「ふう……」

 張り詰めていた緊張を解くように城壁の上から荒野を見下ろし、嘆息する黄蓋。
 それもそのはず。先程まで敵味方に分かれ争っていた兵達が動きを止め、高台を見上げ――

「みんなのアイドル!」
『天和ちゃーん!』
「みんなの妹!」
『地和ちゃーん!』
「とっても可愛い……」
『人和ちゃーん!』

 轟く歓声。湧き上がる熱気。
 嘗て、太平要術の妖力に操られていた黄巾の兵を虜にした三姉妹の歌が戦場を包み込む。

『私達の歌を聴け――っ!』

 商会の移動型ステージ『大三元』から、光と音のパレードが展開される。戦場が一瞬にして『数え役萬☆姉妹(シスターズ)』の舞台へと早変わりし、操られていた白服の兵士達も目的を忘れ、少女達の歌に魅了されていった。

「年寄りの出る幕はないということか」

 死を覚悟して仲間を逃がしたというのに、始まってみれば戦いにすらならなかった。
 だからと言って文句を言うわけにもいかず、このなんとも言えない気持ちを持っていく場所が無い。無理に戦わず、犠牲を出さずに済むのなら、それが一番良いことだということは黄蓋も理解していた。
 ただ――

「また借りが増えてしまったのが気掛かりじゃが……」

 張三姉妹の所属は商会。そして彼女達の主は、言うまでも無く正木太老だ。
 借りを返すつもりで取った行動で、逆に大きな借りが出来てしまった。

「冥琳あたりにこのことを話したら、また面白い顔が見れそうじゃな」

 と、複雑な笑みを浮かべる黄蓋。これほど恩返しの難しい相手はいない。
 助けるつもりが助けられることで終わり、黄蓋は少し複雑な気持ちを抱えていた。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第138話『真の黒幕』
作者 193






【Side:太老】

「俺に内緒で、こんな手を回していたとは……」

 益州の報告書に目を通しながら、その手際の良さに感心した。
 正直、呆れるほどに根回しが良い。張三姉妹の興行予定に細工をし、雛里達と合流するように仕向けたのは林檎と風だ。事前に保険を利かせるつもりで、この時期に張三姉妹が益州入りをするように予定を調整していたとの話だった。

「調整したのは風ですが、それを指示したのは林檎お姉さんですよ〜?」
「うん……まあ、この手口は林檎さんだろうなとは思ったけど」

 何事も無く益州が解放されれば、祝いに成都で張三姉妹のコンサートを開催すればいいだけの話だし、戦いが長引いていたとしても前線で戦う兵の慰撫に繋がるので、どちらにせよ無駄にはならない。
 黄巾の乱や洛陽でのことを考えれば、太平要術を警戒して対策を考えておくのは、ある意味で当然の処置だ。あの三人の歌には洗脳を解く不思議な力がある。それは黄巾党との戦いで実証済みだ。実際には、洗脳を更に強力な洗脳で上書きしてるような感じなのだが、まあそこはそれ。
 ただ一つ想定外なことがあったといえば、一刀達が袁術と行動を共にしていることだった。

「袁術さんの件は本当に予想外でした。お姉さんも、これは予想してなかったみたいです」
「そりゃ、まさか美以達に食べ物のことを教えたのが袁術だとは誰も思わないよ……」

 後で美以に確認を取ってわかったことだが、袁術と張勲は『虎の穴』の暴走で南蛮の森に飛ばされていたことがわかった。
 原作では余り接点のない二人だったように記憶しているが、まさかこんな接点を持つことになるとは思ってもいなかった。

(ううん、これは雪蓮達には話し難いな……)

 何れバレることではあるが、俺の口から呉の面々に話をすべきか悩むところだ。
 苦しい生活を余儀なくされてきた河南の人々の気持ちを考えると、これまでのことを何もなかったことにするのは難しい。せめて謝罪の一つでも欲しいところだが、あの性格じゃ難しいだろうしな。

「一応、指名手配中なんですけど、どうしますかー?」
「一刀達も世話になったみたいだしな。相手は子供だし……」

 子供だからと言って、なんでも許されるわけじゃないというのは理解しているつもりだ。
 だが周りの話を聞いている限り、根っから悪い子と言う訳でも無さそうなので困る。更生の余地があるのなら、なんとかしてやりたい。ちゃんと叱ってくれる大人がいなかったことが、彼女の不幸とも言える。

(張勲は話を聞いてる限り向いてなさそうだしな。誰か、教育係につけてみるか?)

 そんなことを考えていた。

「お兄さんが、そういうなら風は従いますけど……」
「なんか、不満そうだな。やっぱり甘いと思うか?」
「いえ、お兄さんらしいと思いますよ。ただ……」
「ただ?」
「更生……出来ますかね?」

 風の言うように麗羽の従姉妹であることを考えるに、なかなかに難しそうな話だ。
 でもまあ、麗羽と違って年齢的に、まだ取り返しがつくような気がする。そう思いたい。

「常識を学んでくれるだけでいいんだけどな……」
「お兄さんがそれを言うと、説得力がありませんけどねー」

 どう言う意味だ?

【Side out】





 張三姉妹の力で、どうにか国境の騒ぎを収束させた一刀達だったが、ここで厄介な問題に直面した。操られていた兵士のほとんどが、訓練を何も受けていない農民や一般人だったことがわかったのだ。
 これでは、ただ数を揃えるためだけに集めたようにしか思えない。十五万という数は確かに脅威ではあるが、相手は戦い方も知らない素人の寄せ集めだ。あのまま戦いになっていれば、大勢の死傷者が出ていたことは予想に難しくない。本来であれば、考えられないような愚策だった。

(最初から、ただ時間を稼ぐことだけが目的だった?)

 諸葛亮がそのように考えるのも無理はない。最初から益州には、戦えるだけの兵力がなかったのかもしれないという考えに行き着く。現に洗脳されていた人々は、満足に武器らしい武器も持っていなかったからだ。
 だがそれも益州の内情を考えれば不思議な話ではない。幾ら人手があっても、大量の兵を養うほどの余裕が益州にあったとは考え難い。食糧や武器などが不足していることは、事前の調査からも明白だった。
 だからこそ、少ない兵でも益州を落とせると劉備達は考えたのだ。

「……朱里ちゃん。あの人達を郷里に返す交渉は、こっちでしてもいいかな?」
「うん、お願い。あ、雛里ちゃん。袁術さんの件は?」

 そして、ここにまた一つ大きな問題が浮上する。
 劉備達を囮に成都の攻略に向かった袁術軍だったが、一緒に成都を攻めることになっていた元劉璋軍の将『厳顔』と、その弟子『魏延』の二人が味方の裏切りにあい、命辛々逃げ帰ってきたのだ。

「すまぬ。まさか、身内に裏切りものが混ざっていようとは……」
「くっ、あいつら……袁術なんかの甘言にそそのかされるなんて!」

 申し訳なさそうに話す厳顔と、悔しそうに表情を歪ませる魏延。袁術の参謀『張勲』の行動に不審なものを感じた鳳統は、念のため厳顔達を袁術の監視につけていたのだが、まさか厳顔達の部下のなかに袁術に繋がっている者がいるとは予想していなかった。
 しかも成都を占拠した袁術軍が突然手の平を返し、益州の独立を宣言したのだ。

「袁術さんですが、『仲』の王を名乗っているそうです……」

 鳳統の話によると、成都の制圧と同じくして袁術は『仲』の建国を宣言したらしく、この時のために飼い慣らしていた南蛮族だけでなく、益州各地の豪族を取り込むことに成功していた。
 諸葛亮と鳳統が、劉璋の勢力を切り崩すために行っていた工作を利用し、横から袁術が掻っ攫ったのだ。
 本来であれば、このようなことは不可能だっただろう。
 しかし劉備軍が益州軍に敗退した事実が、一度は劉備側に傾いた豪族達の心を動かす結果へと繋がった。

「まさか、こんなことになるとは思わなくて……本当にごめん」

 天の御遣い代理――正木太老の代役の意味を、一刀は甘く考えていた。
 袁術と張勲の策が上手くいったのも、一刀や天の御遣いの名によるところが大きかったからだ。
 今回、益州が内部で割れることになった原因は、何も官吏の不正だけが原因と言う訳ではない。劉璋と張譲が結託することで、洛陽から逃れてきた宦官達が、朝廷や天の御遣いと対立する姿勢を示したためだ。
 幾ら、気持ちの上では納得が行かなくても、あの天の御遣いや朝廷に逆らって無事に済むとは彼等も思ってはいない。故に自分達の身の安全を引き替えに、劉備に協力の姿勢を示した者が大半だった。
 そんななか袁術によって成都は落とされ、事の発端となった張譲と宦官達はいなくなった。
 そして成り行きはどうあれ、天の御遣い代理が袁術を支持した。ならば、劉璋に代わり袁術が盟主となった今、彼等には新しい王に逆らう理由がなかった。

「武力で解決するのは避けた方がいいでしょうね……」

 鳳統の言うように、現状では袁術との戦いは避ける他なかった。
 劉備軍が袁術に助けられ、一刀が袁術の協力を仰いだという事実がある以上、ここで成都を攻め、袁術達を追い出すような真似をすれば、天の御遣いの名を落とす結果に繋がりかねない。少なくともよくない悪評が立ち、太老にも迷惑を掛けることになるだろう。

「えっと……それって、何か問題なのかな?」
「……へ?」
「桃香様?」

 桃香の何気ない一言に驚いたのは、一刀と諸葛亮の二人だ。
 漁夫の利を狙っていた袁術に美味しいところだけを持って行かれたというのに、当事者の桃香は他人事のように焦っていなければ怒ってもいなかった。

「……桃香様は自分の国を持ちたくはないんですか?」
「正直に言うとわからない。ううん、違うね。わかろうとしていなかったんだと思う」

 諸葛亮の言葉に、悲しげな笑みを浮かべ答える劉備。

「私は、皆の笑顔を――幸せを願った。でも、それは本当に王様にならないと叶えられない願いだったのか、今は疑問に思ってるの。勿論、華琳さんみたいになりたいって憧れる気持ちはあるし、ご主人様の傍にいるには、そうすることが一番の近道だっていうのはわかる。でも――」

 曹操が益州解放軍の大将に自分を推薦してくれた理由を劉備はわかっていた。
 太老の傍にいたいのなら、彼に相応しい功績や立場を身に付けてみせろといった意味もあったのだろう。でも、それが本当に自分の望んだことなのかどうかと問われれば、劉備は答えに迷う。
 皆の幸せを願う気持ちは本物だ。太老のことが好きな気持ちに嘘は無い。
 しかし――

「袁術さんが王様でも、この国が良い方向に変わっていけるのなら、皆が幸せなら私はそれで良いと思う。ご主人様も、きっと同じことを言うと思うから……」
「……桃香様は、本当にそれでいいんですか?」

 諸葛亮の言葉に無言で頷く劉備。

「ごめんね、朱里ちゃん。私は我が儘で、皆の期待を裏切ってるんだと思う。でも私に出来ること、私にしか出来ないことが、もっと他にあるようなそんな気がするの。……そのことに一刀さんは気付かせてくれた」
「え、俺!?」

 一刀へと全員の視線が集まる。一刀にしてみれば、なんのことやらわからなかった。
 しかし劉備の表情は、憑き物が落ちたかのようにすっきりとしていた。
 ずっと曖昧だった考え方に、ようやく見えてきた一つの答え。この選択が正しいのか、間違っているのか自分にもわからない。でも、どんな結果になっても受け入れる。絶対に後悔しないと劉備は心に誓っていた。
 そのためにもまずは――

「愛紗ちゃんを助けたい。そのために皆の力を貸してください!」


   ◆


「……動きが早すぎる。まさか、こちらの動きが筒抜けになってる?」

 高台から成都を見下ろす一人の女性。立木林檎の姿がそこにあった。
 袁術達が成都に到着した時には、既に干吉の姿はなかった。
 だとすれば国境に兵をだした時点で、成都にはいなかったということになる。

「見た事の無い結界も張られていますね。多麻ちゃんが消えたのは、これが原因かしら?」

 肉体を持たない力場体に影響を与える結界が、益州全域に張り巡らされていた。
 しかし分身体とはいえ、多麻の力場体を捕らえるほどの結界を、あの干吉達が扱えるとは思えない。

「何かを見落としている気がする。でも、何を?」

 干吉達のこれまでの行動を考えると、益州が狙いとは林檎には思えなかった。
 彼等の目的の一つに、太老の存在が関わっていることは確実だ。太平要術を使って騒動を起こし、妖力を集めているのもなんらかの目的があってのことだと推測できる。問題は、その目的の内容だ。

「まさか、彼等の狙いは――」
「そこに気付くなんて、さすがはお父様の認めた下僕ですね」
「え……っ?」

 突然、後から聞こえた少女の声に振り返る林檎。
 ――ビジッ!
 次の瞬間、林檎の全身に雷に打たれたような衝撃が走った。

「あなたは……」

 意識が闇に沈んでいくなかで、林檎はクスクスと笑う少女の姿を見る。

「目的? そんなの決まってるでしょ? すべてはお父様≠フために――」





 ……TO BE CONTINUED



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