【Side:太老】

 商会の敷地の一角にある銭湯。その地下には、謎に包まれた技術局の拠点がある。
 そして、最も厳重なセキュリティが敷かれた一角に、俺の秘密工房があった。
 そこで俺は今、多麻と秘密の会談を行っていた。

「ほへ? 分身体を各地の商会にですか?」
「ああ、そうすれば通信と超空間扉(ゲート)の設置が可能だしな。多麻ならネットワークの構築や、足りないパーツも空中元素固定装置を使って、簡単な物なら変換や分解くらいは可能だろ? まあ、七つ道具から必要なパーツを取ってもいいんだけど」
「可能ですけど……でも、前には余り過度な干渉はしないとか言ってませんでした? てっきり銀河法とか気にしてるもんだと思ってたんですけど?」

 いや、やり過ぎるのはさすがによくないかな、と思って自重してたんだ。
 それにな。やりたくても設備や資材が足りなかったりと、この世界では入手不可能な物も多々あるんで、どちらにせよ無理だろうと諦めていた。
 だが、林檎がこちらの世界に来るときに持ってきた工房のアイテムや、ここに伝説の哲学士が作った侵略プログラムもとい多麻がいる以上、もはや不可能なことではない。
 彼女は白眉鷲羽のセキュリティを突破するために作られたプログラム。言い換えてみれば、大抵の事は可能な万能アシスタントだ。
 分身体を使った相互ネットワークや、超空間扉の座標固定と計算。更には空気中の物質を固定・分解する機能。圧倒的な情報処理能力と演算速度を持つ彼女の協力があれば、すべてとは言わないまでも出来ることの範囲がグッと広がるはずだ。

 ――夏侯惇大将軍だって空を飛ぶぜ!

 今のは聞き流してくれ。真桜は喜びそうだが、俺にそのつもりは無い。
 少なくとも、あちらの技術の再現が制限付きではあるが可能になったと言うことだ。
 そして俺の目的のためには、その力が必要不可欠。
 帰るための手段や、この世界の問題を解決するには、どうしてもやらなくてはいけないことがある。それが――

 プログラムの改変。

 この世界が作られた物で『星の箱庭』のシステム上で動いているというのなら、それが可能だと俺は考えた。
 こう見えて、プログラムを弄るのは得意だ。伊達に子供の頃からマッドの見よう見まねで、色々と玩具を作ってはいない。
 星の箱庭のホストコンピューターにアクセス、プログラムの問題部分を修正・改変することで、この世界を形作っている根幹(システム)を利用させてもらう。誰一人消えずに済む、ハッピーエンドな未来を作るためなら、出し惜しみなんてするつもりはなかった。
 ただまあ、この世界のシステムにアクセス出来る端末の確保や、改変のカギとなるプログラムの作成など、やることは他にも山ほどあるわけだが――今はそれよりも、目先の問題を片付ける方が先だ。

「法律なんかより我が身の方が大切だ!」

 風に言われて決まった連合加盟国を巡る外遊なんだが、それに自分もついて行くと言って聞かない『ちびっ子』が山ほどいて困っていた。
 華琳は華琳で許可を出したくせに、毎月一回は顔をだせとか無理だろう!?
 しれっとした顔で、『太老なら可能でしょう?』と言われて無理と言えない俺も俺なんだが無茶振りもいいところだ。
 ちなみに風は風で半年と言ったのは、俺と林檎の足なら余裕で回れると計算してのことだったらしい。あれでも、かなり余裕のある期間を言ったのだとか。
 まあ、確かに不可能ではないが、何気に人間扱いされてないことがよくわかった。

「イエイ! さすがはマスターです。『俺が法律だ』って奴ですよね!」
「いや、そこまでは言ってないんだけど……どこの独裁者だよ」
「任せてください! マスターのお手を煩わせなくても、そのくらい私ならお茶の子さいさいですよ!」

 そこはかとなく不安な一言だが、今は多麻に頼るしかない。
 ここに俺の工房があれば万事解決なんだが、そうもいかないしな……。

「では、早速各地に私の分身体を配置して、空間投影通信の設置やゲートの作成に入りますね。あ、でもマスターの偉大さを愚民の皆さんにも分かり易くしないと……いっそのこと空一面にマスターの姿を投影して『世界征服』の宣言を――」

 どこの魔王だ。頼む相手を間違えたかもしれない。本気でそう思った。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第103話『多麻と強化』
作者 193






【Side:華琳】

 太老が非常識なのは知っていたつもりだった。
 でも、その認識自体がまだまだ甘かったのだと、今回の件でよく思い知らされた。

「パッパパパパ! 世界の真理は〜」
『マスター!』
「チャッチャチャチャチャ! 偉大なる創造主は〜」
『マスター!』

 大広間の玉座に腰掛け、目の前の理解しがたい光景に苦悩しながら、眉間を指で押さえる。
 頭が痛い。私は今日、何度目かわからないため息を漏らした。
 変な歌を口ずさみながら大勢の多麻達が、凄い速さで仕事をテキパキとこなしていく。
 仕事は出来る。出来過ぎなくらい彼女達は優秀だった。それは文官達が悲鳴を上げるほどだ。
 だが、それだけに問題も多い。仕事の面では助かっている反面、精神的な苦悩は一段と増すばかりだった。

「セカンドマスター、頭が痛いんですか?」
「え……ああ、ちょっと頭痛がね」

 彼女達が来る前から頭痛はあった。
 だから、この頭痛に関しては彼女達だけが原因とは言えない。原因の一端は十分過ぎるほど担っているだろうけど……。
 思えば黄巾党の騒ぎの辺りから、少しずつ頭痛に悩まされる頻度が高くなった気がする。
 これから国をどうしていくか、太老との付き合い方など、悩み事が多いのは事実だ。そうした悩みや心因的な物からくる疲れが、頭痛の原因に繋がっているであろうことは自分でも理解していた。
 でも、原因がわかったからと言って、どうにか出来るような問題でもない。
 今更やめるつもりはないし、立ち止まることなど出来ないのだから――。

「ところで、セカンドマスターって言うのは何?」
「ご主人様二号って意味です!」
「えっと……二号?」
「一号もといグランドマスターは勿論、正木太老――マスターのことです!」
「そう……」

 取り敢えず、二番目であっても主≠ニ思ってくれているだけマシかと思った。
 非常識なところを除けば、人材としては申し分ない。多麻達の活躍で得られる物を考えれば、少しの苦悩や頭痛くらいは我慢するべきなのだろう。彼女達がいるのといないのとでは、仕事の能率も段違いだ。
 ここで多麻達の協力を拒めば、治政にも影響が出かねない。
 民のためを考えれば、私ひとりが我慢をすればいいことだと自分を納得させた。

「何……してるの?」
「セカンドマスターの健康診断です!」
「え?」
「頭痛くらいならナノマシン治療でパパッと治せますよ。あ、いっそ改造……ああ、間違えた。生体強化しちゃいます?」

 ナノマシンというのは、以前に太老が言っていた天の技術のことだろう。
 でも、改造とか、強化とか、私の耳がおかしくなければ怪しげな単語が聞こえてきた。
 冗談……よね? いや、この子達の場合、そう言った冗談を口にするとは思えない。
 太老と同じで有言実行。口にした事は必ず実行しそうな不安と期待があった。今回の場合で言えば、不安の方が大きい。

「安心してください。全然痛くないですからね〜」

 そう言って、液体の入った透明な筒をどこからともなく取り出し、その先端についた針を私に向ける多麻。
 いつの間に着替えたのか、真っ白な見た事もない衣装を身に纏っていた。
 ――本気だ。私は身の危険を感じ取る。

「ちょっと、やめなさい!」
「注射が恐いんですか? お子様ですねー。でも、大丈夫です! 多麻はこうしたプレイも学習済みですから、きっと痛くないですよ」
「ぷれい? それにきっと≠チて何!?」

 冗談じゃない。だが、既に逃げ道は多麻達によって塞がれていた。

(さっきよりも数が増えてる?)

 更に数を増していく多麻の群れ。大広間があっと言う間に、多麻の群れに埋め尽くされていく。

「華琳様! 貴様たち何をしている!?」
「フフフ、邪魔はさせませんよ! 多麻二号、三号、四号、とにかくみんなで足止めするです!」
「なっ、お前達何を……ぶはっ」

 春蘭が兵士を引き連れてやってきたが――大勢の多麻の前に為す術なく呑み込まれてしまった。
 役に立たない……でも、確かにアレはどうしようもない。
 多勢に無勢と言うべきか、この数の多麻をどうにか出来るのは、太老くらいのものだろう。

「お注射しましょうねー」

 抵抗しても無駄と悟ったその瞬間、プスッと言う音と共に何かが私のなかに溶けていった。

【Side out】





【Side:太老】

「えっと、華琳さん。いい加減、機嫌を直して欲しいんだけど……」
「機嫌は悪く無いわよ。頭痛も治してもらったし、体調も凄くいいもの」

 その割りに凄く不機嫌そうだった。
 春蘭が商会に殴りこんで来た時は何があったのかと思ったが、多麻が少し暴走しただけらしかった。
 いや、まあ……多麻の場合は少しの暴走とは言い難いのかもしれないが、誤解の無いように言っておくとアイツ等も悪気はないんだ。多分。
 事情を聞いてみると、ようは華琳の頭痛を治そうとしただけらしい。ただまあ、その手段というのが、ぶっ飛んでいた。

「どうなの?」
「身体に異常はないよ。うん、でも……」
「でも?」
「ナノマシンが定着しちゃってるな……」

 メディカルナースちゃんを使って、華琳の状態を診察していた。
 簡易の生体強化と言ったところか。ナノマシンの調整が済んでいないこともあって大幅な身体能力の向上などはないが、病気や怪我への免疫や体力は今までと比較にならないほど上昇しているはずだ。
 この様子だと寿命も伸びてそうだな。精神的に耐えられるかどうかは別問題だが、延命調整をしなくても百年や二百年は余裕で生きられそうだ。
 完全にこの状態で安定しているところをみると、このまま身体の成長も止まりそうだが……いや、そこは黙っておこう。俺の命に関わりそうだ。
 その辺りも含めて、ちゃんとした設備での調整が必要になってくるな。
 多麻の現在のマスターは俺だ。監督責任は俺にある。頭痛を治すためとはいえ、勝手に体を弄くった事実は変わらない以上、そこは華琳にちゃんと説明する責任と謝罪の義務があると考えた。
 華琳にもわかる範囲で、現在の状態を話して聞かせる。勿論、胸……身体が成長しないのは伏せて。

「――ってわけだ」
「長寿と病気にならない身体……」
「本当にすまん! 多麻にはよーく言い聞かせておいたから!」

 効果があるかしらんが、多麻にはきつく言い聞かせた。
 アイツ等モデルとなった人物と一緒で、加減ってモノを知らないから困る。
 俺を見習って、もう少し節度ある行動と自重を身に付けて欲しいものだ。そこは特に厳しく注意しておいた。
 やっぱりマスターが模範になるのが一番だしな。俺の行動を見習えば、ちょっとは自重が身につくはずだ。

「それって、太老と同じということよね?」
「厳密には少し違うけど、まあ大体そんな感じかな?」
「なら、構わないわ。そう言うからには、あなたも長命なのでしょう?」
「まあ、普通の人間とは比較にならないくらいには……」

 林檎の話によると、俺の寿命は軽く千年は超えるそうだ。実際のところはよくわからないというのが林檎の回答だった。
 メディカルナースちゃんでも解析出来ないような未知のナノマシンが、俺の体内から検出されたからだ。
 俺の身体から採取したデータで一番近いのは、魎皇鬼や魎呼のベースともなっている万素(マス)の生体組織だったが……個人的な感想を言わせてもらえば冗談だと思いたい。
 延命調整なしでこれだ。恐らくは鷲羽(マッド)の仕業だろう。薄々は気付いていたが、勝手に人の身体を弄くりやがって……。
 まあ、そんなわけで俺はちょっとやそっとで死なない、もとい死ねない身体をしている。
 この点に関しては、皇家に伝わる特別な生体強化を受け、皇家の樹と契約している林檎も似たようなものだ。
 ただこれに関しては、俺達からすると大騒ぎするほどの問題でもなかった。

 前にも話をしたが俺達の世界では、この生体強化と呼ばれる技術と延命調整を繰り返すことで、肉体的な寿命や病気や怪我による死亡などの問題をすべて克服することが出来る。華琳が注入された多麻のナノマシンとは、そういう類のモノだ。
 メディカルナースちゃんのように、時間が経てば排泄物と一緒に体外に輩出される治療用ナノマシンもあれば、細胞に定着して遺伝子レベルでの書き換えを行い、身体の構造を造り替えるものも存在する。――これが生体強化。

 本来は大掛かりな設備で調整が必要となるのだが、ここではそこまでのことは難しいので簡易的な検査くらいしか出来ない。
 まあ、華琳のように身体に定着していれば、特に人体に悪影響を及ぼすといったものでもなかった。
 身体を造り替えると聞くと抵抗はあるかもしれないが、生体強化にも色々とある。一般的なものは、予防接種と同じようなものだと考えてくれて問題ない。あちらの世界では当たり前のように行われている医療技術の一つだからだ。
 そもそも宇宙の生活に適応した身体を作るためには、寿命もそうだが環境への耐性を整えることが重要となる。それに言語体系の違う異星人同士が会話をする上でも、このナノマシンによる翻訳機能は必要不可欠だ。
 最低限の生活を営む上で、絶対に欠かすことの出来ない技術。
 ただまあ、初期文明段階の宇宙に進出していない人類には誤解を受けやすい技術であることは理解していた。
 だから、華琳にはちゃんと謝っておくべきだと考えたわけだ。
 なのに、華琳の反応は俺が拍子抜けするくらい、あっさりとしたものだった。

「そう言ってくれるのは有り難いけど、そんなに軽いノリでいいのか?」
「早いか遅いかの違いでしかないもの。あなたと同じ時間を生きるためには必要なことなのでしょう? だったら、迷う理由なんてないわ」
「えっと、それって……」
「……鈍いわね」

 鈍くて悪かったな。えっと、取り敢えずは問題ないってことか?
 普通はこうしたものって、免疫のない人は忌避したりするものなんだが、さすがは曹孟徳と言ったところか。理解が早くて助かる。
 それに華琳が、『同じ時間を生きる』と言ってくれたことは、本音を言うと嬉しかった。
 やはり、仲の良い友達や知り合いが、自分よりも先に死んでしまうのは悲しいことだ。
 それは強化されているどうこうよりも、心の問題なのでなんともしがたい。生まれた頃から俺の周りは長命な人物が多かったこともあり、どうしても寿命とかに対する認識や感覚がそっちよりに出来上がっているが、時々そうしたことは考えさせられることがあった。
 いつかは慣れていく問題と理解しつつも、やはり自分のことを知る人達には同じように生きていて欲しい。
 そう願うのは人として当然のことだと思う。友達や家族との別れは、やはり悲しいものだからだ。
 それが、大切に思っている人達であれば尚更だ。

「それじゃあ、改めてよろしくな」
「こちらこそ。でも、このことは伏せておいた方がいいわね……」
「え?」

 華琳の言葉の意味を俺が理解するのは、もう少し後のことだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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