「おおっ!」

 驚きの声を上げる劉協。好奇心を前面に押し出し、年相応の子供のようにはしゃいでいた。
 それもそのはず、彼女の前には姿形そっくりのもう一人の劉協≠フ姿があった。
 パーソナルデータを解析することで、使用者そっくりの人形を生み出すアイテム――コピーロボット。左慈を吹き飛ばし、宝物庫の護りを固めていたロボットがこれだ。
 別名『七つ道具』の一つ。魔法少女大全と同じく太老の発明品の一つだった。

「あの……陛下? それをどうされるつもりなのですか?」
「うむ。我の影武者としてここに置いておく」
「影武者ですか?」

 納得しながらも怪訝な表情を浮かべる賈駆。劉協の身の安全を確保するという意味では、影武者は確かに必要な存在だ。城の中に居れば比較的安全ではあるが、絶対と言う事はない。
 劉協の存在、そして太老の存在。その何れか一つでも欠ければ、この国は再び戦火に見舞われることになる。そうすることで得をする者が居るのも事実。暗殺――その危険は常に付き纏っていた。
 しかし影武者を自分から立てると言いだした劉協の行動を賈駆は訝しむ。良い意味でも悪い意味でも太老の影響を色濃く受けている彼女だ。ただそれだけの理由で影武者を立てようと考えたとは思えない。そして賈駆の予想は悪い方で当たっていた。

「我は太老について行くので、後の事は任せたぞ」
「まさか、エン州までついて行かれるつもりですか!?」
「一度、太老の作った街と商会をこの目で見てみたかったしの。妻なのじゃから一緒にいるのが当然であろう?」

 正確にはまだ婚約者なのだが、劉協は既に太老の正妻のつもりでいた。
 賈駆は頭を抱える。皇帝が中央を離れ、外を彷徨(うろつ)くなど前代未聞だ。安全の面から考えても、本来であれば許可できるものではない。しかし止めたところで素直にそれを聞き届ける劉協とは思えない。賈駆は本音を言えば、太老にもこのまま中央に残っていて欲しかった。

(なんとなくこんなことになるんじゃないかと思ってたけど……)

 太老には商会の代表と言う顔もある。将来的には中央に腰を落ち着けてもらう必要があるが、太老を今ここで中央に縛るのは余り得策とは言えないことくらい賈駆にもわかっていた。
 徐々に回復に向かってはいるが、民の信頼は天の御遣いの名声があってこそ。国の財政は火の車。諸侯の協力が得られたとしても困窮した状況は変わりない。商会の後ろ盾や協力なくして、洛陽の復興すら難しい状況に立たされていた。

 当面は宦官や袁紹から巻き上げた財で凌ぐことは出来るだろうが、ずっとこのままと言う訳にはいかない。国の復興に掛かる資金は莫大だ。現状ではもって一年、いや半年も危うい。しかし足りないからといって税を重くすれば、民の反発は必至。更に朝廷は厳しい状況に立たせられる。
 劉協が幾ら優れた皇帝であったとしても、まだ子供。そこまでのことを期待するのは無理がある。そして今後のことを考えれば放置できる問題でもない。時間を掛ければ掛けるほどに民の朝廷への不信感は募り、今回のような事態を招く可能性が高いからだ。
 どちらにせよ、太老の協力をなくして国の復興などありえない。安全面で言えば引き籠もってもらうのが一番とは考えつつも、国や民の事を考えれば太老には今まで通り動いてもらった方が利は大きいと賈駆は考えていた。

 そこで最初の話に戻る。劉協が太老の作った街や商会を見てみたいというのも、単に太老の傍に居たいという口実からではなく、裏があることは賈駆も理解していた。
 劉協は子供だが、聡明な少女だ。自身の皇帝という立場や、役割も十分に理解している。太老の元に行きたいという劉協の考え、それも国や民のことを考えての行動だとすれば納得が行く。
 劉協に足りないのは知識と経験だ。皇帝として中央に残りここに()していても、彼女に出来ることは少ない。悠長に事を構えていられるほどの時間が無い今、少しずつ劉協に仕事を与え成長を待つような余裕もない。結局のところ傀儡であった頃と変わりなく、政務の殆どを賈駆や文官達に頼らざるを得ないというのが現実だった。
 ならば皇居に引き籠もるのではなく外に目を向ける事は、決して悪いことばかりとは言えない。百の言葉より一度の経験。安全の面など確かに問題点も多いが、太老の傍にいることは劉協の成長の助けになると賈駆は考えた。






異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第94話『最後の主人公』
作者 193






 北郷一刀は今、噂の人物と対面していた。

「はじめまして。正木太老です」
「……北郷一刀です」

 太老を見て、訝しげな表情を浮かべる一刀。想像していたのと違い、どこからどう見ても普通の人にしか見えなかった。
 これまで耳にした噂や実際に目にしてきたものから、同じ人間かも疑わしいと考えていたのだから当然だ。目の前の人物はどう見ても、同じ日本人にしか見えない。しかしこれまでに見てきた非常識な物の数々が、一刀の中で同じ日本人という可能性を否定していた。
 少なくとも一刀の知る範囲で、あんなことが出来る日本人はいない。いや、地球にそれほどの技術力があるなんて話は聞いた事がない。どう考えても『虎の穴』などは、SFの世界の技術だ。
 異星人? 未来人?
 何れにしても一刀は、目の前の人物が自分と同じ世界の住人とは考えていなかった。

「こんな偶然があるなんて驚いたよ。いや、でも会えてよかった」
「……俺のことを知ってるんですか?」
「知ってると言えば知ってるかな? 一方的にだけど」

 要領を得ない太老の言葉に腑に落ちないものを感じつつも、一刀は太老に会ったらまず尋ねてみたかったことを質問してみることにした。
 異星人や未来人など、この際どうでも良い。太老の正体が気にならないといえば嘘になるが、今はそれよりも知りたいことが一刀にはあった。一番知りたいこと――それは現状の把握と元の世界への帰り方だ。

「元の世界への帰り方ね。出来れば叶えてあげたいけど、俺も閉じ込められててね」
「……帰れないってことですか? そもそも、なんでこんなことに……」
「白服の少年が居ただろう? アイツが持ってた鏡が原因みたいなんだけど、俺もそっちの事情は詳しくないからな。それにまさか、あのタイミングであそこに落下するとは思ってもいなかったから……そもそも元凶を辿れば鷲羽(マッド)の所為なわけで……」

 黒いオーラを放ちながら、ブツブツと不満を漏らす太老。
 なんで空から降ってきたのかとか理由はわからないが、太老の様子から見ても碌でもない理由だと一刀は事情を察した。
 なんとなく太老に親近感が湧く一刀。巻き込まれ体質、トラブルメーカーという点では、一刀と太老は良く似ていた。この世界に飛ばされた原因を考えても、太老も自分と同じ被害者と言えなくはないと思い至ったからだった。
 太老が鏡を割ったのは事実だが、その鏡が割れたことで外史に飛ばされるなど予想できるはずもなく、原因はあの鏡を持っていた白服の少年にこそある。そして一刀も正義感から白服の少年の前に立ち塞がり、少年が美術館から盗んだ鏡を巡って争っていたのは事実。その点で言えば、一刀も事件に無関係とは言えない。元の世界に帰りたいからと言って、太老だけを責めるのは間違いだと一刀もわかっていた。

「ただ、この世界を出る方法には心当たりがある」
「本当ですか!? 正木さん」
「ああ、太老でいいよ。見たところ歳もそんなに変わらないみたいだし、敬語もいらない」
「えっと……じゃあ、俺も一刀で」

 歳がそんなに変わりないと言うことで一刀は驚いた。変人には違いないが、太老が並外れた凄い人物だと理解していたからだ。
 運だけでは限界がある。近代的な街を作るためには、幅広い知識と専門的な技術が欠かせない。料理一つにしても、この世界で現代と同じ物を再現するには、相応の知識と技術が必要不可欠だ。ましてや市井で噂されているような偉業の数々を、経験も何もないただの素人がどうこう出来るはずもなかった。
 実際に水鏡の下で勉強をし、学んできた今だからこそ一刀はそのことがよくわかる。
 頭良く経験豊富な人物でも、短期間でこれほどの成果を上げることは難しい。いや不可能と言っても良い。だがそれを太老は実現してみせた。
 その事から自分より遥かに年上と考えていただけに、一刀は驚きを隠せなかった。

「年齢詐称じゃ?」
「……それ、絶対に林檎さんに言わない方がいいぞ。間違い無く殺されるから」

 太老の世界では、年齢の話は禁句だ。一刀のためを思って、太老は念を押した。

「とにかく説明すると――」

 林檎から聞かされた話を出来るだけ分かり易く一刀に説明する太老。
 この世界の在り方や一刀の存在にも関わる問題なので話すかどうか迷った問題ではあったが、問題を解決するのに一刀が必要だった場合、太老は騙すようなカタチで一刀を利用しようとは考えていなかった。

「この世界が……俺達が作られた存在?」

 こう言う反応をするだろうということがわかっていたからこそ、余り話す気にはなれなかったのだが、一刀にだけは真実を伝えておくべきだと太老は考えた。
 物語が終わる事で、この世界がその先どうなるかは太老にもわからない。最悪世界が消えて再構成される可能性もあれば、このままのカタチで残る可能性もある。何れにせよ、覚悟は必要だ。一刀の協力は欲しいが、そのことで罪悪感に苛まれ後悔して欲しくはなかった。
 選択の機会を与えられないまま理不尽に振り回される大変さと辛さは、太老自身が身を持って体験して知っていたからだ。

「まあ、直ぐに信じろと言っても無理だし、だからと言って勘違いしないで欲しいけど、一刀達は確かにここに存在している。長い年月を掛けて高度に成長した人格プログラムには(アストラル)が宿るってのが、俺達の世界の通説でね。『箱庭』と呼称したこの世界も容れ物が違うだけで、個として確立されている以上、俺も君も血の通った同じ人間だよ」

 例え作られた世界であったとしても、そこには確かに意思のある人々が生きている。この世界を消さないために、物語を終わらせることを諦めるというのも選択の一つだろう。この世界に残るも、元の世界に帰るも自分の選択次第。自分の進む道だ。そのくらいは好きに選ばせてやろうというのが太老の考え方だった。
 ただ、問題を一刀に丸投げするつもりは太老もない。どうしてもそれが必要なことなら、迷わず太老は一刀を利用する覚悟があった。
 一刀が物語を終わらせることを選択したとして、世界が消えるなんて話になれば、間違い無く太老は一刀の敵に回る。逆に他の方法があれば、太老は一刀の答えなんて待たずに自分の思ったとおりに行動するだろう。
 結論から言えば、話しても話さなくても太老のすることは何も変わらなかった。

「物語を終わらせるってのは一つの方法だとは考えてるけど、ご都合主義(ハッピーエンド)に勝る結果はないってのが持論でね。劉協ちゃん達を消すようなリスクは考えてないよ」
「でも、さっきはそうしないと元の世界に帰れないって……」
「何も方法が一つだけとは限らない。こういうのは意外と抜け道とかあるもんだしね。ゲームで言えば裏技とか。プログラムだって言うなら、そこを上手く改変することも可能かもしれないし」
「そんな方法があるのか!?」
「さあ? こればっかりはやってみないことにはなんとも」

 頼りになるのかならないのかよくわからない太老。
 ただ現実離れした話ではあるが、一刀が太老の話をすんなりと受け入れることが出来たのは、これまでに見てきた非常識なモノや経験が大きかった。
 それがなければ、こんな話を信じることは出来なかったはずだ。バカな事とは思いつつもなんとなく太老ならやってのけてしまいそうな、そんな期待感があるのもその所為だろうと一刀は思った。

「悩んでも仕方ないし、今はここでの生活を普通に楽しめばいいと思うよ」
「楽しむって……。こっちにきてから楽しむ余裕がないくらい大変だったんだが……」
「ああ、わかる。食文化とか生活習慣とか随分と違うしな」

 話が噛み合っているようで噛み合っていない。
 やはり、この人は普通とは違う……と一刀は思った。





【Side:一刀】

 天の御遣い――太老と話し合いの結果、当面の間は協力関係を維持することを決めた。
 何れにせよ、俺一人の力では何も出来ない。今回のことでそれを痛感した。
 何進さんの件もあるし、どちらにせよ太老の協力は必要だ。情けない話だけど、今の俺の力では旅の目的も満足に果たせそうにない。
 それに得る物はあった。自分が置かれている現状を知ることが出来たのは大きい。何も情報がないのとあるのとでは心構えが全く違う。俺に何が出来るかはわからないが、太老の言うように最悪のシナリオだけは避けたい。ご都合主義と言われようがハッピーエンドの方が良いと言う考えには賛同だった。
 物語の終わりとか、世界が消えるとか、今一つピンとこない話ばかりだけど、一つだけはっきりとしていることがある。俺はみんなに消えて欲しくない。俺がこの世界で過ごした時間、築き上げてきた絆は偽物なんかじゃない。この想いだけは本物だ。

「彼に会ってきたのね」
「貂蝉……やっぱり知ってたんだな」

 俺がこの世界にきてから、ずっと旅の仲間として俺を助けてくれた貂蝉。
 今思えば貂蝉の行動は、どこか俺を導いているようで、観察しているようでもあった。
 事情を知った今ならわかる。貂蝉は最初から知っていて俺に近付いてきたのだと。

「ええ、知っていたわ」
「なら、どうして教えてくれなかったんだ! どうして!?」
「ご主人様自身が自分で答えに辿り着かない限り意味がないからよ」
「……俺自身が?」
「正木太老――彼の存在が外史全体に与えた影響は計り知れない。この外史がシステムから独立した時点で私は確信したわ。これが終わりであり、始まりなのだと。そして数多の世界の中で、この世界のご主人様が選ばれた。最後の外史の担い手として」
「最後の外史? 担い手?」

 貂蝉の言葉の意味は、殆ど理解できなかった。
 ただ、なんとなくだが伝わって来る。何故だかわからないが、俺は知っていた。
 貂蝉や彼女達≠ノ会ったことがあるような……懐かしい感覚。

「今はまだその時じゃない。でも、きっと時がくれば理解できるわ」
「貂蝉は、俺に何をさせたいんだ?」
「何も? 私≠ヘただ物語を見届けるだけの観客。そして彼≠ヘ演出家。彼女≠ヘ脚本家。長い長い時の中で世界は彼女と出会い、ようやく一つの答えを導き出した。それがこの外史の正体」

 何故か貂蝉の言葉がスッと頭の中に入ってきた。
 こんなことが前にもあったような、そんな気がする。でも、それがいつのことだったのか、俺にはわからない。

最後の主人公(とびら)はご主人様自身。この物語の結末を描けるかどうかは、ご主人様次第」
「……俺が物語の結末を描く?」
「そう、そして――」

 ――私は何があっても、ご主人様の味方よん
 その言葉を最後に、貂蝉は俺の前から姿を消した。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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