【Side:太老】

 華琳のスパルタ特訓を受けていたところに思わぬ報告が入った。
 益州の首都『成都』まで順調に侵攻していた桃香達が、劉璋軍に敗れたという報告だ。
 当然、緊急の会議が開かれ、先日と同じ玉座の間に関係者が集められる事態となった。

「連絡役兼、一刀の護衛に多麻をつけてたはずなんだが……多麻、まさか仕事をさぼって」
「失礼ですね! 多麻はいつも真面目に仕事してますよ!」

 両腕を振り上げ、ぷんすか怒って反論する多麻。怒っているのだろうが、妙に可愛らしい。
 子供を責め立ててるみたいで、なんとも追求しづらい雰囲気だ。
 事実、俺に向けられている周囲の視線が、なんだか冷たくなっている気がした。

「すまん。今のは俺が悪かった」

 こういうときは、素直に謝るに限る。真面目かどうかは別として、仕事をしていたというのは本当のことだろう。多麻は予想のつかない行動に出ることはよくあるが、この手のことで嘘はつかない。そこはマスターに忠実だった。
 仮にもマスターである俺に、そうした嘘をつく可能性は低い。だとすれば今回の件は不可解な点が残るのも事実だった。

(多麻が気付かなかったっていうのが、普通はありえない話だしな……)

 多麻を一刀に付けた理由は簡単だ。
 一刀の護衛と、益州からの最新情報を多麻ネットワークを通じて報告させることにあった。
 鍵の情報を集めさせることが主な目的だが、緊急事態に対応出来るようにするためだ。それなのに、これほど重要な報告を多麻がせず、明命一人に託すとは思えない。多麻なら数秒のやり取りで済むはずの連絡に二週間もの時間を費やすことは、普通ならありえないことだった。

「三号と連絡は?」
「さっきから試してるけど返答なしです」

 一号が、いつも俺の傍にいる多麻。所謂、多麻の本体だ。
 二号が華琳に仕えている多麻軍団のリーダー。
 そして三号というのが、一刀に付いていった多麻のことだ。

「連絡が取れないとすると、まさかやられたのか?」
「それなら多麻は気付きますよ。結界に閉じ込められているのかもしれませんね」
「多麻を拘束出来るほどの結界か……」

 分身体とはいえ、多麻を拘束出来るほどの結界を張れる人物は限られている。
 少なくとも普通の人間には無理だ。だとすれば、犯人は随分と絞れる。

(太平要術の書の妖力を使えば、或いは可能か?)

 これでも多麻は白眉鷲羽の生み出した超科学の結晶とも言える存在だ。どの程度の妖力が蓄えられているかわからないが、その多麻を分身体とはいえ、捕獲出来るほどの力に達しているとなると見過ごすことは出来ない。
 最悪の場合、俺達の計画の障害となる可能性もあった。

「明命。もう一度ここにいる皆に、詳しく話してくれ」
「はい」

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第129話『敗走の理由』
作者 193






【Side:一刀】

 不幸はいつも突然訪れる。

『さあ、ご主人様、私の愛を受け取って〜!』
『ぐああああああっ!』

 無限に広がる平原。そこに男と漢女がふたりきり。
 ならばすることは一つとばかりに、貂蝉の顔が迫ってくる。迫ってくる。迫ってくる。
 触れ合う唇と唇。触れ合う……って、深い! 深い! 吸い過ぎだ!

『ぶちゅうううううっ!』
『〜〜〜〜ッ!?』

 キスと一緒に魂まで吸われ、意識が遠のいていく。
 満足そうに光悦な笑みを浮かべ、よだれを拭く貂蝉。それが俺の見た最後の光景だった。


   ◆


 ――そんな夢を、俺は見た。

「酷い夢だった……」

 寝覚めの悪い朝だ。
 よりによって貂蝉のキスで目覚める夢を見るなんて……悪夢としか言いようがない。
 もういい加減忘れたいと思っていた、あの日の記憶がよみがえってきた。

「よりによって、あの時の夢を見るなんて……」

 貂蝉と出会った時の記憶だ。インパクトが強すぎて、今でもはっきりと覚えている。感触までも……。うっ、吐き気が……。
 あんな経験は二度としたくない。心の底からそう思う最悪の記憶だった。

「そう言えば、ここは?」

 天幕のなかのようだが、見覚えのない天幕だ。うちの隊の物じゃない。
 どうにも記憶が曖昧だ。今一つ状況が掴めなかった。

「確か、成都まで攻めて……」

 天の御遣いと劉備軍の噂を広めることで、益州内部に解放の気運を高め、その隙に内通者の協力を得て、成都まで一気に攻め入る作戦になっていた。
 朱里ちゃんの読み通りことは進み、成都まで一気に侵攻した俺達は、劉璋を捕らえようと城に攻め入ったところまでは覚えているのだが――

「皆は!?」

 そうだ。突然、あの左慈と干吉という奴らが現れて、それで……。

「俺達は負けたのか……」

 あの後、皆がどうなったのかはわからない。
 覚えているのは黒い煙に包まれ、干吉の言うままに仲間に武器を向ける愛紗。
 そんな愛紗に向かって、必死に何かを叫ぶ鈴々と桃香。そして突然現れた白服の軍団だった。

「……くそっ!」

 指が白くなるほど強く、ギュッと拳を握りしめる。
 よく見れば腕や頭に包帯が巻かれ、治療した後があった。
 しかし、そんな痛みを忘れるほどに、自分の不甲斐なさが情けなかった。

(皆……)

 味方の裏切り、そして突然どこからともなく現れた白服の軍団。
 混乱したところに背後を突かれ、あの時は逃げるだけで精一杯だった。
 今こうして生きているのが不思議なくらいだ。

「あっ、目が覚めたんですねー」
「……キミは?」

 そう言って天幕のなかに入ってきたのは、ほのぼのとした明るい口調の美人だった。

「覚えてませんか? 反董卓連合で一度お会いしていると思うんですが」
「あっ、袁術の隣にいた!?」
「はい、張勲と言います。あなたは確か……両刀さんですよね?」
「一刀です!」

 気の抜けるやり取りだった。
 今となっては呼ばれ慣れたが、あの反董卓連合での活躍が噂となって、世間では『両刀使い』なんて呼び名で知られているらしく、『北郷両刀』なんて間違った名前の覚え方をしている人も少なくなかった。
 何度、訂正したことか。しかしこれだけは認めるわけにはいかない。

「張勲さんが、どうして? それにここは?」
「ここは私達の陣地です。北郷さん、何も覚えてないんですか?」
「えっと……」
「これは最初から説明した方がよさそうですね……」

【Side out】





【Side:七乃】

「――と言う訳で、私達があなた達を助けたんです」
「そうだったんですか……」

 成都での戦いに敗れ、逃走中の劉備軍を私達が助けたと、北郷さんには説明した。
 若干、誇張は混じっているけど、助けたことに嘘は無い。

「大変だったんですよ。変な人達はしつこく追ってくるし」

 本当のところはお嬢様の指示で、劉備軍が劉璋軍に勝利したところで、劉備軍の本体を後ろから攻撃。漁夫の利を得ようという作戦だったのだが、結果はまさかの劉備軍の敗退。劉備軍の敗走に巻き込まれるカタチで、私達も後退を余儀なくされ、ここに留まっているというのが事の真相だった。

(まさか、劉備軍が負けるなんて思いませんしね)

 劉備軍は義勇軍とはいえ、一騎当千の有能な将を数多く抱えていることで知られている。
 兵站も十分にあり、兵の士気も高い。悪政からの解放を望む民達の声の後押しもあって、流れは完全に劉備軍に傾いていた。
 しかも、あの天の御遣いの加護を受け、負けると思う方がどうかしている。
 実際、私も成都での決戦が起こるまで、劉備軍の勝利を疑わなかった一人だ。
 でも、結果は劉備軍の惨敗。成都まで追い詰めておきながら、実際には最後の最後で劉璋軍に敗北する結果に終わった。
 誰もが劉備軍の勝利を疑わなかった戦い。成都で何かがあったことだけは間違いなかった。

「張勲さん、ありがとうございます」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」

 だから、私達には彼の協力が必要だ。それにここで恩を売っておけば、後々交渉もしやすいという打算もあった。
 それにここ益州は閉鎖的で民の間に流れている噂以外に情報が手に入らないため、彼の持っている外の情報は私達にとって貴重だ。今この大陸で何が起こっているのか、それを早急に知る必要があった。

「おおっ、北郷。目覚めたのか」
「一刀、目が覚めたんだな! よかったー」

 話に割って入ってきたのは、猛将として知られる董卓軍配下の将、華雄。
 そして涼州連合盟主の娘にして、馬術に長け槍の達人としても知られる馬超。
 北郷さんを拾った時に、彼の隊と一緒についてきた二人だ。

「私に感謝しろよ。この私がついていなかったら死んでいるところだったぞ」
「感謝しろよな。あたいが一緒じゃなかったら、逃げ切れなかったところだ」

 でも、確かに腕は立つのかもしれないが一目見てもわかるほど、この二人は――

「私のお陰だ!」
「あたしだ!」

 おバカさんだった。

【Side out】





【Side:太老】

 明命からもたらされた情報によって会議は紛糾した。
 もう少し詳しい情報を集めるべきだという慎重派と、すぐに将と兵を益州に派遣すべきだという過激派で意見が真っ二つに分かれたからだ。

 このまま兵を派遣しても、敵の正確な情報が掴めないのでは、劉備軍の二の舞になるという意見。
 そして、このまま益州の増長を許し放置すれば、皇帝の威光に傷がつくという考え。
 ようやくまとまってきたこの時期に、解放軍が敗れたという噂は悪評にしかならないという意見だ。
 何れの考えも間違っていない。
 最終的な判断は俺に任せてもらうということで、一先ず会議に決着はついたのだが、

「どうしたもんかな?」

 桃香達を見捨てると言う選択は当然ない。だとすれば、応援を向かわせるのは確定だろう。
 正確な情報を入手するためにも、桃香達に話を聞くことも必要だと考えていた。

「桃香達は当然助けるとして、あとは益州をどうするか、か……」

 ただ問題は、このまま益州に本気で戦争を仕掛けるかどうかだ。
 今回の解放作戦は出来る限り犠牲を減らす方向で、あの諸葛亮と周瑜が綿密に練った計画だった。
 それは正面から戦った場合、多くの犠牲が双方にでることが予想されたからだ。

「いっそ、俺と多麻で……」
「それはお勧めしません」
「……林檎さん?」

 俺と多麻が益州に出向く。
 なんでもありなら、それが一番犠牲も少なく短時間で解決出来る方法だ。
 そんな俺の考えを止めたのは、いつの間にか部屋の入り口に立っていた林檎だった。

「敵の狙いは恐らく太老様です」
「……俺?」

 林檎に言われて考える。
 狙われるようなことをした覚えは――あるな。
 逆恨みと言っていいものだと思うが、干吉と左慈に関しては幾つかあった。

「でも、放って置けないよ。それに――」

 相手が太平要術の書を使っているとすれば、俺達が益州に出向く理由としては十分だ。
 太平要術の書を手に入れさえすれば、計画に必要な鍵の問題はクリアしたも同然だからだ。

「焦る気持ちはわかりますが危険すぎます」
「林檎さんの言うことに一理あると思うけど」

 林檎らしく無い気がした。言っていることは正しいが慎重すぎる。

「ですから、私が出向きます」
「……え?」
「罠とわかっていて、太老様を危険にさらすわけにはいきません。ここは私にお任せください」
「いや、その方が……」

 不安と喉元まで出掛かった言葉を呑み込んだ。

「林檎さんに無理をさせるわけにはいかないから、ここは俺が」
「太老様……。私のことを、そこまで心配してくださるなんて……」

 ええ、心配です。
 ここ最近の林檎は暴走気味なので、かなり心配だった。
 この間のクレーター事件もあるしな。成都が地図から消えても不思議では無い。
 そんなことになったら大騒ぎ間違いなしだ。これ以上の騒ぎは林檎だけでなく俺も困る。

「ご安心ください。今回は調査が目的ですから」
「……調査? 殲滅じゃなく?」
「殲滅?」
「いや、なんでもない。こっちの話だから……」

 危なかった。うっかり本音が……。でも、調査ってなんだ?
 確かに多麻を捕獲した方法は気になるが、それにしたって今更だ。
 林檎が直接出向いて調査を必要とするようなことがあるとは思えない。

「少し気になることがありまして、その確認をしたいだけです」
「……気になること?」
「はい。今回の一件、私達の世界のことが関係しているかもしれません」

 俺達の世界のことが関係してる? 星の箱庭のことか?
 いや、それならそう口にするはずだ。他に何かあるってことか?
 林檎が何かを気に掛けていることだけは、その真剣な表情からも窺えた。

「それに、彼女達の成長を確かめる良い機会にもなりますから」

 それは俺のよく知る不吉な笑みだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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