「クソッ! 何故、俺があんな子供の言いなりにならねばならん!」

 吐き捨てるように悪態を吐く左慈。その言動からも彼の憤りの強さが窺える。

「ならば、左慈。あの少女に勝てますか?」
「そんなこと、やってみなければっ!」
「わかりますよ。少なくとも、まともにやってどうにかなる相手とは思えません」
「――クッ!」
「悔しいでしょうが、今は耐えるしかありません」

 干吉の指摘にされるまでもなく、左慈自身もそのことはよくわかっていた。
 故に憤りを口にしても、行動には移さない。いや、移せない。
 それほどに彼女――零式との力の差が絶望的だと彼等は気付いていたからだ。

「あんなものが、俺達が待ち望んだ存在だと言うのか!?」
「ですが、それが現実です。現に自らの名を『守蛇怪(かみだけ)・零式』と名乗った少女は、私達よりも高位の次元に存在しています。そう、この箱庭の世界において『管理者』と呼ばれる私達を超える存在であることは認めざるを得ない」

 管理者と呼ばれる彼等の使命は、無数に枝分かれする世界を管理し、結果を観測することにある。
 世界の誕生とともに彼等は生まれ、目的に至るその日まで悠久の時を生き続ける。
 謂わば、彼等自身も『外史』という世界を形作る歯車の一つに過ぎなかった。
 故に、神を創るシステムと称された『星の箱庭』。高みに至ることを目的に、延々と繰り返される世界。その箱庭の管理者であり、世界の始まりと終わりを見続けてきた彼等だからこそ理解できる。

 彼女が高みに至った『至高の存在』であることが――。

「ですが考え方によっては、これは願ってもない好機です」
「……何を考えている?」
「高みに至るのが、何も北郷一刀でなければいけないと言う理由はありません」
「だが、奴は……」

 干吉が何を言おうとしているのか、何を為そうとしているのか、同じ目的を持つ左慈にはわかる。しかしそれは、システムの裏をかくということ。管理者としての領分を侵す行為でもあった。

「使命さえ果たされれば、私達はこの牢獄から解放される。だから――」

 箱庭からの解放を願う彼等に残された選択肢は、もはや一つしかない。
 左慈も干吉の言っていることが、残された唯一の希望であることを理解していた。

「彼女の思うが儘に踊って差し上げましょう。そう、神に至る道を――」





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第143話『兆候』
作者 193






 現在では天の御遣いを柱に、魏・呉・西涼、そして新しく加わった仲の四大勢力が、この広い大陸を分割統治するという構図が出来上がりつつあった。
 しかし先の大乱により仲は、他国の支援なくして復興することが困難な状況に陥っていた。
 先の州牧、劉璋とその配下の行った悪政により益州は疲弊しており、中央から逃げ延びるように現れた宦官達の謀略によって、経済は破綻寸前にまで追い込まれていたからだ。
 そこに加え、先の戦いにおける無理な徴兵と搾取により、民は食べる物もままならないほどの深刻な食糧危機に直面していた。
 だからと言って新しく益州を統治することになった袁術に、民が抱える不満を取り除けるだけの器量はない。袁術の手勢といえば、南蛮から連れてきた南蛮族と、森で採れた僅かながらの食糧だけだ。これだけでは、どうやっても自力での復興は難しい。
 そんな袁術の懐事情につけ込み、支援を申し入れたのが正木商会だった。

「――以上のことから、商会の支援は民に好意的に受け止められているようです」
「そうか。何はともあれ、暴動に発展しなくて本当によかったよ」

 諸葛亮の報告を聞き、ほっと胸を撫で下ろす一刀。
 現在の益州が置かれている状況は、嘗ての漢王朝よりも更に悪い。追い込まれた民がどういった行動にでるかは、先の歴史が証明している。黄巾の乱を繰り返すようなことだけは、どうにかして避けたいと一刀達は考えていた。

「次に各地に放った自警団からの報告です。逃げた劉璋配下の官吏、それに中央から落ち延びた宦官達のほとんどは捕らえることに成功しましたが、やはり張譲はそのなかにいなかったとのことです」
「ううん……。やっぱりダメだったか」

 諸葛亮の報告にほっとしたのも束の間、鳳統からの報告に重い溜め息を吐く一刀。
 主犯格の劉璋は城を包囲した袁術軍に捕らえられたが、精神喪失状態でとても尋問できる状態ではなくなっていた。
 他の捕らえた者達も詳しいことは何も知らず、記憶に欠如が見られるという報告を受けたばかりだ。せめて、洛陽の一件から深く関わっていると思われる張譲を捕らえることが出来れば、白服達の動向についても何かわかるかもしれないと考えていただけに、一刀のショックは大きかった。
 劉備と交わした関羽を助けるのに協力すると言った約束も進展のないままだ。

「そう言えば、あれから美羽は何も言って来ないのか?」
「はい。前と同じく、何も言ってくる様子はありません」

 鳳統の話す『前と同じ』というのは、河南の食糧難を支援する際、太老が取った策のことだ。
 あの時は『今ならニンジンを買うと蜂蜜が無料でついてくる』と言葉巧みに袁術を騙し、大量のニンジンを買い取らせることに成功したのだが、今回は定期的に蜂蜜を届ける代わりに、国内での交易や自警団の配備など、治政に関わる幾つもの約定を袁術に結ばせていた。

「政治より蜂蜜か……」

 皮肉でもなんでもなく、一刀の言葉は的を射ていた。
 一見すると袁術が得をしているように思える内容だが、実際の中身は『復興を支援してやるから権限をこちらに委ねろ』と言っているに等しい。『裸の王様作戦』と呼称されたこの作戦は、袁術を王と認めつつも必要な権限を取り上げ、積極的に政治に参加させないようにしようという思惑が隠れていた。
 知らぬは本人ばかり。裸の王様とはよく言ったものだ。

「七乃さんは何か言ってくるかと思ったんだけどな」
「張勲さんは確かに気付いているでしょうが、何も言って来ないのは袁術さんのことを考えてのことだと思います」

 鳳統の考えている通り、張勲はそのことに気付いていた。
 しかし彼女は、自分達の置かれている立場や益州の現状をよく理解しており、何より騙されている袁術がまったく気付いている様子はなく、楽しそうに毎日を過ごしていることもあって何も言う気はないようだ。

「それに、すべてこちらの思惑通りにいったわけではありませんし……」

 諸葛亮の言うように、すべてが商会の思惑通りに言ったわけではなかった。
 復興支援や自由交易だけでなく、自警団の配備を張勲が素直に受け入れたのは、有事の際、自分達を守る戦力を確保するためでもあったからだ。
 各国の思惑が、異民族の侵略から仲を盾にすることにあったことを考えると、自警団の全面配備は商会に取って思いも寄らない痛い出費となっていた。
 商会から持ち掛けた交渉を逆手に取り、素直に権限を委譲するようにみせて、国防に関わることまですべて丸投げしてきたからだ。

「それじゃあ、張勲が何も言わなかったのは……」
「はい。私達の想像以上に、袁術さんがバカだったということだと思います……」

 権力者にとって軍とは、国を守る武器であると同時に、権力を誇示するために必要不可欠な力でもある。それなのに、自らの生命線とも言える軍事に関する権限を、まさか放棄するとは諸葛亮も考えなかった。

 それだけ、袁術がバカだと諦めるべきか?
 それとも、張勲が上手だったと認めるべきか?

 交渉に当たった諸葛亮にしてみれば、複雑な思いだった。
 今なら武力に物を言わせて王位を簒奪することは簡単だが、そんなことをしても劉備は喜ばないし、天の御遣いの名を貶めることになる。そこまで計算してのことだとすれば、これほど厄介な話はなかった。

「そう言えば、何時からお二人の事を真名で呼ぶようになったんですか?」
「う……っ! それは……」

 突然の諸葛亮の問いに何かを思い出し、慌てた様子で返答に困る一刀。
 一度目の戦いで劉璋軍に敗北したあと袁術に拾われ、長い間一緒に行動していたことを考えれば、真名で呼び合う仲になっていても不思議ではないのだが、何やら後ろめたいことがあるのか、一刀はその話を他人(ヒト)にしようとはしなかった。

「北郷が二人のことを真名で呼ぶようになったのは、確か……あの時だな」

 そんな三人の話に割って入ったのは、一刀の護衛として傍に控えていた華雄だった。
 先程まで難しい話は苦手だからと居眠りをしていたのに、こんな話に限って乗ってくる華雄を一刀は睨み付ける。

「どうした? そんなに熱い視線を向けられると照れるではないか……」

 と言って頬を紅く染め、顔を横に背ける華雄。そんな華雄の乙女な一面を見て、
 ――ちげぇっ!
 と一刀の心の声が響いた。

「それで、あの時っていうのは?」
「――ッ!」

 なんとか話を逸らすことが出来たと思った矢先、鳳統の一言で振り出しに戻る。
 そんな一刀の心を知ってか知らずか、華雄の話は続く。

「うむ。あれは北郷が『ろりこん』と自ら名乗った時のことだ」
「名乗ってねえええっ!」

 ロリコン――正しくはロリータ・コンプレックス。
 一刀の叫びも虚しく『ロリコン』の意味を知る二人の少女は、一刀から距離を取っていた。


   ◆


 一刀のロリコン疑惑が一層の真実味を増している頃、劉備は成都にある商会の館で、張三姉妹と会っていた。

「――以上が、私達が旅で得た情報です」

 張梁から得た情報は残念ながら劉備にとって、必要とするものではなかった。
 一向に掴めない関羽の行方。その手掛かりになればと、大陸中を旅して回っている張三姉妹に話を聞きにきた劉備だったが、それも大した成果にはならなかった。
 そもそも張三姉妹の歌で正気を取り戻した兵士達も、操られていた間のことは何も覚えてなく、関羽の背後にいると思われる白服達に関する情報が何もわからない状況では、ほとんど打つ手がないのが現実だった。

「ごめんね。力になれなくて……」
「ううん、こちらこそ。無理を言って話を聞かせてもらったのに……ごめんなさい」

 落ち込んだ様子の劉備を見て、申し訳なさそうに頭を下げる張角。
 だが劉備も、彼女達が悪い訳ではないことはわかっていた。
 ただ、関羽を助けると心に決めておきながら、何も進展のない状況に焦りを感じていた。

「元気をだしなさいよ。そんなんじゃ、皆を心配させるだけよ」
「……うん。心配してくれてありがとう。地和ちゃん」
「うっ……べ、別にアンタのためじゃないんだからねっ!」

 素直に感謝されたことが照れ臭かったのか、頬を真っ赤にして顔を横に背ける張宝。
 そんな張宝を見て、皆に助けてもらっているばかりか、心配をかけていることを自覚し、劉備は気を引き締めた。
 しかし、白服に操られていると思われる関羽の安否が気掛かりなことは変わりなかった。

「今、皆さんが情報を集めてくれていますから、それを待ちましょう。きっと大丈夫ですよ」

 張梁の言うように、今は時が来るのを待つしか無い。それは劉備もわかっていた。
 そのために皆が協力してくれていることも――

(そうだよね、私がこんなんじゃダメ。私が自分で決めたことなんだから――)

 今も商会だけでなく各国の協力も得て、大規模な情報収集と捜索が行われている。この背景には、太老が失踪したことを公表することの出来ない各国の王達が、太老を秘密裏に探すための口実にと、劉備の協力要請に乗るカタチを取った結果でもあった。
 それにどちらにせよ、白服の調査は進める必要がある。黄巾の乱や洛陽での暗躍に続き、こう立て続けに国を騒がす大きな事件の裏に白服の存在がある以上、見過ごすことは出来ないというのが各国の下した決断だった。


   ◆


 ――許昌。

「国境に兆しあり……」

 自身の執務室にて、曹操は各国から届いた書簡に目を通していた。
 幽州特区、公孫賛から届けられた書簡には、先日捕らえた異民族から得た情報の詳細が書かれていた。

「北だけでなく西や南も……か」

 重苦しい表情を浮かべ、曹操は西涼や呉から送られてきた書簡にも目を通す。
 どちらも、これからのことを想像するに厳しいことが綴られていた。

 ――五胡に不穏な動きあり

 この国は、これまで幾度となく異民族の侵略に脅かされてきた。
 しかし、その多くは国境沿いの小競り合いに過ぎず、大規模な衝突にまでは至っていない。
 だがここにきて、嘗てないほど統率の取れた大きな動きを五胡は見せていた。

「太老が動いたことから、何かあるとは予想していたけど……嫌な予感は当たるものね」

 五胡は、この国に属さない五つの民族からなる総称だ。
 それが同時期に示し合わせたかのように、これほど大きな動きを見せるのは初めてのことだった。
 予め、警戒するように伝えておかなければ気付かなかったと思えるほど、これまでの常識からは考えられないことだ。
 故に、曹操はこの異常な事態に危機感を募らせる。

(いくさ)がはじまる。嘗て無いほど、大きな戦いが……」





 ……TO BE CONTINUED



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