【Side:一刀】

「また、これか……」

 シ水関の時と同様、虎牢関へと続く道にはアトラクションの看板が立っていた。
 この先にシ水関の時と同じように、罠が大量に仕掛けられている可能性は高い。先に行った曹操軍は本当に大丈夫なのだろうか?
 袁紹と袁術は頼りになりそうにないし、孫策や馬超だけで虎牢関を落とすのは無理がある。他人の心配をしていられるほど自分に余裕がある訳ではないが、ここで前線が崩れるような事があれば連合はそこで終わりだ。かなり厳しいかもしれないが、曹操には頑張って欲しかった。

「曹操様なら適役と言えますし、きっと大丈夫です」
「その根拠は?」
「太老様の事をよくご存じですから」

 なんの根拠も無いが、鳳統ちゃんの言葉には現実的な重みがあった。曹操と天の御遣い二人の事をよく知る彼女だからこそ、言える言葉だ。
 俺は二人の事をよく知らないが、取り敢えず天の御遣いが無茶苦茶凄くて非常識な人だと言う事は察しが付く。
 例えるならマッドサイエンティスト。変人を束ねる変人王と言っても良い。北郷隊の隊員を見ていると、その事がよく分かる。
 その天の御遣いの事をよく知っている親しい関係と言うからには、やはり曹操も変人なのだろうか?
 十分に有り得る可能性だ。類友という言葉があるように、同じ種類の人間でなければ相手の事を真に理解する事は出来ない。
 面識のない俺がこんな風に思うような人物の事を『よくご存じ』と言う事は、やはり曹操も変人なのだろう。

 ――って、変人、変態ばかりじゃんか!

 と一人、心の中でツッコミを入れていた。

「それにいざとなったら、私達もでます」
「目の前に袁紹軍がいるのに?」
「その時になったら袁紹軍も、それどころでは無くなっていると思いますから」
「それどころでは無くなってる?」
「場が混沌としているでしょうし……」
「乱戦になるって事か……」

 確かに乱戦状態になら、敵味方や配置の問題などあってないような物となる。
 兵数が多く怪我人を抱えている袁紹軍は、そんな状況になれば尚更身動きが取り難くなるはずだ。
 そうした時に動きやすいのが少数精鋭の部隊だ。全部隊の中で一番兵の数が少ない義勇軍が動きやすい位置にいる事は確かだった。

「いえ、そう言う意味では無く……文字通り混沌とすると言う意味です」
「混沌と?」
「相手は太老様ですから……」

 鳳統ちゃんが何を言いたいのか、ようやく分かった。

(予想が付かない意味での混沌か……。それはそれで嫌だな)

 と冷や汗を流しながら困った表情を浮かべる鳳統ちゃんを見て、俺まで冷や汗が溢れる。
 確かにシ水関のアレは、まさしく混沌(カオス)だった。
 この先にアレ以上の混沌が待ち受けているかと思うと、かなり気が重かった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第74話『虎牢関』
作者 193






【Side:華琳】

「……夢や幻でも見ているのかしら?」
「いえ、現実かと……。多分、太老の仕業だと思いますけど……」

 虎牢関まで続く道に設けられた罠。いや、これは罠と言って良い物かどうか正直答えに苦しむ。
 草木一本生えない渓谷だった場所が、いつの間にか広大な森へと変わっていた。

「現実にここにある以上、疑っても仕方が無いか……」

 兵達も同じ光景を見ている以上、これが桂花の言うように夢や幻で無い事だけは確かだ。
 真っ先に頭に浮かんだのは、妖術使いや仙人が用いる『妖術』や『道術』といった類の物。
 だが、今回の件に太老が関わっているとなると、『科学』と呼ばれる天の技術を用いた幻影の可能性が一番高かった。
 商会が保有する技術も、カラクリではなく太老は『科学の産物』と言っていた事を思い出していた。

「なんであれ、進むしか無さそうね……。全員、密集陣形を取れ!」

 何があるか分からない以上、バラバラに動くのは危険だ。
 それに太老の事だ。ただの幻と言う事は無いはず。こちらの予想も付かない罠を仕掛けている可能性が高い。

「草や木まで本物と区別がつかない。触れる幻影だなんて……」
「この短期間で草木を植えたとは考え難いですから、やはり幻の可能性が高いですが……」

 それにしたって、とこれまで持っていた常識を打ち砕かれたかのように苦い表情を浮かべる桂花。
 それもそのはず。こんな異常な光景を見せられれば、誰だって自分の目を疑いたくなる。
 私でさえ、太老の仕業と納得しつつも、この現象に理解が追いつかずにいた。

(天の力と知識を使えば対等に戦えると思っていたけど、相当に甘い考えだったかもしれないわね……)

 正木商会の保有する技術。あれでさえ、太老にとっては児戯に等しい物なのだと気付かされた。
 まだ私に隠している何かが太老にはあると言う事だ。それも、私の想像を超える何かが――

「でも、このまま何もしないまま終わる気は無いわよ。太老」

 今の私と太老の間にどれだけの差があるのか、それをこの目で見極めてみせる。

【Side out】





【Side:太老】

「ところで太老様。虎牢関に設置したあの装置はなんなのですか?」
「林檎さん、知らないで持ってきたの? と言うか、知らないで設置してきたの?」
「はい。桜花ちゃんが『役に立つだろうから持って行け』と渡してくれたものなので……。それに、太老様が必要と仰る物を疑うような真似を私がするはずもありません!」

 と、自信満々に胸を張って言う林檎。信用してくれるのは嬉しいのだが、なんのアイテムか理解してから使って欲しかった。
 こういうところ、そそっかしいと言うか、何気に天然なんだよな。林檎って……。
 林檎が持ってきたのは、俺の工房のアイテムを詰めた所謂『桜花ちゃんお出掛けセット』の林檎バージョン。『林檎さんお出掛けセット』だ。
 ポーチ自体も、亜空間の中に大きさや量に関係無く色々な物が詰められる優れた機能を有しているが、本命はそこではなく中に収められた七つ道具の効果にある。
 医療用ナノマシンを搭載しており、パーソナルデータを解析し怪我や病気を立ち所に治す効果を持つ『メディカルナースちゃん』に、それと併用して使う事を目的とした体力を回復させる効果を持つ栄養ドリンク『ハイポーション』。その二つを含めた合計七つの『お出掛け用』に厳選した優れものアイテムをセットにした物。それが俺お手製の『お出掛けセットシリーズ』の正体だ。

「あれは『虎の穴』の携帯用シミュレーターだよ」
「虎の穴、と言うと太老様が開発された……」
「うん。オリジナルは丸々島一つ固定できるほどの範囲設定が可能なんだけど、あれは指定範囲が狭くてね」

 オリジナルの『虎の穴』は剣士用に改良を重ねた物だが、あれは一般的とは言い難い。そこで改良したのが、この携帯用『虎の穴』だ。
 効果範囲は狭いが、状況に応じて様々なシミュレーションが可能だ。
 その気になれば南国の島を持ってきて、リゾート気分をその場に居ながら味わえる。まあ、罠付きだが……。
 商会の『虎の穴』と比べてもこちらの設定の方がきついくらいなので、それなりの実力は必要不可欠な代物だった。

「何故、そのような物を……」
「運動用というか、ゲームに丁度いいかなって」
「ゲームですか?」
「皆で集まってアトラクションとか?」

 平田桜花――あの『瀬戸の剣』平田兼光と、元第七聖衛艦隊司令官の平田夕咲の間に生まれた女の子。
 桜花用。言ってみれば子供向けに設定したつもりなのだが、何気に子供向けでは無く、本格的な訓練シミュレーターになってしまった代物だ。
 まあ、桜花自体。子供とは思えないほど無茶苦茶強いので、そうなったのにも頷けるという話なのだが……。
 一応、相手にあわせてステージの設定が変わる仕組みとなっているので、無理難題を吹っ掛けられると言った事にはならないはずだ。多分。

「……それ、こちらの方々が攻略できるような物なのですか?」
「さあ? 生体強化も受けてないのに、跳んだり跳ねたりする無茶苦茶な人が多いし、大丈夫じゃ?」

 大岩を砕いたり、地面を吹き飛ばしたりする馬鹿力も大勢いるしな。多分、なんとかなるのではないか、と考えていた。
 苦労してくれるなら、それに越した事は無い。時間が稼げて寧ろ好都合だ。
 と、林檎にその事を話すと――

「時間稼ぎだけで済めばいいのですが……」

 林檎の話に不安になるも、数打ちゃ当たるって言葉もある。当たって砕けてしまえばそこまでだが、玉砕の気持ちで挑めばクリアくらいは出来るだろう、と俺は軽い気持ちで考えていた。
 まあ、所詮はシミュレーターだし、怪我はしても死ぬような事は無いのでそこも心配はいらないはずだ。
 剣士や桜花。後は魎呼から逃げる時くらいにしか使った事の無い代物なので、はっきりとした事は言えなかった。

「ところで太老様。他のアイテムについても、お訊きしたいのですが……」
「そう言えば、説明書とか用意してなかったしな。何が分からないの?」
「この本とステッキは一体?」
「ああ、それは――」

【Side out】





【Side:干吉】

 虎牢関を中心に渓谷を覆った巨大な結界。まさか、この私が結界の存在に気付かないとは不覚だった。
 結界に取り込まれた私は、人形兵ともはぐれてしまい雪山で遭難していた。

「くっ! 幻術とは……。あの男は妖術まで使うのですか!?」

 全てが現実にそこにあるかのように再現されている。幻術の中でも、かなり高度な術だ。
 しかもこれだけの広範囲に渡って、その場に居る全員を術に嵌めるなど、並の術者では不可能な事だ。
 太平要術の妖力を全て使っても、ここまで大掛かりな幻術は再現する事が出来るか分からない。
 私ですら、いや管理者の老人達にも、これほどの幻術が使いこなせるかどうか……。

「何者なのですか? あの男は……」

 その疑問に答えてくれる者は一人としていない。
 完全にイレギュラーな男。管理者の権限すらも越えている、その圧倒的な力に恐怖さえ覚えるほどだ。
 何者なのか? 外史の登場人物などではなく、しかも我々と同じ側の存在とも思えない。
 一つだけ分かる事は、この外史の異変は全てあの男の仕業と言う事だけだ。これだけの力。人間の物とは思えなかった。

「確かにこの力なら、私達の目的を達成できるかもしれない……」

 しかし、これを利用するのはかなり困難と言わざるを得なかった。
 やはり太平要術の力だけでは足りない。目的のためには全ての鍵、全ての条件を揃える必要がある。

「やはり、そう易々と上手くはいきませんか……」

 つくづく厄介な男だと思った。とはいえ――

「この幻術から抜け出すのが先ですね……。全く、本当に厄介な男だ」

 どことも知れぬ出口を探して雪山を歩く。夢や幻であって欲しい。心からそう願う現実だった。

【Side out】





【Side:華琳】

「獲ったぞぉぉぉ!」

 春蘭の声が森の中に響く。咽を剣で突かれ、地面に倒れた大きな虎がその直ぐ傍に倒れていた。

「華琳様! やりました!」
「……え、ええ、さすがね。春蘭」

 まさか、虎牢関だからと言って、その名の通り『虎の巣窟』になっているとは思いもしなかった。
 ここまでに倒した虎の数は二十を超える。皆の顔に疲れの色が見え始めていた。
 まるで野性に返ったかのように活気に満ちた春蘭と季衣の二人を除いては――

「流琉がいたら料理してもらえたのにな……」
「しかし、こんなに大量では持って帰れんしな。諦めろ、季衣」
「はーい。でも、ここ食材の宝庫ですよね」
「うむ。まさか、このようなところに都合良く森があるとはな!」
「ボクの村にも、こんな森が近くにあったらな」

 これをおかしいと全く思わないお馬鹿な二人は放って置いて、この森は普通ではない。
 森に入ってから同じような場所を何度も通っているような感覚に襲われ、方向感覚は狂い一向に出口らしい場所も見えてこない。
 太老の目的が時間稼ぎにあると言うのは分かっていたが、これほど適した罠は他に無いと思えるくらい私達はその術中に嵌っていた。
 虎牢関に向かわせた斥候が戻って来ない訳だ。今も、この森のどこかで彷徨っている可能性はかなり高い。

「……正直、どうしたものかしら?」
「元来た道を引き返そうにも、こうも方向感覚が狂わされてしまうと難しいかと」
「進むしかない訳ね……。でも、このままだと」
「はい。森を抜けるまでに何日掛かるか分かりません……。兵にも疲れが見えてきていますし、この状況は非常に拙いです」

 例え、森を抜けたとしても、まだ難攻不落の要塞『虎牢関』が待ち受けている。
 桂花の言うように士気が落ち、疲れきった状態でそのまま戦いに望むのは自殺行為だ。考えてみると、ただの時間稼ぎだけではなく理に適った作戦だと気付かされる。ここで私達を全滅させるのが目的ではなく消耗させるのが狙いだとしたら、これ以上ないくらい完璧な策だった。
 そう、力や知識だけではない。太老の真に凄いところは、その知識と力を完璧なまでに使いこなしているところだ。例え、同じような知識と力を手にしたところで、太老のように行くかと言えば決してそうとは言えない。いや、恐らくは無理だろう。天の力の使い方を、誰よりも理解している太老だから取れる戦法だ。

「……このままでは不利になる一方か。一つ、賭けにでるしかないわね」

 一つ、賭に出てみることにした。
 兵の損耗を減らす事を第一に考えて行動していた方針を変え、少しでも早くこの森を出る事に力を注ぐ。
 部隊を分けるのは自殺行為だが、方角が分からないのであれば四方に兵を放ち、出口に向かうのが一番の早道だ。

「なるほど、出口についた部隊がこの信号弾を打ち上げれば……」
「ええ。敵に動きを察知される危険はあるけど、このままここにずっと居るよりはマシな案だと思うわ」

 このまま手をこまねいて時間を費やしたところで、消耗戦になれば私達が不利になるばかりだ。
 一か八かの賭けではあるが、商会の作った信号弾を使えば、例え十里離れていても位置を確認する事が出来る。
 桂花と秋蘭も、それしかないと言った様子で私の案に首を縦に振って頷いた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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