【Side:星】

「ここが奴等の根城か……」

 街の中央から外れた漁港に位置する一角。資材置き場と思しき倉庫の前に、怪しげな一団の姿があった。
 張三姉妹の公演で人々の関心は街の中心部へと向いている事もあって、ここは静かなものだ。
 あちらの賑わいとは一転して、こちらは全くと言って良いほど人気が無かった。

(なるほど。連中のようなはみ出し者が身を潜めるには絶好の場所だ)

 私は男達が倉庫の中に入っていったのを確認して後を付け、建物の壁を伝って見つからないように手頃な窓から中へ侵入する。
 気配を消して、荷に身を隠しながら男達の声のする方角へ足を進める。すると大きく開けた場所に出た。

「アニキ、酒と食い物仕入れてきやしたぜ」
「おおっ! でかした……って女はどうした?」
「無茶言わないでくださいよ。今は目立つ行動を控えろって言われてるじゃないですか」

 そっと物陰から覗き込んでみると、剣や槍で武装した男達が集まって何やら怪しげな会話をしている姿が見えた。
 全部で十人くらい。内何人かは、先程街で見かけた男達だ。
 背の低い小柄な男が、食べ物と酒を『アニキ』と呼ばれた男に手渡し、それを皮切りに他の連中も酒と食い物に手を付け始める。
 どうやら、あの『アニキ』と呼ばれている男がこの連中の頭とみて間違いないようだ。

(何かを企んでいる事だけは確かだ。連中の悪事の証拠を掴めさえすれば……)

 見たところ人数もそれほど多くはなく、相手も大した腕では無い様子。退治するだけならば、特に苦戦はしないだろう。
 だが、今のところ集まって酒盛りをしているだけの様子。怪しい事は確かだが、何もしていない内から退治するというのも問題だ。
 事情も分からず、賊と決めつけて闇雲に武器を振り回すのでは蛮族と変わりはない。
 一先ず、様子を窺う他ないか、と息を潜めて相手の出方を待つ事にした。

「おいっ! 見張りの奴にもなんか持ってってやれ」
「へへっ、アニキは優しいですね」
「俺は、いつでも優しいんだよ。そんなんだから、テメエは背が伸びねーんだ」
「前言撤回! 酷いですぜ! アニキ」

 そう言って、ガハハッと下卑た笑い声を浮かべる男。だが、面白い事を耳にした。
 小さな男が、飲み物と幾つかの食べ物を持って倉庫の奥へと向かう。
 先程、アニキと呼ばれた男が口にした『見張り』という言葉。そこから推測される事は一つだけ。
 ここに何故、このような連中が集まっているかを考えれば、その理由は自ずと判明する。

 ――第一に、誰かから合図がくるのを待っている

 どうせ碌でもない企みに決まっているが、その場合は事を起こすまでは様子を窺うしかない。
 現行犯ならともかく証拠もない内に、こちらから仕掛ける訳にもいかない。

 ――第二に、何かを監視、もしくは護る役目を担っている

 そう、例えば人質を監禁しているとか。

(当たりだったようだな)

 男が向かった先。
 資材置き場の一角に、髪留めで左右を結った紫色の髪をした小さな女の子が捕らえられていた。

「おいっ、メシと酒を持ってきてやったぜ」
「おおっ、すまねえ。丁度、腹が減ってきてたんだ」
「あのガキはどうしてる?」
「ずっと部屋の隅で塞ぎ込んであの様子だ。朝からメシも食わねえ」

 三角座りで顔を伏せ、男達が持ってきた食事にも目を向けようとしない幼い少女。

「これだからガキは……ほっとけ。後で交代を寄越すから、それまで確りと見張っとけよ」
「へい」

 少女が何も反応を示さない事に呆れてか、悪態を吐き立ち去って行く男。
 残されたのは見張りの男が二人だけだ。

(何と卑劣な。このような悪行放って置けるはずもない)

 子供を誘拐して何を企んでいるのかは知らないが、碌でもない事なのは間違い無い。
 悪事の証拠を押さえるためにグッと堪えていたが、もはや我慢ならなかった。
 一刻も早く少女を助け出す――
 私は得物を手に、見張りの男達に向かって物陰から不意を突くように飛び出す。

「なっ! テメ――」

 男が言葉を言い終えるよりも先に、ブンッと風を切る鋭い音が室内に響いた。
 振り抜いた槍の太刀打ちで男の横腹を薙ぎ払い、返す槍の柄でもう一人の男の頭部を強打し昏倒させる。
 まさに一瞬の出来事。知覚した瞬間には距離を詰められ、意識を奪われた男達に為す術はなかった。

「少女に感謝するのだな」

 本来であればこのような下郎、一太刀で命を奪うところだが、子供の前でそのような残虐な真似をしたくはない。
 それに、さすがの私も人質を取られた状態では分が悪い。幾ら私が強くても一度に相手できる人数には限りがある。
 相手が幼い少女という事もあり油断していたのだろうが、見張りを二人しか残していかなかったお陰で助かった。
 我慢がならず怒りに任せて行動してしまったが、結果的に少女を救い出せた事は幸いだった。

「お姉ちゃん……だれ?」

 後から、先程まで塞ぎ込んでいた少女の戸惑いに満ちた声が掛けられる。
 さてどうしたものか、と考えた私の視線に胸元から飛び出した一枚の仮面が目に入った。

「私は……蝶。可憐な花に誘われて舞い降りた一匹の蝶」
「ちょうちょ、さん?」

 仮面を付け、少女の方へ振り返る私。辿々しい言葉遣いで、言葉を紡ぐ幼い少女。
 首を傾げ困惑した様子でありながらも、その目は好奇心に満ちていた。
 捕らえられ、ずっと一人でこんな場所に……きっと心細かったはずだ。
 ならば、敢えて道化を演じてみせよう。捕らえられた姫を助けに現れた正義の使者として――

「正義の使者、華蝶仮面だ」

 非道な悪を許さず、力を持たない弱き者のために悪行を質す美しき蝶。
 ――華蝶仮面。それが、私の新たな名だった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第41話『正義の味方』
作者 193






【Side:太老】

「うーん……どうしたものか」

 正直困り果てていた。華蝶仮面の仮面は生憎とアレ一つしか持ってきていない。
 実は商会の倉の目録を作るために朱里の仕事を手伝っていると、偶然、小箱に入ったあの仮面を発見したのだ。
 恐らく、商会に在籍している行商人の誰かが何処からか持ってきた代物の一つなのだろうが、いつから倉にあったのかなど一切出自は分からないままだった。

 で、朱里に言って仮面を預かったのが、全ての始まり。
 華蝶仮面と言えば思い出されるのは趙子龍。彼女は風と稟の話では幽州で別れたという話だったが、黄巾の乱でも結局顔を合わせる事は無かった。
 考えて見たら本筋と随分歴史が変わってしまっているので、今後彼女が劉備の元に身を寄せるとは限らない。
 事実、雛里は俺のところで働いているし、桃香達も雇われ扱いとはいっても今では商会の一員だ。
 そんな訳で居ない人物の事を考えても仕方が無いので仮面の使い道に、愛紗と鈴々当たりに持たせて警備なんかに使ったら子供受けするのではないか、と企んでいた矢先の事だ。
 青州支部の商会から張三姉妹の舞台に特別出演する話をもらい、そこで余興としてヒーローショーをやって華蝶仮面を売り込めないかと考えた。

 俺がそう言うのが好きだから、面白そうと言うのが本音だったりするのだが、ちゃんと他にも理由がある。
 張三姉妹は確かに人気があるが、それは大人の特に男に限っての話。彼女達の特徴でもあるが、それ以外の世代にはウケが弱い。
 で、新たなアイドル発掘にと華蝶仮面の存在を思いついたのだ。この場合、アイドルと言うよりヒーロー。
 テレビやネットなど無く娯楽に乏しいこの世界だが、そんな世界だからこそ娯楽が必要不可欠だと考える。
 さすがにテレビは無理でも、張三姉妹のようなコンサートや演劇なら十分に可能だ。
 子供から大人まで、男女問わず大勢の人達の心を熱くさせるそんな存在。華蝶仮面のような存在が、荒んだこの世界には必要だと俺は考えていた。

 それに子供は夢を見て、少しずつ成長していくものだ。
 正義の味方。安易ではあるが、子供が憧れる対象としては分かり易い。
 華蝶仮面の行いを見て正義の心に目覚めてくれ、と言う訳では無いが正しい事と悪い事の違いくらい分別が付かないようでは大人に成ってから困る事になる。

 この国の現状がそうだ。やも得ない事情から賊に身を落とした者も確かに居るかも知れない。
 それでも身勝手に力を振るい、殺し、犯し、略奪の限りを尽くす賊に同情の余地は無い。
 官の腐敗は確かに目に余る物がある。しかし幾ら世が乱れているとはいっても、それでも我慢を重ね普通に暮らしている人達の生活を脅かしていい権利は誰にもない。
 それでは単なる我が儘。彼等が嫌い、馬鹿にしている朝廷と何も変わらない。身勝手な行いだ。
 俺が本当に学んで欲しいのは、飛び抜けた知識でも技術でもない。そんな当たり前の、人としての心だ。
 勉強ばかりが全てではない。遊びや娯楽の中だからこそ学び取れる物。そうしたものを今の子供達には感じ取って欲しかった。

「惜しい事したな。でも、この人混みじゃな……」

 良い機会だと考えていたのに、肝心の仮面を無くしてしまうなんて失態だった。
 陳留の商会本部に帰れば、幾らでも複製品があるがオリジナルはアレ一つしかない。
 会場も凄いが外はもっと凄い人だ。探しに出たところで見つかるとは思えない。
 第一、張三姉妹の演目も中盤に差し掛かり、そろそろ俺の出番も迫っている。探しに出ているような時間は無かった。

「兄ちゃん。そろそろ準備して置いて欲しいって」
「……ああ、分かった」

 言っている傍からこれだ。護衛と称して季衣がべったりと張り付いているため、あんな人混みが多い場所に行かせてくれるはずもない。
 今回は素直に諦めるしか無いか、とため息を漏らす。
 取り敢えず、商会の代表として挨拶だけはきちんとこなさないと張三姉妹に恥を掻かせる事になってしまう。
 そう考え、季衣に急かされて席を立ち上がろうとした時だ。

 ――ドオォン!

 大きな音が会場に鳴り響き、僅かに建物が揺れ動いた感じがした。

【Side out】




【Side:紫苑】

 会場の至る所から煙が上がっていた。予期せぬ出来事だ。
 まだ私は何もしていない。天の御遣いが舞台に上がってきたところを狙い、この丘の上から狙撃するつもりでいたからだ。
 以前は距離が近すぎた事で気付かれてしまったが、この距離であれば勘付かれる恐れも無い。そう考え一か八かの賭けにでた。
 ここから舞台まではかなりの距離があり、人の姿など豆粒ほどにしか見えないが、私にはそれだけの距離を見通せる眼と弓の腕がある。
 かなりギリギリの距離ではあるが、この弓に賭けて娘のためにもしくじる訳にはいかない。

(あの男の部隊が功を焦った?)

 覚悟を決め、その時を静かに待ち続けていた矢先の事だ。
 何度か小刻みに爆発音が鳴り響き、そこから青や黄色と言った色取り取りの不思議な煙が立ち上っていた。
 考えられるのは璃々を人質に取り、私に暗殺などという卑怯な真似を強制したあの男の部下が功を焦り、暴走した可能性だ。

「くそっ! 一体どうなってやがる!」

 見届け役として同行した一人の男が、煙を見るなり慌てた様子で叫び声を上げる。
 その様子からも、意図的な行いで無い事は明白だった。
 やはり、彼等にとっても想定外の出来事らしい。

「おーい!」

 大声で叫びながら手を振って、街の方から一人の男が走ってくる姿が見えた。
 あの顔には見覚えがある。ここに居る見届け役の男の仲間だ。

「――全滅だと! どういう事だっ!?」
「わからねえ! 会場の周りで張ってた奴、侵入しようとした仲間が全員やられたって話だ」

 仲間からの報告に声を荒らげる男。その姿には、先程までのような余裕は一切見えない。
 男の口から出た『全滅』という言葉を耳にし、確かにあの天の御遣いなら十分にやりかねないと私は思った。
 私の矢に気付いた勘の鋭さと、その後の判断力。そして神業のような素早い動き。
 武人の端くれとして、天の御遣いがどれほどの強敵であるかを、この眼で見て感じ取ったつもりだ。
 そこらの荒くれ者にどうにか出来るような相手ではない。

(でもまさか、あの人混みの中、事前に犯人を特定して捕らえるなんて……)

 忍び込む事すら許してもらえないとは、どんな妖術を使ったのか?
 その手腕の見事さに、敵ながら恐怖を通り越して尊敬さえ覚えた。

「女! 計画が変更になった。お前は会場に向かえ」
「……それは、私に命を捨てろと?」
「お前に意見なんて聞いてねえんだよ。こっちには人質が居るんだ。どうなっても良いっていうのか?」

 そう言って璃々の事を口に出し、下品な笑みを浮かべる男。殺してやりたい気持ちをグッと娘のために堪える。
 男の言うように、ここでこうして待っていてもこの騒ぎでは舞台に天の御遣いが姿を現す事はないだろう。
 命を狙うつもりなら、直接乗り込むしか残された方法は無い。それに場が混乱した今であれば、逆にこちらにとっても好機と言える。
 成功すれば上々。失敗しても、逃げる時間を稼ぐための囮くらいには使える。そのように目の前の男は考えているに違いなかった。

(どちらにしても……私はただでは済まないわね)

 仮に天の御遣いを殺せたとしても、直ぐに警備の者達に取り押さえられるか、殺されるかのどちらかに一つだ。
 その結果、璃々に二度と会える事もないまま、私はここで命を絶つ事になる可能性が高い。
 それでも、娘の命には代えられなかった。

「成功したら娘は解放してやる。精々、頑張るんだな」

 男の言葉に納得の行かないものを覚えつつも、必死に我慢して感情を抑える。
 唇を血が滲むほどに噛み締めながらも、男の言葉に無言で首を縦に振って答えた。

(璃々待っていて……あなただけは必ず)

 僅かな望みであっても、私はそれに賭けるしかない。

 璃々は、私の全てなのだから――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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