【Side:太老】

 最初に言って置く、俺はロリコンじゃないぞ?

「うふふ……やはり太老の膝の上が一番じゃな」
「狡い! お姉ちゃんも太老様の膝の上に座る!」
「天和姉さん……子供に張り合わないで。それに、これでも皇帝陛下なのよ?」
「これでも、とはなんじゃ!?」

 最近は人和も随分と言うようになったな、と少し感心していたりした。
 まあ、普段の言動や態度を見ていると威厳の欠片も無いしな。幼女皇帝もとい劉協は……。

「しかし、宦官共のあの慌てふためく姿は滑稽じゃったの。さすがは我の見込んだ男じゃ」
「俺は特に何もしてないけどね……」
「謙遜するでない。御主は立派に自分の務めを果たしておろう」

 いや、『天罰』か何か知らないけど、不幸な事故やトラブルを全部俺の所為にされても非常に迷惑なんですが……。
 大体、厩舎から馬が逃げ出して人を跳ねたとか、橋の板が抜けて川に投げだされたとか、俺に全然関係無い自業自得な話だろう?
 この時代の人が迷信とかそういうのを簡単に信じちゃうのは分かるけど、話題の対象にされるのは正直勘弁して欲しい。
 よく『孔明の罠だ!』と悪い事がある度に言われる諸葛孔明然り、大きな災害なんかある度に『神がお怒りになっている!』と言われる神様然り、ここにきて歴史に名を残す偉人や神様と同じ気持ちを味わう事になるとは思わなかった。
 俺もよく『マッドの仕業だ!』とか言うけど、あれは実際にカニ頭の女神の所為なので根拠無く理不尽な汚名を着せている訳ではない事をここに言っておく。

「はぁ〜、それよりも退屈ね。早く舞台をやりたいな」

 寝台でゴロゴロとだらしなく横になりながら、そんな愚痴を溢す地和。まあ、気持ちは分からないでもない。
 牢から出して貰ったはいいけど、その後はずっとこうして皇宮での軟禁生活を送っていた。
 大長秋(だいちょうしゅう)の取りなしもあって皇宮内での比較的自由な生活を許されているとはいえ、地和の言うように退屈なのは違いない。
 ちなみに大長秋というのは皇后府を取り仕切る宦官の最高位の事で、俺が知る限りでは華琳の祖父である曹騰が任じられた事で有名な官職だ。

「舞台か。では、やってみるか?」
「え、いいの!?」

 劉協の思わぬ提案に、眼を輝かせる地和。確かに舞台が出来るのなら、それに越した事は無いが――

「劉協ちゃん。そんなに簡単に約束していいのか?」
「構わぬ。宦官達に言い訳くらい幾らでもつく。それにこの情勢下では張譲も下手に口出しは出来ぬじゃろう」

 何よりその方が面白そうじゃからな、と口元をニヤリと緩める劉協。随分とノリノリと言った様子だ。
 この様子なら心配は要らないか。彼女の立場も微妙なところだし、それを少し心配したのだが要らぬ心配だったようだ。

「……私達を使って朝廷の人気取りでもするつもり?」

 そう言って厳しい表情を劉協に向ける人和。相手が皇帝と知っていても一歩も退く様子は無かった。全ては二人の姉のためだ。
 人和が心配するのは無理からぬ話だ。それに自分達の立場を理解しているつもりでも、自分達の芸を政治の道具にされるのは納得が行かないのだろう。
 ただまあ、俺はそこまで心配の必要性は無いものと考える。結局、人気があるのは張三姉妹であって、皇帝でも朝廷でもない。
 寧ろ、朝廷がスポンサーになって宣伝活動を手伝ってくれるというのだから、精々利用させてもらうくらいの気持ちでいた方が精神的にも楽だ。
 仮にもあの張三姉妹だ。この三人なら政治の道具に利用されるよりも先に民衆を味方に付けて、簡単に煽動してしまいそうだしな。
 事実、商会の団結力の高さには、彼女達の歌と踊りが一役どころか二役も三役も買っていた。

「そのような事は考えておらぬよ。どの道、我の代で漢王朝は終わりじゃ。民が真に求めておるモノは、滅び行く国の皇帝などではない」

 そう言って、俺の方を見る劉協。その視線に気付いて、俺は手元の饅頭を見る。
 話の合間に侍女に用意してもらった桃饅を食していたのだが、劉協も欲しかったのだろうか?
 でも、これが最後の一個だしな。それに、これは食べかけだ。こんな物を劉協に手渡す訳にもいかない。
 そんなに欲しいなら言ってくれればよかったのに……。

「ごめん……」
「謝るでない。御主は何も悪く無い」

 そう言ってくれると助かる。やはり、劉協は歳の割に良くできた子だ。もうちょっと我が儘を言って欲しい気もするんだけどな。
 さすがに食べかけの桃饅はあげられないけど、その内、俺の故郷の料理でも振る舞ってやろうと思った。

「そう言えば、例の会わせてくれるっていう人物の事なんだけど……」
「色々と忙しいようじゃからの。今も賈駆と裏で色々と動き回っておるようじゃし」
「詠ちゃんとですか? あ、皆さん、御茶が入りました」

 月に入れて貰った御茶を口にする。うん、ほっと落ち着くな。
 何か御礼がしたいと言って、率先して俺達の世話を焼いてくれたり、侍女の真似事をはじめた月。
 最初は少し驚きもしたけど、お世話に成ってばかりもいられないし他にやる事も無いからと、ずっと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。

 ちなみに月が今着ている服は所謂メイド服という奴だ。先に話した大長秋に頼んで、宮中お抱えの職人に無理を言って仕立てて貰ったモノだ。
 いや、これは外せないだろう? メイド服を着た可愛い子に甲斐甲斐しく世話をしてもらう。まさに男の浪漫と言っていい。
 で、何故かこのメイド服が宮中で話題となり、皇宮に仕える侍女達の制服がいつの間にかメイド服一色に変わっていたのだが、これは嬉しい誤算だった。

「まあ、元気にやっとるじゃろうし、その内こっちにも顔を出すじゃろう」

 俺も劉協の言うように特に心配していなかったりする訳だが、どちらかと言うとやり過ぎていないかという点の方が不安だったりした。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第58話『食べ物の恨み?』
作者 193






【Side:劉協】

 正木太老――天の御遣いは、話に聞いていた通り面白い奴じゃった。
 それに凄い。グッと惹きつけられる言葉と魅力もそうじゃが、何よりも凄いと思ったのはその器の大きさじゃ。
 張譲の思惑であのような牢屋に理不尽に閉じ込められ、恨み言の一つでもありそうなものじゃが愚痴一つ太老は我に溢そうとせん。
 それどころか、『ありがとうな。助かったよ』と我に礼を言い、逆にこちらの心配や一緒に閉じ込められていた女子(おなご)達の心配をする程じゃった。

 かと言ってただの甘い男かというとそうではない。『天罰』の話は我も噂程度に耳にしていたが、実際には半信半疑と言ったところじゃった。
 悪しき行いをする者に不運と災厄をもたらすなど、そのような神懸かった力、もはや人間の物では無い。
 だが現実にそうとしか思えない出来事が起こっていた。
 張譲の取り巻きをしていた宦官達が次々の謎の事故に遭い、宮中の仕事が滞り処理機能が一時麻痺するほどに至ったのも――
 その結果、我が監視の眼を誤魔化して皇宮を抜け出す事が出来たのも、全てはその事件により人手が多く減らされた事も原因の一つにあった。

 丁度、太老が洛陽にきた頃と、天罰と称される事故や事件が起こり始めた時期は一致する。
 そればかりか、機を見計らったかのように都に現れたという行商人達。
 そして庶人を苦しめ、不正を働く兵や官の前に姿を現すという謎の三人組。
 全てが出来すぎている。考えられる事はただ一つ、太老が誰にも気付かれず裏で何かをしておるという事だけじゃった。

 張譲や宦官達は太老を罠に嵌めたつもりでいて、絶対に招き入れてはならぬ者を懐に招き入れてしまった事に気付いておらぬ。
 我や大長秋という味方を付け、既に皇宮は太老の思うが儘。侍女達の間にも『御主人様』や『御遣い様』といった感じで、太老を慕っておる者達が大勢いる。
 あの気さくで話しやすい人柄もそうじゃが、気付けば自然と引き寄せられているあの魅力こそが太老の持ち味じゃった。

「舞台か。では、やってみるか?」
「え、いいの!?」

 張三姉妹の話にも一理あると思った。
 彼女達はただ舞台を開いて歌や踊りを大勢の観客に見て欲しいだけなのかもしれぬが、この膠着した状態を打開するには良い手やもしれぬ。

「劉協ちゃん。そんなに簡単に約束していいのか?」
「構わぬ。宦官達に言い訳くらい幾らでもつく。それにこの情勢下では張譲も下手に口出しは出来ぬじゃろう」

 また我の事を心配してくれておるのじゃろう。子供扱いされていると思うと少し不満もあったが、その気遣いは素直に嬉しく思った。
 舞台の件は確かに普通であれば問題となるじゃろうが、既に皇宮は抑え、宦官達の多くも我に付き従う意思を示してくれておる。
 その状況を作ったのは他の誰でもない、太老じゃ。寧ろ、恩を返さなくてはならないのはこちらの方と言える。
 我にしてやれる事など限られておるが助けられてばかりではなく、ほんの少しでも太老達の力になってやりたかった。

 それにじゃ、張譲の驚いた顔も見てみたい。
 今は亡き先々代の皇帝、我の父上から絶大な信任を得ていた十常侍の筆頭。それが現代の宦官を最も強く体現している人物、張譲じゃ。
 自身を殺された事にして裏に引き籠もってしまいはしたが、その影響力は絶大で状況が悪くなった今も張譲に味方する宦官達は少なくない。
 じゃが奴は父上の信頼を裏切り、密かに野心を膨らませていた。
 董卓を自身が悪政を敷くための身代わりにしたて、姉上を廃位させ我を皇帝に即位させる事で傀儡にして宮中を手中に収めようと画策しておったのじゃ。
 このような立場に生まれた以上、いざと言う時の覚悟はしておるつもりじゃったが、面識は殆ど無かった肉親とはいえ権力争いの末に身内を殺されて何も感じない訳ではない。張譲には、それ相応の報いを受けさせてやりたい気持ちが心の内では渦巻いていた。

「……私達を使って朝廷の人気取りでもするつもり?」
「そのような事は考えておらぬよ。どの道、我の代で漢王朝は終わりじゃ。民が真に求めておるモノは、滅び行く国の皇帝などではない」

 張三姉妹の末娘――張梁の言葉に疑われても仕方の無い事か、と我は考える。
 さすがに頭が回るようじゃが我にそのような思惑は無い。漢王朝の崩壊は、黄巾の乱が起こってしまった時点で既に決まっておった事じゃ。
 皇帝という立場にも、現在の朝廷に対しても我は未練などない。
 この国の民達が今、何を求めているか。それを考えれば、このまま漢王朝を存続させるべきではないと考えていた。

 そして実際に会い、この眼で見て我は確信した。太老ならば、きっとより良い方向にこの大陸を導いてくれる、と。
 我よりも力が有り、器が大きく、何よりも民にこれほど期待され慕われておる人物は太老を置いて他におるまい。
 この国の未来、民のためを思えばこそ、そうした人物にこの大陸の未来を委ねたい。
 それが滅び行く国の皇帝として即位した我の為すべき事じゃと考えていた。

「ごめん……」
「謝るでない。御主は何も悪く無い」

 我の考えなどお見通しなのに違いない。だからと言って、太老に謝られては困る。これは皇帝としての責務じゃ。
 寧ろ、我の力が足りず、このような重責を背負わせてしまう事を心苦しく思う。
 何が朝廷じゃ。何が皇帝の威信じゃ。民の信頼を得られるぬ朝廷に、名ばかりの皇帝に意味は無い。
 自分の無力さを、これほど疎ましく思った事はこれまでに無かった。

【Side out】





【Side:太老】

「劉協ちゃん、なんか元気が無いんだよな」
「そう? 太老の膝の上に乗って『きゃっきゃっ』喜んでたじゃない」
「いや、なんか隠しているというか、おかしいっていうか。やっぱり桃饅かな?」
「何、それ……」

 気の抜けた様子で、呆れた視線を向けてくる地和。いや、馬鹿にしたモノじゃないぞ。食べ物の恨みは恐ろしいんだ。

「地和だって、好物の十万斤饅頭(じゅうまんきんまんじゅう)を勝手に食べられたら嫌だろう?」
「まあ、それはそうだけど……って、ちょっと姉さんどこに行こうとしてるの?」
「あはは……ちょっと(かわや)に。お、お姉ちゃんは戸棚に隠してあったお饅頭なんて知らないよ」
「ちぃが三時のオヤツにって楽しみに取ってあったアレを食べたの!?」

 突如、鬼の形相に変わり天和を追いかけ回す地和――と行った具合に食べ物の恨みの恐ろしさは分かってもらえたと思う。
 まあ、そんな訳で食べ物の恨みというのは馬鹿にしたものではないのだ。
 劉協がそこまで桃饅に固執していたのかどうかは知らないが、何かを気にしている事だけは確かだ。

「そんな訳で、お世話になってるしな。何かしてやりたいと思うんだが」
「でも、私達ここに軟禁されてるんですよ?」
「人和の言う事は尤もだ。でも、だから何も出来ないって事は無いだろう? 月を見ろ!」
「え……あの、太老様?」

 こんなに可愛いメイドさんに甲斐甲斐しく世話をされてみろ、大抵の男はイチコロだ。

「ちぃ達にもそれを着ろと?」
「お姉ちゃんは着てもいいよ。この服凄く可愛いし、一度着てみたかったんだよね!」
「個人の趣味をどうこう言うつもりはありませんけど、何だか主旨と外れているような気が……」

 いや、まあ着てくれると実はかなり嬉しかったりする訳だが……。
 そう言う意味では無く、月のように与えられた環境であっても行動する事こそが大事だと言いたかったんだ。
 でも、メイドか、メイド……うん。結構、良いアイデアなんじゃないか?

「で、具体的にどうするつもりなの?」
「よし、メイド喫茶をやろう!」
『…………メイドきっさ?』

 俺の思いつきの提案に一斉に首を傾げる三人。さすがは姉妹。息がピッタリ合っていた。

「そう、メイド喫茶だ。費用は商会に請求してもらえばいいし、思い立ったら吉日と言うしな。早速、相談してくる!」
「あっ! ちょっと太老!?」

【Side out】





【Side:地和】

 止めるのも聞かずに部屋を飛び出していった。
 ああなった時の太老は誰にも止められないと分かっているだけに、既に退路は断たれているのだとため息を漏らす。

「メイドって、侍女の事よね。それときっさ≠チてなんの事かしら?」
「さあ? お姉ちゃんは可愛い服が着られるならなんでも良いけどね」
「それに舞台の約束も取り付けたし、上手く行けば良い宣伝になるかもしれない」
「ううん……。ちぃも美味しい物が食べられるならそれで良いんだけど、太老の考えた企画なのよね?」

 三人の間に微妙な空気が流れる。確かに太老のお陰で私達はここまで有名になれたのは事実だけど、時たま太老は予想もつかない大きな問題を起こす事があった。それを私達は他の誰よりもよく知っているからだ。
 大体がこうして意気揚々と気合いの入った様子で飛び出していって、行動を始めた時にそれは起こる。
 青州の一件も忘れていない。成功したから良いものの技術開発局がやった騒ぎの所為で、一時は大変な目に遭うところだったのだ。
 結局あの騒ぎの所為で企てていた計画は上手く行かないし、ちぃ的には最悪な一日だった。
 まあ、アレが原因でちぃの人気が上がったからそれはそれで嬉しいんだけど、今一つ納得が行かないというか……ううん。

「皆さん、十万斤饅頭を貰ってきましたよ。御茶にしませんか?」
「ありがとう、ユエユエ! やっぱり持つべきは友達よね! 姉さんは御茶だけね」
「ええ!? ちぃちゃん酷いよ!」
「私の饅頭を勝手に食べた罰よ。そもそもなんで、そんなに食べて太らないのよ。胸? その胸に全部栄養がいってるの!?」
「そ、それは言い掛かりだよ! 幾ら、ちぃちゃんの胸が薄いからって!」
「い、言ったわね! 巨乳はみんな敵よ! ほら、人和も言ってやりなさい!」
「私に振られても……」

 こうして、今日も平穏無事な一日が過ぎていった。ただ一つ、不安な点を残して。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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