【Side:一刀】

 諸葛亮ちゃんや鳳統ちゃん達の義勇軍本隊とも離れ離れになり、

「……冗談だろう?」

 行き着いた先は、二十一世紀の日本だった。
 手に紙袋、ポスターの突き刺さった鞄を背負い、これまた典型的なオタクファッションの人達が行き交い、表通りではメイド姿の女の子達がチラシを配っている。
 そう、虎牢関に向かっていたはずの俺達の前に現れた場所は、オタクの聖地『秋葉原』だった。

「隊長! 隊長! アレなんですか!?」
「隊長、あの店入りましょう! あの店!」
「お前等! ちょっとは落ち着け!」

 明らかにおかしい。さっきまで草木一本生えない峡間に居たというのに、次の瞬間には現代の秋葉原に居るなんて幾ら何でも変だ。
 夢にしては現実感のある夢だが、幾ら俺がバカでもこれが罠だって事くらいは分かる。
 どんな仕組みになっているのかは分からないが、考えられるのは一つだけだ。シ水関の時と同様、天の御遣いの仕業に決まっていた。

(てか、本当に俺と同じ世界の人か!?)

 未来人や宇宙人と言われても全く違和感が無い。というか、明らかに普通の人とは思えなかった。
 この妙にリアルな幻や、あのシ水関で味わった罠や商会で見た技術の数々といい、常識では考えられない物ばかりだ。
 特にこの幻。仮想現実(バーチャルリアリティ)とか呼ばれている物だと思うが、こんな現実味のある仮想現実なんて聞いた事も無かった。
 こんな技術が現実にあるなら、噂くらいになっていても不思議では無い。というか、どう考えてもSFの世界。現実には不可能な技術だ。

「ああっ! いつの間にか居ない!?」

 隊員達がいつの間にか姿を消していた。
 よく周囲を見渡すと、メイドさんに誘われて店に入っていく者や、模型店に入ってフィギュアに魅入っている隊員も居る。
 大体、他の面々も似たようなものだ。日本に遊びにやってきた外国人観光客のように、これ以上ないくらい秋葉原を堪能していた。

「……うちの奴等のノリの良さを甘く見ていた」

 これが罠だとすれば、これ以上ないくらいの罠だ。少なくとも俺達の足止めにこれ以上効果的な罠はない。

「バ、バケモノだぁぁ!」

 と今度はどこからか悲鳴が聞こえる。
 バケモノの四文字で直ぐに頭に浮かんだ人物が居たが、これ以上問題を悪化させたく無かったので記憶の彼方に追いやった。
 今はとにかく、この状況をなんとかするのが先決だ。まずは出口だ。そう、どこかにこの仮想現実から抜けだす出口があるはず。

「でも、そんな物どこに?」
「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 どうした物かと頭を抱えていたところに、一軒のメイド喫茶が目に入った。
 看板にはシ水関と虎牢関の時に見た、入り口に立っていた立て札の文字と同じ書体で『冥土喫茶へようこそ』の文字が……。
 明らかにあそこだけ、他とは雰囲気や佇まいが違う。『冥土』と言う二文字に一抹の不安を秘めつつも、俺はその店に向かって一歩を踏み出した。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第75話『主従の想い』
作者 193






【Side:雪蓮】

「どう思う? 冥琳」
「どうも何も……あの男の仕業以外に考えられないだろう?」

 冥琳の言うあの男とは勿論、太老の事だ。私達は今、船の上、しかも黄河や長江などではなく海の上に居た。
 さっきまで虎牢関に向かって進軍を続けていたというのに、峡間から突然海に飛ばされるなど目を疑いたくなるような現象だ。

「あの男は妖術や道術の類まで用いるのか……」
「冥琳、何か策はないの?」
「無茶を言うな……。このような現象、軍師の管轄外だ」
「まあ、そうよね」

 これを冥琳にどうにかする案をだせと言ったところで、説明のつかない現象に対策などでるはずもない。
 こんな事態を予想している人物なんて居るはずもなかった。

「でも、なんか違和感があるのよね」
「違和感?」
「ええ。現実にそこにあるのは確かなんだけど、こう微妙な差っていうか。潮の匂いや、雰囲気とか」
「ふむ……。雪蓮がそう感じると言う事は、やはりこれは幻覚の類と言う事か」
「凄く精巧に作られているけど、本物ではないと思う。全員で化かされてるってところかしら?」
「どちらにせよ、その原因を取り除かなければここから抜け出せないだろう」

 そこが一番の問題だった。原因と言っても、何が原因か分からないのでは打開策など見つかるはずもない。
 それにここは船の上だ。岸どころか島すら見えない、見渡す限り青い海が広がっていた。

「雪蓮」
「何よ?」
「お前に任せる」
「へ?」
「だから、こう言う時にこそ、お前の勘を働かせてみせろと言っている」
「ちょっと冥琳!? 軍師の役目はどこにいったのよ!?」
「何事にも適材適所と言うものがある。これのどこに軍師の知恵が介入する部分があるというのだ!?」
「まあ、それはそうだけどさ……。普段、勘にばかり頼ってって五月蠅い癖にさ、こんな時だけ……」

 確かに冥琳の言うように、こんな何も分からない状況で知恵は働かせろなんて無茶な話だとは思う。
 でも、勘頼りを何よりも嫌っていつも愚痴ばかり溢している冥琳が、『お前の勘に任せた』なんて投げ遣りな話は無い。
 まあ、それだけ冥琳も追い詰められている証拠だ。太老が相手だと、冥琳も調子が出ないのだと思った。
 事実、こんな常識外れな状況の対処方法なんて、どんな兵法書を探しても載っていない。
 私だって勘でなんとかなるならなんとかしたいけど、はっきり言って何をすればここから出られるのかさっぱり分からなかった。

「策殿! こっちにきて一緒に釣りでもどうじゃ?」
(さい)? その釣り竿、どうしたの?」
「うん? この船に沢山積んであったぞ? 兵達全員に行き渡るほどの数が」
「釣り竿が? そんなに沢山詰んであるの?」

 呉の宿将、母様の時代から長きに渡って孫家に仕えてくれている無二の忠臣、名を『黄蓋(こうがい)』、字を『公覆(こうふく)』。
 私が真名で『(さい)』と呼び、家族同然に信頼を置いている人物の一人だ。
 そんな祭が、釣り竿と籠を持って私達の前に姿を見せた。
 見た事もない素材で出来た釣り竿が船の中に沢山あると聞いて、私と冥琳は何かに気付いたように顔を見合わせ、慌てて確認をしに問題の場所へと向かった。

「これは……」

 驚いた様子で声を漏らす冥琳。
 備蓄倉庫と思われる船室の一角には、数千本の釣り竿が規則正しく丁寧に詰まれていた。
 そして、そんな釣り竿が並べられている奥の壁に、張り紙が貼られているのを冥琳が見つける。

「天の文字? 冥琳、もしかしてこれが読めるの?」
「明命から送られてきた『教科書』を参考に勉強を続けていたからな。多少なら読める。これはカタカナと言う文字だ」
「へ〜、凄いわね」

 いつの間にそんな勉強をしていたのか、冥琳の話に思わず感心した。
 さすがは私の親友、呉の名軍師『周公謹』だ。

「雪蓮……。駄目元で聞くが、釣りは得意か?」
「え? 知ってるでしょ? 食べるのは好きだけど、じっと魚が掛かるのを待つのはちょっと……」

 釣りは嫌いでは無い。ただ、正直な話をすると食べるのは好きだが、釣れるのを待つ間のあの焦れったさが苦手だった。
 何度も一緒に川遊びに行っている冥琳なら、その事を誰よりもよく知っているはずだ。
 聞くだけやはり無駄だったか、とばかりにため息を漏らす冥琳を見て、ムッと私は顔をしかめた。

「ここを脱出する方法が分かったぞ」
「え? 本当?」
「ああ、これだ」

 そう言って、釣り竿を手に取る冥琳。張り紙には、こう書かれていたらしい。

 ――川の主、伝説のカニを釣り上げろ

 なんでカニ? しかも海じゃなかったの?
 と一人、心の中でツッコミを入れる私だった。

【Side out】





【Side:斗詩】

「全く役に立たない人達ですわね。華琳さんも大層な事を言っていた割に行方知れずですし」
「いや、迷子になってるのあたし達だと思うんですけどね」

 文ちゃんの言うとおりだった。
 どう言う訳か、私達は砂漠の上に居た。前を見渡せど、後を見渡せど、周囲は砂ばかりで何もない。
 日を遮る物も無く、照りつける太陽はどんどん私達の体力を奪っていく。
 兵達も次々に脱落し、遂には私と文ちゃん、それに麗羽様の親衛隊を残すのみとなってしまった。

「……暑いですわね。水、水は無いんですの!?」
「ありませんよ……。さっきのが最後です」
「だったら、汲んできなさい! 暑い! 暑いですわ!」

 その後も水浴びがしたいだの我が儘を喚き散らす麗羽様。しかし、私も文ちゃんも一々それに反応する気力も体力も無かった。
 なんでこんな目に遭っているのかは分からないけど、このままでは干からびてしまう。砂漠の上で野垂れ死になんて事も考えられた。

「とにかく、わたくしはもう一歩も動けませんわ!」

 そう言って、その場に座り込む麗羽様。さすがに文ちゃんも呆れた様子で、そんな麗羽様を見ていた。
 輿を担ぐ兵士も居なければ、馬車のような乗り物も無い。僅かに残った親衛隊の皆も、もう話す気力すら無いと言った様子だ。
 麗羽様の我が儘に付き合える者は、もうここには誰一人としていなかった。
 皆だけではない。私も自分の事で精一杯で余裕を無くしていた。

「ちょっと、わたくしを置いていく気ですの!? あなた達! 戻って来なさい!」

 背後で喚き立てる麗羽様の言葉に耳を貸す者は誰一人としていない。
 それは当然だ。この状況で麗羽様の我が儘をきくような余裕があるはずもなかった。
 それでもギャアギャアと後で喚き立てる麗羽様。遂には私の中で、ブチッと音を立て何かが切れた。

「もう、いい加減にしてください!」
「――ひぃっ!」

 こんな大声で麗羽様を怒鳴りつけたのは、初めての事だった。
 文ちゃんと喧嘩した時だって、ここまで怒った事は一度も無かった。
 暑さと疲れ、それにこれからどうやって砂漠を抜けるかで一杯一杯になっているところに、麗羽様の我が儘を聞いて頭が沸騰していた。

「自分の足で歩いてください! いつもいつもいつも、何もかも麗羽様の思い通りに行くと思ったら大間違いです!」
「ちょっ、斗詩!?」
「文ちゃんは黙ってて!」
「は、はい!」

 これまでに溜まっていたモノを吐き出すかのように、私は麗羽様、それに止めようとした文ちゃんを怒鳴りつけた。
 ここで誰か一人が我が儘を言ったら、そこで全滅だ。
 脱落した兵の皆と一緒で、文ちゃんや麗羽様も、ここで野垂れ死ぬしかない。
 本当は皆一緒にこの砂漠を抜けて助かりたかった。でも、それが叶わないなら、せめて麗羽様や文ちゃんだけでも助かって欲しい。
 そう思って色々と考えてやっていたのに、麗羽様はそんな私の考えを知らず、好き放題に貴重な水を飲んで傘を兵に持たせて一人だけ日陰で涼んで、そんなやりたい放題の麗羽様の行動に我慢がならなかった。

「こうなったのも、全て麗羽様の所為なんですよ! 私が止めたのに、シ水関の時だって――」

 耐えきれなくなった鬱憤が湯水の如く溢れ出てくる。一度口にし始めたら止まらなかった。
 主君に向ける言葉ではない。不敬罪と言われても仕方の無い行為だ。でも、麗羽様は全然私の気持ちを理解してくれない。
 どれだけ頑張っても、どれだけ言葉を尽くしても、私の気持ちは麗羽様に伝わらなかった。

「麗羽様にとって、私はなんなんですか!? 文ちゃんや兵の皆は……」

 もう、カラカラに枯れたと思っていた目からポロポロと涙が零れてくる。
 でも、気力を振り絞って口にした言葉も、麗羽様に届いたかどうか分からない。もう、どうでもいい、そんな風に投げ遣りな考えが頭に浮かぶ。
 カッと頭に上った血が次の瞬間――

「……あれ?」

 フラフラと身体が言う事を聞かなくなり、目の前がフッと一瞬にして真っ暗になった。


   ◆


 あれ? 私、意識を失って……それで……。
 身体の自由が利かない。でも、自分の身体が自分の意思と関係無く動いている事だけは感じ取れた。

「麗羽様。そろそろ代わりますよ」
「このくらい……大丈夫ですわ。あなたは自分の心配だけしてなさい」
「はあ……意地っ張りなんだから。素直に斗詩に謝ればいいのに」
「む、無駄口を叩いている元気があったら、早く休めそうなところを探しなさい!」
「はーい。あっ、麗羽様! あっちになんかあります! キラキラと光って……水、水ですよ!」
「な、なんですって!?」

 誰かに背負われている事はなんとなく分かったが、誰の背中なのか分からなかった。
 現実と夢が一緒くたになって、これが本当に現実の事なのか、それともまだ夢の中なのかすら分からない。
 朧気な意識の中、よく見知った二人の声だけが聞こえていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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