【Side:太老】

「えっと、この箱はこっちでいいのよね?」
「太老様、お茶が入りました。一休みされませんか?」
「ああ、ありがとう。助かるよ、小喬、大喬」

 理由はよくわからないが、急に小喬と大喬との仲がグッと縮まった気がする。
 思い当たる原因といえば、昨日の朝のアレしかないと思うのだが、それにしたって急に変わりすぎだ。大喬はともかく小喬の変わりように、俺も少し困惑していた。
 あれほど俺を毛嫌いしていた小喬が、昨日から仕事の補佐をしてくれたり、色々と世話を焼いてくれるようになったからだ。
 ここだけの話だが、槍でも降るんじゃないかと心配していた。

「太老、どういうこと!?」
「いや、俺に訊かれても……」
「まさか、大喬だけじゃなく小喬まで……」

 二人に一番近いシャオが、その変わりように困惑するのは無理のない話だ。
 ただ、関係が悪化したならともかく、仲が良くなったなら悪いことじゃない。
 俺としては二人とは仲良くしたいと思っていたし、良い傾向だと前向きに考えていた。

「……二人とも、どういうつもりなの?」
「うっ……小蓮様。えっと、これは、その……」
「小喬ちゃんが言い出したんですよ。太老様の手伝いをしたいって」
「お姉ちゃん!?」

 おおっ、大喬の口から思わぬ一言が聞けた。
 てっきり大喬が小喬に、俺と仲良くするように言ってくれたのだと思っていたのだが、小喬から言い出したことだったなんて意外だった。
 俺は、どこで点数を稼いだのだろうか?
 全然検討がつかないが、小喬には嫌われていたと思っていただけに嬉しい誤算だった。

「小喬、まさか太老のことを……」
「ち、違います! べ、別に太老のためってわけじゃ……」
「いつの間に呼び捨てにする仲に!?」

 そういえば、前は『あいつ』とか『こいつ』とか呼ばれていたんだよな。
 名前で呼んでくれるようになっただけでも、大きな前進だな。うん。

「シャオに協力してくれるんじゃなかったの!?」
「協力はしますよ? ですから、三人一緒に」

 そうだぞ、シャオ。大喬の言うように、三人仲良くした方がいい。
 何を張り合っているのかは知らないが、皆で手伝ってくれる方が俺も助かるしな。

「モテモテじゃの。それも男の甲斐性なのじゃろうが、程々にな」
「前から思ってたんだけど、そういう言葉ってどこで覚えてくるんだ?」
「多麻や風は色々と物知りじゃからな。色々と勉強させてもらっておる」

 ふんと鼻息を荒くして胸を張る揚羽。やっぱり、あの二人が元凶か。
 影響の受けやすい子供に、変な知識を吹き込まないで欲しいものだ。

「じゃが、本妻は我じゃからな」

 一度、あの二人とは腹を割って話をするべきかと思った。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第108話『脇役の役割』
作者 193






「凄いな……これが天の道具か?」

 密林や海、更には雪山と、次々に風景が切り替わる。
 出来上がったばかりの幻を投影する装置の機能を説明しながら、白蓮にお披露目していた。
 用意したのは全部で百個余り、これを国境の砦や、橋や街道などのポイントに設置するわけだ。

「これなら、連中を混乱させるのに役立つと思ってね」
「確かにそうだろうが、ただの幻だろう? 決定打にはならないんじゃないか?」
「使い方次第さ。足下が崖や落とし穴でも、これだと気付かれる可能性は低いだろ?」
「なるほど、そう使うのか」

 他にも砂漠などにすると、相手の方向感覚を奪うことが出来る。
 倒すための武器ではなく、あくまで近付けさせないための結界だ。
 罠との組み合わせ次第では、かなり厄介な道具になることは間違い無い。

「何も全滅させる必要はない。攻めにくいって相手に思わせるだけでいいんだ」
「そうして、交渉に持ち込むわけか」
「そういうこと。そこは白蓮次第だな」

 元々こっちには、北の民族と本気で事を構えるつもりなんて全く無い。
 取り敢えず、略奪行為さえやめてもらえれば、それで目的は果たせる。
 交易に関しては、徐々に交渉していくしかないと考えていた。

「勝てないはずだな……。麗羽が少し気の毒に思えてきた」

 麗羽とは、嘗て冀州の太守を務めていた袁紹のことだ。
 反董卓連合結成の責任を取らされ官位を剥奪、戦費負担を強いられ袁家は没落した。

「でも、今はそれなりに楽しくやっているみたいだけどな」
「そうなのか?」
「意外と商才があったみたいで、芝居小屋で結構儲けてるらしい」
「麗羽に商才……?」
「まあ、頑張ってるのは斗詩さんだろうけど……」

 斗詩というのは、文醜(猪々子)と並ぶ麗羽の側近の一人で元袁紹軍の参謀。顔良の名で知られる苦労人だ。
 一応あの三人には、俺の名前で商会から小屋を貸している状態なので、その縁もあって真名を預けてもらっていた。
 野に放り出す方が他所様に迷惑をかけそうだしな。でも、引き取り手がなく、仕方無くうちの商会で面倒を見ることになったと言う訳だ。
 今でも目を瞑ると鮮明に思い出される。「すみません、すみません」と泣いて頭を下げる斗詩の姿が……。
 まあ、今は洛陽で開いた芝居小屋が大当たりしたらしく、子供達に夢を与えながら、三人一緒に楽しく暮らしているという話だ。周りに迷惑を掛けることを考えたら、これでよかったんじゃないかと思っていた。

「しかし、わからないものだな」
「ん、何がだ?」
「噂の天の御遣いが、こんなに話しやすい男だとは思わなかった」
「ああ、華琳……曹操にも、よく威厳がないとか言われるよ」

 元々、あっちでは田舎育ちの庶民なんだ。華琳のように威厳とか求められても困る。
 天の御遣いって肩書きも、実際のところは少し重荷に感じていた。
 ただまあ、それですべて丸く収まるのなら、と言った感じだ。俺としては、平穏に過ごしたいだけだしな。
 全部落ち着いたら一刀にでも丸投げして、ゆっくり隠居生活をしたいと考えていた。

「だが、感謝している。私一人では、この地を守りきれなかっただろうから……」
「随分と弱気な発言だな」
「自分に才能がないことくらい自覚してるさ……」

 確かに、白蓮は能力的には平凡だ。
 領民からはそこそこ慕われているみたいだが、言ってみればそれだけだ。
 可もなく不可もなし。この絶妙に安定したバランスこそが、白蓮の持ち味とも言えた。

「でも、俺は好きだぞ」
「え……」

 ここにきてよくわかったことがある。俺が目指す理想に必要なものを、白蓮は持っていると――。
 この街の雰囲気が俺は好きだ。平凡ってのは、何も悪いことばかりじゃない。大きな力や特出した才能ってのは、往々にして騒動の引き金となることが多い。
 その点、この街は平凡で平穏だ。皆でこの街を良くしていこうという一種の連帯感が感じられる。華琳は確かに凄いが、基本的に陳留という街は騒動の中心点にある。活気に溢れてはいるが、平穏とは程遠い街だ。
 個人的な感想を言わせてもらえば、白蓮の統治する街の雰囲気の方が俺は好きだった。

「いいんじゃないか? 才能がなくたって、平凡でも」
「平凡でもいい? 本当にそうなのか?」
「ああ、桃香だってこう言っちゃ悪いけど、そんなに頭良くないだろ?」

 ああ、バカって意味じゃないぞ。まあ、若干アホの子じゃないかと思っているが……。
 勉強が致命的なまでに出来ないしな。多少マシになったみたいだが、華琳がさじを投げるくらいだ。
 盧植って偉い先生のところで学んでたって話だが、それにしたってシャオ並ってのは、どうかと思った。
 そういや、璃々に計算の答えを教えて貰ってるところも見たことがあったな。
 ……益州を本当に任せて大丈夫なんだろうか? 激しく不安だ。

「だが、桃香には人を惹きつける魅力がある」
「それが原因で、いつも騒動の中心にいるけどな」

 桃香と白蓮の違いはそこだ。
 同じように、皆の力を借りて国を豊かにしていこうという考え方だが、白蓮と桃香のそれは決定的に違うところがある。白蓮が自分のことを凡人と評価するように、彼女は桃香と違って理想を追い求めるタイプじゃない。どちらかというと現代人に近い、現実的な考え方をしていた。
 華琳と桃香の性格を割って影を薄くすると、丁度良くなる感じだ。

「平凡ってのは悪いことじゃない。今の幽州をみれば、誰も白蓮のことをバカに出来ないさ」

 才能一つですべて片付くなら、誰も苦労はしない。
 白蓮には白蓮の、華琳には華琳の、それぞれにあったやり方があるってだけの話だ。
 結果がすべてとは言わないが、少なくとも俺はこの街をみて、白蓮は結果をだしていると思った。

「だから、自信を持て」

 本音を言えば、俺は白蓮が羨ましい。平穏こそ、俺が望む未来だ。

(俺も悪い意味で目立ってるからな……何故か)

 平凡だったら、俺もマッドや鬼姫に目を付けられなかったかと思うと、凄く羨ましかった。

【Side out】





【Side:白蓮】

 ――不思議な男だった。
 天の御遣いの噂は、私もこれでもかと言うくらい耳にしていた。天の知識と技術を用い、数々の奇跡を起こしてきた偉人。民を食糧難から救い、僅か二年で陳留を大陸最大の都市へと変えた人物。知力だけでなく、武でも天下無双の力を誇り、あの呂奉先すらも降す実力を持った英雄と言う話だ。
 更には彼が作り上げた商会の自警団は、十倍の兵力差をものともしない精鋭ばかりだという。それほどの力を持ちながら実際に会ってみれば、噂からは想像もつかない親しみやすい性格をした平凡な男だった。
 勿論、『しみゅれーしょん装置』とかいう物を、僅か数日で用意するような男だ。策もなく手をこまぬいていた異民族対策も話を聞いただけで、さっと解決策を持ってきたような男が平凡であるはずがない。
 噂通りの力を目の当たりにして、やはり天の御遣いの名に偽りはないのだと実感させられたくらいだ。
 だが、そんな男が私に言った。

「平凡でもいい、か」

 心のどこかで、私は桃香達の才能に嫉妬していた。
 昔から散々、影が薄いと言われ続け、武に優れているわけでも知に優れているわけでもなく、能力は平均に毛が生えたくらい。桃香のような人徳があるわけでもなく、特に自慢出来るような特技や才能があるわけでもない。

 平凡――その言葉は、私にとって劣等感の塊だった。

 でも、太老はそんな私のことを認めてくれた。平凡でもいいと言ってくれた。
 平凡なのは悪いことじゃない。それ自体が才能であることを、彼が教えてくれたのだ。
 必死に皆で良くしていこうと頑張ってきた、この街のことを褒められた。
 その言葉が嬉しく、私に勇気を与えてくれた。

「天の御遣い……正木太老か」

 私に大切なことを気付かせてくれた男の名前を口にする。
 これが、恋だと気付くのに時間は掛からなかった。私は、彼に惹かれている。

 ――でも、俺は好きだぞ。

 好きと言われた時、激しく胸が高鳴り、心が動揺した。
 太老に興味を持っていたのは確かだ。少なからず食料支援と交易の件、今回の特区設立のことで恩を感じていた。だが、恋心を抱くほどではなかった。
 しかし彼の一言で、私は簡単に恋に落ちてしまった。

「誰かに認めて欲しかったんだな。私は……」

 今ならわかる。たった一言でいい、私は誰かに認めて欲しかったのだと。
 報われない人生だった。どれだけ頑張っても届く事はない。目立つ事はない。地味な人生を送ってきた。
 地味にコツコツと、なんて言えば聞こえはいいかもしれないが、それが私に出来る精一杯のことだった。
 だから、ただやれることを黙々とこなしてきただけだ。今思えば、華がない人生だった。

「好きだぞ、か……」

 でも、その地道な努力を認めてくれる男がいた。
 思わず、頬が緩む。恋は人を変えるというが、自分がその一人になるとは思ってもいなかった。
 ただ、相手は天の御遣いだ。皇帝陛下と婚約し、あの曹操との恋仲も噂される人物。高望みするつもりはないが、後宮の末席に加えてもらうだけでも大変なことだ。
 桃香も太老に惚れていることは間違い無い。太老の旅に同行している彼女達も同様だろう。

「桃香も悩んでいたんだな……」

 先日、諸侯の間で議題にあがった益州の件。桃香のことだから、虐げられている民のために立ち上がったとばかりに思っていたが、年相応の少女らしい部分もあったのだと今になってわかると、少し嬉しかった。桃香も私と変わらない、同じ人間なのだと。
 本当に太老と恋仲になりたいのであれば、太老と釣り合いが取れるだけの功績、もしくは立場が必要だ。
 私も対外的には各国の代表と変わりは無いが、規模や実績はまだまだ劣る。

「よし! それなら、この幽州を大きくするだけだ!」

 幽州(ここ)を北の窓口になれるように発展させる。そのためにも北との交易を実現する必要があった。
 太老への感情を抜きにしても、期待に応えたいと考える自分がいた。ここまでお膳立てをしてもらっておきながら、何も出来ないのでは平凡以前の問題だ。

「地味でいい。華が無くてもいい。それでも――」

 認めてくれる人が一人でもいるのなら、その期待に応えたい。
 平凡でいいと言ってくれたのは嬉しかった。でも、私にも意地がある。
 太老が認めてくれたように、私は皆に認めてもらえるそんな街を作りたい。

「認めさせてみせる。絶対に!」

 一歩ずつ着実に。毎日の積み重ねが、街を大きくしていく。
 影が薄いなんて、もう言わせない。――私は決意を新たにした。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.