【Side:太老】

 一糸纏わぬ年端の行かない美少女三人と、止めに入った美少女メイドに揉みくちゃにされながらも、俺は鋼の自制心を働かせ、何とか犯罪行為に走るのを未然に防ぐ事に成功した。これも普段のたゆまぬ努力と経験による物だ。
 このくらいのアクシデントを乗り越えられないようでは、あちらの世界ではやっていけなかった。
 そうでなければ、俺はとっくに内海達と同じ末路を辿っていた事だろう。

「昨日は酷い目に遭った……」

 シンシアとグレースと風呂に入るだけで、あんな目に遭うとは思いもしなかった。
 グレースと事故で絡み合っているのを二人で遊んでいると勘違いしたシンシアがそこに加わり、更に何を勘違いしたのか、今度は途中から風呂に入ってきたマリアが参戦し、挙げ句に最後は助けに入ろうとしたマリエルを巻き込んで散々な結果に陥った。
 天国と地獄が一緒にやってきたかのような、精神的に疲れるアクシデントだった。

(マリエル……思ったよりも胸があるんだな)

 発展途上の三人と比べること自体が間違いとも言えるのだが、小柄な体型の割に意外と膨らみのあるマリエルの胸には驚かされた。
 さすがにこんな事を本人に面と向かっては言えないが、俺も男だ。あれは事故とはいえ、嬉しくなかったと言えば嘘になる。
 グレースには殴られるし、マリエルからは避けられるし、その後は散々な一日だったが、ああ言う場合は理不尽であろうと男が悪いというのが世の必定だ。
 よく主人公属性の必須スキルの一つに挙げられる『ラッキースケベ』の気持ちが少し理解できた気がした。

 以前から何度かこういう事があるのだが、俺にもステータスを参照するとスキル『ラッキースケベ』とか書いてあるのだろうか?
 だとすれば、嬉しいような悲しいような、何とも言えない心境だ。
 主人公補正の無い俺にとっては、ラッキースケベなどアクシデントを無駄に引き起こす厄介者でしかない。
 大抵、主人公の場合はそういうイベントがあったら、どう言う訳か覗いた相手から好意を寄せられる事が大半だが、俺にそんなモテ属性は微塵も無い。
 実際、グレースには殴られるし、マリエルには避けられる羽目になるし、好感度アップフラグとは程遠い結果だった。

(嫌われ損、殴られ損とまでは言わないが、世の不条理を痛感した気がする)

 そして、視察二日目。初日の記憶は殆ど温泉一色で染まってしまったが、今日こそは実りのある一日にしたいと思う。
 とは言え、問題は何をするかだ。一応ダメ元で、侍従達に何か仕事が無いか、と尋ねてみたのだが『ありません』とはっきりと言われてしまった。
 屋敷で何かやる事を見つけようにも、どうにも俺は戦力としてあてにされていないようだ。

「それに、シンシアとグレースも朝から出掛けてるんだよな」

 マリエルは『屋敷での仕事がある』と言って一緒に行かなかったが、シンシアとグレースはミツキに連れられて、朝早くから自分達の育った村に里帰りしている。
 ミツキだけでも十分だとは思うのだが、護衛にグレースカスタムのタチコマを数機連れて……。

 山賊団くらいなら、今のミツキの相手にはならない。実質、商会では水穂に次ぐ実力者だ。
 条件次第では、生身で聖機人すら相手取れると水穂の太鼓判付きだった。実は、俺も負けそうな気がしてならない。いや、多分勝てないんだろうな、とは思っていた。
 ああ見えて、ミツキはフローラに負けず劣らずの武術の達人だ。そこに加えて生体強化を受け、水穂の弟子でもある。
 最近、侵入者や暗殺者など物騒な話が浮上しているので少し心配ではあるのだが、ミツキとタチコマが一緒ならまず大きな心配はいらないはずだ。寧ろこの場合、相手の命の方が心配になる過剰戦力だった。

 今回の帰郷の目的は、村の様子を確認するのとお世話になった人達への挨拶。それに残してきた荷物を全て片付け、家を完全に引き払ってしまうつもりらしい。
 俺はそのまま帰る家くらいは残して置いた方がいいのでは無いか、と言ったのだが、ミツキ曰く『私達の帰る場所は太老様のところだけです』と言われてしまっては、それ以上、俺からは何も言う事は出来なかった。
 正直、面と向かってそう言われると照れくさい物があったが、ミツキの気持ちも分かるので何とも言えない。
 まだ、あの時の事を恩に感じてくれているらしく、これはミツキなりのケジメの付け方なのだと受け取ったからだ。
 家族で決めた事なら、俺が口出し出来るような問題ではない。

「マリア、ちょっといいかな?」
「お、お兄様!? 私に何か御用ですか?」

 庭先のテラスで優雅に御茶をしていたマリアに声を掛け、その前の席に腰掛ける。
 明日からは、農地視察に工場見学、それに街の視察と予定が詰まっているので暇を持て余す事は無い。
 逆に考えると、今日を逃せば明日からは忙しくて思うように時間が作れないという事だ。
 ならば、折角の休日。何か、普段できないような事をしたい。そう言う訳で――

「え? お兄様……今、なんと?」
「だから、二人で一緒に出掛けない? もしかして、何か予定があるとか?」

 先日からずっと考えていたマリアとの時間。
 昨日は温泉騒ぎでゴタゴタしていてあやふやなままで終わってしまったが、今日は朝からたっぷり時間があるのでマリアと兄妹(きょうだい)水入らずで街に繰り出してみてはどうだろう、と思ったのだ。
 先日の買い物は、結局は用事の延長のような物だった。そう言うのではなく、ちゃんと俺から誘ってマリアと二人の時間を作りたいと考えていた。
 それに昨日は港から真っ直ぐ屋敷に案内されたため、街をゆっくりと見て回る時間は無かった。
 発展した街の様子を誰かに案内されての視察などではなく、ゆっくりと自分の足と目で見てみたいという思惑もあった。

「予定などありませんわ! 是非、御一緒させてください!」

【Side out】





異世界の伝道師 第156話『近代都市』
作者 193






【Side:マリア】

 まさか、まさか、まさか、お兄様からデートの誘いを受けるなんて思いもしていなかった。
 信じられないような本当の出来事。長年思い描いてきた夢が叶ったかのように、私は至福の時を味わっていた。

(ラシャラさん、私の勝ちですわ!)

 と思わず叫びたくなるようなサプライズだ。

 今日を『お兄様記念日』として祝日に定め、盛大に国を挙げてのパレードを催したいほどに舞い上がっていた。
 シンシアやグレース、それにユキネと言った他の娘達を交えて出掛ける事はこれまでに何度もあった。
 二人きりで出掛けるような場合は、何か別の理由があって、私から誘う事が殆どだ。
 それが、今回ばかりは違う。お兄様の方から誘ってくださったばかりか、私がその理由を尋ねると照れくさそうに『マリアとの時間をもっと大切にしたいんだ』と恋人≠ノ語りかけるかのように仰ってくれたのだ。
 お兄様がまさか、私との仲をそこまで真剣に考えてくださっていたなんて、これが嬉しくないはずがない。
 婚約を通り越して直ぐにでも挙式をあげても良い、とさえ思えるほどの充実感に、私は満たされていた。

「――ア、マリア」
「あ、はい! どうかなさいましたか!?」
「ぼーっとしてるから……もしかして疲れてる?」
「そ、そんな事はありません! す、少し緊張しているだけです!」

 お兄様の声に反応し、変に上擦った声を上げてしまう。
 改めてデートだと意識すると、これまでにない緊張が私を襲った。

 そこからが大変だった。
 時間をかけ過ぎると話を聞きつけたユキネや、下手をするとコノヱが護衛を一杯引き連れて付いてくる恐れがある。
 そのため、私は必要な物だけを取ると自分の息の掛かった侍従達だけを連れ、直ぐにお兄様を連れ出して小型船に乗り込んだ。

「あの、マリア様。一言だけでも、ユキネ様か、コノヱ様に連絡して置いた方が……」
「ここまで来たら共犯ですわ。あなたも腹を括ってください」
「ぐすん……怒られるのは、私達なんですけどね」

 操縦桿を握った侍従に冷酷に言い放つ。小型船に乗り込んでいる侍従達には申し訳ないと思うが、今回ばかりは譲れない。
 折角のデートに大勢の護衛を引き連れていては、よい雰囲気も台無しだからだ。折角のチャンスもそれでは意味が無い。
 ユキネやコノヱの仕事の重要性も分かるが、私にとってお兄様との時間は何よりも代え難い物だ。
 ましてや、お兄様から『二人きりで出掛けよう』と誘ってくださる事など、そう何度もある事ではない。
 女として勝負しなくてはならない時がある。それが今日、この瞬間だと私は確信していた。
 重要な局面で判断を鈍らせるようでは、ハヴォニワの女として、為政者としても失格だ。

(今日こそ、お兄様との距離を縮めてみせます!)

 マリア・ナナダン。一世一代の勝負の時が迫っていた。

【Side out】





【Side:太老】

 兄妹(きょうだい)水入らずで街に繰り出すという思惑は予想以上に成功したようだ。
 それは終始にこやかなマリアの表情を見れば、態々尋ねなくても分かる。
 マリアに声を掛けて外出に誘うなり拉致同然に連れ出された俺は、マサキ家の所有する小型船に乗って辺境伯領で最も賑わいを見せているという街へ来ていた。
 あんなに慌てなくてもいいのに、屋敷を出る時のマリアの急かしようといったらなかった。それほど、街に出掛けられるのが嬉しかったのだろう。

 この小型船は主に侍従達が街に買い物に出掛けたりする時に使用している物で、昨日港まで迎えに来てくれた時に屋敷まで乗せてもらった船がこれだ。
 てっきり商会所有の船だとばかりに思っていたのだが、俺の船だと聞かされて正直驚かされた。
 地球で言うところの自家用クルーザーのような物と思ってくれていい。そう例えると黄金の船が自家用ジェット機と言ったところだ。

 それを思うと、今更ながら金持ちの一員なんだな、と改めて自覚させられる。
 マリアは王族だけに堂々とした様子だが、俺は根が庶民なので、今一つ自分の物だと言われても現実感がなかった。
 取り敢えず、船が無ければ買い物も満足に出来ないほど屋敷は街と離れているので、これはこれで必要不可欠な乗り物だ。
 金銭感覚が今一つ追いついていない感が否めないが、必要な物なら仕方が無い、と言った感じで今は納得するようにしていた。

「あの……私達は本当に同行しなくても、よろしいのでしょうか?」
「お兄様がいらっしゃるのですから、これ以上の安全はありませんわ」

 というマリアの話を聞き、心配そうに見送る侍従達の視線を背に、俺達は街へと繰り出した。

「さあ、お兄様。参りましょう」

 そう言って、俺の腕に自分の腕を絡ませてくるマリア。そんなマリアに引っ張られるまま、人通りの多い歓楽街の方へと足を向ける。
 侍従達には悪い気がしたが、いつになくご機嫌のマリアを見ると水を差すような事は言えなかった。
 それにマリアの言いたい事も分からないではない。終始、誰かに見張られていては、確かに満足に楽しめそうにない。
 息抜きに遊びにきたというのに、それでは意味がなかった。
 当初の目的を考えると、マリアの言うように今回だけは侍従達に留守番して置いてもらうのが一番だ。

(従者付きだと、視察と変わらないしな)

 マリア一人くらいなら俺だけでもなんとか守れるし、後で無茶苦茶怒られるだろうけど、そこはグッと我慢しよう。
 これまで『家族になろう』と言いながらも、自分の都合ばかり優先してマリアに寂しい思いをさせてきた罰だ。
 コノヱとユキネだけならまだしも、マリエルの説教は物凄く怖いのだが、こればかりは可愛い妹のために甘んじて受けようと覚悟を決めた。

「お兄様。アレはなんですか?」
「……何で、ファミレスがあるんだ?」

 マリアに言われてよく周囲を見渡して見ると、ここの街は雰囲気からして地球に良く似ていた。
 地面はアスファルトで整備されていて、建設中の物が多いが鉄筋コンクリートのビルが建ち並び、出店されている店からして先程挙げたファミレス、コンビニ、ファーストフード店、威勢の良い声が聞こえてきたと思ったらスーパーの呼び込みの声だったりする。
 店の前で店員からチラシを渡され、朝市や夕方からのタイムセールの文字を見つけ、何とも微妙な気分になったのは言うまでもない。

「お兄様の世界にある店なのですか? でも凄いです! あんなに高い建物なんて、城や塔を除けば首都にもありませんわ」
「……実際にはもっと大きな建物があっちにはあるんだけどね」

 見ている感じ、こちらのは精々五階建てくらいが限界だ。
 向こうの世界には、それこそ数十階建ての超高層ビルが建ち並ぶ大都市だってある。それに比べたら幾分かマシと言える。
 しかし中世の世界に突然、近代の街が出現したかのような違和感が目の前には広がっていた。
 ファーストフードから始まり、果てにはテレビとか普及させている俺が言える立場にはないが、これを実行した犯人の予想は付く。

(間違い無く、水穂さんの仕業だよな)

 というか、それ以外に考えられない。
 この事を知っていて、その上、実行可能な知識と技術を持ち合わせているのは、あの人を置いて他にいない。
 何かもう今更な感じがするが、数年後、この街がどうなっているかを考えると正直複雑な気持ちだった。

 まあ、俺の理想には適っているのか?

 少なくとも、このまま発展を続ければ便利になる事は間違いないだろう。水穂は意味のない事をする人物ではないので、そこには何らかの理由があるはずだ。
 この世界の情緒溢れる風景も確かに好きではあるが、人々の生活が便利に豊かになるに越した事は無い。
 ハヴォニワの急速な人口増加と経済発展に対応させるには、産業革命とも言うべき近代化への方針転換は必要不可欠な事なのかもしれない。うちの領地の目玉とも言うべき、広大な農耕地を利用した農作物の大量生産もその一つに挙げられる。
 そう言えば、商会の役員を集めて行っている定例会議で、水穂が『都市計画のモデルケース』とかなんとか言ってたような、そんな記憶が思い起こされる。
 多分、これの事を言ってたんだろうな、と今更ながらに納得させられた。

 将来、『メガロポリス』とか言われてそうな気がしてならない、目の前に広がる近代都市。
 実際、西の貿易拠点として活躍しているばかりか、街の郊外にはタチコマを始めとした製造工場が建ち並んでいて、この街の周辺だけハヴォニワであってハヴォニワではない様相を見せていた。
 まあ、そもそも報告書にあったハヴォニワ正規軍の一個大隊≠ェ駐屯しているという時点で、水穂とフローラの本気が窺える。
 領地再興計画を立案したのは確かに俺だが、既に俺の手を離れて桁違いのスケールの話に向かっている。長きに渡り『瀬戸の盾』と畏怖されてきた水穂の手腕が、遺憾なく発揮されている結果とも言えた。

 しかし、この時の俺は知る由もなかった。
 これだけ大掛かりな計画が、まさか本命を隠すための隠れ蓑に使われていようなんて事には――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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