【Side:キャイア】

 無事、聖地学院での下級課程の修了証書を貰ったのが遂先日の事。
 四月の進級と同じくして開かれる聖機師授与式で、晴れて聖機師として認められる事になる。
 そのため今は聖地も短い春休みに入り、その休みを利用して私はラシャラ様の戴冠式に出席するため、一時シトレイユ皇国に帰国していた。

「ここに足を運ぶのも久し振りね……」

 シトレイユへと到着した私は真っ直ぐに城へと足を運ばず、少女時代を過ごしたフラン家の屋敷を目指していた。
 式典を前に少し落ち着いて考えたい事もある。少女時代を過ごし沢山の思い出が残る我が家なら、城に居るよりは落ち着けるだろうと考えての事だ。

「ただいま……って誰も居る訳が無いわよね」

 屋敷の重厚な玄関の扉を開けて、ただいまと挨拶をしても声は玄関ホールに虚しく響くだけで誰からも返事はない。
 それは当然だ。母は私が幼い頃に亡くなっているし、父も現在は結界工房に所属しているためここには居ない。
 たった一人の姉は聖地学院で教師をしているし、この屋敷に人が住んでいるはずがなかった。

 この屋敷に帰ってくるのは私がラシャラ様の護衛機師に抜擢されて以来だから、もう軽く三年振りとなる。
 庭や屋敷の様子からも時々手入れはされているようだけど、それは眼に見える部分の話で生活感が感じられない。
 あの頃のまま、私が屋敷を離れた頃と何一つ変わらない屋敷の姿がそこにはあった。

「先に荷物を置いて、マーヤ様には連絡をして置かないと……」

 事情を話せば、一日、二日くらいならこちらに滞在する許可も貰えるだろう。
 聖武会の一件もあって、直ぐにラシャラ様の元へ向かう気にはなれなかった。
 今は誰とも顔を合わせたくない。一日、二日でいい。式典を前に一人になって、ゆっくりと考える時間が欲しかった。

「――ッ!?」

 中央の階段を上がり二階の自分の部屋へと向かう途中、ガタンと何やら物音がして私は咄嗟に腰に下げた剣へと手を掛けた。
 廊下の奥の部屋、父の書斎の方から物音がした。
 息を殺し、神経を研ぎ澄まして部屋の前まで近寄ってみると、確かに扉の向こうからガタガタと物音が聞こえる。

(……泥棒?)

 ここには今は誰も住んでいない。だとすれば、部屋の中に居るのは空き巣と考えるしかない。
 私は賊に気付かれないようにそっと静かに剣を抜き、それを右手に構え、左手でドアノブを掴んだ。
 中の様子を窺いながら準備を整え、スッと息を吸い込みタイミングを計ると、私は勢いよく書斎の扉を開け放った。

「そこまでよ! 大人しく――」

 バンッ、と勢いよく扉が開かれる。
 部屋に飛び込むなり目の前の人影に向かって一直線に駆け抜け、流れるような動きで対象の首筋に剣を突きつけた。
 しかし次の瞬間、警告の言葉を呑み込み、ピタリと私の動きが停止する。私にとって予想外の事態が起こったからだ。
 賊と思っていた人物。それが――

「ひ、久し振りだな。キャイア」
「お、お父様!?」

 降参と言った様子で両手を挙げ、冷や汗と苦笑いを浮かべる一人の男性。
 そう、それはナウア・フラン。この屋敷の持ち主であり、私のお父様だった。

【Side out】





異世界の伝道師 第182話『親子の再会』
作者 193






【Side:太老】

「フラン家に?」
「はい。さすがに城では人目もありますし、今は使われていないフラン家の屋敷なら会談の場所として打って付けだろうとナウア様が……」

 今は誰も住んでなく人里離れた山奥に建っている屋敷のため、人目を避けて会談をするには打って付けの場所というワウの話だった。
 フラン家の屋敷といえば、キャイアの実家って事になるのか。何となく興味が無いといえば嘘になる。
 そう言えばキャイアにも最近会ってないな。今はどうしてるんだろう。確か、聖地学院で修行中という話だったはずだけど。
 少し気になって、ラシャラにキャイアの事を訊いてみたのだが――

「キャイアなら式典に参加するため帰ってきておるぞ」
「え? そうなの?」
「うむ。あれでも一応、我の護衛機師じゃからの」

 そう口にしながらも、どこか不機嫌そうなラシャラ。
 そう言えば、ここ最近ラシャラの口からキャイアの話を聞いた事が無いような気がする。

「何かあったの? 喧嘩でもしたとか?」
「そのような物では無い。ちょっとした見解の相違という奴じゃ。あ奴も色々と複雑な事情を抱えておるしの」

 複雑な事情というのがよく分からないが、どうにもキャイアと上手く行っていないような口振りだった。
 以前に会った時は、そこまで険悪そうな雰囲気に見えなかったけど、やはり何かあったのだろうか?

「それで、キャイアは?」
「入国した事は確かじゃが城に真っ直ぐ向かわず、どこぞでブラブラとしておるようじゃな」

 やっぱり喧嘩してるんじゃ……と言いそうになったが、グッと我慢した。
 何があったかは知らないが主従の問題である以上、それはラシャラとキャイアの問題だ。俺が口を出すような事では無い。
 短い付き合いでも無いし、喧嘩の一つや二つくらいするだろう。子供の喧嘩なら当事者同士に解決させた方がいい。
 それに、この手の問題に関わると碌な目に遭わないと、俺の経験が警告していた。

「まあ、程々にな。それでワウ、今から出ればいいのか?」
「太老様さえ、よろしければ」
「それじゃあ、行くか」

 戴冠式までそれほど日にちも無いし、キャイアが少女時代を過ごした屋敷も気になる。それにナウアには個人的にも一度会ってみたいと考えていた。
 会談の場所までセッティングして準備万端に整っているというのであれば、後回しにする理由は無い。丁度、暇を持て余していたしな。
 先日、気を失った一件以来、仕事を侍従達に減らされてしまって時間には結構余裕があるのだ。
 それに式典の間は、俺の決済が必要な仕事を除いて全てマリエルのところで止められている。
 本部の仕事は全て水穂と侍従達が処理してくれているので、特に急を要するような仕事は手元には無かった。

「太老。我も行くぞ」
「ええ……。それは拙くないか?」

 ここに来る前も賊に襲われたばかりだ。式典を前に、また襲撃に遭わないとも限らない。
 城にいれば確実に安全とは言えないが、態々自分から危険を冒して外出する必要性は無い。
 第一、そんな事でマーヤが許可をくれるとは思えない。確か、式典の日まで謹慎を言い渡されていたんじゃ無かったか?
 自分も行くと言って聞かないラシャラに、俺は最終手段にでた。

「マーヤさんの許可が貰えるならいいよ」
「うっ……」

 マーヤの名前をだされると、急に大人しくなるラシャラ。さすがにマーヤは恐いようだ。
 ラシャラを黙って連れ出して、一緒に叱られるような事態は避けたい。
 ラシャラがマーヤを恐れているように、俺だってマリエルが恐いのだ。
 情けない主と思うのなら思えばいいさ。恐い物は恐い。俺が女性に勝てると思ったら大間違いだ!

「ラシャラ様。それほどに退屈でしたら、一緒に書類仕事をしましょう。支部から上がってきている報告書に目を通したり、議会から提出されている懸案の整理など、やる事は沢山ありますし」
「いや、我は……」
「ご遠慮なさらずに。マーヤ様が執務室でお待ちですよ」
「そのような話は聞いておらんぞ!? こら、離せ! アンジェラ!」

 そうこうしていると、アンジェラに抱えられてラシャラは行ってしまった。
 これはアンジェラが気を利かせてくれたと思っていいのだろうか?
 いや、アンジェラもまたラシャラの我が儘に付き合わされて、マーヤの怒りを買いたくは無かったのだろう。

「まあ、取り敢えず行くか……。帰りに土産でも買って帰ってやろう」
「そうですね……」

 ワウと二人、喚きながらアンジェラに抱えられていくラシャラを見て、小さくため息を漏らした。

【Side out】





【Side:ユライト】

「ご無沙汰しています。兄上」
「ハヴォニワから、ラシャラと一緒だったようだな」
「ええ。聖地も人手不足ですからね。学院長の使いで、正木商会と職員の派遣を交渉に」
「……そうか」

 久し振りに帰国し、メスト家の屋敷で私を出迎えてくれたのは兄のババルンだった。

「ダグマイアは式典には参加させないのですか?」
「アレには聖地で謹慎を言い渡してある。また暴走でもされてはかなわぬからな。聖地での奴はどうだ?」
「大人しくしていますよ。聖武会の一件が相当に堪えたようです」

 息子の事を気に掛けていると言うよりは、計画の邪魔にさえならなければどうでも良いといった感じだ。
 実際、兄上はダグマイアの事など気にも留めていないのだろう。気にしているのは計画の方だ。
 最初はダグマイアを計画の末端に加え様子を見るつもりでいたようだが、それも今では完全に諦めた様子で蚊帳の外に置き、一切計画に関与させるつもりは無いようだった。
 見切りを付けた、といった方が正しいだろう。監視だけに留め、生かしておいてもらっているだけでも、今のダグマイアは恵まれていると言える。
 それも男性聖機師としてはそこそこ有能である事や、対外的な部分で生かされているだけに過ぎない。我が甥ながら不憫なものだ。

 ダグマイアは決して無能ではないが、シトレイユ貴族や男性聖機師にありがちな自尊心の塊のような部分を持っている。
 一代で宰相にまで上り詰めた有能な聖機工でもある父親に、聖機師としても剣士としても敵わない優秀すぎる幼馴染みの存在。
 目標とする父親に認められたいばかりに血の滲むような努力をして頑張ってきたが、それも認められず、欲望に駆られ兄上に取り入ろうと近寄ってきた貴族や議員達の毒気にあてられて、必死で背伸びをする様は正直痛々しい物を感じるくらいだった。

 ダグマイアが酷いコンプレックスを抱え、強さや権力に執着している事情も分かる。しかし、こうなってしまうと本当に哀れなものだ。
 どれだけ努力をしたとしても幼馴染みの少女には敵わず、どれだけ背伸びをしても一番に認めて欲しい父親には見向きもしてもらえない。
 損得無しで彼の味方だった従者の少女は聖機師の称号を剥奪され学院を追われる身となり、打算があってダグマイアに近付いていた取り巻きの生徒達も彼と距離を置く姿が見受けられるようになっていった。
 唯一救いだったのは、たった二人とはいえ彼の事を心配して気に掛けてくれる友人が居た事だ。
 アランとニールという同じく男性聖機師の青年だが、ダグマイアの古くからの友人である二人がこれまでと変わらず彼と接してくれているのが不幸中の幸いだった。

 ここでダメになるか、立ち直れるかはダグマイア次第ではあるが、叔父としては頑張って欲しくはある。
 早い段階で蚊帳の外に置かれ兄上と距離を置く事が出来たのは、ある意味でダグマイアにとっては幸運な事だったのかもしれない。
 あのまま兄上の駒として使われ続ける事が、本当にダグマイアのためになったとは思えない。
 完全に潰される前に、そこから抜け出す事が出来たのは僥倖だ。それに才能や理屈では抗えない強大な敵を知り挫折を味わう事は、彼のためにもなったはずだ。
 その点だけでいえば、正木卿には感謝しなくてはいけない。尤も、ダグマイア自身はその事に気付いてはいないでしょうが……。

「ユライト、例の調査はどうなっている?」
「秘密裏に進めてはいますが何分聖地は広いですし、調査候補となる場所も多いですから……」

 兄上が探し求めているガイア。教会の伝承に記されている『悪魔』と呼ばれる敵の存在がそれだ。
 繁栄を極めた先史文明を崩壊へと導いた悪しき象徴。そのガイアと共にあったといわれる盾もまた畏怖すべき存在。
 そんな物が聖地に隠され、封印されていようなどと誰が思うだろうか?
 語られぬ歴史の闇。教会に秘匿され、伝承を知る一部の者しか知り得ぬ真実。その存在を知る者は数少ない。
 だがここに、その歴史の真実を解き明かそうとする者がいた。隠されたガイアの盾を発見し、その封印を解こうとする者が――

「多少時間が掛かっても構わん。絶対に気取られるな」
「承知しています」

 兄上の目的はあくまでガイアの復活だ。宰相という立場も、シトレイユという国もそのための手段の一つでしかない。
 その事を知るのは兄上を除けば私ただ一人な訳だが、その点でいえば私も立派な共犯者と言えるだろう。
 事実、私が兄上に与えられた役目は聖地に教員として潜り込み、封印されたガイアの盾の隠し場所を探る事だった。

(私の目的を達するためにも、今は兄上に協力する他ありませんしね)

 正木卿を敵に回すつもりはないが、こればかりは目的達成のため計画を変更する訳にはいかない。
 兄上の目的がガイアの復活にあるように、私の目的もまたその先にあるのだから――

【Side out】





…TO BE CONTINUED



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