蒲公英(たんぽぽ)! 蒲公英はおるか!?」

 馬騰の大きな声が城内に響く。
 城に馬を乗り付けた派手な帰還に、兵達の視線が集まる。

「ここにいるぞ――っ!」

 そんな馬騰の帰還に一早く反応し、呼ばれて飛び出たのは馬岱だ。
 こちらもまた、元気一杯の登場に兵達の注目が集まる。
 派手な登場の仕方、声の大きさは一族譲りのものだった。

「儂が留守の間、変わったことはなかったか?」
「ううん、特には?」

 特に変わったことはないという馬岱に、鋭い視線を向ける馬騰。

「――っ!」

 馬騰より解き放たれる強烈な殺気。突然、馬上より抜き放たれた槍の一撃に驚きながらも、馬岱は見事な反応を見せ、槍でその一撃を捌く。剣呑とした場の空気に、兵達の間にも緊張が走った。

「ふむ。鍛錬は怠っていなかったようだの」
「ひ、酷いよ。たんぽぽを殺す気!?」
「手加減はした。鍛錬を怠ってなければ、避けられたはずだしの」
「さぼってたら、どうなってたのさ!?」

 無言で顔を背ける馬騰を見て、馬岱の顔から血の気が引く。
 さぼっていたら串刺し、と言わんばかりの反応だった。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第146話『一族の絆』
作者 193






「もう絶対に、こういう挨拶はなしにしてよね!」
「しかしの。翠ならば……」
「姉様と一緒にしないで! たんぽぽは姉様と違って、普通の人間なんだから!」

 普通と言うほど、馬岱は弱くない。兵から見れば、一流と言える強さを有している。
 だが、それ以上に馬騰と馬超が規格外に強すぎた。
 才能という言葉だけで片付けていいものかどうかはわからないが、しかし二人と自分の間には努力だけでは越えられない大きな壁があることを馬岱は自覚していた。

(なんで、たんぽぽの周りってバケモノじみた強さの人ばかりなのかな……)

 先程のやり取りを思いだし、しみじみとため息を漏らす馬岱。
 馬超と同じように扱われては堪ったモノではない。普通とは違うのだから。
 もうちょっと自分達の非常識さを理解して欲しいと考える馬岱だった。

「母様、姉様を呼び戻さなくていいの?」

 馬超の話がでたことで、馬騰に気になっていたことを尋ねる馬岱。
 五胡の動きが活発化していることに伴い、国境警備の強化、戦力増強の声が兵や諸侯の間で高まっていた。
 そのため、馬騰に次ぐ武を有する馬超の不在は痛い。
 馬岱もまた、これまで通り前線の指揮を馬超が執るものと考えての質問だった。

「翠は呼び戻さぬ。もうしばらく、好きにさせてみるつもりだ」
「……え?」

 予想外の返答に、馬岱は呆ける。それでは誰が戦いの指揮を執るのか?
 しかし、口元に笑みを浮かべる馬騰を見て、冗談ではないのだと馬岱は悟った。

「えっと、まさか……姉様の代わりを、たんぽぽにやらせる気じゃないよね?」
「やりたいのか? なら――」
「全然! たんぽぽには絶対に無理だから!」

 ブンブンと首を横に振って、自分に振らないでくれと拒絶する馬岱。
 馬超や馬騰の戦い方を知っている馬岱からすれば、絶対に二人の真似が出来ないことはわかっていた。
 言ってみればそれは、敵に突撃して死んで来いと言わんばかりの死刑宣告だ。

「病床に伏せていたとはいえ、翠にはこれまで儂の代理として随分と世話をかけた。そこで、娘の恋を応援してやろうと思ってな」
「恋? 姉様が……ええ――っ!」

 馬騰がこう思い立ったのは、馬超が一刀と上手くやっていることを察してのことだ。
 太老からのお願いとはいえ、馬超をだしたのは親心あってのことでもあった。

(娘の恋路を邪魔して、馬に蹴られたくないしの)

 幼い頃から馬と共に育ち、騎兵を得意とする西涼の長が、馬に蹴られるなど情けない話はない。それに相手が一刀なら、馬騰も諸侯を納得させる自信があった。
 太老ほどではないにしても、一刀は本人が思っている以上に重要な役割を担っているからだ。

「相手は北郷一刀。天の御遣いの代理を命じられた男だそうだ」
「ご主人様の代理? ああ、『両刀』ね」
「知っておるのか?」
「うん、色々≠ニ有名人だから」

 何か、含みのある言い方をする馬岱に、怪訝な表情を浮かべる馬騰。
 しかし、一刀が有名なのは嘘偽りのない事実だった。
 一刀が二つ名を得る切っ掛けとなった反董卓連合での活躍は、戦いに参加していない諸侯の耳にも届いている。それに代理とはいえ、『天の御遣い』を名乗ることを許されたということは、太老が一刀に寄せる信頼の厚さを知るに十分だった。
 面倒事を嫌う太老の考えを知らない人々からしてみれば、一刀に対する見方も変わるというものだ。

「それで姉様のことはわかったけど、結局どうするつもりなの?」
「戦場の指揮は儂が執る」
「――母様が!?」

 声を張り上げ、驚く馬岱。しかし、これは決して大袈裟なものではなかった。
 先日まで病床に伏していた馬騰の代理として、馬超が戦いの指揮を執っていたことは記憶に新しい。
 馬騰が戦場にでるのは、実に数年振りのことだ。

「でも、母様……身体は?」
「それなら心配は要らん。以前よりも体調がよいくらいだ」

 そうして、ワハハと大口を開けて豪快に笑う馬騰。そんな馬騰を見て、馬岱は冷や汗を流す。
 西涼はその場所柄から、もっとも多く五胡との戦いを経験してきている。そんななか、戦慣れした兵や諸侯を束ね、盟主と崇められる馬騰は、まさに西涼の民を代表するに相応しい人物だ。
 五胡の間にも勇名を轟かす豪傑。
 故に、戦場で名を馳せた英雄、あの孫堅と名を連ねる非常識の塊≠ナもあった。

(母様が戦場にでるなんて……まだ、姉様の方がマシだよ!)

 と心に思っていても口にだせない馬岱だった。





【Side:蒲公英】

 母様が凄くやる気をだしていた。
 洛陽で何があったのかしらないけど、あんな楽しそうな母様を見るのは初めてのことだ。
 何処の誰か知らないけど、母様をその気にさせるなんて本当に余計なことをしてくれたものだと思う。

「なんだかんだで、うちで普通(まとも)なのって、たんぽぽだけなんだよね」

 姉様が筋肉バカだとすれば、母様は野獣そのものだ。いや、野獣という例えすら生温い。あれは龍……いや、怪獣だ。
 味方でさえ、敵に同情を覚えるほどの非常識さ。数を力で打ち破る突破力こそ、母様が規格外と言われる所以だった。
 たんぽぽがご主人様を受け入れることが出来たのは、間違い無く母様のお陰だ。

「あの二人を見てると、普通でよかったと思うよ……」

 ご主人様のことは好きだけど、あんな風になりたいとはまったく思わない。
 なんでも身の丈にあった生き方が大切だと、たんぽぽはあの二人を見て学んだ。

「他の人と比べても仕方無い。たんぽぽには、たんぽぽの出来ることがあるはずだしね」

 そのことに気付いて、気が楽になった気がする。
 姉様の強さに憧れたこともあった。でも、心の何処かで自分には無理だと諦めていた。
 だけどご主人様に色々と教わって、それを実践していくうちに、姉様や母様に力で敵わなくても、たんぽぽにしか出来ないこともあるのだと気付くことが出来た。
 そのために、こうして西涼に帰ってきたのだ。
 ご主人様から教わったことを実践するため、自分に出来ることをするために――

「でも、母様が戦場にでるんじゃ、計画を練り直さないとダメだよね……」

 今まで騎兵を強みとしてきた西涼に、新しく取り入れた工兵部隊。その指揮と教育を、たんぽぽが担当していた。
 でも、母様が戦場にでるとすれば、間違い無く母様は最前線で指揮を執るはずだ。
 というか、姉様以上の戦バカだけに率先して敵に突進しかねない。そうすると、敵を誘い寄せて罠に嵌めるという策はダメだ。

「これじゃあ、姉様を囮に敵を罠に嵌める計画に狂いが――」

 ないとは思うけど、母様一人で敵兵を殲滅しかねない予感までしてきた。
 あれは、まさに決戦兵器だ。そうなったら、たんぽぽの活躍する余地がない。

「ご主人様に良いところを見せようと思ったのに……」

 何か、他に良い策がないものかと考える。
 突撃、殲滅……孤立?

「あっ、そっか。母様ごと罠に嵌めちゃえばいいんだ」

【Side out】





「くしゅんっ!」

 益州、成都の建築現場。山ほどの木材を抱え、くしゃみをする馬超。あやうく資材を落としそうになる。

「危なかった……。もう少しで落とすところだった」

 街道の整備や壊れた橋の補強など、街の人々や兵と一緒になって、馬超は街の復興に汗を流していた。

「馬超、こんなところにいたのか」
「北郷!?」

 うっ、と気まずそうに呻き声を上げる馬超。
 それもそのはず、ここ数日、馬超は一刀のことを意識して避けていた。
 別に一刀のことが嫌いになったと言う訳ではない。原因は他にあった。

(母様があんな手紙を送ってくるから!)

 商会を通じて馬騰から馬超宛に届けられた一通の手紙。そこには一刀と上手くやるようにとの一文が添えられていた。
 てっきり、そろそろ西涼へ帰ってくるように言われると思っていただけに、これは馬超も予想外のことだった。

(大体、一刀と上手くやれって、どういうことだよ!)

 馬騰の手紙は切っ掛けに過ぎず、馬超は以前から一刀に好意を寄せていた。
 共に旅をすることで、戦いを通じて知った青年の人柄に、いつしか彼女は惹かれていった。
 それを強く自覚したのは、関羽との戦いの時だ。

(あの時は少し格好良いと思ったのに……)

 仲間を大切に思う一刀の言葉に惹かれ、馬超はここに留まることを自らの意思で選んだ。
 西涼に居た頃は、馬騰の娘ということで気後れするものが多く、その強さを知る者には畏怖こそされ、女として扱われることはなかった。
 しかし、一刀は違った。馬超の強さを知った上で、態度を変えることはなかった。
 気が多く、スケベでどうしようもない男に思えるが、やる時はやる。それを証明したのが、先日の戦いだ。
 こんな男もいるのだと、一刀のことを見直した馬超だったが――

「なんで普段は、こんなに頼りなさそうなんだろうな……」
「頼りなさそうで悪かったな!?」

 自覚はしていても、面と向かって言われるのは嫌なのか、一刀は声を荒げる。
 色々と足りてないことは、言われずとも本人が一番よくわかっていた。

「雛里ちゃんが探してたぞ。警備のことで相談があるそうだ」
「む……」

 一刀の口から鳳統の名前を聞いて、眉間にしわを寄せる馬超。

「鳳統だけでなく劉備達のことも真名で呼んでるのに、なんであたしのことは真名で呼ばないんだ?」
「え? 呼んでいいのか?」

 素でそんな言葉を返す一刀に、ムッとする馬超。
 確かに、ちゃんと真名を交換したことはないとはいえ、その反応はどうかと馬超は思う。
 心を許した相手だと思っているだけに、一刀のこの反応は面白くなかった。

「とにかく、これからはあたしのことも真名で呼べ!」
「呼んでいいなら、そうするけど」

 腑に落ちないものを感じつつも、よくわからないまま頷く一刀。
 このままでは不利と悟ったのか、なんとか話題を逸らそうと別の話を振る。

「そう言えば、涼州に帰らなくていいのか?」
「突然、どうしたんだ?」
「いや、五胡が不穏な動きを見せてるって聞いたから、心配じゃないかと思ってさ」

 五胡の侵攻が近いことは一刀も鳳統から聞き、知っていた。
 馬超がここに自分の意思で残ってくれたことは嬉しい。しかし、馬超にも故郷に残してきた家族がいる。仲間がいる。
 彼女は太老が付けてくれた護衛とはいえ、故郷を守りたいと思うのは当然のことだ。
 だからこそ、一刀なりに馬超を気遣ってのことだった。

「母様がいるから大丈夫だ。西涼の民は、それほどに弱くない」

 一刀の気遣いを嬉しく思いつつも、馬超は一刀の言葉を一蹴する。
 故郷に残してきた皆の力を信じているからこそ、彼女はここに残ることを決めたからだ。

「どれだけ敵が強大でも、西涼の騎兵は絶対に負けない。あたしは、そう信じてるからな」

 西涼の民は、侵略者などに屈しない。ましてや病床に伏せっていた頃ならいざ知らず、全快して以前にも増して元気を取り戻した馬騰が、五胡の兵如きに敗れるなどと馬超は露程も考えていなかった。

「それに北郷の方が、どっちかと言うと心配だしな……」
「うっ……」

 それよりも心配なのは、目の前にいる頼り無い男の方だと馬超は思う。

「弱いし、頼りないし、女好きだし……」
「いや、待て待て! 最初の二つはわかるけど、最後のは!?」
「知ってるんだぞ。この間だって、紫苑や桔梗の胸ばっか見てたじゃないか」
「ぐはっ!」

 いつの間に、あの二人と真名を交換するほどに仲良くなったのか?
 本当のことだけに反論が出来ず、一刀は必死に言い逃れを考える。

「俺は別に大きい胸が好きってわけじゃなくてだな」
「じゃあ、小さい胸でもいいのか? 雛里や朱里みたいな」
「あれはあれで、また違った趣が……」
「最低だな」

 トドメを刺され、その場に両手両膝をつく一刀。言い逃れにすらなっていなかった。

「はあ……なんで、こんなのが気になるんだか……」
「え……今、なんて?」
「――っ! なんでもない!」

 思わず吐いた言葉に、頬を紅くする馬超。

「これ以上、詮索したら……わかってるな?」
「あ、ああ……」

 首筋に槍の切っ先を突きつけられ、喉元まで出かかっていた言葉を呑み込む一刀。
 照れ隠しで殺されては浮かばれない。冗談と思えない馬超の殺気に一刀は言葉を失った。

「なんか最近、華雄に似て暴力的になってきてないか?」
「そうか、命が惜しくないか。じゃあ、仕方な――」
「惜しい! 凄く命が惜しいです!」

 必死に命乞いする一刀を見て、怒る気が失せたのか、大きなため息を漏らす馬超。
 馬超は思う。馬騰からの手紙があったとはいえ、ここに残ったのは自分の意思だ。
 それだけに自分の選択に胸を張れるよう、一刀には情けない姿を見せて欲しくなかった。

「まったく……あたしは行くからな。か、一刀≠焉Aちゃんと仕事しろよ」

 慣れない呼び方をしたためか、自分で言って置いて場の空気に耐えられなくなる馬超。
 動揺を隠すため一刀に背を向け、足早にその場を立ち去ろうとする。

「翠! ありがとうな! 俺は翠が残ってくれて、凄く嬉しかった!」
「――っ!?」

 それは、まさに不意打ちだった。
 なんの悪気もなくニカッと笑う一刀を背に、馬超は何も言わず、その場を後にした。





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.