【Side:太老】

「……お兄様」
「ん? どうしたんだ? マリア? 早く食べないと遅刻するぞ」
「まだ学院は休みです!」
「あれ? そうだっけ?」
「始業式は五日後です。予定表をご覧になっていないのですか?」

 そう言えば、そんな物があったような気がする。バタバタとしていて、すっかり忘れていた。
 多分、確認しないまま書斎の机の引き出しに仕舞ったままだ。
 こっちに持ってきた書物や資料を整理するので手一杯で、その手の事は全部後回しになっていた。
 しかし危なかった。マリアに話を聞かなかったら、危うく制服を着て学院に行くところだった。そんな恥ずかしい真似は出来れば避けたい。

「ごめん。色々とやる事があって忘れてた」
「何かとお忙しい身とは思いますし、これから気をつけてくださればそれで良いのですが……問題は」

 そう言って、俺の隣で黙々と食事を取っている一人の少女に目を向けるマリア。
 左隣はシンシアがいつものようにちょこんと腰掛けていて、右隣には昨日の夜知り合ったドールが座っていた。
 実に自然に、我が家のように朝の食卓に馴染んでいる。ここに彼女が居ても、全く違和感が無いくらいだ。
 いつでも寮に食べに来いとは言ったが、まさか次の日の朝に早速来るとは思ってもいなかった。

「そちらの女性は?」
「えっと、昨日の夜知り合った……」
「ドールよ」

 素っ気ない素振りで、短く自分の名を口にするドール。親の身勝手で変わった名前をつけられた可哀想な少女。
 昨日、腹を空かせていたところや、こうして翌朝になって早速朝食を食べにきている事からも、満足に食事も与えられていないのかもしれない実に不幸な少女だった。

「昨日? 夜に知り合った? お兄様! パーティー会場を抜け出して、どこに行かれてたのですか!?」
「えっと屋根の上に?」
「屋根の上!? まさか、そこで彼女と――」
「うん。月見をしながら御飯を食った」

 なんだかよく分からないが、誤解を生むと行けないので正直に話した。
 月見をしながら御飯を食べたのは本当の事だ。
 まあ、この場合は餌付けをしたと言った方が適切かもしれないが――

「油断していましたわ。会場にいらっしゃらないから先に寮に戻られたとばかり……」

 寮に帰ろうとはしたんだが、月も綺麗だったし腹も減っていたので寄り道しただけだ。
 まあ、結局のところ、全部ドールにやって料理にはありつけなかったのだが、腹を空かせた女の子を見捨てては置けない。
 マリアが何を塞ぎ込んでいるのか分からないが、それだけはちゃんと伝えておこうと思った。
 根が優しいマリアなら、事情を話せばきっと分かってくれるはずだ。
 この調子だと、これからちょくちょく飯を食いに来るだろうし、今の内に打ち解けて置いた方がいい。

「マリア。出来る事なら、ドールちゃんと仲良くしてやって欲しいんだ」
「……どうしてですか?」
「色々と複雑な事情を抱えた子でね。このまま放って置けないっていうか……」

 何故か、マリアだけでなくドールまで驚いた表情を浮かべていた。
 俺が事情を察していた事に驚いているのだろうか? もしくは他人に優しくされた事が余り無いのかもしれない。

(益々、不憫な子だな……)

 確かに知り合って間もないが、俺がドールの事を心の底から心配しているのは本当の事だ。
 こんな小さな女の子があんな時間に外をフラフラとしていて、しかもお腹を空かせているとなれば、放って置けるはずもない。
 何か他人(ヒト)には話せない深い事情があるのだとは思うが、少しでも力になってあげられればと俺は考えていた。

「分かりましたわ。お兄様がそう仰るのでしたら……。ドールさん、これからよろしくお願いします」
「…………よろしく。太老がいうから、特別≠ノ仲良くしてあげるわ」

 取り敢えず、仲良くなれたようで安心した。

【Side out】





異世界の伝道師 第201話『腹ペコドール』
作者 193






【Side:ドール】

 昨日の事がやはり気になって朝から太老のところに押し掛けてみれば、『早速、飯食いに来たのか?』と言われて食堂に連れて行かれた。
 強引というかマイペースというか、この私が相手のペースに翻弄されてばかりだ。
 昨日から感じていた事だけど、太老が相手だとやはり調子が出なかった。

(でも、やっぱりここの料理は美味しいわね)

 出された料理に舌鼓を打ちながら、そんな事を考えていた。
 ダグマイアの屋敷でだされている料理より、ここの料理の方がずっと美味しかった。
 昨日の料理や飲み物といい、この食事にありつけるのなら少しくらい太老のペースに流されてやってもいいかと思う。
 少なくとも、そのくらいの価値は十分にある朝食だった。

「そちらの女性は?」
「えっと、昨日の夜知り合った……」
「ドールよ」

 確か、ハヴォニワの姫様で名をマリア・ナナダンとか言ったか?
 特に興味は無いけど、御馳走になっている以上、名前くらいは教えても良いかと思い素直に答えた。
 太老に好意を寄せているのか、突然現れた私の事が気になっている様子が窺える。

「屋根の上!? まさか、そこで彼女と――」
「うん。月見をしながら御飯を食った」

 しばらく二人の会話を聞きながら、私は黙々と目の前の料理を口にしていた。
 下手に介入して、こっちに話が回ってきたら面倒臭い事になると考えたからだ。

(こうしてると、普通の男にしか見えないのに)

 仲の良い兄と妹と言った感じで、こうして観察している分には極普通の平凡な男にしか見えない。
 だが、昨日の一件といい、目の前の男が只者では無い事を私は知っている。
 単に強力な聖機師と言うだけではない。得体の知れない力を、私はこの男から感じていた。

「マリア。出来る事なら、ドールちゃんと仲良くしてやって欲しいんだ」
「……どうしてですか?」
「色々と複雑な事情を抱えた子でね。このまま放って置けないっていうか……」

 食事をしていた手が思わず止まる。太老が口にした言葉は、私の動揺を大きく誘う物だった。
 複雑な事情という言葉に、昨日の太老とのやり取りが脳裏に浮かぶ。
 あの時はただの偶然だと思っていたが、ここにきてはっきりとそう言われる事で、私はそれが本当に偶然なのか分からなくなった。
 私の事情を知っているという言葉が真実ならば、この男は私が何者なのか知っていてて、私を招き入れたと言う事になる。

(そんなはずは……いや、でもこの男は……)

 あのババルンが一目を置いている男だと話に聞いている。
 本来であれば、今頃はシトレイユの全権を握っていても不思議では無かったババルンが、国内で厳しい立場に立たされているのも全てはこの男の仕業だ。
 ハヴォニワの女王から厚い信頼を寄せられ、正木商会という巨大な組織の長を務める大貴族。
 そして大陸最強の聖機師であり、教会を凌駕する技術と知識を持つ聖機工と言う話だ。その事からも、独自の情報網を持っていても不思議では無い。
 ババルンが保有する知識や教会に残された技術以外にも、個人研究家のところにも多くの古文書が所蔵されている。
 あのナウア・フラン≠フように、私のような『人造人間』に関しても詳しい人間なのかもしれない。

「分かりましたわ。お兄様がそう仰るのでしたら……。ドールさん、これからよろしくお願いします」
「…………よろしく。太老がいうから、特別≠ノ仲良くしてあげるわ」

 不機嫌そうにムッとした表情を浮かべるお姫様。
 他人の色恋沙汰になんて興味はないが、太老に興味を覚えた事だけは確かだった。

【Side out】





【Side:太老】

「ドールちゃん、お昼も食っていくんだろ?」
「……そのちゃん付けはやめてくれない?」
「じゃあ、なんて呼べば?」
「普通にドールでいいわよ」

 ちゃん付けで呼ばれるのは嫌みたいだった。難しいお年頃らしい。
 色々と複雑な家庭の事情を抱えているようだが、こうしてみてると、やっぱりマリアやラシャラと大差ない普通の女の子だな。

「ドールは学院に通ってるのか?」
「行ってないわよ」
「行ってないって……」

 登校拒否と言う奴か……。かなり根が深い問題のように思えた。
 あんな夜中にフラフラと外を出歩いていた事からも、複雑な事情を抱えている事は容易に察しが付く。
 家庭の問題に他人の俺が口をだすのはどうかと思うが、さすがに目の前の問題を見過ごすのも後味が悪かった。
 保護者とも一度会ってちゃんと話をしないといけないかもしれないが、ここはまず本人の気持ちを確かめるのが先だ。

「学院に通いたいとは思わないのか?」
「興味ないもの」
「でもほら、義務教育だって終了してないだろう?」
「大丈夫よ。私、頭は良いもの」
「学院に行けば、沢山友達が出来るぞ!」
「いらないわ」

 容赦無くバッサリと斬り捨てるドールの物言いに、俺はその場に両手両膝をついて項垂れた。
 取り付く島も無かった。どうして、こんなに捻くれた性格に育ったのか……。
 昔のグレースを見ているようだ。まあ、今も余り変わらないような気もするが……。

(本人が行きたく無いって言うのを無理に行かせるのもな……)

 問題はそこだ。嫌がっているのに無理に学院に通わせたところで良い結果がでるとは思えない。
 人付き合いが得意そうには見えないし、この素っ気なさだ。下手をするとイジメにあうかも知れない。
 何か良い手があればいいのだが、そんな都合の良い手――

「ドール、よかったら学院の中を案内してくれないか?」
「私が?」
「ああ、こっちに来たばかりでどこに何があるかとか知らなくてさ。よかったら案内して欲しいんだけど」

 一つだけあった。と言っても名案と言うほどのものではない。
 まずは、ドールが学院に通いたくなるように興味を持たせる事が一番重要だ。
 そのためにも家に引き籠もっていては何も始まらない。少しでもドールが興味を持ちそうな事を探すのが先だ。
 学院にそれがあるとは限らないが、外に出れば何か切っ掛けが掴めるかもしれない。そう思って、ドールに学院の案内を頼んだ。


   ◆


 で、学院に案内された俺は、ドールが興味を持つ物を早速見つけた訳だが……。

「太老! アレとアレとアレ、あっ、アレも食べたいわ」
「はいはい……。程々にしとけよ? 朝あれだけ食って、お腹を壊してもしらないぞ」
「大丈夫よ。これでも遠慮してるもの」

 いや、それは無いだろう、と心の中でツッコミを入れていた。
 ドールが興味を持った物、それは校舎の直ぐ脇にオープンしたばかりの正木商会のコンビニと大食堂だった。
 当初はここで働く人達のために作られた施設なのだが、学生達もここに買い物や食事に来ているそうで、学院は休みだというのは結構な賑わいを見せていた。ちなみに大食堂は、この世界では珍しい食券制だ。
 カツ丼、オムライス、ナポリタンに加えて、更には特大パフェを注文するドール。
 朝あれだけ食っておいて、その小さな身体のどこにそれだけの量が入るのか不思議でならない。

「珍しい料理が一杯ね」
「まあ、商会の経営だしな」

 全部俺の世界の料理なのだから珍しくて当たり前なのだが、その事は言わない。
 ドールの渾名は決定した。『腹ペコドール』これしかないだろう。
 まあ取り敢えず、ドールの興味がある物を見つけられただけでも収穫はあった。これを利用しない手はない。

「ドール。学院に通えば、これが毎日食べられるぞ」
「!?」

 一瞬心が揺れたのか、ピクッと肩が震えたのを俺は見逃さなかった。

「が、学院に通わなくても、普通に食べにくれば……」
「ここの生徒なら、学生証をみせれば無料で食べられるぞ。食べ放題だ」
「……!?」

 これは本当だ。学院側から一括で支払われているので、ここの職員や生徒であれば、食堂の料理は全て無料になる。
 学生に関しては、そうした諸経費も学費に含まれているのだから当然といえば当然だ。
 さすがにコンビニで買った個人の趣向品までは無料にならないが、普通に生活する分に関しては年度ごとに支払われている学費以外には一切必要無い。

「な、何を企んでいるの?」
「何も? ドールの制服姿を見てみたいなーって」

 これも本当だ。修道服に近い地味な制服ではあるが、ドールの制服姿を見てみたいと思っていた。
 美少女の制服姿に萌えない男なんて、この世に居るはずがない。
 見たいか、見たくないか、と問われれば迷わず『見たい!』と答えられる自信があった。

「保護者とちゃんと相談して決めるといいよ。後はドールの気持ち次第だ」
「……考えておくわ」

 素っ気ない返事ではあったが、目の前の空になった皿を見れば、かなり興味を持っている事だけは確かだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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