【Side:太老】

 連合に加盟する国の民なら誰でも最先端の技術と知識を学ぶことの出来る学都。それが今の陳留だ。
 理想は高く、目標は大きく。想像し難いのなら、学園都市のようなものとイメージしてくれればいい。今のまま発展を続ければ遠くない未来、銀河を代表する学園都市の一つに名乗りを挙げられる――というのが、多麻の弁だ。
 そこまで考えて、この案を採用したわけではないのだが、華琳と多麻が結託すると本当に百年やそこらで実現してしまいそうで、冗談と笑うことは出来そうになかった。

 この学都だが、既に多くの人々が天の知識を学びたいと移住を希望してきている。ただ、よいことばかりではない。教鞭に立てる教師が、希望している生徒の数に対して少ないという問題が出ていた。
 原因はわかっている。国の中枢を担っていた要職を尽く粛正したことにより、組織の運営に必要な官吏の資質と数が大きく低下したことで、その弊害として各国で深刻な人手不足が起こっているためだ。
 武官と言えど算術は疎か、文字の読み書きすら出来ない者は少なく無い。管理職を任せられるほど、才のある文官が育っていないのが現状だ。
 人材育成の一環で始めた『学校』の効果もあって、それなりに人は育っているが、人に物を教えられるほどの能力を持った人物というのは数が少ない。大抵、それほどの才と学を持つ者であれば国に取り立てられ、要職に就く者が大半だった。

「……私が、学校の教師ですか?」

 ――学校の先生をやらないか?
 と水鏡を誘ったのも、そうした理由からだ。ここに足を運んだ目的の一つに、彼女の勧誘があった。
 軍略や政略を考えることの出来る文官はいれど、人を育てる才を持った人物は希有だ。
 雛里や朱里といった一角の軍師を育てたことからも、彼女の指導力の高さは実証されている。その知識と経験を後進を育てるために貸して欲しいというのが、俺が彼女を誘った一番の理由だった。

「ですが、子供達のこともありますし……」
「勿論、ここに通う子供達も一緒です。希望者の移住も支援します」

 この集落に住む人の数は凡そ百人弱と言ったところ。移住希望者は最初から支援するつもりでいたし、この程度の数なら村ごと引っ越しても俺の裁量だけで十分どうにかなる。彼女の協力を得られるのであれば、その程度安いものだ。

 それに以前に比べて遥かにマシになったとはいえ、大量生産など難しいこの世界の生産技術では、どうしても地方との間で格差が尽きない。以前に比べれば貨幣経済が随分と浸透したとはいっても、未だ小さな集落では物々交換が行われている光景を見るのは少なく無いと聞く。
 商会から定期的に行商人を交易に向かわせてはいるが、それでも中央から離れれば、物の売れ行きが芳しくないのが現実だ。
 そうしたこともあって民の不公平感、地方との格差を出来る限り是正するため、各国は様々な試みをしている。
 その一つに、商会のある主要都市の移住を各国は推奨していた。

「……一つ、お訊きしてもよろしいでしょうか?」

 一呼吸置き、彼女は口を開いた。
 今までと違う空気の重みから、これから発せられる質問の重要性を感じ取る。
 俺は無言で頷いてみせた。

「御遣い様のご活躍は、この小さな集落にも届いております」
「いや、それほどでも……」
「ご謙遜を。私も古今東西、様々な人物の伝承を聞き知っていますが、御遣い様に比肩するほどの偉業を成し遂げた人物は他にいないでしょう。戦いを回避することで多くの民を救い、滅び行く運命にあった国を建て直す。まさに、その行いは天の御遣いと称されておかしくないもの」

 そんな風に言われると照れ臭かった。
 計画通りと言いたいところだが、周りが頑張ってくれたからであって、俺だけの力ではないので自慢する気にはなれない。それに偶然によるところが大きいこともわかっていた。
 同じことをもう一度しろと言われても、絶対に無理だろう。

「その上でお訊きします。知識とは使い道によって巨額の富を生みだす金の玉。多くの権力者達はそれがわかっているからこそ秘匿し、民に学ばせようとはしなかった」

 知識をつけるということは、見識を広げるということでもある。今まで目を向けることのなかった政治に関心を持つことで気付かなかった自分達の権利を主張し、最悪の場合、知恵を身に付けた民に反抗されるかもしれない。それを恐れるのは、統治する側にとって当然のことだ。
 水鏡の疑問はもっともだが、俺の考えは違っていた。

「学校の在り方は素晴らしいものと賛同できます。ですが、その意図はどこにあるのですか?」

 学校は、読み書きすら出来ない人が余りに多かったことから始めたことだ。商会の人手不足を解消しようというのが当初の狙いだったが、最低限の学力と常識を身に付けさせる意味でも学校は必要と考えた。
 何よりも――

「歩みを止めた先に、文明の発展はない」
「それは……」
「あなた方の言う天の世界は、そうして発展を続けてきました。俺はそんな世界の住人です」

 民に知識を与えないのは一つの政策だろう。しかし、それは緩やかな衰退だ。いつかは訪れる問題を先送りしているに過ぎない。ゆっくりと腐り落ちていくのを座して待つか、腐るのを承知の上で未来に新たな実を残す努力をするか。それは考え方次第だ。
 恒久的な平和などありえないことは、人類の歴史が証明している。事実、そうしてこの国は滅びた。

「質問を質問で返すようですが、水鏡さんこそ見返りなく子供達を受け入れている。それは、どうしてですか?」
「それは……」

 色々と思惑はあるが、結局のところ子供達を学校に通わせてやりたかった。
 貧しい人々にとって、子供は大切な働き手だ。今を生きることに精一杯の人達に、他の事に心を割く余裕などあるはずもない。当然、本を買う金もなく、読み書きを学ぶ機会すらない。そうして彼等は一生を終えていく。

 仕方がない――という言葉が、俺は嫌いだ。

 諦めるということは、可能性を潰すということだ。
 でも、彼等はそんな僅かな希望すら感じることの出来ない毎日を過ごしていた。
 俺のしたことは、そんな彼等の現状に一石を投じたに過ぎない。

「……子供達のためです。こんな時代だからこそ、生きる術を教えてあげたかった」

 将来、何をするにせよ、そのために必要な知識を学べる場を用意してやりたかった。
 子供達が将来の夢を語れない世の中を、俺は素晴らしいとは思わない。

 ――可能性は無限だ。

 そのことを子供達に知って欲しかった。ただ、それだけだ。

「俺は子供達に未来を見せてあげたい」

 そんな俺と似た考えを持つ彼女なら、子供達を任せられる。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第141話『教師の資質』
作者 193






【Side:水鏡】

 天の御遣い、正木太老。一刀さんとは、また違った魅力を持つ不思議な男性だった。

 御遣い様のご活躍は、こんな辺境の集落にまで届いている。先日、帝位を禅譲されたとのことだが、あのような方が新しい国の皇帝であれば、この国は良い方向に変わっていけると期待が持てる。
 しかし、天の知識はこの国の人達にとって、薬にも毒にもなるものだ。
 それ故に、御遣い様の本音を知っておきたかった。

 ――子供達に未来を見せてあげたい

 と話す言葉に嘘はないのだろう。
 そう話ながら、子供達に向ける優しい眼差し。それは私のよく知るものだった。

「その話、謹んでお受け致します」

 私は床に手をつき、深々と頭を下げる。
 一刀さんと出会った時から私はいつか、このような時が来るのではないかと覚悟していた。

(一刀さん。あなたとの出会いが、私を前に進ませてくれた)

 私は絶望していた。この国の在り方に。そして何も出来ない自分自身に。
 そんな私の前に現れたのが、一刀さんだった。

 このような田舎に引き籠もっていたのは、中央との関わりを避けるためだ。
 朝廷は腐敗の一途を辿り、長く続いた王朝は末期を迎えていた。子供達に知識を与え、生きる術を教えていたのも先を見越してのことだ。
 だからこそせめて、乱世を生き抜く力と知恵を子供達には身に付けて欲しかった。

 それが、こんなカタチで回避されるなどと、誰に予見できただろうか?

 ――これが天の下した決断。私に与えられた試練であるのなら
 ――まだ、私の知識と経験が必要とされるのなら

 残された時間を今一度、この国のために役立ててみたい。
 絶望などではなく希望ある未来を、この子達に残すために――

【Side out】





【Side:太老】

「水鏡殿との話は終わったのか?」
「ああ、待たせて悪かったな」
「いや、それはよいのだが……そろそろ離してやってはどうだ?」

 華佗に言われて、胸元に視線を落とす。
 もふもふ、もふもふ。癖になる手触りだった。

「あふ、もう、やめにゃ……あふう!」

 膝の上で艶めかしい声を上げる何進。この毛並みの良さは南蛮族に勝るとも劣らない。
 定期的に薬の材料を提供する代わり、俺の好きな時に耳や尻尾をもふもふしていいという契約を彼女と交わしたのだが――

「も、もう……だ、ダメ」

 ぐったりと横たわる何進。
 余程くすぐったかったのか、肌が紅潮しピクピクと痙攣している。
 そろそろ限界か? まあ、十分に堪能したしな。このくらいで勘弁してやるか。

「よし、もういいぞ。たっぷり堪能したしな」
「ほ、ほんとじゃな!? もう、触らなくていいんじゃな!?」
「ああ、今日のところは……」
「まだ、妾を(はずかし)める気か!?」

 当たり前だろ? そう言う契約なんだし。
 相手の了承もあって合法的にもふもふ出来る機会なんて、そうはないからな。

「報酬分は、きっちりと取り立てる」
「鬼じゃ! 人の皮を被った鬼じゃ!」

 俺など、まだマシな方だと思うぞ。本当の鬼と呼ばれる人達は、もっと容赦がないからな。
 コスプレさせたり、見世物小屋に売られないだけマシと思って欲しいものだ。

「――と言う訳で、まだ俺でよかったと思うぞ」

 鬼姫の金庫番との異名を持つ林檎なら、もっと取り立てが厳しかったであろうことを何進に説明してやると、青い顔をしてブルブルと震えだした。
 これで俺が如何に普通か、わかってもらえたはずだ。

「それで話というのは?」
「ああ、それなんだが、貂蝉と卑弥呼の居所を知らないか?」

 これが華佗の誘いに乗った理由だ。
 干吉と左慈を除けば、この世界の秘密を知る数少ない人物。
 俺はその二人を探していた。


   ◆


 結論から言うと、華佗も二人の居場所までは知らなかった。
 ただ、まったく手掛かりがなかったわけでもない。

「まあ、敵じゃないとわかっただけマシか」

 華佗の話からわかったことは、貂蝉と卑弥呼は少なくとも俺達の邪魔をするつもりはないということ。いや、傍観者と言った方が正しいのかもしれない。重要なのは、あの二人が一刀の意思を何よりも尊重しているということだ。
 一刀自身に自覚はないのだろうが、この世界は一刀を中核に形成された疑似世界だ。
 俺の計画に一刀が必要なように、あの二人にとっても一刀は特別な存在なのだろう。

「すまん。余り力になれなくて……」

 せめて卑弥呼が華佗と一緒ならと思っていたが、そのあてもはずれた以上、仕方のないことだ。そのことで華佗を問い詰めるつもりはなかった。

(まあ、会えれば儲けものくらいの考えだったしな)

 物語の登場人物でありながら、数多の平行世界の記憶を持つ彼等は、ゲームで言えばGM(ゲームマスター)のような存在だ。探したところで簡単に見つかるはずもない。
 なら、そんな無駄なことはしない。一刀のことが心配なら、時が来れば自分から姿を現すだろう。それが俺の考えだった。

「それで、あてはあるのか?」
「取り敢えず、南蛮に行ってみるつもりだ。ヴリトラって悪龍がいるらしい」
「龍か。正木殿なら大丈夫だとは思うが……」

 マッドや鬼姫に比べたら、龍なんて可愛いもんだろう。なんとなく大丈夫な予感がする。

(マッドの飼ってる宇宙怪獣と戦ったことあるしな。あれも魎呼と比べれば、チワワみたいなもんだ)

 計画の下準備は既に整っている。後は、この計画に必要な鍵となるモノを見つけるだけだ。
 これまで集めた情報から、南蛮に生息するヴリトラが当面の目標だ。
 商会支部のある主要都市しか繋げないとは言っても、多麻の設置したゲートを使えば時間短縮が出来るしな。
 余談ではあるが、このゲートの存在を知っているのは商会幹部だけだ。
 ゲートの存在を公に出来ない理由は色々とあるのだが、ナノマシン調整された人間以外は生身でこのゲートを通過することは出来ない。俺が多麻と二人きりで旅にでたのには、そうした事情もあった。

「本当なら、旅に一緒したいのだが……」
「気持ちだけありがたくもらっておくよ」

 何進をこのままにしておけないし、村人の移住の件もある。
 それに華佗の力は俺と一緒に旅するよりも、市井の人々に必要とされるものだ。

「それより皆のこと、よろしく頼む」
「ああ、任された」


   ◆


 それが十日前の話――

「お父様! もっと頭を撫でてください」
「お姉様だけ狡いのです! 多麻も、多麻も!」

 拝啓、皆様。
 俺に、娘が出来ました。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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