【Side:稟】

 洛陽から早馬で書簡が届いたのが今朝の事だった。書簡に記されている名前、筆跡は間違い無く太老様のものだ。
 宦官の策に嵌り、宮中に捕らえられているはずの太老様から送られてきた書簡。
 普通に考えれば敵の罠かと疑ってしまうような内容だが――

「まあ、間違い無くお兄さんが書いた物でしょうねー。それで、これを持ってきたという使者さんは?」
「別室で待機してもらっています。こちらにお呼び致しましょうか?」
「そうしてくださいー」

 風の指示で、別室に待機させているという使者を呼びに行く侍女。
 風の言うように、この書簡は太老様が直にその手で書かれた物で間違い無い。筆跡だけでなくそう言い切れるだけの理由が、書かれている文字の方にあった。
 太老様の世界で使われているという『樹雷文字』と呼ばれる一見記号のように見えるこの文字は、『日本語』よりも高度な機密文書に使われている特殊な文字だ。
 商会でもこの文書の解読が出来る者は、私、そして風、それに真桜と商会の中枢を担う極一部の人間のみ。
 どれだけ優秀な文官であったとしても見た事もない知らない文字を理解出来るはずもなく、宮中の人間にこれと同じ文を書き記す事が出来るはずが無かった。

『――し、失礼します!』

 そう言って、大きすぎるくらいの声を張り上げて部屋の中に入ってきたのは、どこにでも居るような一見パッとしない二人組の男性だった。
 洛陽からの使者と言う割には特に着飾った様子もなく、多少上質な服と鎧を身に纏っているもののごく平凡な男達だ。
 それにお世辞にも、腕が立つようにも頭が良さそうにも見えない。声はどもり、二人の緊張した姿から見ても、度胸が据わっているようには見えず、こうした席に立つ事さえ慣れていない様子が窺えた。
 普通であればこちらが商人と言う事で、このような使者を寄越して舐められていると捉える事も出来るが、この書簡の差出人は書簡の内容と使者の言葉を信じれば太老様という事になる。

「これを太老様が、お二人に託されたのは確かなのですね?」
「は、はい。俺達、都で看守をしてたんですが、首になっちまって……」
「そこを御遣い様に拾って頂いて、都には居づらいだろうからこの書簡を持って陳留の商会を尋ねるようにって……」
「……もう少し、詳しく事情を訊かせて頂けますか?」

 宮中の地下牢で看守をしていたと話す二人。太老様とは、そこで知り合ったそうだ。
 しかし、さすがは太老様と言うべきか。まさか皇帝陛下と謁見し地下牢から抜け出したばかりか、皇居にまで潜り込むなんて……。
 嘘を吐いているようにも見えないし、こんな直ぐに嘘と分かるような嘘を吐くような馬鹿はさすがにいないだろう。
 皇帝陛下に気に入られ国賓待遇で持て成されていると聞かされて、太老様なら十分にありえると考えてしまった。

「まあ、お兄さんなら十分にありえますねー。お二人ともありがとうございました。後でまたお聞きする事もあると思いますが、食事と部屋を用意させますので今日はゆっくりと旅の疲れを癒してくださいー」
「は、はい!」
「ありがとうございます!」

 畏まった様子で頭を何度も下げて、部屋を退室していく男達。やはり、策を講じるにしても手が懲りすぎている。
 風の言うようにあの二人の話は真実で、この書簡は太老様が書き記された物と考えて間違いなさそうだ。
 しかし、だとすれば――

「まあ、ある意味で予想通りの展開になりましたねー」
「風……もしかして、こうなると分かっていたのですか?」
「なんとなくですけどねー。そろそろくるかなーっと思って、いつでも実行できるように準備の方も済ませてありますよ」
「それならそうと言ってくれても……。華琳様、それに義勇軍も既に出立してしまった後なんですよ?」
「どちらにしても、それは避けられなかったでしょうしねー。問題は、お兄さんが洛陽に捕らえられているというだけの話ではありませんし」
「それは確かにそうですが……」

 天の御遣いの右腕。商会の頭脳とまで言われ、太老様の事が分かっているつもりでいても、風に読み負けたという事が悔しかった。

「風。本当なら、あなたが私の席を担っても……」
「今回の事を気にしているのなら、それは稟ちゃんの早合点ですよ」
「早合点?」
「何に特化してるかの違いだけですよ。風は客観的に物事を判断しふぉろー≠キるのは優秀らしいですけど、頭は稟ちゃんの方がずっと良いですし、雛里ちゃんにも軍師としての才能は敵いませんからね。ちなみにこれ、最初に見抜いたのはお兄さんですよ」
「太老様が……?」
「何事も適材適所。ああ見えて、お兄さんは見るところを確りと見てますからねー。愛されてますね。稟ちゃん」

 風にそう言われるまで、そんな風に考えた事は無かったのかもしれない。
 太老様は確かに私に『稟がいてくれて助かった』や『頼りにしている』と仰ってくださる。
 それを励みにここまで頑張ってきたが、今の立場に私を推挙してくださったのは他ならぬ太老様だ。

 ――あの頃から、太老様は私の才と実力を見抜いていた?

 確かにそう考えれば全てに合点が行く。
 張三姉妹の才能を見抜き、ここまでの人気を誇るまでに育て上げられたのは他ならぬ太老様だ。
 他にも凪、真桜、沙和の才能を高く評価し、育て上げられたのも太老様ご自身だ。

「安心していいですよ。稟ちゃんはお兄さんに認められて頼りにされているからこそ、今の地位に居るのですから。風では稟ちゃんの代わりは務まりません。ま、逆も然り、ですけどねー」

 頼りにされている、そう言われて安心している自分が居た。
 そう、私は風に軍師として読み負けて悔しかったのではない。太老様の事を誰よりも分かっているつもりでいて、そこまで理解が及ばなかった事が情けなかったのだ。
 誰よりも一番に頼りにされたい。心の何処かで、私はそう考えていた。

「風。あなたは実際のところ、太老様の事をどう思っているのですか?」
「お兄さんの事ですか? 好きですよー。それが稟ちゃんと同じ気持ちかは分かりませんが」
「なんだ? 図星か? 顔が赤くなってるぞ」

 探りを入れたつもりが逆に本心を見透かされて、動揺が顔に出る。
 風の頭の上の人形(ホウケイ)の言葉が、余計に私の羞恥心を刺激した。

「風は確かめたいのですよ。お兄さんの描く未来が、風にとっての太陽なのかどうか」
「……太陽?」
「はい。もしそうなら、風はお兄さんを支えます。この身、魂すらも差し出して――」

 いつになく真剣な表情を見せて、そう語る風。そこには風の包み隠さない本音があった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第61話『適材適所』
作者 193






【Side:一刀】

 陳留をでて二週間。俺達が出立したのは、こちらよりも兵の数が多い曹操の軍勢が先に立ってから三日経っての事だ。
 予州へと南下し、そのまま東に抜けて荊州の合流地点に到着したのは、合流の期限まで残り二日。日が少し西に傾き始めた時刻だった。

「もう殆ど集まってるんじゃないのか? よかったのか? こんなに遅く着いて……」
「大丈夫ですよ。約束の期限には遅れていませんし、早く到着すればそれだけ兵糧も多く消費しますから」
「うわ……なんか、一気に貧乏臭い話になったな」
「限りある物ですからね。それに一つ所に長く留まれば、折角高まっている兵の士気を下げかねません。出足をくじかれたくはありませんし、これでいいんですよ」

 諸葛亮ちゃんの話は実に説得力のある内容だった。
 確かに、そう言われてみればそうだ。貧乏臭いなんて言っていられるほど、俺達にも余裕がある訳ではない。
 義勇軍として名乗りを挙げてはいても、それは商会の援助があってこそ。そうした人々に支えられて、こうして俺達は諸侯と肩を並べて戦場に立っていられる。
 しかし、それは諸侯とて同じ。民の血税によって支えられているからこそ、こうして軍備を拡張し遠征する事が出来る。
 兵の命もそうだが、資金も資源も有限。だからこそ、『使い所を誤るな』と言いたいのだろう。
 勉強にはなるが、やはり少し貧乏臭い話だった。理想や大義名分も、まずは先立つ物が無くては始まらない。何とも世知辛い話だ。
 ただまあ、そのお陰でこうして遠征中にも拘わらず、美味い食事にありつける訳なのだが……。もう、缶詰がどうとかツッコミを入れるのは疲れた。
 味気ない食事よりも、味の確りした美味い食事の方が良いに決まっている。取り敢えず、そう納得する事にした。

「……でも、あれはいいのか?」
「あの派手な牙門旗は袁紹さん、袁術さんのところですね。あのお二方は特別です……」

 金ピカの派手な装飾が施された旗が、これでもか、というくらい自己主張して陣の中央に構えていた。
 諸葛亮ちゃんが渇いた笑みを浮かべがら、『特別』と言うからには特別なのだろう。深くは考えない事にした。

(どこにでも居るんだよな。ああいう自己主張の強い人って)

 そして俺の勘が言っている。ああいう自尊心の塊のような人とは出来る限り関わり合いになるな、と。
 貂蝉との付き合いが長いと、その手の危険な臭いに鋭くなるんだ。
 きっと『オーホホホッ!』とか高笑いを上げて他人(ヒト)の話を聞かず、協調性の欠片も無い傍迷惑な人物に違いない。
 これでアニメや漫画とかだと金髪ドリルが定番なのだが、まあさすがにそこまでは無いだろう。さすがにドリルは無いよな。ドリルは――

「朱里ちゃん。袁術さんの使いの人が、これから軍議があるから来て欲しいって」
「分かりました。北郷さん、申し訳ありませんが後の事はお願いします」
「ああ、うん。頑張ってみるよ」

 軍師見習い、補佐役、言ってみれば雑用として連れて来られた以上、自分に出来る事は精一杯やるつもりだ。
 それが例え小間使いに過ぎないような仕事であっても、小さな一歩の積み重ねが大事だって言うしな。
 劉備さんと諸葛亮ちゃんの背中を手を振って見送りながら、俺は仕事への熱意を新たにしていた。

「えっと、まずは陣の構築か。その後、持ってきた物資の確認と……」
「それなら、既に始めていますよ」

 台帳を片手にウロウロとしていると、背後から女の人に声を掛けられた。
 全身に古傷を持つ、鉄の胸当てと手甲を嵌めた勇ましい感じの女性。
 義勇軍の参加者の紹介をされた時に、確か名前を――

「えっと……」
「楽進です。商会から派遣された諸葛亮様の補佐官の方ですね」
「あっ、そうだ! 三羽烏の!」
「三羽烏……ですか」
「有名ですよ。正木商会自警団の三羽烏!」

 そう、楽進だ。李典、于禁と並んで必ずと言って良いほど名前が挙がる有名人。商会の三羽烏といえば、この三人を置いて他にいない。
 確か史実では魏の五将軍の一人にも名を挙げていた勇将のはずだったが、こんなところで知り合うとは思ってもいなかった。
 噂によると、あの夏侯惇将軍と互角の勝負を繰り広げた事もある武術の達人として、自警団の皆から尊敬を集めているという話だ。
 一度、この義勇軍に参加する前に自警団の訓練の様子を見せてもらったけど、あれは正直ついて行けるとは思えなかった。
 そんな人達からの尊敬を集め、纏めあげている人物となれば、それなりの実力者だという事は直ぐに分かる。とにかく、貂蝉と同じように凄い人と言う事だ。

 俺からすると、この世界で武芸者や武将とか呼ばれている人達は人間離れし過ぎていて、誰もが無茶苦茶強いようにしか見えないんだけど……。
 敢えて比べるなら、アリと象くらいの差がある。技術や経験は勿論だけど、同じ人間とは思えないほど身体能力や体力に差があった。
 どこの世界に準備運動でフルマラソンをする人間がいるんだよ、と尋ねたい。人間って飛ぶんだ、ってこの世界に来て初めて知った事だしな。
 しかし、それがこの世界では当たり前、嘘偽りのない現実だった。

 見た目からバケモノの貂蝉は別として他の武芸者や武将と呼ばれる人達も、見た目は可愛い少女の姿をしているが中身は非常識極まり無い力の持ち主ばかりだ。
 オリンピックの代表選手だって、こちらの世界のそうした人達と比べれば一般人と大差が無い。
 一騎当千という言葉も何かの比喩や誇張ではなく、その名の通り当千の働きをする武将に与えられる名誉だった。
 純粋な力勝負では勝てない事は、貂蝉と毎日のように鍛錬をしている俺が一番よく分かっている。それほどに彼女達は強い。非常識なまでにだ。

「俺は北郷一刀です。北郷でも一刀でも、好きに呼んでください」
「では、北郷様で」
「様って……俺、ただの雑用ですよ?」
「補佐や見習いとはいえ、軍師の方を呼び捨てになど出来ません。我々はあなた方に命を預ける立場にあるのですから」
「いや、それでもむず痒いっていうか……」
「そうですか? それでは北郷殿で」
「うん……。まあ、それならなんとか」

 なんか今までに会った事の無いタイプの人だった。
 軍人らしいというか、俺の周りには見かけなかったタイプの人だ。ただまあ、今まででに会った中で一番まともそうな人ではあった。

(今までが今までだったしな……)

 女の人という点だけ目を瞑れば、イメージ通りと言っても良い。最初にあったのが貂蝉(アレ)で、その後も癒しおっぱいだったり、未亡人だったり、はわわだったり、あわわだったりと俺の中の三国志のイメージがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。
 最初のインパクトが絶大だったので自分でも驚くほど順応は早かったけど、それでも違和感が残るのは事実だった。
 幸いだったのは歴史上の人物が皆、貂蝉みたいで無くて良かった事だ。実際にこの目で確認するまでは、本気で心配していた事なので心底ほっとした。
 もしそんな理不尽な世界だったら、俺はきっと名も知らない神様を呪っていた事だろう。
 こんな世界を作った神様だ。きっと底意地の悪い神様に違いない。まず絶対に誰かの恨みを買っているな。

「それよりも、お願いがあって捜していたのですが……」
「お願い? よしきた! なんでも言ってくれ!」

 実際、商会に雇って貰えて義勇軍に同行したはいいけど、ここの人達って優秀すぎてさっきのように特にやる事が無くて困っていた。
 指示なんて与えられなくても自分達でテキパキと与えられた仕事をこなしていくし、戦いに関しては素人同然の俺にも一分の隙もなく確りと統率が取れている様子が見て取れる。
 自警団は精鋭揃いという話を噂には聞いていたけど、まさかここまでとは思ってもいなかった。

(諸葛亮ちゃんなんて、桁違いだしな……)

 しかも、諸葛亮ちゃんは補佐なんて本当に必用なのか疑わしいほど仕事が出来るし、あの指示の的確さと処理能力を目の当たりにした今では、水鏡さんのところで付いた自信もあっと言う間に消し飛んでしまった。
 自分が井の中の蛙だった事を思い知った。あれは桁が違うというか、もう色々と次元が違う。
 あんな小さな少女があの策士孔明だとは思えず、心の何処かで疑っていたが、ただ『はわわ』言っているだけの少女では無かったと言う事だ。

 そんなこんなで、ぶっちゃけていうと仕事と言えるほどの仕事が無い。
 ここ二週間の仕事といえば、メシの炊き出しの手伝いや馬の餌やりなど、本当にただの雑用となり始めていた。
 だからこそ、楽進さん直々に頼みがあって捜していたと言われると嬉しくて仕方が無かった。
 やっと俺にも頼りにされるような仕事が巡ってきたと淡い期待を寄せる。しかし――

「あれを……どうにかして欲しいのですが?」
「……あれ?」

 現実は甘く無かった。そう言いながら、楽進さんが指をさした先には一つの天幕が張られていた。
 その天幕の中から聞こえて来る悲鳴のようなもの。そこだけ敵の奇襲でも受けたかのような混乱に見舞われていた。
 間違い無い、あの天幕の中で騒ぎの元凶となっているのは貂蝉だ。

「北郷殿が担当だと聞いたので……」
「担当って……」

 こうして俺は、諸葛亮ちゃんの補佐、軍師見習い、雑用に加えて貂蝉担当≠ニいう義勇軍での位置付けが決まった。
 最後のだけは勘弁して欲しい。そう思ったのは言うまでも無かった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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