【Side:太老】

「おばちゃん、桃饅二つくれる?」
「御遣い様。今日は随分と可愛い子を連れてるね」
「可愛いだろ? 俺の娘なんだ」
「へ?」
「だから、娘」
「えええええっ!?」

 と言う設定で行こうかと思ったのだが、これはさすがに無理があるようだった。
 屋台のおばちゃんがビックリして腰を抜かしてしまっている。ダメだな。コレではかえって目立つ。

「さっきの無し、じゃあ、妹って事で」
「……どっちなんだい?」

 と訝しげな視線を向け、俺の肩に乗っかった劉協の方を見るおばちゃん。
 その視線に気付いた劉協は薄らと涙を浮かべ、背中に暗い影を落とし――

「太老が嫌がる我を無理矢理……」
「……御遣い様。人攫いはどうかと思うよ?」
「……俺、そんなに信用無い?」

 人攫いは酷い。いや、確かに皇居から無断で半ば強引に連れ出した事は事実だが、それも劉協のためを思ってこそだ。
 正直、子供のうちから仕事仕事と言って外にも出ないで引き籠もっているのはどうかと思う。不健康極まり無い。
 このくらいの歳の子であればもっと外に出て、出来れば同じ年頃の子供達と接するのが一番では無いかと俺は考えていた。
 金の事を気にして遠慮をする紫苑を黙らせ、璃々を商会の学校に通わせる事にしたのも、そうして考えた末の事だ。
 泥だらけになって遊べとまでは言わないが、もうちょっと劉協も外に眼を向けるべきだと俺は思う。
 やり方は強引だったとは思うが、こうして劉協を連れ出した事を後悔はしていなかった。まあ、後で滅茶苦茶怒られるだろう事は覚悟の上だ。

「お嬢ちゃん、一個おまけしてやるから元気だしな」
「うむ……。済まぬの」

 なんだかよく分からない内に打ち解けてしまった劉協とおばちゃん。
 余分にもう一個桃饅を受け取ってご機嫌な劉協だった。

「フフッ、我の演技もなかなかのものじゃろ?」
「……俺の尊厳が深く傷ついた事に関して何か言う事は?」
「何事にも犠牲は付き物じゃ。それに嘘は言っとらんぞ?」

 そんな劉協の態度に、俺はハアッと深くため息を漏らす。
 無理矢理連れてきた事を、まだ少し根に持っているようだった。

「強引だったから怒った?」
「怒ってはおらぬ……。ただ、何故そこまで我を気に掛けてくれるのじゃ?」
「は? そんなの当然だろ?」
「当然じゃと?」
「大切な女の子が無理をしているのが分かってるのに、放って置くなんて真似は出来ないよ」
「た、大切な……」

 さっきおばちゃんに言った言葉は全てが嘘と言う訳ではない。
 俺にとって劉協は娘のようであり妹のようである、とても大切な女の子だ。
 付き合いはそれほど長い訳では無いが、彼女が本当は心優しく桃饅が大好きな年相応の可愛らしい女の子だと俺は知っている。
 そんな女の子が無理をしていると分かっていて、黙って見ているような真似が出来るはずも無かった。

「民の事を考えるのは大切だと思う。でも、それで劉協ちゃんが自分の幸せを放棄する理由にはならないよ」
「しかし我はこの国の皇帝としての責任を……」
「誰もそんな事を望んでないのに?」
「……望んでないじゃと?」

 劉協をここに連れてきたのは、皇居に引き籠もっていては伝わって来ない市井の雰囲気を味わって欲しかったからだ。
 彼女が護ろうとしている物。そして彼女の行った政策、彼女の決断によって息を吹き返した街。
 声を掛けてくれる街の人達。桃饅をおまけしてくれる市場のおばちゃん。笑顔で走り回る子供達に、そんな子供達を温かく見守るお年寄り達。
 劉協が身を犠牲にしてこの国を良くしようと頑張っている事は分かるが、ここの人達がそんな事を本当に望んでいるとは俺には思えない。

「太老様! 一緒に遊ぼうよ!」
「ああっ! 御遣い様って呼ばないとダメなんだよ」

 市場を抜け少し開けた広場に出ると、そこで遊んでいた子供達に囲まれた。
 少しお姉さんっぽい女の子が、俺の名前を口にした少年をメッと叱りつける。見ていて微笑ましい光景だ。

「構わないよ。名前なんて好きに呼びな」
「でも、お母さんがそう呼ばないとダメだって……」
「俺が良いって言ってるんだ。気にする事は無いさ。友達なら、名前で呼び合うもんだろ?」

 うん、と満面の笑顔を浮かべる子供達を見て、俺は満足げに首を縦に振った。
 偶にこうして街の子供達と遊んでやっているのだが、多分それを見た大人が注意したのだろう。
 俺自身は全然気にしてないのだが、その辺り、詠とかは凄く五月蠅いんだよな。
 ちなみに遊んでやっているのか、遊んで貰っているのかよく分からない辺りは、ツッコミを入れないで欲しい。

「よし、何して遊ぶ? 今日はこの子も混ぜて欲しいんだけど、いいかな?」
「新しい顔だな! お前、そんなところに居ないで下りて来いよ!」
「なんじゃと!? 御主、我を誰だと思っておる!」
「お前こそ、何様だよ。新人は先輩の言う事を聞くものなんだぞ!」

 と言った具合に、劉協と子供達はもう仲良く打ち解けていた。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第70話『少女達の幸せ』
作者 193






「なんで、ボクまでこんな事を……」
「月は楽しそうにしてるけど?」
「そうじゃなくて――ああっ! もう! なんで、皇帝陛下までここに居るのよ!?」

 視察を終えて屋敷に帰宅途中だった月と詠を捕まえて、劉協や子供達と一緒に遊んでいた。
 カルシウムが足りてないのか、さっきから同じ事を何度も繰り返し喚き立てる詠。
 あれこれと深く考え事をするよりは、月を見習って場に馴染めば楽だと思うんだけどな。

「ほら、そんな顔をしていると子供達が怖がるじゃないか」
「そ、そんなつもりじゃ……うっ!」

 ジーッと子供達に見詰められて、ようやく観念した様子で肩を落として言葉を呑み込む詠。
 まあ、俺もあの眼でジッと見詰められたら、耐えきれるとは思えない。
 幾ら董卓軍の天才軍師といえど、子供達の純真な瞳には勝てないようだった。

「詠ちゃん、大丈夫?」
「ごめん、月。ボクは先に帰らせてもらうね。月はゆっくりしてきていいから……。えっと、護衛は……」

 心配して声を掛けてくれた月にそう言って、詠はチラッと俺の方を見て――

「必要ないわね。余り遅くなるんじゃ無いわよ?」
「う、うん」

 そう言って近くに待機していた兵士を連れ、疲れきった様子でトボトボと街の方へと消えていった。
 慣れない内は子供の相手って疲れるもんだしな。詠は真面目そうだから、余計に難しく考えてしまうのだろう。
 子供の相手は自分も童心に返った気持ちで、もっと気楽に接するのが一番だ。

「我こそが、皇帝じゃ!」
「こども皇帝?」
「ちがうよ。ようじょ皇帝だよ」
「御主等! 我をバカにしておるのか!?」

 子供達と華蝶仮面ごっこをする皇帝陛下。しかも何故か悪の親玉担当。なんともシュールな光景だ。
 すっかり、あっちも馴染んでいた。まあ、こうなる事は予想の範疇だったが……。
 街中で劉協が自分の事を『皇帝』と名乗ったところで、皇帝の顔も知らない人達に信じて貰うのは無理がある。
 さっきのおばちゃんが良い例だろう。普通、一般人は皇帝や偉い人の顔なんて知らないものだ。

 俺達の時代ならテレビや新聞で顔を見る事くらいはあるかも知れないが、この時代にはそんな物は当然ながらない。それを先日即位したばかりの皇居から一歩も外へ出ない軟禁生活を送っていた幼い皇帝の顔など、幾らここが漢王朝お膝元の都だとは言っても知っている人の方が遥かに少ないのは当然の事だった。
 ましてや相手は子供達だ。尚更、劉協の事など知るはずもない。

「よかろう! ならば実力で、我に屈服させてやる!」
「セイギノミカタに勝てるとおもうなよ!」

 などと言って、子供達と鬼ごっこを始める劉協。いつもとは違う、年相応の子供らしい姿がそこにはあった。

【Side out】





【Side:林檎】

「やっぱり付いてきてたんだね。後の事は頼むよ」
「よろしいのですか? 月様と一緒に居なくて?」
「月の邪魔をしたくないしね。目の前であんな幸せそうな顔をされたら、ダメだって言えないわよ」
「素直じゃありませんね」
「アンタも他人の事を言える? こうして隠れて見ているんだから、ボクとそれほど変わりは無いでしょ?」
「……ですね」

 自分の事ながら、詠さんの言葉に思わず苦笑を漏らした。
 本当は女官達と一緒に連れて帰るつもりだったのが、子供達と遊んでいる劉協様を見て、そんな気はとっくの昔に失せてしまっていた。
 あんな無邪気な顔で、楽しそうに走り回っている劉協様を私は見た事がない。それは女官達も同じのようで困惑している様子が窺える。
 怪我をしないか、転ばないか、と言った様子でハラハラとしながら見守っている彼女達の姿は、本当の母親か姉のようでもあった。

「正木太老か……。アイツなら、本当に月を救ってくれるかもしれない」
「大丈夫ですよ。太老様なら絶対に」
「信じてるんだね。アイツの事を」
「当然です。その内、詠さんにも分かりますよ。私の言っている意味が――」

 私達が背負う苦労は確実にこれまで以上に大変な物になるだろうが、太老様がいれば彼女達が不幸になる心配は無いと考えていた。
 太老様とはそう言う御方だ。私達には不可能だと思う事でも、普通では思いも付かない型破りな方法で実現してしまうような、そんな御方。
 そしてとても懐が深く、心の優しい方だと私は知っている。

「私も、太老様の大きく逞しいお姿に魅せられた一人ですから……」
「……大きく、逞しい?」
「ええ、太老様はとても器の大きな御方です」
「そうなんだ……。確かに力はあるし、人としての器も大きいみたいだけど……」

 私の話を聞いて、腕を組んで考え込む詠さん。考え事をしている時に腕を組むのは彼女の癖だ。
 月のためにも聞き取り調査は必要かもね、と一人納得した様子で頷いていた。
 本当は心配なのに、そっと見ている事しか出来ない。そんな彼女を見ていると、なんだか他人のような気がしなかった。

「そうだ、林檎」
「はい?」
「霞達から、さっき早馬で連絡があった。シ水関が連合の手に落ちたわ」

 それは予定よりも随分と早い知らせだった。

【Side out】





【Side:太老】

「寝ちゃいましたね」
「あれだけ、子供達と一緒になって走り回ればな」

 俺の背中には、遊び疲れて眠ってしまった劉協の姿があった。
 スヤスヤと寝息を立てている姿を見ると、やはりこの国の皇帝陛下と言うよりは年相応の子供と言った感じだ。
 夕暮れの中、背中に劉協、隣に月の三人で皇居に向かって歩く。こんなほのぼのとした時間も、偶には悪く無い物だと感じていた。

(本当の幸せか……)

 劉協にとって何が幸せかを決めるのは劉協自身だ。それは隣に居る月も同じ。
 ただ、俺としては誰かのためにその身を犠牲にする生き方などではなく、二人にはちゃんとした自分だけの幸せを見つけて欲しいと考えていた。
 悪政の身代わりにされた月。傀儡の皇帝として祭り上げられた劉協。
 本人達に全く責任が無いと言う訳では無いが、何もかも彼女達が悪いと言う訳ではない。
 本当に罪を負うべき諸悪の根源が別にいると分かっていて、彼女達だけに全てを背負わせるのは間違っている。

「月ちゃん」
「はい?」
「幸せになろうな。これまでの分も、皆のためにも、劉協ちゃんだけじゃなく月ちゃんも皆一緒に」
「太老様……」

 ご都合主義と言われようが、俺はハッピーエンドが好きだ。
 そもそも張譲のような奴が罪を問われず、こんな良い子達が幸せになれない世の中なんて俺は認めない。

「自分が犠牲になれば、なんて思うのも無しな。必ず、俺達がなんとかしてやるから」
「…………はい、信じます。太老様の事を」

 正直、普段の俺なら面倒臭いと言ってしまうような厄介事だ。
 でも今回に限っては別。二人のためなら、そのくらいする覚悟はあった。
 付き合いの長さが全てではない。重要なのは、目の前に不幸になりかけている二人の幼女が居ると言う事だ。

「ととさま……」
「劉協ちゃん?」

 夢でも見ているのか、背中の劉協が小さな声で寝言を口にした。

「幸せそうな顔をされていますね」

 俺からは劉協の表情は窺えないが、月の言うように幸せな夢を見ているに違いない。
 願わくばその夢のように、彼女の未来が幸せな物であって欲しい、と願わずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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