
 てへ、と可愛く言ったつもりなのだが、先程までの余裕あるクールな表情が一点。干吉は目を丸くして呆然と固まっていた。
 余程、予想外の事だったのか、かなりのショックを受けているようだ。

「フフフッ、な、なるほど。これはまた、想像以上に頭の切れる人物のようですね。まさか、この私が裏を掻かれるとは」

 クイッ、と眼鏡を上げる手がプルプルと震えていた。言葉とは裏腹に内心はかなり動揺しているらしい。
 態度は尊大だが、意外と小心者なのかもしれないな。この干吉って男。

「今日のところは負けを認めましょう。しかし書を燃やしたからと言って、妖術の効力は直ぐには消えない。精々、積み重なっていく屍を見て、自分達の無力さを知り絶望に身を落とす事です」

 そう言って不気味に笑いながら、干吉は消えていった。
 道術という奴だろうか? 瞬間移動まで出来るとなると、結構厄介な敵になるやもしれん。
 しかし――

「あー、どうするかな?」

 干吉が最後に残した言葉。それは俺達の予想を裏切る物だった。
 太平要術の書が失われた今、自然に妖術が解けるのを待つしかない。
 しかし妖術の効力が直ぐにきれない以上、干吉の言うように俺達にこの戦いを止める術はなかった。

「太老様……この音は一体?」
「うん?」

 考え事をしていたところで、明命の声に反応して、俺は耳を澄ました。
 戦場の音に混じって、確かに聴き慣れた旋律が耳に入ってくるのを感じる。
 それは、商会で何度も耳にした事がある音楽。

「これって……」

 何故、彼女達がこんなところに居るのか分からないが、この曲は俺が良く知る少女達の持ち歌だった。
 慌てて、近くの見張り台へと上がる俺と明命。そこから音の聞こえてくる方角を見下ろす。

「あの派手なカラクリは一体? 何かの策でしょうか?」
「いや、あれって……もしかしなくても商会の舞台装置じゃ……」

 黄巾党本隊と接戦を繰り広げている袁紹軍の後方に『曹』と『劉』の牙門旗が見えた。
 その部隊の中央、戦場に似つかわしくない煌びやかな衣装を身に纏った三人の少女が、移動式の舞台装置の上にマイクを片手に姿を見せる。
 大人が十数人集まってペダルを漕ぐ事で推進力を得る人力移動。内部に電源を積んでいて、ライトアップやスピーカーまで標準装備している移動式舞台装置。
 あのカラクリ仕掛けの舞台装置は、張三姉妹の野外公演のためにと真桜がこしらえた代物だ。

『みんな抱きしめて――黄河の果てまでっ!』

 スピーカーから発せられた大音量の三姉妹の声が戦場に響き渡った。
 命を懸けた戦場は一転して、商会の歌姫『数え役萬☆姉妹(シスターズ)』の舞台公演へと早変わりした。

【Side out】





【Side:斗詩】

 私の名前は顔良(がんりょう)。真名は斗詩(とし)。袁紹こと麗羽様にお仕えする将軍の一人だ。

「な、何なんですの!? ちょっと斗詩さん、私はあんなの聞いてませんわよ!」
「私に訊かれても分かりませんよーっ!」

 麗羽様の質問に涙声で答える私。泣きたいのはこちらの方だ。
 敵城後方の崖は突然崩れるし、正面の城門が突然内側から開かれたと思えば、城の中から敵が前線に雪崩れ込んでくるし――
 挙げ句には物凄い爆発音がしたかと思えば、今度は敵城が真っ赤に燃えている始末。城の中から飛び出してきた人達も、あの炎から逃れて来たに違いない。

「儂とだぁりんの愛のイチャイチャ空間を邪魔した事……万死に値するわ!」
「ひぃッ! ば、バケモノ!」
「ぬうぉぉぉぉっ!」

 更に曹操軍が連れてきたあの化け物。
 先程まで死兵のように虚ろな目をして戦っていた賊兵達が、あの化け物と対峙した瞬間、身の危険を察知して自らの意思を取り戻すように正気へと戻り、這々の体で逃げ出し始めていた。
 援軍が現れた事には喜んだが、『曹』と『劉』の旗印はともかく、あの化け物は何なのか?
 賊兵の相手をしてくれているのだから援軍と思いたいが、正直背中を預けるのが怖すぎる。
 麗羽様も、あの『ぬうぉぉっ!』という怒鳴り声を聞く度に、身体を小さくしてプルプルと震えていた。

「華琳さんは一体、何を飼ってるんですの!?」
「うわー、アイツ無茶苦茶強いな」
「文ちゃん、なんでそんなに落ち着いてるの!?」

 この一人だけ至って冷静なのが、私と同じ麗羽様にお仕えしている将軍の一人、文ちゃんこと『文醜(ぶんしゅう)』。真名を『猪々子(いいしぇ)』。麗羽様にお仕えする将軍の中では一番の武を誇る猛者ではあるが、良い意味でも悪い意味でも麗羽様同様、私を困らせてくれる袁紹軍きっての問題児の一人だ。
 一言でいえば猪武者。麗羽様の性格と文ちゃんの突撃癖が重なると、私でも止める事が出来ない。今回もそうだった。
 私がもう少し様子を見た方が良い、と進言したにも拘わらず、麗羽様が痺れを切らしてそれに便乗した文ちゃんが飛び出して、結果はこの有様。泣きたくも成るし、ため息を漏らしたくもなると言う物だ。

「あー、ダメだな。これは……」
「そうね。麗羽様、撤退した方が良いと思います」
「はあ!? どうしてですの? もう、敵の城は目の前ですわよ!」
「その前に、こちらの前線が崩れちゃいます。というか、既に崩れちゃってます……」

 突如、内側から開かれた城門から大量の敵が雪崩れ込んできて、更には後方の曹操軍が連れてきた化け物の所為で戦場は大混乱。
 とてもではないが、戦線を維持できるような状況ではない。

「もう、一体全体どういう事ですの!?」
「ほら、麗羽様逃げますよ! こんなところに居たら命が幾つあっても足りないですって!」

 この機に便乗するように、様子を窺っていた諸侯軍も次々に動きを見せ始めていた。
 このままでは敵だけでなく味方にまで囲まれてしまい、益々身動きが取れなくなってしまう。
 そうすると私達の軍は壊滅的な被害を受ける恐れだってある。現状でも、かなり危ない状況だった。

『みんな抱きしめて――黄河の果てまでっ!』

 麗羽様を連れ出し軍を下がらせようとした、その時だった。
 私達の背後。曹操軍の方から聞こえてきた聴き慣れない旋律と、戦場に響き渡るような大きな声を耳にしたのは――

「次から次へと、今度はなんですの!?」

 麗羽様の悲鳴にも似た叫びが私の耳に届く。
 曹操軍の部隊中央に見えるのは、戦場には不釣り合いな煌びやかな装いの舞台と思しき物。
 その上に三人の少女が立ち、何を思ったのか、突然歌と踊りを披露し始めた。

「え? ええっ!?」

 私は理解の追いつかない余りの状況に、困惑の極みに突入する。
 その歌声は空を駆け、戦場に木霊す幾重もの声を掻き消し、敵、味方問わず、その場に居る者達の心を鷲掴みにしていく。
 今まで死兵のようになり戦っていた黄巾党の賊達の顔に生気が戻り、武器を落とし戦いを止めてその場に立ち尽くしていた。
 まるで、時間が静止したかのように訪れる静寂。

 ――キラッ☆

 と少女達が変わった姿勢を取ると、静寂を押し破るように沸き上がる歓声。
 敵だけでなく、中には味方の兵士まで一緒になって歌に聴き入る者まで現れていた。

「アレも華琳さんの策なんですの!? ちょっと、あなた達! 勝手に戦いを止めて、何を考えて――」
「えっと……あたい達、どうすればいいんだ?」
「さ、さあ……?」

 文ちゃんと一緒に首を傾げる私。麗羽様の叫び声が虚しく響き、歌声と歓声によって掻き消される。
 たった三人の歌姫によって、黄巾党との戦いに終止符が打たれた瞬間でもあった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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