【Side:一刀】

 曹操軍が虎牢関攻略の先陣を切る事が決まり、シ水関の時と違って義勇軍(オレたち)は後方に控える事となった。
 曹操の口車に乗って甚大な損害を被った腹いせというのもあるが、これ以上、義勇軍如きに手柄を立てられては堪らないと言った思惑もあるのだろう。

「軍議の席でちらっと見たあの金髪ドリルは予想が的中し過ぎていて、思わず噴き出しそうになったくらいだしな」

 袁紹は話に聞いていた通り、確かに頭が良さそうには見えなかった。立派なドリル、いやバックパックを付けている割には器が小さい。
 それにその隣に居たあのちびっ子。連合の総大将で河南を治める袁術も、袁紹と同じく頭が良さそうには見えなかった。というか、ただの子供だ。
 諸侯のまとまりもないし、正直この連合が大丈夫か心底不安になったくらいだ。
 シ水関を無事攻略できたとは言っても、この先には難攻不落の要塞として恐れられている虎牢関がある。
 しかもシ水関の事を考えれば、この先にアレ以上の罠が仕掛けられているかと思うと気が重かった。

「でもま、今回は後方任務だし……大丈夫かな?」

 今回先陣を切るのは曹操軍だ。俺達は最後方に控える袁術の少し前に陣取っていた。
 普通であれば、俺達にまで出番が回ってくるような事は……無いと思いたい。
 だが、問題は袁紹の位置だ。曹操軍の後方に孫策軍、そして右翼に西涼の馬超が控え、中軍よりやや後方、俺達の正面に袁紹の軍が控えていた。
 前にも出ず、かと言って後に下がる訳でもない。シ水関の戦いで酷く兵を損耗しているのだから、後方に下がってくれればまだやり易くはあるが、まだ虎牢関の一番乗りを狙っているようで曹操や孫策達を当て馬にして漁夫の利を得ようと目を光らせているようだ。
 意外と抜け目がないと言うか、やり方がせこい。それに連合中一番の兵力を持ち、怪我人を多く抱える袁紹軍が真ん中に陣取っていれば、他の部隊の動きの邪魔になる。大人しく後方で控えていればいいのに、と言うのが連合に参加している諸侯全員の意見だった。
 これにはさすがの諸葛孔明や鳳士元も、呆れて物も言えないと言った表情を浮かべていた。これでは袁紹という足枷を嵌めて虎牢関に挑むような物だ。
 だが、その空気の読め無さが袁紹たる所以なのかもしれない。関わり合いになりたくない人物ベストスリーに入るな。アレは……。

「ご主人様、もう一つ部隊を忘れてるわよん」
「へ? あってるだろ? これで?」
「ほら、ここよ、ここ」
「ここ?」

 作戦を前に各部隊の配置を確認していたところで、貂蝉から指摘を受け、俺は目立たないところにポツンとある置き石に気付いた。
 地図の上にある小さな置き石。曹操軍のやや後、馬超の反対側左翼にもう一つ連合の部隊があるのを確認した。
 こんな目立つ位置にある部隊なのに気付かないなんて、俺も疲れが溜まっているのかもしれないな。

「えっと……。誰だっけ?」
「うっかりさんね。幽州の……」

 そう言って腕を組んだ状態で固まる貂蝉。ポツリと大きな冷や汗を額から流す。
 偉そうに言った割には、貂蝉も名前を覚えていないようだった。

「あっ、北郷さん。朱里ちゃんが作戦の最終確認をしたいから集まって欲しいって!」
「劉備さん、丁度よかった」
「はい?」
「今、丁度その作戦の確認をしてて、この左翼に陣取っている部隊の諸侯を教えて欲しいんだけど……」

 俺や貂蝉がうっかり忘れていても、義勇軍の大将を務めている劉備さんならさすがに知っているだろうと、左翼にある部隊が誰なのか訊いてみた。

「……あはは、ごめんなさい」

 面目無さそうに力無く頭を下げる劉備さん。結局、劉備さんに訊いても分からないままだった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第73話『覇王の挑戦』
作者 193






【Side:冥琳】

「曹操が先陣か。どう見る? 冥琳」
「さあな。ただ、袁紹のような愚を犯しはしないだろう。それに彼女は一番よく彼≠フ事を知っている。適任と言えば適任だ」
「やっぱり、冥琳も気付いてたのね」
「そう言う雪蓮はどこで気付いたのだ?」
「勘よ、勘」
「また、いつものそれか……」

 勘で話が済めば軍師はいらないと言うのに、悪びれた様子もなく雪蓮はそう言った。
 ただ、こうした時の雪蓮の勘が良く当たる事を私は知っている。
 今のところ確たる証拠は無いが、シ水関の件に天の御遣いが関わっている事は間違いないはずだ。

「でも、明命の報告で知ってたけど、本当に凄いわね。あれだけの罠をよく仕掛けたものだわ」
「全くだ……。それに相手の心理を読み、罠に掛かりやすい位置に上手く分散して配置されていた。突っ込んだ袁紹はバカだが、そうでなければ我々も無傷とは行かなかっただろう」
「フフッ、そこだけは感謝しないとね」

 そう、そこだけは袁紹に感謝してもいい。無事にあそこを抜けようとすれば、罠の解除だけでどれだけの時間が掛かったか分かった物では無い。
 遠征軍である私達に与えられた時間は有限だ。悠長に事を構えていられるだけの時間は私達にはない。
 時間を掛ければ掛けるほど相手に準備をする時間を与えるばかりか、糧食や兵の士気にも影響が出る。
 あの罠といい、相手の思惑が時間稼ぎにあると言うのは明白だ。シ水関を短期間で抜ける事が出来たのは、私達にとって悪い話では無かった。
 ただ、それも――

「今度は何を企んでるのかしらね? 彼」
「それを予想できると思うか? 得意の勘で当ててみてはどうだ?」
「無理よ、無理。全く何を考えるのか、読めないんだもん。天の国の人って、みんな彼みたいな感じなのかしら?」

 雪蓮の話は、一人の軍師として冗談であって欲しいと思う内容だった。
 軍師として初めて、白旗を揚げた男が彼だ。
 正木太老、彼のような人物が大勢居る世界など想像すら出来ない。

「冗談はやめてくれ。あんな男が、そう何人も居てもらっては困る……」
「アハハ、それは違いないわね」

 並の策や考えなど、あの男の前では無意味と言う事を私は黄巾の乱や、その後の商会との付き合いで学んだ。
 先を予見しているとしか思えないあの動き、全ての流れがその行動を後押しするように彼の元へと集まっていく。
 知略に長け、博識で、一騎当千すら退ける武を持ち、そして天運に恵まれた男。それが天の御遣いに下した、私の評価だ。
 あの男の前では曹操や雪蓮すらも、赤子に見えてしまう。それほどの格の違いを、私は彼から感じ取っていた。
 こんな印象を抱いたのは、今は亡き、孫堅様以来の事かもしれない。

「どうする? この先、彼と戦う事になったら……」
「冗談。そこまで恩知らずじゃないわよ?」
「では、連合を裏切るのか?」
「今、それは困るわよね。まあ、曹操だって本気で彼と事を構えようとは考えて無いでしょ?」

 なるようになるわよ。私の勘がそう言ってるもの、となんの根拠もない自信をまた口にする雪蓮。
 だが私にも正直な話、この先は全く予想が付かない。彼が何かを企んでいる事までは分かるが、何をしようとしているかまでは分からなかった。

(雪蓮の言うように、敵対も出来なければ連合も裏切れないか……)

 恩があると言うのは確かだ。普通であれば、将来敵になるかもしれない相手にあれだけの施しをしようとは考えない。
 だが彼は、私達のためではなく民のためだと言って、河南の人々のために協力を拒む事も惜しむ事も無かった。格の違い、器の違いを感じたのは、彼の行動に一切の見返りを求める気持ちが無いと知ってからだ。
 黄巾党本隊が籠もる砦を容赦なく焼き払った非情さと、一見してバカと思えるほど優しくお人好しな相反する一面を併せ持つ、そんな不思議な男。そう言うところは、雪蓮に通じる物があった。
 今回の件が片付けば、はっきりとするはずだ。私の予想通りの男なら、或いは――

「雪蓮。いや、伯符。一つだけ訊いてもいいか?」
「何よ、改まっちゃって」
「お前はまだ文台様の意志を継ぎ、覇業を歩むつもりはあるのか?」
「……唐突ね」
「唐突ではないさ。この戦いが終われば、嫌でも答えをださなくてはいけなくなる」

 呉の復興は、私達が目指す理想の出発点に過ぎない。その後の事を考えれば、答えを先送りにしても意味は無い。
 呉の軍師として、どのような結果になろうと孫伯符の決定に意見するつもりはない。
 しかし理想を誓い合った親友として、それだけは本人の口から聞いて置きたかった。

「……答えは必ずだすわ。でも、まずはこの戦いを終わらせる事、そして――」

 先程までとは一転して真剣な表情を浮かべ、『呉を取り戻す事が先決よ』と雪蓮は言った。

【Side out】





【Side:華琳】

「華琳様。準備が整いました」
「……分かった。直ぐに行くわ」

 天幕まで呼びに来た桂花の声に応え、愛用の鎌『絶』を手に取り、私はゆっくりと席を立つ。

「……華琳様?」
「なんでもないわ。行きましょう」

 得物を握りしめた手にじわりと汗が滲み、微かに手が震えるのを私は感じていた。
 恐怖から来る物では無い。間接的とはいえ、あの太老と戦うという事実が私を奮い立たせていたのだ。
 私は心の何処かで、太老と剣を交える事を望んでいた。一人の英傑として、私が唯一認めた男に戦いを挑む事を――

(……挑む? この曹孟徳が何を弱腰な……。いえ、相手はあの太老。そう、私は挑む立場なのね)

 今までに感じた事の無い感覚。どんな英傑と呼ばれる人物が相手でも、私は負ける気がしなかった。
 知略でも武力でも、少なくとも対等以上に戦えると私は自分の力を自負している。
 しかし、これまで挑まれる事はあっても、自分から挑むような事は殆ど無かった私が、初めて力と誇りの全てを懸けて戦っても敵うか分からない相手を前にしていた。
 天の御遣い、正木太老。私が心から認めた初めての男。そして――

(確かめさせてもらうわよ、太老。あなたの力を……。そして私の力がどこまで天に通用するかを)

 覇道を志し、覇業を歩もうとする私が目標とし、越えなくてはならない存在。それが太老だ。
 天下を取ろうとする私が、天の御遣いを名乗る男に挑む。その意味は大きい。太老を敵に回すまいとしながらも、心の何処かで私はその機会を待ち望んでいた。今のままでは、太老のお陰で王になれたと言われても否定が出来ない。そうでは無い事を証明するためにも、そして自分の力がどれだけ『天の御遣い(タロウ)』に通用するかを試してみたかった。

「華琳様! いつでも出撃できます!」
「随分と気合いが入ってるわね……」

 皆が集まっているところに顔を出すなり、随分と気合いの入った様子の春蘭が、今にも戦場に飛び出して行きかねない勢いで私にそう言った。
 やる気があるのは結構だが、正直気合いが入り過ぎなくらいだ。

「申し訳ありません、華琳様。姉者はどうも、例の『両刀』の噂に感化されたようで……」
「ああ、なるほど……」

 秋蘭の話で合点が行った。『両刀』の二つ名で現在、この連合で一番注目を浴びている人物、北郷一刀。
 兵達の間でも驚きと共に畏敬の対象にすらなっている事から、英雄と呼ぶに相応しい影響力を持っていると言って良い。
 事実、シ水関を落としたのは彼の功績によるところが大きい以上、そうして噂されるのも当然の事と言えた。
 結果が伴っている以上、全てを噂の域と断言する事が出来ない。少なくとも、それなりの実力を秘めた指揮官と言う事だ。
 春蘭が対抗意識を燃やすのも無理はない。それに虎牢関には――

「虎牢関の将は、あの『呂布』だったわね」
「はい。事前の情報通りであれば間違い無いかと」

 直ぐ様、私の質問に桂花が答える。
 天下無双と名高い飛将軍、呂奉先。風の噂では、洛陽を攻めてきた三万の黄巾党をたった一人で撃退したという噂があるほどの武将だ。
 その噂が真実かどうかは分からないが、火のない所に煙は立たない。それほどの噂が大陸全土に伝わるほどの実力者と言う事だ。

「……欲しい人材ね」
「それは諦めて頂くしかありません。どうしてもと言うなら、姉者と私、それに季衣あたりを失うものと覚悟してください」
「あなたが、そこまで言うほどの人物って事かしら?」
「噂通りであれば、太老殿に比肩するバケモノかと。事実、あの太老殿が『大陸最強の武将』として名を挙げたほどです」
「太老が?」

 春蘭にしつこく試合を申し込まれていた際、太老が不意に口にだしたのが呂布の名前だったらしい。
 春蘭が張り切っている一番の理由がようやく見えた気がした。
 考え足らずで猪武者なところはあるが、武に関しては春蘭は気持ちがよいほど真っ直ぐな性格をしている。そんな春蘭が目標とし認めた唯一の男が太老だった。
 武や力で敵わなかった男は初めてだったと言う事もあるのだろう。
 武人として敬意を払っている太老が『最強』と言った相手。春蘭の関心がそこに向かうのは自然な流れだ。

「姉者と楽進が二人掛かりでさえ、太老殿には手も足もでませんでした。その事を考慮していただければ、どれほどの相手か想像できるかと」
「捕らえるどころか、真っ向から戦えば勝算は無い。そう言いたいのね?」
「はい。下手をすれば――」

 呂布一人に全滅させられる可能性も、と話す秋蘭の言葉には現実的な重みがあった。
 それにシ水関を攻略できたとはいえ、相手も殆ど無傷である事に変わりはない。シ水関に居た兵も虎牢関で待ち構えていると考えるのが自然だ。
 それに都での決戦ともなれば、民にも気を配らなくてはならなくなる。だとすれば、虎牢関を抜かれれば相手も後がないと考えているはずだ。
 虎牢関に詰めている武将が呂布だけとは限らない。あの神速の『張遼』やシ水関の将『華雄』も出て来る可能性が高い。状況は余り良いとは言えなかった。

「その上、シ水関同様に大量の罠が設置されている可能性が高い……厄介ね。斥候からの報告は?」
「残念ながら……虎牢関まで辿りつけた者は疎か、一人として帰ってきていません」

 肩を落とし苦々しそうに、そう口にする桂花。
 虎牢関に向かった斥候が帰ってこないと言う事からも、シ水関の時と同様に何か罠が仕掛けられているのは間違い無かった。

「はあ……。敵に回すと、これほど厄介な相手だとはね」
「白旗をあげますか?」
「冗談。太老の思惑がなんであれ、この曹孟徳。敵に背を向けて逃げるつもりはないわ」

 秋蘭も本気で言ってはいないのだろうが、内心ではお手上げと言った様子が窺える。
 情報が何も無く、しかも難攻不落の要塞に天下無双の武将が相手だ。秋蘭の気持ちも分からないではない。
 しかし、降参や逃げるという選択肢が無い以上、私達は前に進むしかない。

「どうされるおつもりですか?」
「当然、前に進むわよ」
「ですが、何の策も無しに……」
「策ならあるわよ。季衣」
「はい! 華琳様!」

 黒い鎧に身を包んだ私の親衛隊が、荷車に乗せた大きな荷物を運んでくる。

「目には目を歯には歯を。相手が天の力を使うのなら、こちらもそれを使うまで」

 力で敵わない相手に力で挑むのはバカでしかない。そして条件が不利だというのなら、その条件を対等にするまでの事だ。

「よろしいのですか? 華琳様」
「意地を張って負けては元も子もないでしょ? 使えるものはなんでも使う。利用できるものはなんでも利用する。これが私のやり方。そしてそのやり方がどこまで通用するか、試させてもらいましょう」

 秋蘭は私の考えをやはり察していたようで、若干困惑した表情を浮かべてそう言った。
 天の知識と技術を使うと言う事は、結局は太老の力に頼ると言う事。秋蘭の言っている意味は分かる。しかし、勝つと決めた以上、意地を張っていても意味は無い。優れた物は、効果的だと思うものは全て利用する。それが、私のやり方だ。
 力は所詮、力。知識は知識でしかない。そしてそれを生かすも殺すも使うモノ次第。
 真っ向から挑んで敵わないのであれば、同じように天の力には天の力と知識で対抗するまでの事だ。

「行くわよ。太老の思惑がなんであれ、大人しく引き下がるつもりはない。この戦い、勝ちに行くわ」

 この戦いの結果次第では、ずっと悩んでいた答えが出るかも知れない。
 今、私に出来るのは一つだけ、全力を尽くして戦う事だけだ。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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