【Side:朱里】

「北郷さんや楽進さん達、大丈夫かな?」
「えっと、それは大丈夫だと思います。この罠を仕掛けたのは太老さんで間違いないでしょうから、シ水関の時と同様、命を奪うような罠では無いようですし……」
「ううん……御主人様。何をしたいんだろう?」

 私達が迷い込んだのは何処とも知れぬ荒野。峡谷に居たにも拘わらず、北郷さんや三羽烏の皆とも離れ離れになり、突如このような場所に飛ばされていた。実際に体験しなければ信じられないような、非現実的な状況だ。だが、それは紛う事なき現実だった。
 幻術の類だとは想像できるが、原理などは一切分からない。恐らくは妖術や道術の類とも違う、太老さんだけが持つ天の知識と技術によるものだと私は推測していた。
 桃香様の言うように、何が目的でこんな事をしているのかが一番の問題だが、幾つかの推測は立てられた。
 こちらを殺すつもりがない、攻撃する意思がないと言う事は、一つの推論として誰も殺さず犠牲を極力ださない方向でこの戦いを終わらせようとしていると考えられる。

「多分、犠牲を極力ださず、この戦いを終わらせるためだと思います……」
「犠牲を?」
「はい。董卓軍や太老さんから敵意は感じられません。考えられる事の一つとして、時間稼ぎ。後は私達が音を上げるのを待っているといった可能性が考えられます」

 本来なら甘い考えと切り捨てられるところだが、あの太老さんが相手となると話は別だ。
 黄巾党本隊の拠点を焼き払うといった手段を平然と取った太老さんが、ただ殺したくないと言う理由だけで、こんな方法を取ったとは考え難かった。
 何らかの事情があるはずだ。その上で私達を攻撃してこない理由が――
 予想できる答えの一つは、連合との和解。でも、今のままであれば袁紹さんや袁術さんが納得するとは思えない。
 この時間稼ぎといい、何か企んでいると考えるのが自然だった。

「ほへ〜、さすがは御主人様だね。でも、誰も傷つかずに戦いが終わるのなら良い事だよね。うん」
「何を呑気な事を! 例えそれが事実だとしても、我々は罠に嵌って抜け出せずにいるのですよ!?」

 桃香様らしい素直な感想だった。でも、それに反発し声を荒らげる愛紗さん。
 心の奥底で彼女もそれが一番良い事だと分かってはいても、太老さんへの反発から感情の部分で納得出来ずにいるようだった。
 まだ、答えの出ない葛藤を続けているのだろう。今のままで本当に良いのか、こんな事で私達の理想はどうなるのか、と。

(やっぱり、北郷さんをだすべきじゃなかったかもしれない。でも……)

 シ水関の時も、北郷さんならなんとかしてくれる、と言う期待を抱いていたのは私も愛紗さんと同じだ。
 その期待を一切裏切る事なく信じられないような結果を残し、メキメキと頭角を現し始めた北郷さん。
 やはり彼にも太老さんと同じ、人を惹きつける魅力。人の上に立つ資質があるのだと私は考える。それ故に愛紗さんは余計に答えを出せずに迷っていた。
 北郷さんに期待している部分があるというのも大きいだろうが、愛紗さんが本当に心から望んでいるのは桃香様の独立だ。
 太老さんに従属するのではなく、桃香様自身の手で理想を叶えて欲しいと愛紗さんは考えている。でも、それは桃香様の願いではない。愛紗さんの願いだ。

(今のまま独立しても、きっと桃香様の理想は叶えられない……)

 いや、私達だけではない。曹操さん、それに孫策さん。太老さんの助力を得ている勢力は何れも太老さんを抜きにして、現状を維持する事すら難しいところまで来ている。太老さんの一番恐ろしい、凄いと思える部分はそこだ。戦わずして有力な諸侯を味方につけ、そしていつの間にか無くてはならない存在にまでなっていた。
 理想を自分の手で叶える。追い求めるといえば聞こえは良いが、ここで独立などをすれば私達に付いてくるのは極一部の人達だけだ。
 自分一人の力で理想を叶えると言う部分に置いては、あの曹操さんでさえ、既に太老さんを抜きに理想を語れないところにまできている。
 愛紗さんはその可能性を北郷さんに見出しているようだが、私は北郷さんでは太老さんの代わりまでは難しいと考えていた。

 北郷さんもまた優れた才能を有してはいるのは確かだ。
 太老さんがいなければ『天の御遣い』と呼ばれ、私達の御主人様になっていたのは彼だったかもしれない。
 でもそれは、過ぎた去った可能性の一つに過ぎない。
 もっと早くに出会っていれば違った可能性もあったかもしれないが、今の私達は商会の一員だ。
 本気で桃香様の理想を叶えたいと考えるのであれば、太老さんの助力を無くしてそれは難しいと言わざるを得なかった。

「ううぅ……愛紗ちゃんが恐い」
「愛紗、何をそんなにピリピリしてるのだ?」

 さすがの桃香様も愛紗さんの様子がおかしい事に気付き、脅えた様子を見せる。
 この中で一番付き合いの長い鈴々ちゃんでさえ、どこか焦った様子の苛立ちを隠しきれない愛紗さんを見て困惑した表情を浮かべていた。

「あわわ……もしかして、あの日ですか?」
「ち、違う! 私は桃香様のためを思い――」

 雛里ちゃん、それは違うと思うよ?
 と、親友の言葉に心の中でツッコミを入れながら、私はこれからの事を考えた。
 きっと他の諸侯も同じような事を考えているはずだ。この戦いが終わった後、何を選択するかによって運命は大きく変わる。
 結局、最後に答えを出すのは愛紗さんではない。桃香様自身だ。しかしその決定が、私達の命運を分けるといっても過言では無かった。
 この先、太老さんとどう向き合っていくか。諸侯と同じように、私達も決断を迫られていた。

「にょ? あそこに誰かいるのだ!」
「何!? 敵か!?」

 鈴々ちゃんの言葉に反応して、すかさず臨戦態勢を取る愛紗さん。鈴々ちゃんの指差す先、無限に広がる荒野の一角に、確かに人影のような物があった。
 ここからでは豆粒のようにしか見えない。男か女かさえ判別できないような距離でその影を見つけた鈴々ちゃんの視力は、さすがとしか言いようが無い。
 私は持ってきていた望遠鏡を使って、ジッとその方角を覗き見ることにした。

「……女の子?」

 白い髪に褐色の肌。不思議な髪型をした少女が荒野の真ん中で頭を抱えていた。
 頭にパッと浮かんだ生き物……それは『カニ』だった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第79話『マッドの娘』
作者 193






 白い髪に褐色の肌。カニ頭の少女が人気の無い荒野で頭を抱え、身悶えていた。

「ああ、もうっ! なんで出られないんですか!?」

 自信満々に『朝飯前です!』と言ったのは過去の話。虎の穴に捕まったカニ。少女もまた迷子になっていた。
 白眉鷲羽のセキュリティシステムを打倒するために作られた侵略プログラム……というのは過去の話。本来、伝説の哲学士のセキュリティを突破するために作られたはずの彼女が、いとも簡単に太老菌によって自身のセキュリティを突破され、プログラムを改変されたと言うのは彼女の中で大事件と言って良い出来事だった。
 究極の迷惑娘第二号として生まれ変わった――自称『ブラック鷲羽』。
 最強を超える最凶との邂逅。これまでの常識を打ち砕かれた彼女は、その時から伝説の哲学士すらさじを投げる銀河最大の理不尽≠フ娘になった。

 太老の船もとい娘一号とでも言うべき『守蛇怪・零式』と、伝説の海賊艦『魎皇鬼』同様、宇宙一の天才科学者が生み出した究極のコンピューターユニットとも言うべき彼女が『迷子』など、本来であれば考えられないような事件だ。
 彼女のオリジナル『白眉鷲羽』がここにいれば、きっとこう言って彼女を抱きしめたに違いない。

『可愛い〜!』

 と……。まあ、確かに個性的ではあった。
 さすがは白眉鷲羽の作ったプログラム。太老の影響を受けただけの事はあると言ったところだろうか?
 唯我独尊なところも、傍迷惑なところも、どこか間が抜けているところも、実にモデルとなった人物の個性が出ていた。

「そうですわ! 空間ごと破壊してしまえば!」

 などと物騒な事を口にし始めるブラック鷲羽。彼女なら本気でやりかねないだけに、物騒極まりない発言だ。

「……何か、近付いてきてますね」

 大勢人が近付いてきているのを発見して、『おー』と緊張感の欠片もない様子でそれを観察するブラック鷲羽。

「ううん……あのちびっ子金髪ドリルや怪力娘みたいに怒りっぽい人じゃなければいいんですけどね」

 話の分からない野蛮人が多くて困ります、とため息を漏らすブラック鷲羽。
 実は彼女、ここに来る前も幾つかの空間を渡り歩き、そこで同じように騒動(人助け)を引き起こしていた。

 ――船が遭難して困っていた人達を陸に戻してあげようと、空間プログラムに干渉して雪山に転移させてあげたり
 ――筋肉ムキムキの変質者に追われて困っている様子だった青年を助けようと、変質者に対抗できるのは変質者しかいないという的外れな思考から、どこか和風っぽい巫女装束を身に纏った変質者を大量に召喚したり
 ――砂漠のど真ん中で『水も幻なんて卑怯ですわ……』とか言って行き倒れていたおっぱいが大きい方の金髪ドリルのために、砂漠を地平線が見えるほど広大な湖に変えてあげたり
 ――太老お手製の美味しそうな『信号弾』を頂いた御礼に、森に迷っていた(実は既に森から脱出していた)ちびっ子金髪ドリルと愉快な仲間達を森の入り口(スタート地点)に戻してあげたり

 親切心(?)から、全く本人には悪気の無い余計なお世話を焼きまくっていた。
 幸いにも影が薄くて助かった人達が何人かいたようだが、実際に被害を受けた者達からすれば堪った話ではない。

「あ、そうだ! 道を尋ねてみればいいんですね!」

 ピコンと漫画のような効果音を放ち、頭の上にどこからともなくだした豆電球を付けるブラック鷲羽。何気に芸が細かい。

「今度の人達は話の通じる相手だといいんですけど」

 まさに自分の事を棚に上げた発言だった。





【Side:一刀】

「し、死ぬかと思った……」

 天国から地獄に突き落とされた思いだ。しばらくメイドさんを見るだけで、悪夢が甦ってきそうで恐い。
 沢山の貂蝉に追い掛けられ、変なカニ頭の女の子がでてきて、貂蝉によく似た巫女さんっぽいヘンタイを召喚していった。
 バラエティ番組なんかでよく見かける罰ゲームでも、こんな酷い仕打ちは見た事がない。
 命……いや貞操の危機を感じ、逃げるだけで精一杯だった。

「よく生きてたな……。俺……」

 逃げ切ったようだが、よく逃げ切れたと自分を褒めてやりたい気持ちで一杯だった。
 火事場の馬鹿力という奴か、人間必死になれば意外と何とかなるものだと実感した。
 あそこで捕まっていれば、俺は男として……いや、人として終わっていたかもしれない。本当に逃げ切れてよかったと思う。

「しかし、ここ……何処だ?」

 何処をどう走って逃げてきたかも覚えていない。がむしゃらに走っていたら、いつの間にかこの部屋に居た。
 銀色の壁に銀色の床。未来的な雰囲気が漂う、SF小説とかによく出て来そうな機械が沢山建ち並んでいる部屋。
 元々ただの学生でしかなく機械的な事に疎い俺には、これがどう言った物なのか、さっぱり分からない。

「やっぱり、どう考えてもおかしいよな……」

 現実的な仮想空間といい、このSFチックな部屋といい。
 正木太老と言う人はやっぱり未来人か宇宙人ではなかろうか、と改めて考えさせられるような、そんな場所だった。

「…………なんだ、これ?」

 出口を探して彷徨っていると、部屋の中央にそびえ立つ巨大な機械が目に入った。
 いや、機械と植物が融合したような不思議なオブジェ。

 ――ふみゅ。お父様

 俺の耳に届く謎の声。葉から伸びた光の帯が、俺の身体の周りを無数に飛び交う。
 裸の女の子が、機械の中心に組み込まれた円筒形の容れ物の中で、金色の液体にプカプカと揺られながら眠っていた。

「女の子? でも、なんでこんなところに、女の子が?」

 絵本の中から飛び出してきた妖精のように、幻想的な美しさすら感じさせる、そんな幼い少女だった。

「と、とにかく助けないと! って、どうやるんだ!?」

 少女の居る位置まで、軽くビル五階分くらいの高さはある。
 あそこまで上っていったところで、少女をあそこから出す手段も無ければ担いで下りるのは更に困難だ。

「これがコントロールパネルか? でも……」

 機械に備え付けられたコンソールを見つけるが、機械に書かれている文字すら読めなかった。
 漢字に似ているように見えるが、明らかに俺の知らない文字だ。外国の文字でもこんなのは見た事もない。地球の文字かどうかも疑わしい。
 でも、どう言う訳か――

「……なんで、モニターの文字だけ日本語なんだ?」

 微妙に手抜きを感じる演出。何故だか、罠を感じさせる展開にポタリと冷や汗が溢れる。
 しかし罠と分かっていても、怪しげな液体につけられ閉じ込められている女の子が目の前にいて、それを見捨てて行くなんて真似が出来るはずも無かった。

「ええい! 当たって砕けろだ!」

 砕けてしまってはダメと思うが、そこは場のノリと言う奴だ。適当にそれっぽいボタンを色々と押してみるが、全く反応が無い。
 こう言う時、ドラマやアニメの展開だと、お約束とも言うべきご都合主義な展開が待っているものだが、残念ながら俺にはこんな特殊な状況をなんとかするような運も力も無い。至って普通の家庭に育った一般人なのだから当然だ。
 目の前の画面には『残念賞』や『もう少し頑張りましょう』の文字ばかりが浮かび上がってくる。
 小学校の通知表か何かか、と言いたくなるような人を小馬鹿にした文章に苛立ちすら覚えた。

「くそ! これもあの人の仕業なのか!? 天の御遣い! 正木太老!」

 いい加減、ストレスも限界に達していた。
 天の御遣いに会ったら、ガツンと文句を言ってやらないと気が済まないくらい鬱憤が溜まっていた。
 第一、俺は『両刀』なんて変な名前じゃない。北郷『一刀』だ。女の子にしか興味が無いのに、なんでそんな噂ばかり立てられなくてはいけないのか?
 これと言うのも全て、貂蝉と天の御遣いの所為だ。俺だって……俺だって女の子にチヤホヤされたいんだ! それを、それを……。
 そんな怒りに任せ、ガンッと力一杯コンソールに拳を叩き付けた――その時だ。

『アタリ! 大アタリ! 超アタリ!』

 の文字が画面一杯に現れ、嫌な汗がポタリと零れた。

「まさか……」

 そっとコンソールから手を除けて、手の下に隠れた部分を確認する。
 そこにはお約束とも言うべき、『ドクロマーク』の入った赤いボタンが隠れていた。

 ――なんで、こんなところにボタンが!?
 ――さっき確認した時、こんなボタンあったか!?

 などと考えるが時は既に遅し、押してしまったボタンが無かった事になるはずもなく、

「やっぱり、これもお約束なのか!?」

 頭に過ぎったのは、こう言う時のお約束。マッドサイエンティストと言えば、定番の自爆装置。
 昔、『マッドと女には気をつけろ』と言っていた、じっちゃんの言葉を思い出した。
 SFチックなはずだ。用途不明な怪しげな機械に、人間の入った円筒形の容れ物。そして危険なボタン。
 ずっと何処か分からずにいたこの部屋は、典型的なマッドサイエンティストの研究所そのものだった。
 逃げ回っている内に、一番危険な場所に足を踏み入れていたと言う事だ。もう、ついてないなんて次元の話じゃない。

『カウントダウンヲ開始シマス。三六〇〇秒後ニ、当研究所及ビ空間ハ破壊、消滅シマス』
「ハハハ……」

 俺の渇いた笑い声が虚しく響き、運命のカウントダウンは始まった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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