【Side:太老】

 それは、とある朝のこと。
 いつものように自分の執務室で、その日の予定を確認していると、月が珍しく思い詰めた様子で相談があると話を持ちかけてきた。
 相談の内容は、数日前から屋敷に居候している南蛮からの旅人――美以のことだ。

「美以の元気が無い?」
「はい。ご飯も今朝は五人前しか食べなかったみたいで……」
「いや、それだけ食べれば十分なんじゃ……」

 五人前も食べれば十分だと思うのは、きっと俺だけじゃないはずだ。
 鈴々や季衣ほどではないが、美以達もよく食べる。美以、ミケ、トラ、シャムの四人を保護してから、食費がありえないほど増えていた。
 食べ盛りということで大目に見てはいるが、恋も含めると小隊の維持費くらいのコストは掛かってるからな。林檎が帳簿を睨み付けるのも無理はない。
 しかし元気がないか。食費の件はともかく、それは心配だな。

「ホームシックか?」
「ほーむしっくですか?」
「ああ、故郷が恋しいのかなって……」

 南蛮とここでは文化も生活様式も何もかもが違う。遥か遠く南の地から、たった四人でこんな北の地までやってきたのだ。どのくらい旅をしてきたのかわからないが、ホームシックにかかっても不思議な話ではない。
 なんだかんだ言っても、まだまだ子供だしな。でも、南蛮は遠い。ホームシックが原因だとすると、ちょっと厄介だ。

「それとは違うようなのですが……」
「違う?」
「はい。パヤパヤと叫んで泣くばかりで」
「パヤパヤ……」

 それって、美以の言ってた子分と一緒に連れてきたって奴のことか?
 そういえば保護したなかには、そんな名前の子供はいなかったな。
 子分とパヤパヤと分けて名前を呼ぶからには、美以にとって特別大切な友達なのかもしれない。

「捜索隊は?」
「恋さんにお願いして準備をしてもらっています。あの森で子供が一人、取り残されているかと思うと……」
「そうだな……早く保護してやらないと」

 知っていたのに、ちゃんと確認しなかった俺も悪い。そりゃあ、元気も無くなるよな。
 この間から、小さなミスが目立つな。気が緩んでいるんだろうか?

「太老様、ご自分を責めないでください。気付かなかったのは、私達も同じですから……」

 月の言うとおりだ。反省は大事だが、ここで後悔していても意味は無い。
 早くパヤパヤを保護して、美以を安心させてやらないと。
 それは月も同じ気持ちのようだった。

「俺も出る」
「ご主人様もですか?」
「森のことなら、俺が一番適任だと思うしね」

 森での人捜しなら、恐らくは俺が一番適任だ。山育ちということもあって、少年時代は鍛錬以外にも山が遊び場だった。
 野を駆け山を駆け、時には迷子の捜索も俺の仕事だったくらいだ。
 迷いの森というだけあって、森に慣れてない者が足を踏み入れるとかえって危険だ。
 虎やクマと言った猛獣も出るという話だし、対応出来るだけの実力がなければ二次災害の恐れもある。余り大勢で探すよりは多麻にも協力してもらって、少数精鋭で捜索した方がいいだろう。

「任せてくれ。絶対に見つけてくるから」

 そう言って、俺はパヤパヤの捜索に出た。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第119話『パヤパヤをさがせ』
作者 193






 ――のだが、
 恋や多麻にも協力してもらって森の中をくまなく捜索したが、結局パヤパヤを発見出来なかった。
 南蛮族の反応は特殊で動物よりの気配を発しているために、多麻の張った結界も効果が無い。そのため、美以達を追って森の外に出た可能性も出て来た。
 捜索範囲が森の外にまで及ぶとなると、なかなかに厄介だ。

「あかん、それらしい人物の目撃情報はなかったわ」
「そうか……」

 翌日から捜索の方針を変更し、街周辺での目撃者集めを始めたのだが、これまた収穫はなかった。
 パヤパヤに関する情報は一切得られないまま時間だけが過ぎていった。
 月と『絶対に見つける』と約束した手前、『やっぱりダメでした』とは言い難い。
 それに、このままでは美以の元気も戻らないままだ。最悪、病気にでもなられると困る。
 病は気からと言うが、美以に影響されてミケ、トラ、シャムの三人も最近は元気がないって話だしな。それを考えると、なんとかしてやりたかった。

「一度、情報を洗い直した方がいいんちゃうか?」
「そうだな。そもそも、美以の友達ってことしかわからないんじゃ、情報が少なすぎるか」
「そろそろ孟獲も落ち着いた頃やろうし、話を一度訊いてみたらどうや? なんなら、うちが尋問してもいいけど」
「尋問って……いや、俺が訊いてみることにするよ」

 霞に任せたら、もっと状況が酷くなりそうだ。美以にへそを曲げられても困るしな。
 取り敢えず霞の提案通り、美以から話を聞いてみることにした。

 特徴や趣味など、もう少し具体的な情報が得られれば、そこから捜索の範囲を絞れるかもしれない。最初からそうすべきだったのかもしれないが、美以の友達ということで南蛮族なんて目立つ種族、すぐに見つかると甘く見ていた結果がこれだった。

(美以に話を聞いて、それからだな)

 パヤパヤの特徴を訊くために、俺は美以の部屋へと向かった。


   ◆


「……えっと、もう一回言ってくれるか?」
「だから、パヤパヤは長くてびらびらしてるのにゃ。それでシャムみたいな髪の色をしてるにゃ」

 長くてびらびら。シャムみたいな髪……桃色ってなんだ?
 全然、姿がイメージ出来ない。余計にわからなくなった。
 そもそも、それって本当に生き物なのか?

「長くてびらびらした桃色のものってなんだ? 月はわかるか?」
「あうぅ……わ、わかりません!」

 顔を真っ赤にして、視線を逸らす月。何故か、俺の顔を見ようとしない。
 わからないからって恥ずかしがることないと思うんだが……。
 これだけの情報じゃ、普通はわからなくて当たり前だしな。

「これをこのまま伝えて見つかると思う?」
「……たぶん難しいと思います」
「だよな」

 月も困った表情を浮かべている。結局、美以の情報だけでは、よくわからないままだった。
 でも、長くてびらびらした物か。なんか引っ掛かってるんだが出て来ない。
 今となっては原作の知識なんて曖昧だしな。そんなキャラクター、原作に出て来たっけ?

「あーっ! 太老こんなところにいた!」
「シャオ?」
「今日はシャオと昼ご飯一緒に食べるって約束でしょ!」
「あ……。そういえば、そんな約束してたっけ?」

 あれって一方的な約束だったような……。
 詠が俺の手料理を食べたと聞いたシャオが騒ぎ出して、無理矢理約束させられたんだっけ?
 でも、そんなに素人の料理が食べたいかね?
 普通に外に食いに行くか、屋敷の料理人に任せた方が美味いと思うんだが……。
 料理のプロと言う訳ではないので、知識はあっても技術が追いつかない。そのため俺の料理は、どこか大雑把だ。余り凝ったものは作れない。華琳みたいな食通にだそうものなら、確実に駄目出しを食らう出来だ。

「どうしても作れというなら用意するけど、簡単なものしか作れないぞ?」
「シャオも、太老の手料理食べたいもん!」
「ううん……じゃあ、バーベキューでもするか」
「ばーべきゅー?」

 料理ってほどじゃないが、あれなら皆で食べられる。
 それに今から何を作るか決めて料理を始めたんじゃ、時間が掛かりすぎる。
 あれなら、鉄板と食材さえ用意すれば、すぐに始められるしな。

「美以達も一緒にどうだ? 肉もあるぞ」
「肉、食べたいのにゃ! あっ……でも……」
「パヤパヤのことなら心配するな。ちゃんと見つけてやるから」

 くしゃくしゃと美以の頭を撫でてやる。どことなく気持ちよさそうだ。
 かなり大雑把な情報しか得られなかったが、なんとかなるだろう。たぶん。

「太老、太老。シャオも」
「はあ……シャオは甘えん坊だな」

 美以と同じように撫でて欲しいみたいで、頭を向けてくるシャオ。
 ため息を漏らしながらもシャオの頭を撫でようとすると、そこには先客がいた。

「なんだ? この生き物……ゾウ?」
「ぞう? 太老、この子のこと知ってるの?」
「パヤパヤにゃあ!」

 突然、大声を上げて騒ぎ出す美以。
 桃色、長い、ひらひら、すべてが目の前の生き物に繋がった。


   ◆


 ジュージューと、肉と野菜の焼けるいい音が中庭に響く。月、それに大喬と小喬の三人に切り分けてもらった食材を、鉄板の上で焼いていく。こんがりと焼けた肉の食欲をそそる良い匂いがしてきた。
 味付けは塩だけのシンプルなものだが、素材が新鮮なので文句なく美味いはずだ。

「まあ、確かに長いな……ひらひらしてるし……」

 肉を焼きながら、美以の頭の上に乗った生き物に視線を向ける。パヤパヤだ。
 長い鼻、ひらひらとした耳。でも、ゾウで桃色は反則だと思う。
 普通はわからないぞ、あの特徴だけじゃ……。

(そうか、あの美以の頭の上にいつも乗ってた奴か)

 原作じゃ名前なんて出て来た記憶がないから、完全に頭の中からすっぽり抜けていた。
 そもそも、あれって生き物だったんだな。動かないから、ぬいぐるみか何かだと思ってた。

「お前達、肉ばっかりじゃなくて野菜もちゃんと食えよ」

 野外バーベキューは好評だった。
 特に南蛮っ子には受けがいい。元々、あっちでは焼いたり煮たり大雑把な料理ばかり食ってたみたいだしな。
 どことなく故郷の料理に似ているのだろう。

「わかってるのにゃ、ハグハグ」
「といいながら、ミケは肉ばっかり食べてるのにゃ」
「ふにゃあぁ〜、むにゅむにゅ……」

 最初から、ミケ、トラ、シャムの順だ。
 さっきから肉ばっかり食べている青い髪の女の子がミケ。
 そんなミケを注意している茶髪の女の子がトラ。
 そして半分寝ながらキノコにかじりついている桃色の髪の女の子がシャムだ。
 南蛮族共通の耳と尻尾、そして肉球。美以に負けず劣らず個性的な少女達だった。

「あの二人は、すっかり打ち解けたみたいだな」

 視線を向ける先には、仲良くテーブルを囲んで食事を取るシャオと美以の姿があった。
 パヤパヤの一件ですっかり意気投合したみたいで、真名を呼び合う仲にまでなっていた。

「美以、パヤパヤ。これも美味しいわよ」
「くれるのにゃ?」
「うん、お腹減ってるんでしょ?」
「お前、すっごくいい奴なのにゃ。いただくのにゃ」

 なんか友達というより、パヤパヤと一緒に美以が餌付けされてるような気がするんだが……深くは追求すまい。
 シャオは動物と心を通わせる特技を持っている。その能力は美以達にも有効らしかった。

「無事に見つかってよかったですね」
「ああ、本当によかったよ。皆にも後で、お礼を言っておかないとな」

 灯台もと暗しとは、このことだ。まさか、シャオが保護してたなんてな。
 なんにせよ、月の言うように見つかってよかった。

「パヤパヤを捜してくれてありがとうにゃ」
「気にするな。それと、お礼なら捜してくれた皆にも後でちゃんと言えよ」
「当然にゃ。みぃは、ちゃんと感謝してるにゃ」

 意外と南蛮の王様は律儀なようだ。
 えっへんと胸を張り、ゴロゴロと甘えるように身体を擦りつけてくる美以。
 そんな美以を真似をしてミケ、トラ、シャムも思い思いに抱きついてくる。
 肉球がプニプニして気持ちよかった。

「ああ、美以達ばっかり狡い! シャオも太老に抱きつく!」
「小喬ちゃん、今が好機だよ!」
「お姉ちゃん!? きゃあっ!」

 いつものパターンか……。まあ、喧嘩するより仲が良いだけマシか。
 美以達も加わり、一層騒がしい毎日になりそうだ。心の底から、そう思った。
 あっ、そういえば……。

「美以、パヤパヤのへそのごまを貰ってもいいか?」
「そんなものをどうするにゃ?」
「薬の材料にするんだよ。丁度、探してるところだったんだ」
「いいにゃ。なんなら、へそごと持っていってもいいにゃ」
「パヤ!?」

 身の危険を感じて驚くパヤパヤ。

「だいおうさま、ふとっぱらにゃー」
「ふとっぱらにゃーん」
「ふとっぱらにゃん」

 煽るミケ、トラ、シャム。あ、パヤパヤが泣きながら逃げた。

「パヤパヤ、どこに行くのにゃ!? ミケ、トラ、シャム、捕まえるのにゃ!」
「了解にょ〜」
「まかせとけにゃー!」
「いってくるにゃん」

 えっと……パヤパヤすまない。お前の犠牲は無駄にしないから。
 一刀にも知らせてやらないとな。南蛮まで行く必要がなくなったって。

 この時の俺は知らなかった。
 美以がここにいるということが、どういうことかを。
 南蛮で起こっていることを俺が知るのは、まだ少し後のことだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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