――よく持ち堪えていた。
 敵の数は十万。片や、味方の数は五千。しかも敵は疲れを知らぬ不死の軍勢だ。
 恐れも痛みも知らず、ただ術者の意のままに動く操り人形。
 そんな相手に半刻もの間持ち堪え、一歩も怯むことなく彼等は街を――そこに住む人々を守るために戦っていた。

「こっちの被害は!?」
「二割と言ったところです。ご命令通り怪我を負った兵は下がらせていますが、その分、陣形に穴が……」

 土で作られ、妖力で動く兵馬妖は疲れを知らない。
 一方で生身の彼等は時間が経つにつれ疲労が蓄積し、動きが鈍くなっていく。

「報告します! 右翼に敵が集中、兵の疲労も激しく、このままでは突破されるのも時間の問題です!」
「ウチが行く! ここの指揮は任せたで!」

 張遼はその場を副官に任せ、機動力に長けた自身の隊を率い現場へと急ぐ。
 なかなか突破できないことに焦ったのか、敵の動きがここに来て変化を見せ始めていた。

 数の上では圧倒的有利にも拘わらず、突破しきれないのは兵の質、練度の差が大きい。
 兵馬妖は疲れを知らぬ強力な駒ではあるが、彼等に自ら考え行動する力はない。それを操っているのは一人の人間だ。
 戦場のすべてを把握し、刻一刻と変わりゆく戦局に臨機応変に対応し、的確な命令を下すことは名のある軍師と言えど難しい。
 ましてや張譲は武官でもなければ軍師でもない。
 中央で権力争いに邁進していた彼に、(いくさ)の経験や知識があるはずもない。
 こうした大規模な戦闘を経験するのは、これが初めてのことだった。

(敵の指揮がお粗末やから助かっとるけど……こっちもそろそろ限界か)

 用兵に長けた張遼はその経験を活かし、機転と奇策を用いることで、敵の攻撃をなんとか耐え凌いでいた。
 しかし幾ら呂布や張遼が強くても、すべての敵を一度に相手が出来る訳では無い。
 たった五千の兵で、この広い戦場をすべてカバーするのは現実的には不可能だ。

「このまま突っ切るで! 遅れずに付いて来い!」

 自ら先頭を切り、兵に檄を飛ばす張遼。
 風のように馬を駆り、神速の如き一陣の風となって張遼は敵の中を駆け抜けていく。
 馬上より振るわれる偃月刀が兵馬妖の首を切り落とし、薙ぎ払う。
 だが、それでも敵の動きが止まることはなかった。

「くっ! ほんまもんのバケモノやな」

 胴を裂こうが首を落とそうが歩みを止めず、仲間が倒されても動揺一つ見せず淡々と動き続ける姿は、まさに不死の兵と呼ぶに相応しい正真正銘のバケモノ≠セ。
 だが、そんな光景を目にしても張遼は不敵に笑う。

「せやけど――」

 張遼の偃月刀が一瞬光った――
 と思った瞬間、十を超す兵馬妖が一瞬で粉々になり、跡形もなく吹き飛ぶ。

生憎(あいにく)と、ウチはそれ以上のバケモンを知ってるんでな」

 何故、太老には槍や剣が通らず、武器と素手で渡り合うことが出来たのか?
 答えは簡単だ。フィールドと呼ばれる力場を身体全体に発生させ、鎧のように身に纏うことで太老は全身を強化していた。
 太老がそのようなことが出来たのは、幼い頃から身体を鍛え、優れた師の下で力の扱い方を学び、彼等の世界に伝わる『生体強化』と呼ばれる特別な調整を受けたためだ。

 ――ならば、それは他の誰にも真似の出来ないものなのか?

 いや、力の大小はあれど、太老の世界では警察や軍隊、海賊と言った戦闘を生業とする者達の殆どが、これらの調整と訓練を受け、極自然にその力を使いこなしていた。
 条件さえ揃えば、誰にでも使える技術≠セ。

 ――ならば才能に溢れ、幼い頃より厳しい訓練に耐え、数多の戦場を経験した武術の達人が条件を満たせば、どうだろうか?

 三国に名を残す歴史の英雄達。
 無意識に気を遣いこなしていた彼等は、自然と力の扱い方を理解していた。
 不十分な強化といえど、限界まで高められた力は時にホンモノ≠凌駕する。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第154話『天下無双』
作者 193






「何故だ! 何故、突破できん! こちらには十万もの兵がいるのだぞ!?」

 余裕がなくなってきたのか、息を荒く感情を顕わにする張譲。
 二十倍の兵力差。その上、不死の軍勢を率いているというのに、戦局は硬直していた。
 その受け入れ難い現実が張譲の思考を奪い、冷静さを欠いていく。

「もっとだ! もっと力を! すべてを破壊し、殺し尽くす力を!」

 深い怨嗟の籠もった声で、七星壇に祈りを捧げる張譲。
 彼を突き動かしているのは異常なまでに膨れ上がった『怨念』とも言うべき復讐心だった。
 兵馬妖を動かすには大量の妖力が必要とされる。そして妖力の元となるのは人の心、怒りや哀しみと言った負の感情だ。そのなかでも恨みや嘆きの感情は、特に強い力を生み出す。太平要術によって膨れ上がった感情が爆発的な力となって祭壇に満ち溢れていた。
 これは張譲ひとりの力だけではない。太老や劉協によって都を追われた者達、粛正された者達の恨み辛みが一つになり、その途方もない力を生み出していたのだ。

「……なっ!?」

 兵の一人が驚きに満ちた表情で声を上げる。
 粉々に砕け散ったはずの兵馬妖が淡い光を放ち、まるで時を巻き戻すかのように再生し立ち上がったからだ。
 倒しても倒しても復活する兵馬妖の姿に、兵達の間に『絶望』と言う名の動揺が走る。
 そんな光景を見下ろし、張譲の顔は愉悦に歪んでいた。


   ◆


「さっき報告があったわ。戦線の一部が崩壊。防衛網を突破されたそうよ」

 予想しえた最悪とも言える報告に、苦悶に満ちた表情を浮かべる賈駆。
 復活した兵馬妖を前に、兵の士気は下がる一方。呂布、張遼の二人が健闘するも敵の勢いを止められず戦線が崩壊。防衛網を突破され、ここ洛陽に敵が迫ろうとしていた。

「都は放棄するしかないわね。幸い、恋と霞が時間を稼いでくれたお陰で住民の避難は完了している」
「詠ちゃん、それじゃあ……」
「ボクだって悔しい。でも、もうどうすることも出来ない。逃げるしか手がないのよ!」

 都に残っているのは、練度の低い未熟な兵ばかり。戦ったところで勝ち目などない。
 ましてや戦いが起こっているのは、ここばかりではない。西涼、魏、そして呉。すべての国々が今、五胡の侵攻を食い止めるべく戦力を結集している状況では、砦に籠もったところで援軍を見込むことすら難しかった。

「でも、せめて恋さんと霞さんが戻ってくるまで……」
「無理よ。あの二人の帰りを待っていられるほど、時間も余力も私達には残されていない。それに今頃は……」

 最悪の事態を思い浮かべ、賈駆は喉元まで出掛けた言葉を呑み込んだ。
 突破されたということは、前線の兵にも少なく無い被害が出ていると言うことだ。
 二人の無事を信じたい気持ちは賈駆も董卓と同じだったが、一時の感情で判断を鈍らせることは出来なかった。
 決断を鈍らせ逃げ遅れれば、それだけたくさんの兵の命を危険に晒すことになる。それに住民を安全なところまで誘導しなくてはならない。兵馬妖が都で止まってくれるとは限らず、そのまま追ってくることも十分に推測された。
 だとすれば、時間は余り残されていない。

(ゆえ)、わかって。ボクには皆の命を……(ゆえ)を守る責任がある」

 何よりも、大切な友人を――董卓をそんな危険に晒したくない。
 それが賈駆にとって、何よりも優先すべき大切なことだった。

「ねね、急いで兵に撤退の指示を――」
「ねねは、ここに残ります」
「……はあっ!?」

 仮にも陳宮は軍師だ。
 自分の言っていることが、彼女なら理解してくれると考えていた賈駆はその反応に驚く。

「自分が何を言ってるのかわかってるの!? ボク達は負けたのよ!」
「まだ、負けてないのです!」
「何を言って……」

 負けていないとどうして言える?
 どこにまだ勝てる要素が残されているのか?
 陳宮の言っている言葉の意味が賈駆には理解出来なかった。
 子供の我が儘、そう言ってしまえば簡単だ。だが、陳宮は頑なに信じていた。

 別れる時、呂布と交わした約束を――
 皆を守ると言った呂布の言葉を――

 なんの勝算もなく、あんな言葉を口にする呂布ではない。そこには確かな理由がある。
 そう、信じて。陳宮は呂布との約束を信じ、その帰りを待っていた。

「勝手になさい! (ゆえ)、行くわよ」
「え、詠ちゃん!?」

 怒りと呆れ、様々な感情を滲ませながら、その場を立ち去る賈駆。
 賈駆の後を追うように走り去っていく董卓を見送り、誰もいなくなった玉座の間で陳宮は西の空を見上げる。

「恋殿、ねねは信じているのですよ」


   ◆


「そうだ! 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ――」

 醜く歪んだ負の感情を吐き出すように、怨嗟の言葉を口にする張譲。
 復活した兵馬妖の勢いは留まることを知らず、先程まで停滞していた戦局は一気に張譲の方へと傾いていた。

「ここまでのようやな。生き残ってる連中に通達、残存部隊を集めて撤退する」

 防戦一方の攻防が続き、戦線を維持するだけで精一杯と言った状況のなか、張遼は部下に撤退の指示をだす。

「ですが、我々が撤退すれば都は!?」
「十分に時間は稼いだ。これ以上、無理しても被害が増す一方や。それより、さっさと逃げえ」
「張遼様は……一緒に行かれないのですか?」
「恋を置いて行くわけにもいかんしな。それに逃げるにしても殿(しんがり)は必要やろ」

 そう言って馬を下り、武器を片手に歩みを進める張遼。

「ウチと恋が時間を稼ぐ。……月と賈駆っちのこと頼むで」
「……ご武運を!」

 兵達が撤退を始めたのを確認すると、張遼は目前に迫る敵へ身構える。
 既に誰の目にも勝敗は明らか。そうとわかっていても張遼は諦めるどころか、悲壮な表情一つ浮かべていなかった。

「この(いくさ)は確かにウチらの負けや、でも――」

 偃月刀を構え、敵兵目掛け一気に駆け出す張遼。

「武人として負けを認めたわけやないで! 張譲っ!」

 それは武人の誇りと意地を掛けた戦いの幕開けだった。


   ◆


「負け犬が何を咆えたところで状況は変わらぬ」

 勝利を確信した張譲の耳には、張遼の言葉も届かない。

「誰一人逃さん。貴様等はここで死に、その次は董卓。そして、最後はあの男――」

 この時を待っていたとばかりに、饒舌に言葉を紡ぐ張譲。

「我が恨みの深さを知り、あの世で後悔――」

 だが、そんな張譲の言葉を遮る者がいた。

「……黙れ」

 その一声で、一瞬にして戦場が静寂に包まれた。
 戦場の一角から感じる強烈な圧力。息苦しいほどの力が溢れだす。

「……蒼天は死なず。しかして駆けるは羽虫にあらず」

 静まり返った戦場に響く、凛とした声。

「……蒼天は龍が駆ける場所」

 静かながらも強い怒気の籠もった声に恐怖を感じ、無意識に後ずさる張譲。

 一瞬のことだった。

 瞬きをするかしないかの間に、数百を超す兵馬妖が風となり土へと返る。
 何が起こったのか、その場にいる誰もが理解することの出来ない光景がそこにあった。

「恋……?」

 明らかに呂布の様子がおかしいことに張遼も気付く。
 張遼の武人としての感覚が、呂布から発せられる闘気にあてられ警笛を鳴らしていた。

「まさか、恋の奴……」

 ――蒼天は死なず。しかして駆けるは羽虫にあらず。蒼天は龍が駆ける場所。

 その言葉は嘗て呂布が、洛陽を攻めてきた黄巾の群れに放った言葉だ。
 怒りに我を忘れ、暴走している。少なくとも張遼の目には、そう映った。
 今までに一度として、本気で怒った呂布を張遼は見たことがない。それもそのはず、感情の機微に疎く、怒りという感情を殆ど表にだしたことのない呂布が、初めて心の底から怒りを覚えた相手――それが張譲だった。

「うああ……く、来るな、来るな来るな来るな!」

 今まで感じたことのない圧倒的な恐怖が張譲に襲いかかる。
 声にならない呻き声を上げ、命乞いをするかのように張譲は錯乱し、兵馬妖達に命令を下す。

 切っ掛けは傍から見れば、些細なことだったのかもしれない。だが、呂布にとって董卓と太老は家族とも言える存在。戦いに身を置く以外の生き方を、生きる楽しさを教えてくれた大切な友人だった。
 その二人の尊厳を踏みにじり、殺すとさえ口にした張譲を許せるほど呂布は聖人君子ではない。

「そいつを殺せ、近付けるな!」

 進路を変え、呂布へと迫る兵馬妖。しかし、その命令が達成されることはなかった。
 そこにいるのは鬼神。三国の歴史に名を残す、史上最強の武将。
 数多の英雄を凌ぐその力は、無慈悲な暴力となって眼前の敵に放たれる。

「だから――」

 呂布が声を発した瞬間、方天画戟が今までに無い強い輝きを放った。
 太老に武器の作成を依頼された李典が、失敗を繰り返しながら生み出した合成金属。
 正木工房謹製七つ道具。モノクル、ハイポーション、メディカルナースちゃん、魔法少女大全、虎の穴携帯版。
 そしてコピーロボットに続く最後の一つ――錬金釜。

 複数の材料を合わせることで未知の素材を生み出すそれは、製作者の太老ですら使用を考えるほどに博打的な要素が高く、あの宇宙一の天才『白眉鷲羽』ですら予想の付かない物を時に生み出す。
 まさに希望と絶望が一緒に詰まった『パンドラの箱』とでも言うべき代物だった。
 しかし幸か不幸か、材料に『多麻の体組織』を用い、錬金釜より生み出されたそれは太老の希望に叶う最高の素材へと姿を変えた。

 ――通称、多麻合金。

 その合金を用い作られた試作武器こそ、この方天画戟だ。
 呼吸をするかのように呂布の力を取り込み、輝きを増していく刀身。気の伝導率を最大限に高め、使用者の力を極限まで引き出していく。
 もっとも、力のない者が使えばカラカラに干からびるまで精気を吸い取られるだけだが、その威力は従来の武器と一線を画す。

「――羽虫は死ね」

 それは、圧倒的な兵器(ぼうりょく)。極限にまで高められた力は、一条の光となってすべてを呑み込む。
 祭壇諸共、紅い光の放流に包まれる張譲。
 走馬燈のように脳裏に浮かぶのは、干吉に操られていた時の記憶。

 今は覚えていないはずの魔法少女(りんご)の光だった。





 ……TO BE CONTINUED



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