【Side:太老】

 急な来訪にも拘わらず、村長を始めとした村人総出の手厚い歓迎を受けた俺達はそのまま村で一泊する事となった。
 以前は泊まる場所も無い寂れた村だったはずだが今ではちゃんとした家が建ち並んでいて、荒れ放題だった井戸や道も綺麗に整備されている様子が窺える。以前に置いていった支援物資や、侍従達に任せてあった再興計画が役に立ったようだ。

「なかなか、落ち着いた感じの良い部屋だな」

 今日は改築が終わったところだという村長の屋敷で、お世話になる事となった。
 農地視察など仕事も残っているため、明日の朝一番で本邸に戻るつもりだ。

「村長さんや村の皆、喜んでいましたね。ずっと、太老様に御礼を言いたいと仰っていましたから」
「アレは、こっちが恐縮するくらいだったけどね……」

 マリエルはそう言うが、正直な話をすればアレ≠ヘ引いた。
 彼等の生活が軌道に乗った事は嬉しく思うが、村人全員に地に頭を付けて御礼を言われた時には、どうしようかと戸惑いを覚えたくらいだ。
 俺は領主としての役目を果たしただけで、そこまで感謝されるほどの事をしたとは思っていない。
 寧ろ、前の領主がしでかした事とはいえ、彼等には本当に悪い事をしたと思っているくらいだった。

「それだけ、皆が太老様に感謝しているのです。勿論、私達家族も……」
「でも、俺だけの力って訳じゃないからな。村を良くしたいって頑張ったのは村人達自身だし、再興計画を直接現場で指揮したのは侍従達だ」

 俺がやったのは最初にちょこっと指示した事と、必要な資金を提供しただけに過ぎない。
 それが無ければ復興は無かったと言われればそうかも知れないが、現場で頑張った人達を差し置いて胸を張って誇る気にはなれなかった。
 感謝されるのは確かに嬉しいが、本当に感謝されるべきなのは再興計画を現場で指揮して成功へと導いた侍従達の方ではないか、と俺は考えていたからだ。

「勿論、村の皆は彼女達にも感謝しています。ですが、太老様の指示が無ければ実現は不可能でした」
「それは理解してるんだけど……」
「でしたら、素直に感謝を受け取るべきです。太老様は謙遜が過ぎます」

 これでもかなり我が儘で自分勝手な人間だと自認しているつもりだが、まさか謙遜していると言われるとは思ってもいなかった。
 しかし今回に限っては、そう捉えられても仕方の無い事なのかもしれないと考えさせられる。
 侍従達の雇い主はなんだかんだ言っても俺だ。商会も同様、雇用主である俺が注目されたり、感謝されるのは必然とも言える。
 現場はどうか知らないが、指示しているのは世間では俺と認知されているので、彼等からしてみれば商会の顔である俺に敬意を抱くのは当然の事だ。
 マリアが口を酸っぱくしてよく言っている『人の上に立つ者の責任と役割』という奴なのだと、マリエルの言葉の意味を理解した。

「うん、そうだな。それじゃあ、素直に感謝されておく事にするよ」
「はい」

 俺の返事を聞いて、満足そうに笑顔を浮かべるマリエル。
 確かに感謝してくれている人達が居るのに、それを無碍に扱うのは失礼に当たる。
 皆が頑張った証があの村人達の感謝に現れているのであれば、俺はそれをマリエルの言うように素直に受け取っておくべきなのだろう。
 現場で頑張った皆のためにも――

「でも、俺がマリエル達に感謝するのは別にいいよな?」
「……はい? どうして、そう言う話になるのですか?」
「いやだって、確かに俺が指示しなかったら実現しなかったかもしれないけど、マリエル達が居なくても実現はしなかっただろう?」
「それはそうですが……」
「なら、俺は俺の願いを実現してくれたマリエル達に感謝するよ」

 これだけは譲れなかった。俺の言い付けを守って、俺の願いを実現してくれた彼女達に感謝するのは当然の事だ。
 確かに彼女達にとっては言われた仕事を達成しただけなのかもしれないが、それで俺が感謝してはいけない理由にはならない。
 だから、俺はマリエルに感謝したいと思った。
 侍従達を取り纏めるメイド長のマリエルには、人の上に立つ者として俺の感謝を受ける責任がある。俺が村人達の感謝を受け入れたように、だ。

「……その言い方は狡いです。太老様」

 俺の話を聞いて、困った表情を浮かべるマリエル。
 どちらかと言うと、呆れていると言った方が正しいかもしれない。そんな顔をしていた。

「ありがとう、マリエル。頼りない主人だけど、これからもよろしく頼むよ」
「はい。私達の御主人様」

 その笑顔が俺にとって、最高の返事だった。

【Side out】





異世界の伝道師 第161話『メイドの警告』
作者 193






【Side:マリエル】

 太老様は相変わらずだ。あの頑固なところも、お優しいところも、出会った頃から何一つ変わらない。
 主のために手足となって働く事が当たり前とされる使用人に感謝し、当たり前のように『ありがとう』と言える主人。それが太老様だ。

 そこだけは私が何を言っても、やめてはくださらない。
 使用人である私達の事を『家族』と呼ぶような御方だ。そこもまた、太老様が皆に好かれる理由の一つなのだと感じさせられた。
 皆、そんな太老様の事が好きだから、どれだけ大変な仕事でも、疲れや困難を喜びに変えて仕事に取り組む事が出来る。
 私が今居る場所。正木卿メイド隊とは、そういった場所だ。

「ありがとう、か」

 私達は御主人様のその一言が聞きたいがために、今の仕事を続けているようなものなのかも知れない。
 どんなに疲れていても、大変な思いをしても、その一言で全てが報われる気がした。
 だからこそ――

「このようなところで何をされているのですか? ユライト様」
「――ッ!?」

 月明かりの下、一人屋敷の外にでて風に当たっていたユライト様を見つけ、声を掛けた。

「いえ、星が綺麗なので少し夜空を眺めていただけです」
「そうですか。ですが、外は冷えますので程々になさってください」
「ええ、気をつけます。よろしければ、あなたも御一緒に如何ですか? 星が綺麗ですよ」

 何事も無かったかのように極自然に笑顔を浮かべ、私を星見に誘ってくるユライト様。
 怪しいところなど、確かに微塵も感じさせない。
 だが、そこが逆に私の不信感を煽る結果へと繋がっていた。

「いえ、結構です。先客がいらっしゃるご様子ですので」
「ッ!? それは、どう言う……」

 はっきりと話の内容が聞こえた訳ではないが、誰かと話をしていた様子を見受けカマを掛けてみたのだが、やはり何かあるようだった。
 周囲に人の気配はない。通信機で話していたのかも知れないが、こそこそと外で会話しなくてはならないような内容だ。
 大方、他人に聞かせられるような内容ではないのだろう。そう、恐らくは太老様には絶対に――
 母さんは学生時代の後輩という事で信用している様子だったが、私は目の前の男性を完全に信用してはいなかった。
 嘘は言っていない様子だが、本当の事を話していない。何かを隠しているような気がしてならなかったからだ。

 確証はない。私の思い過ごしの可能性もある。だけど、私は自分の勘を信じていた。
 城で使用人として働いた経験。その後フローラ様、そして太老様に拾って頂き、これまでに大勢の貴族や商人を私はこの眼で見てきた。
 そんな中、太老様に取り入ろうとする者、利用しようと画策する者、邪な考えを抱く者は後を絶たなかった。
 彼から感じ取れる空気のようなものが、そうした者達とよく似た気配を発していた。

 今のところ、敵対の意思を示しては居ない様子だが、だからと言って全面的に信用する事など出来るはずもない。
 それに――ババルン・メストの弟であるのなら、それは尚更だ。
 ババルン卿は太老様にとっては敵とも言える存在。水穂様が最も警戒している人物の一人でもある。
 情報部の要注意リストにも名前が挙がっている人物の身内を、何も無しに信用出来るほど私はお人好しではない。
 ましてや、その判断が太老様に不利益をもたらす可能性が僅かでもあれば、見過ごせるはずもなかった。

「ただの忠告です。何処に目≠ニ耳≠ェあるか分かりません。精々、足下をすくわれないよう、お気を付けください」
「……それはご丁寧にどうも」

 そう、今は忠告だけでいい。太老様に不利益な行動さえ取らなければ、正木卿メイド隊(わたしたち)に敵対の意思はない。
 それを分からせるだけでも、相手への抑止力になると考えていた。
 折角の忠告を無碍にするような相手であれば、それまでの相手という事だ。その時は必ず――

「太老様のご厚意を無碍にされないように祈っております」

【Side out】





【Side:ユライト】

 侍従の背中を見送り、張り詰めていた緊張が解け、疲れを外に逃がすように深くため息を吐いた。

「ふう……全く、あの殺気はこの身体には堪えますね」
『余計な事を言うからよ』
「そうは言いますがね。あの状況では誤魔化すのは大変なのですよ。ネイザイ・ワン」

 頭の中に直接響く声。その声の主に私はため息を漏らしながら肩をすくめ、返事をした。
 ネイザイ・ワン。それが私の相棒であり、同志であり、共犯者とも言うべき彼女≠フ名前だ。
 時々こうして相談をしながら方針を決め、目的のために行動を共にしてきた。

『その割に、ちゃんと誤魔化せていなかったようだけど? あなたの嘘を見破ってたわよ、彼女』
「……さすがは、正木卿のメイド長≠ニ言ったところですかね?」

 正木卿メイド隊と呼ばれる正木卿の手足となり、商会の表と裏を取り仕切る侍従達。
 そのトップであり、『メイド長』と呼ばれる人物は一人しかいない。そう、彼女が噂のメイド長、マリエルだ。
 ミツキ先輩の娘と紹介されたが、ミツキ先輩が失踪した時期と照らし合わせても歳が合わない。血の繋がりは恐らくないのだろうが、出生が知れない事など大きな問題ではなかった。
 様々な分野のエキスパート揃いと言われる正木卿の侍従達の中でも、一際周囲の注目を集めているのが彼女だ。
 曲者揃いの侍従達を取り纏める立場にある彼女が、厄介な人物の一人である事は疑いようのない事実だった。

 事実、正木卿を除けば、彼女が唯一私の裏に勘付いていた様子だった。
 先程のアレは、忠告と言うよりは警告だ。主同様、本当に侮れない人物だ。

「正直なところ、かなり勝算は薄いですね」
『警告に従わなかったら、間違い無く消されるわね』
「……それは、怖いですね」

 彼の屋敷に侵入を試みた間諜や刺客は全て、タチコマや彼女達に捕らえられ処分されているという話もあるくらいだ。
 冗談とも言えないネイザイの言葉に、私は大きな冷や汗を流した。
 恐らくアレは彼女だけでなく、彼女達の総意のようなものだと受け取ったからだ。
 下手をすれば、エキスパート揃いと言われている侍従達全てが敵に回る可能性を示唆されて、何も感じないほど私は剛胆な人間ではない。

「暫くは予定通り様子見でいくしかありませんね」
『敵と分かって、勝ち目のある勝負ならいいけど』
「……選択は一つという事ですか」

 ネイザイの言っている事は尤もだ。尤もすぎて反論する事も出来なかった。
 こちらは二人。あちらは教会や大国をも手玉に取れるほどの力を持つ組織。しかも、まだ何かを隠している可能性が高い。彼我の戦力差は圧倒的だ。
 兄の目を欺きながら更に別の勢力と事を構えるのは、はっきり言って不可能と言っていい。
 ネイザイの指摘するように、方針としては正木卿を味方に付ける方向で動く他ないだろう。

「上手く誘導できればいいのですが……」
『……そこは私達次第ね』

 軽々しく出来ると言わないネイザイの慎重な反応を見て、私は彼女も困っているのだと気付かされた。
 あの兄ですら欺いてきた私達だが、正直な話、今回だけは相手が悪い事を痛感していた。
 取り敢えず、暫くは一切の手を出さず監視を継続する事でネイザイと同意する。
 異世界の言葉に『虎穴に入らずんば虎児を得ず』と言うのがあるが、虎の子どころか手に負えない猛獣を引っ張り出す可能性の方が高い。
 リスクに見合うだけの結果を得られれば良いが、正直それは現段階では期待する事は出来ないと判断せざるを得なかった。

「……今回は様子見のつもりでしたが、厄介な問題を抱えてしまった気がします」

 こうなってくると、ダグマイアの存在が頭の痛い問題として目の前に立ち塞がる。
 兄の計画はダグマイアがあの調子の所為で、当初予定していた聖地での内部工作が思うように進んでいない。
 シトレイユでの決闘騒ぎから始まり、先日の武術大会が原因となって、ダグマイアの聖地での評判に大きな傷が付いたからだ。
 兄もそんなダグマイアの軽率な行動に呆れ果て、実の息子を見放すかのような態度を取っている事も問題を悪化させる原因となっていた。

 その上、私がこうして直に動いている事も、自分の尻拭いをしてもらっているようにダグマイアは感じ取ってしまっているようだ。
 ここで私が正木卿と親しげな行動を取れば、彼は余計に自分を追い詰めていくかもしれない。
 ミツキ先輩を通じて、徐々に正木卿との交流を図ろうとしていた理由の一つは、そこにあった。

『叔父としての自覚に目覚めたのかしら?』
「……今更、綺麗事を言うつもりはありませんよ。計画の障害にならないか、心配しているだけです」

 そう、目的のために多くの人を利用し、血を分けた兄や甥すらも利用している時点で綺麗事を言うつもりはない。
 正木卿との交流。この先の選択が、私達の運命を大きく分ける岐路になると確信していた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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