【Side:太老】

 ドドドドド……。
 土煙を巻き上げ、音を立てながら走る黄金の車――ごーるど御遣いカー。時速百キロ超すかなりの速さで、エン州から北に向けて進んでいた。
 第一の目的地は幽州だ。この旅で公孫賛に会うという目的もあるが、北の交易拠点となる商会施設の視察や、最近動きが活発化しているという北方の騎馬民族の問題もある。
 実際、これまでにも何度か小規模な交戦を繰り返しているという話だった。

「拠点の強化ですか?」
「ああ、あっちの事情は知らないが、略奪行為を許すわけにはいかないしな」
「でも、具体的にどうするつもりですかー?」

 今回の旅は政治的な意味合いが強いため、風が補佐役としてついてきた。相談相手としては、これ以上ない相方ではある。
 商会の運営や経理を担わせれば、稟は林檎に次ぐ実力を持っている。その手腕は、風以上と言っていいだろう。ただ、政治や外交面、戦略的な駆け引きを要する仕事は、風の方が一枚上手だった。
 反董卓連合の件でも、俺や林檎の考えに行き着いたのは風だけだ。物資の調達があんなにもスムーズに進んだのは、俺達の行動を予測して風があらかじめ手配しておいてくれたからに他ならない。その点からも、俺や林檎が風に寄せる期待は大きい。
 林檎からは、このまま成長すれば鬼姫に匹敵する有力な政治家になるという評価を、風はもらっていた。

「圧倒的な力の差を見せつけて、攻めて来る気なんておきないようにする」
「……確かに効果的な方法ですが、それって策でもなんでもないですよ?」
「でも出来るなら、やらない手はないだろう?」
「お兄さんがやるんですか?」
「いや、旅の続きもあるしな。多麻を一人配置して、罠を仕掛けていくつもりだ」

 なんでも策を講じればいいと言う訳では無い。こういうのはシンプルな手が一番効果が高い。そして俺達はそれを可能とする技術と力を持っている。
 地形を変えるほどの力を持つ魔法少女マジカル林檎もそうだし、多麻は分身体でさえ、単純な戦闘力なら一騎当千の武将にも劣らない。
 俺も罠や道具を用いていいなら、どんな数の敵にも負ける気はしなかった。

「わかりました。では現地での交渉と細かい調整は、風にお任せください」
「悪いな」
「お気になさらずー。お兄さんには、彼女達のお守りをしてもらわないといけませんしねー」

 彼女達――その言葉に嫌な気配を感じ取り、俺は風の視線を追った。
 そこには、この旅の同行者の姿があった。
 馬騰の名代にして西涼の案内人、蒲公英。呉の姫とその従者、小蓮・大喬・小喬の三人。家出皇帝の揚羽に、そして一番のトラブルメイカー多麻×一杯という構図。
 ちなみにこの車の動力は、何を隠そう多麻だったりする。二段式になっているこの下では、複数の多麻がペダルをこいでモーターを回しているわけだ。
 ハイテクなのかハイテクじゃないのかよくわからない自動車といいながら半自動なところが、実に真桜らしい発明だった。
 ここに風を加えても、旅の同行者が全員ちびっ子という子連れの旅。

(林檎さん、これがわかってて逃げたんだろうな……)

 準備と調整があるからと、二番目の目的地『洛陽』に先に向かった林檎のことを考え、俺は深いため息を漏らした。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第105話『経済特区』
作者 193






「随分と早かったな。予定では十日はかかるという話だったが……」
「車で来たからな」
「車? 報告にあった金色に光る不思議な乗り物のことか」

 幽州に向かうには、真っ直ぐ北に冀州を抜けてくる陸ルートと、青州からの海上ルートの二つがある。
 今回、俺達が取ったのは陸ルートだ。交通手段は船か馬が主流の世界に信号機なんてものがあるはずもない。料金所のない高速道路をかっ飛ばすようなものだ。
 そのこともあって陳留を出発して二日。休憩を挟みながらとはいえ、あっという間に幽州についた。

「そんなに速い乗り物なら、一度乗ってみたいな」
「まあ、乗るくらいなら……。後で多麻に言っておいてやるよ」
「おおっ、そうか。助かる」

 半自動だしな。あの速度がだせるのは、動力が多麻だからだ。
 モーターを積んでいるとはいえ一般人がペダルをこげば、あの半分も速度は出ないだろう。ぶっちゃけ、それなら馬車の方がいい。なんとも中途半端な乗り物だった。
 だが、それでも公孫賛もとい白蓮(ぱいれん)は嬉しそうだ。『白馬将軍』と自称するくらいだし、ここまで二日で到着した乗り物に興味を持つのはわからないでもなかった。

「ところで、ここには何日滞在する予定なんだ?」
「予定より随分と早くついたしな。やることもあるし、一週間は滞在するつもりだけど」
「そうか。お前には特区の件でも世話になったしな。他にも何か希望があれば遠慮せずに言ってくれ」

 と言いながらも、少し疲れた表情を見せる白蓮。理由はなんとなく察しがつく。本人も口にした特区の件だ。
 幽州は北の貿易拠点として経済特区に認められ、その自治権は彼女に委ねられた。
 当然、規模が大きくなれば仕事の量も増える。特にこの幽州が抱える役割は非常に大きい。
 それに伴う責任と義務が、白蓮の大きな重荷となっているのは確実だった。

「かなり疲れてそうだな。そんなに仕事が忙しいのか?」
「話を聞いている限り、太老ほどじゃないさ。だけど……」
「だけど?」
「私のところは曹操やお前のところと違って人材が不足してるからな。今は商会からの派遣でなんとか補えてるが、仕事の量は減るどころか増える一方だし……」

 言われてみれば、確かに白蓮のところは有能な人材が少ない。
 こういっては悪いが、白蓮本人からして他の勢力のトップに比べると平凡だ。影が薄い。

「募集は?」
「それはもうした。心当たりのあるところには全部当たってみた。だけど集まらない。使える人材は大体もうどこかに所属してるか、お前や曹操のところにいってるだろ?」
「ぐっ……それを言われると」

 具体的には商会が窓口となって、有能な人物が華琳のところに流れ込んでる状態だ。
 商会自体も学校制度の導入で働いている従業員の質が総じて高い。だが、そうした人材は基本的に商会から離れないし、他に行くにしても商会と馴染みの深い華琳のところに仕官するか、待遇の良い大きな勢力に仕官する者がほとんどだ。
 こうなってくると、スタートで大分遅れを取っている白蓮が人材の確保に難儀するのは、当然の流れと言えた。

「わかった。俺の方でも考えてみるよ」
「悪いな」


   ◆


「ううむ、人材確保ですか……。でも、お兄さん。どこも余裕がありませんよ? 兵の補充くらいなら協力を仰げばなんとかなりますけど、計算や読み書きの出来る文官の補充となると、どの勢力も内政に力を入れている現状では難しいと思いますー」
「それなんだよな。いっそ、華琳のところみたいに多麻を配置するか?」
「余りお勧めしませんけどねー。結局のところ一時凌ぎにしかなりませんし、根本的な人材不足を補わない限り、どうにもなりませんよ」
「陳留の『学都』計画が上手くいけば、人材の育成の件はどうにかなるだろうけど……」
「結果が出るまでに、それなりの時間が掛かりますからねー」

 許昌に魏の首都機能を移し、陳留は『学都』として連合参加国に開放される案が既に進行している。現在は商会だけで行っている学校制度を、陳留の街全体を使って技術の開発や研究、更には各国から募った人材の育成に利用しようという考えだ。
 皇帝や有力な諸侯を味方に付け、国が腐敗する一番の問題となっていた張譲派の宦官や官吏を粛正・追放した今、諸侯による勢力争いの心配はなくなった。しかし、問題はそれだけではない。
 黄巾の乱のような過ちを繰り返さないようにするには、民の不安を解消するのが先決だ。
 最低限、飢えに苦しまずに済むように、大陸全土の生活水準を底上げしていく必要がある。商会や華琳のところだけで技術を独占していても意味はない。そのために必要不可欠なのが、ちゃんとした知識と技術を学べる場だ。
 だが、人材の育成には時間と金が掛かる。学都が出来たとしても、すぐに使える人材が育つわけではない。早くても一年から二年は様子を見る必要があった。

「急速な成長と規模拡大による人材不足は、幽州(ここ)だけの問題じゃありませんしね。現状では、商会から派遣する人数を増やして調整するしかないかとー」
「やっぱり、それが最善策か」
「マスター」
「ん? どうした、多麻?」
「私に良い考えがあります!」

 俺達の話を黙って横で聞いていた多麻が、何かを思いついたかのように唐突に口を開いた。
 多麻の良い考え……今までの経験から考えて、嫌な予感しかしない。

「ふむふむ。なるほどー」

 部屋の角で多麻とひそひそ話を行い、何やら感心した様子で多麻の話に頷く風。
 風を納得させるなんて、まともな話なんだろうか?
 多麻の性格からして、それは万に一つも有り得ないと思うのだが……。

「風、多麻の案ってなんだったんだ?」
「人材を最初から育成するのではなく、今働いている人達を強化する案です」
「強化? 仕事量を増やすってことか?」
「それもありますが、能力を底上げしてもらおうという案です。そうすれば必然的に処理出来る仕事の数も増えますしねー」

 驚いた。意外とまともな案だった。
 だが兵の質を上げるだけなら日々の鍛錬と調練でなんとかなるが、文官としての能力はどちらかといえば経験と知識が物を言う。ただ体を鍛えるよりも、こちらの方が難しい。単純に能力の底上げと言ってもどうするつもりなのか、そこが問題だった。

「まあ、何もしないよりは、手を打った方がいいと思いますー」

 少し不安だが、確かに風の言うとおりだ。
 他に良い案もなく物は試しということで、多麻と風に一任することにした。


   ◆


 城館での打ち合わせを終え、揚羽と一緒に街に視察を兼ねて買い物にでることになった。
 蒲公英やシャオ達は待ちきれなくて、先に街に出かけたそうだ。活気のある市井の様子は、陳留の街並みと比べても遜色するものではない。北の貿易拠点というだけあって、北方から流れてきたと思われる珍しい工芸品なども見受けられた。
 鮮卑(せんぴ)烏桓(うがん)などの騎馬民族が越境してきて小競り合いが頻発しているとはいえ、すべての人々がこちらに敵愾心を持っていると言う訳では無い。
 問題はどのように北の民族と付き合っていくかだが、文化の違いからくる思想の違いはなかなかに厄介で、それが小競り合いの主な原因となっていた。

「北の対策か。具体的にはどうするつもりなのじゃ?」
「敵対するのが無駄とわからせる。略奪行為を許せば、こっちにも損害がでるし」
「ふむ。父皇の時代から、鮮卑の侵攻は激しくなってきておったからな。なんとか出来るのなら、それにこしたことはないが……可能なのか?」
「撃退するだけなら難しくない。でも、小競り合いが続くと発展の妨げにもなるから、落としどころはつけるつもりだ」
「文化の違いからくる争いはなかなかに厄介じゃぞ。交渉となれば尚更じゃろう」
「でもな。これ以上、支配領土を拡大しても人手が足りないだろ?」

 略奪行為なんてする輩に遠慮はいらないが、だからと言って滅ぼしあうまで争い続けるのも不毛だ。相手も同じ人間である以上、話が通じないわけではない。
 そのためには多少強引な手を使っても、相手を交渉のテーブルに着かせる必要があった。
 大体、足下がおぼつかない状態で、これ以上領土を拡大しても意味は無い。

「上手く協力関係を結べれば、交易ルートを新しく開拓する手間が省けるしな」
「騎馬民族を北の窓口に使うか……」

 こちらへの侵攻が無駄とわからせ、略奪するよりも取引をした方が得と相手に理解させるだけでいい。
 それさえわからない相手なら、それこそ全面戦争しかなくなるが、それだって国境の防備を固めるだけでも十分意味はあった。
 まずは治安の向上と、北の略奪行為をやめさせるのが先決だ。

「前々から思っておったのじゃが、太老と林檎はこうしたことに慣れておるの」
「あっちの世界じゃ、海賊相手に似たようなことやってたしな」
「太老の故郷か。いつか、行ってみたいの」
「まあ、機会があればな」

 とはいえ、まずは帰るための手段を見つけなくてはならない。この旅で何か切っ掛けを掴めればいいんだが……。
 やるべきことは山積している。解決の糸口を掴めるか否か、そこが一番の問題だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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