【Side:一刀】

「――てな訳で、もう散々でね」
「フフッ、北郷さんの話って面白い」
「いや、マジで実話なんだよ。これが……」

 俺は今、『冥土喫茶』でメイドさんに囲まれて御茶をしていた。
 生まれてこの方一度として経験した事の無い、まさに男の夢。ウハウハのハーレム状態と言う奴だ。
 世のエロ親父達がキャバクラに通い詰める気持ちも分からないではない。まさにここは男の夢を売る楽園だった。

「じゃあ、義勇軍の隊長さんなんだ」
「まあ、成り行きでなったようなもんだけどね。もう、隊員が変人や変態ばかりの隊でさ」
「北郷さんは違うの?」
「試してみるかい? キミのためなら、オオカミにだってなってみせるよ!」
「やだ、北郷さんのエッチ!」

 実のところ、調子に乗っていた。これまでに経験した事の無いモテ具合に浮かれていたと言って良い。
 俺だって男だ。目の前にはメイド姿の子羊ちゃん達。心の中に狼の一匹や二匹を飼っていても不思議では無い。
 これまで不幸続きだった事からも、ちょっとくらい良い目を見させてくれてもいいんじゃないか?
 と、真剣に考えていた。

「そうなんだ。それじゃあ、北郷さんは別の世界から変な世界に飛ばされて帰ってきたのね」
「帰ってきたのかな?」
「でも、ここは日本よ。東京の秋葉原」
「そうなんだよな……。一体、何がどうなっているのか?」

 夢や幻にしてはリアルすぎる現実。仮想現実にしては、現実にそこにあるかのように違和感が全く無い。
 そう、まるでキツネやタヌキにバカされているかのような、そんな不思議な感覚だ。
 全く違和感の無い現実感溢れるこの世界に、さっきまでいた三国志の世界の方が夢ではないのだろうか、と疑ってしまうくらいだった。

「夢とか現実とか、どっちでもいいじゃない? 今が楽しければ」
「そうそう、私達ともっと楽しみましょ?」
「私、北郷さんの話をもっと聞きたいなー」

 俺の記憶通りの世界。いや、俺が望んでいたような世界。それがここにあった。
 どちらが夢かなんて俺には分からない。今の俺が夢かもしれないし、あっちの俺が夢かもしれない。
 でも、はっきりと言える事が一つだけあった。

「ごめん。それは出来ないよ」
「どうして?」

 今も諸葛亮ちゃんは、鳳統ちゃんは、劉備さんは、皆どこかで戦っている。そう考えると、夢の中の事と簡単に割り切る事が出来ない。
 ここで簡単に諦めてしまったら、俺を温かく迎え、そして送り出してくれた水鏡さんに顔向けする事が出来ない。
 それに、やはりどちらが現実でどちらが夢かと問われれば、俺はこちらが現実の世界だとは到底思えなかった。

「何もかも流されるまま、成り行きでこうなったようなもんだけど、それでも自分の行動にはちゃんと責任を持ちたいんだ」

 そう、ここは俺の望んだ世界。俺の記憶によって作られた世界だ。秋葉原と言う場所や、メイド喫茶にすら俺は実際に行った事が無い。
 友達からの話、テレビや雑誌で知っていただけの、俺にとっては知識としては知っているけど、想像する事しか出来ないような場所だ。
 全く違和感が無い、俺はそう言った。逆に俺の知識や妄想と差違が無いと言う事は、ここが現実と言う事はありえない。
 南華老仙の言葉に『胡蝶の夢』と言う有名な話がある。それと同じだ。どちらの俺が現実かなど、誰にも決められる事では無い。
 ただ一つだけ言える事は――

「何が現実か幻想かを決めるのは、俺自身って事だ!」

 水鏡さんのところで子供達と学んだ事。これまで貂蝉と苦楽を共にしたあの旅の全てが夢だったなんて認める事は出来ない。
 現実を決めるのは他の誰でもない、俺自身だ。それが俺のだした答えだった。

 ――やるじゃないか。なかなかに男だね

 そんな幻聴が聞こえたような気がするが、そこには俺とメイドさん以外誰も居なかった。
 そう、メイドさん以外――

「そう、それが北郷さんの望んだ世界。北郷さんの選択なんだね」

 そう言って、スッと立ち上げるメイドさん達。
 次の瞬間、俺は目にしてはならない、最悪の展開を目にする事となった。

「うふん! 愛してるわ! ご主人様!」
「貂蝉、なんで!? って、貂蝉が一杯!?」
『愛してるわ、ご主人様。愛してるわ、ご主人様』

 直ぐ様、『冥土喫茶』の文字が脳裏を過ぎる。
 俺が現実ではなく三国志の世界を選択したからか、メイドさんが突然、本性を現したかのように貂蝉に変わっていく。
 でも、別にメイドさんではなく貂蝉を選んだ訳じゃ無い。大きな誤解だった。俺にそんな趣味は――

「ちょっ、ちょっとたんま! さっきのやっぱ無し!」

 メイド、冥土、ここはまさに地獄。史上最悪の冥土喫茶だった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第76話『伝説のカニ』
作者 193






【Side:鷲羽】

 ここは柾木家にある私の研究室。
 そして目の前の台座には、問題となっている大先史文明の遺産『神を創るシステム』――別名『星の箱庭』が鎮座していた。
 まるで宇宙が内包されているかのように、星の瞬きと揺らめきを感じさせながら美しく輝く黒い水晶玉。
 実はこれ、三百年ほど前に勝仁殿が偶然手に入れた骨董品で、正木の村に保管されていたのを私が預かっていた物だ。

(シード計画。また懐かしい話を持ち出したもんだけどね……)

 嘗て、この銀河には『大先史文明』と呼ばれている高度な科学技術を有する文明があった。
 銀河全域を支配していたと言われているその巨大な文明は、今から数十億年も前に滅亡の危機に晒され、その衰退期に自分達の遺伝子や文明といった記憶概念を残そうと、銀河中の生存可能惑星に惑星改造用生体宇宙船を数兆単位という途方もない数でばらまくといった行為にでた。
 それが現在、学者達の間で『シード計画』と呼ばれている歴史的大事件。銀河に住む人々の大半は、この計画で生まれた子孫達だ。
 地球の人々もまた、そのシード計画によって誕生した種だと言える。この銀河に外見上よく似た『ヒューマン』と呼ばれる種族が多いのはそのためだ。

 この『星の箱庭』もシード計画の際、惑星改造用生体宇宙船と一緒に地球に流れ着いた物と推測されるが、実際のところは定かでは無い。
 世界情報を収集し、それを水晶玉の内なる世界にフィードバックさせる事で、より現実に近い仮想空間を構成するシステム。
 私が以前に作った仮想現実シミュレーターよりも、更に厄介な技術で作られたオーバーテクノロジーの固まりがこれだ。
 私が作った仮想現実シミュレーターと違い、ガラス玉の中に内包されている世界は宇宙その物だ。
 気の遠くなるような時間、世界の情報を収集し続け、無数の仮定を延々と繰り返しす中でブラックボックスと化した世界は一つの生き物と言って良い。
 このような物を大昔の人々が作った理由は大凡の想像は付くが、問題はそこではなかった。

「鷲羽様、それは?」
「ああ、林檎殿が早速アレを起動したみたいでね。ちょっと観察してたのよ。ノイケ殿も見るかい?」
「中の様子は窺えないのでは無かったのですか?」
「あの子達に持たせた太老のアイテムには、ちょっとした細工がしてあってね」

 桜花ちゃんに頼んで、林檎殿や捜索隊の女性全員に持たせた太老製作の『お出掛けセット』。そこには私がある細工を施していた。
 こっちの世界に帰って来られなくならないようにするための保険。使用時に位置を知らせ、リアルタイムで状況をデータとしてこちらに転送すると言った物だ。
 一方的に見る事しか出来ず、こちらからあちらに連絡を取るような事は出来ないが、それでもデータ収集には役立つ。
 管理システムの目を誤魔化すために、私がちょっとした改造を施したのがあのアイテムだった。

「なかなか、面白い見世物になってるね。いや、林檎殿には感謝しないと」

 勿論、お宝映像として録画済み。酒の肴には丁度良いネタだ。
 どうしてこんな状況になっているのかは分からないが、太老の『虎の穴』が使用されているようだった。
 あれは、なかなかに厄介なアイテムだ。特定範囲に亜空間固定された特殊結界を発生させ、相手の記憶に応じたステージを自動的に作り出す。限りなくリアルに再現されたそれらの情報は、対象者の記憶によって作り出された謂わば仮想現実空間だ。
 攻略するには知恵や力だけでなく、運と勘も必要となる。寧ろ、あの太老の作った物だけに後者の方が重要となる代物だった。

「鷲羽様ったら……。他人(ヒト)の不幸を肴に一杯やるのは感心しません」
「そう言わずに、それに面白い事も分かったよ。ちょっとこれを見とくれ」
「これは? 確率八十%ですか?」
「太老がこの世界に居る確率さ。零式から得たフィードバックを使って算出した数値だからね。かなり信頼性が高いよ」
「では、この世界に太老さんが……」
「可能性は高いだろうね。こりゃ、林檎殿。アタリを引いたかな?」

 送られてきた情報を基に、こうなるまでに至った経緯などを何千・何万というパターンから計測した結果、太老が関与している可能性が最も高いという算出結果が出ていた。
 現在、太老が潜伏していると考えられる最も確率が高い世界がここだ。ということは、ここに零式に繋がる何かがある可能性が高い。
 太老を連れ戻す事も重要だが、零式を箱庭の管理システムから切り離す必要があった。

「こちらから連絡を取る事は出来ないのですか?」
「それは無理だね。管理システムが零式に掌握されているから、こっちの情報をあっちに送る事は出来ない。このデータ受信だって、かなり強引な裏技を使ってるんだよ?」
「でしたら、私が……」
「いや、もう少し情報を収集して確証が持てたらお願いするかもしれないけど、ノイケ殿には念のために残って貰わないと」
「わかりました。ですが、瀬戸様から催促がきていますし、余り時間は……」

 樹雷が、いや銀河全体が大変な事になっている今、ノイケ殿の言うように余り悠長に事を構えていられないのは確かだった。
 太老が居ないというだけで、ここまで大騒ぎに発展するなんて予想外も良いところだ。あの子の影響力の高さを甘く見ていたのが、私と瀬戸殿の失敗だ。
 しかも美星殿が問題の原因とは言え、眠っていたはずの零式が、まさか『星の箱庭』の管理システムに介入するなんて完全に誤算だった。
 私ですら、完全にデータ解析が出来ずに研究を途中で断念していたような代物だ。それだけに零式のハッキング能力の高さには驚かされる。

「一番取りたく無い方法だけど、最悪の場合、津名魅と訪希深にも出張ってもらわないとダメかもね……」

 相手が太老と零式では、はっきり言って誰が行っても結果は同じだ。ノイケ殿が出張っていったところで、良い結果がでるとは思えない。
 それは他の面々も同じだ。下手をすると、今以上に状況を悪化させるといった可能性も考えられた。
 唯一の可能性は水穂殿や桜花ちゃんだが、水穂殿でもここまで状況が悪化した後では一時凌ぎにしかならないだろう。
 それに桜花ちゃんに関しては、まだ分からない事が多すぎる。これ以上、不確定因子を拘わらせ、状況を悪化させたくはない。
 一番取りたくはない最後の手段を考えながら、私はなんとか無事に林檎殿が太老を連れて帰ってきてくれる事を祈っていた。

「あの……鷲羽様」
「ん? なんだい?」
「あれって……」
「へ?」

 ノイケ殿が驚いた様子で指をさす先。
 さっきまで見ていたのとは別の空間モニターに想像もしなかった物が映し出されていた。

「あの銀河トップクラスの可愛らしい美少女は一体!?」
「ご自分でそれを仰いますか……」

 私にそっくりな容姿をした白髪に褐色の美少女。もとい、私よりもずっと幼い感じの女の子。
 直ぐに頭を過ぎったのは、太老のアイテムを改造する時に施した処置。

「あっ……。もしかして」

 慌てて私はコンソールを叩き、最重要ブロックに収められた直径一メートルほどの大きなクリスタルを呼び出す。

「鷲羽様、それは?」
「ブラッククリスタル。まさかとは思っていたけど、やっぱり……」

 起動していた。しかもいつからなのか、虎の穴のシステムと完全にリンクしていた。
 私が神我人に封印されるより以前、今から五千年も前に開発を進めていた自己進化型プログラム。零式のベースともなった代物だ。
 私を物理的にも精神的にも追い詰め、攻撃するように設定された存在。対白眉鷲羽に特化した仮想侵略者。
 日々進化を続ける自身のセキュリティを鍛えるために作った、自分への戒めのような装置だ。

「何故、そのような物を……」
「いやー、世の中物騒だからね。慢心や油断は命取りになるし、いつ如何なる時でも対応が可能なようにセキュリティを鍛えて置こうと思って」
「鷲羽様が一番物騒です……」
「あはは……」

 あの頃の私は、今よりもずっと研究に明け暮れていた。
 その過程で沢山恨みも買ったし、それと同じくらい沢山の弱みを握っていた事もあり、私の命を狙って来る者も少なく無かった。
 それに伝説の哲学士の発明品を狙って襲ってくる者も後を絶たなかった。その対策に余念が無かっただけの事だ。
 白眉鷲羽のセキュリティを突破できるのは私と同じくらいの天才か、私自身しかいない。そして前者など、私の知る限り片手の指で数えられるくらいしかいない。ならば自分のセキュリティの完成度をチェックし鍛えるのに、自分自身で作ったプログラムをあてるのが最適だと考えたのだ。
 その結果生まれたのが、このブラッククリスタルと言う訳だった。

「例の『青いZZZ(トリプルゼット)』で二度目にクレーが捕まった時、アイツの研究所に封印されてあったのをこっちで引き取ったのよ」

 クレーが私の作品を密かに手に入れていたと言う事には驚かされたが、幸いにも動作を停止していて使い物にはならない状態だった。
 零式のハッキングを受けた影響か、機能を完全に停止し使い物にならなくなっていたアレを私が引き取ったのだ。
 だが、そのうち再利用するつもりで、研究所の最重要ブロックに封印してあったはずのあれが起動していた。

「ああ……。動作が停止してたのは、あの時には既に零式にシステムを掌握されてたって事か……」

 ようやく話の流れが読めてきた。
 零式のハッキング。いや、正確には『青いZZZ(トリプルゼット)』によってプログラムが書き換えられ、あの時点でシステムが掌握されていたのだと気付く。外部からの操作を何も受け付けなかったはずだ。
 クレーは恐らく私に対しての切り札として使用するつもりだったのかもしれないが、太老の所為で目論見が大きく外れてしまったに違いない。

「って事は、切っ掛けはやっぱり……」

 私がやった太老製アイテムの改造。
 そこから私のコンピューターにアクセスし起動用パスコードを読み取り、再起動を地力で試みたのだと判断する。
 しかも、さっきノイケ殿に説明した『強引な裏技』とは、皇家の樹の力をバックアップに用いたリンクシステムにあった。
 ブラッククリスタルのプログラム体が、活動に必要なエネルギーをそこから得ていると仮定すれば――

「ノイケ殿、昼ご飯はなんだい? そろそろお腹が減ってきたところだしね。いやー、楽しみだ」
「鷲羽様!? 現実逃避をなさらないでください!」
「いや、だって……ねえ? ぶっちゃけどうにもならないよ……」

 太老絡み、しかも零式まで絡んでいて、更には太老ウイルスの影響を受けたブラッククリスタルまで関係しているとなると――

「うん。なるようにしかならないね。すっぱり諦めよう」
「そんなにあっさりと諦めないでください!」

 ノイケ殿も心の底では分かっているはずだ。太老と付き合いの長い私達だから分かる。
 もしかしたら、ひょっとしたら、なんて甘い期待でしか無いと言う事が……。
 とっくに『大丈夫』と言う過程は通り過ぎていた。

(最後の手札を切るの……思ったよりも早くなりそうだね)

 太老が相手では段取りも何もあったものじゃない。これはもう、手後れなのだと確信していた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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