【Side:太老】

「お兄様、昼食が届きましたわ」
「太老、昼食が届いたぞ!」
「ああ、そこに置いといてくれ……って、なんで二つもあるんだ?」

 注文した弁当が、何故か俺の分だけ二つも机の上に置かれていた。

「それは……(わたくし)が注文すると言ったのに、ラシャラさんが勝手に……」
「我が注文しているところに横槍を入れてきたのは御主じゃろう!?」
「お兄様の面倒を見るのは、妹の私の役目です!」
「太老の面倒を見るのは、婚約者の我の務めじゃ!」

 今日の昼食は、学院新聞でも取り上げられていた日替わり弁当だ。
 リーズナブルなお値段で栄養バランスの取れた弁当で、毎日違った味を楽しめるとあって聖地で働く職員達の間でも好評のメニューだった。
 学院の昼食といえば基本的に教室や食堂で取るのが普通だが、王侯貴族や男子生徒、上級生向けに宅配サービスもやっている。
 寮や校舎にまで弁当を届けてくれるサービスで、マリアとラシャラが一緒と言う事もあって今日はそれを利用させてもらっていた。
 この時間の食堂は混んでいる。俺一人ならまだしもマリアとラシャラの二人を連れて行っては目立つ上に、この調子だから他の客に迷惑だ。それに今日のところは他にやる事があった。
 一度学院の弁当を食べて見たかったと言うのもあるが、用事を優先させると弁当の方が都合が良かったと言うのが理由として大きい。

「ああ、良いよ。腹減ってるし、二つとも食べるから……」

 色々と言いたい事はあるが、俺のためを思ってしてくれた事なので余り強くは言えなかった。それに他にやる事がある。
 こうして出前を取った一番の理由は、俺がさっきから目を通している資料の山にある。
 ここは生徒会が管理する資料室。歴代の生徒会がこれまでにやってきた行事や運営に関する資料が全てここに収められていた。
 で、俺がこんなところで何をしているかと言うと、その資料に一つ一つ目を通している訳だ。

「しかし凄い数じゃの……。まさか、これ全部に目を通すつもりなのか?」
「そうだよ。まあ、一週間もあればなんとか」
「一週間じゃと!?」

 聖地が出来て数百年。ここにある資料は聖地の歴史そのものと言っても過言では無い。
 俺がまず着手したのは、これまで生徒会がどんな運営を行ってきたのか、その足跡を調べる事だった。
 副会長として、リチアに依頼された最初の仕事。生徒会の予算編成を考えるために、歴代の生徒会がどんな事をやってきたのかを知る必要があると考えたからだ。

 場の流れで『副会長』なんて重要な役職に任命されてしまったが、一度引き受けたからには途中で投げ出すつもりはない。
 それに聖地の事を知るチャンスでもある。リチアの提出してきた予算計画書を見て、変だと思ったのは確かだ。
 哲学科の件もそうだが、この学院の無駄に豪華な施設と設備。修行と言いながら、外界とは違い過ぎる贅沢な暮らし。特にこの生徒会は、聖地の今の姿を象徴しているかのようでもあった。
 国家予算規模の運営費を動かす生徒会なんて話にも聞いた事がない。そもそもだ。何故、そんなに予算が必要なのか不思議でならなかった。

「さすがお兄様ですわ。副会長に立候補されたのは、このためでもあったのですね」
「へ? いや、立候補した覚えは……」
「なるほど、確かに副会長という立場なら堂々と調べ物が出来るしの」

 立候補した覚えは全く無いのだが、多数決で決まった事を今更蒸し返すつもりはなかった。
 それに生徒会役員、それも副会長という立場でなければ、こうして堂々と資料室に出入りする事は出来なかった。
 副会長になったから資料室に入る理由が出来たようなものだが、哲学科の一件で聖地の事を調べたいと考えていたし、ある意味で一石二鳥だったとも言える。

「先に腹ごしらえにするか」

 とはいえ、資料は逃げない。腹が減ってはなんとやら、とも言う。
 納得した様子で頷いているマリアとラシャラの二人を放って置いて、俺は弁当に箸を付ける事にした。

「お兄様、こう言ってはなんですが……それ、職員向けのお弁当ですよね? そのような物でよろしかったのですか?」
「ん? なんで? 結構、美味しいよ。これ」

 それに安いしな。高い料理は美味くて当然だ。良い食材を適切に処置すれば、不味く作りようがない。
 だからと言って安いから不味いと言う訳でも無い。ようは工夫次第。一番大切なのは価格と味のバランスだった。安くて美味いにこした事は無い。
 基本的に食堂に行けば生徒や関係者ならタダで食べられるとは言っても、それ以外は自腹が基本だ。
 この弁当。確かに聖地で売られている商品としては安い方に入るが、味と形の良い厳選された食材が使われているとあって、これでも街の食堂や屋台に比べると高い。これで贅沢を言っていたら罰が当たってしまう。学生の昼飯としては出前までしてくれて、こんな贅沢な話は無かった。

「まあ、金は出来るだけ遣わず、安いにこした事はないしの。太老のそう言うところ、我は好きじゃぞ」
「ラシャラさんの場合は金にがめついだけでしょうに……」
「なんじゃと!?」

 また、目の前で喧嘩を始めるマリアとラシャラ。
 会議の後、資料整理を手伝ってくれると言うので連れてきたのだが……少し、後悔を始めていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第222話『セレスの目標』
作者 193






 話は少し遡る。太老が生徒会の定例会議に出席していた頃、剣士達は通常どおり教室で授業を受けていた。

「そう言えば、朝からマリア様の姿が見えないけど……」
「生徒会の議事だよ。生徒会の会議は全てに置いて優先されるんだよ」
「ふーん」

 教室の上から二段目。教壇から向かって左側の席に、剣士とセレスは並んで座っていた。
 マリアが居ない事に疑問を持った剣士が、その事で隣のセレスに尋ねた。
 生徒会の会議と聞いて『太老兄も参加してるのかな?』と話す剣士に、『当然だよ』と答えるセレス。
 皇族や大貴族は生徒会に籍を置く事を義務付けられている。国の代表として、自分達に与えられた責務を全うするためだ。
 ああ見えても、太老はハヴォニワを代表する大貴族だ。マリア同様、生徒会役員に選ばれないはずがなかった。

「マリア様のお陰で教室に居る間は一息つけるようになったし、もう一度ちゃんと御礼を言っておきたかったんだけどな」
「午後の授業には出席されるはずだから、その時で良いんじゃないかな? でも、昨日より目立ってるみたいだけどね……」

 昨日よりは、ずっと過ごしやすくなったと実感する剣士。
 マリアの一言で剣士とセレスに迷惑を掛けないようにと、教室に居る間は女生徒達も二人の邪魔をして話し掛けてくる事は無くなっていた。
 ただ、教室の外にでれば相変わらずで、女生徒達の視線に晒される状況は何も変わっていない。
 哲学科の件で太老の方が目立っているとは言え、剣士とセレスが太老の関係者である事に変わりはない。
 寧ろ、マリアの流した噂の所為でタダの憶測から確信へと変わり、昨日よりも注目されるようになったくらいだった。
 特に、上級生の施設に立ち入る事の出来ない下級生達は太老との接点を持つ事が難しく、必然的に身近にいる剣士とセレスの二人に注目が行くのは仕方の無い話だった。

「眠そうだね。セレスくん」
「そう言う剣士くんは元気そうだね……。僕の何倍も働いてたのに……」

 一晩、太老に付き合ってコンビニでアルバイトをしていた二人。三日三晩寝ないで働いてもへっちゃらな剣士と違い、セレスはただの人間だ。
 平気なのは体力バカの剣士と、徹夜での作業に慣れている太老くらいのものだ。
 今日は朝からずっと眠いのを我慢して、セレスは授業を受けていた。

「医務室で休んできたら?」
「でも、授業をさぼる訳にはいかないし……頑張るよ」

 剣士が心配して言ってくれているのは分かっていても、根が真面目なセレスには眠いから授業を休むという発想は無かった。
 それに、太老のようになりたい――と心に決めたばかりだ。最初から決心が鈍るような行動を取りたくないという思いもあった。
 以前のように後ろ向きな考え方ではなく、少しでも努力して周囲に認められたいと考えるようになったセレス。
 それも全て、故郷に残してきた幼馴染みの事を思っての行動だった。

「頑張るって決めたんだ。そして胸を張ってハヅキを迎えに行きたい」
「ハヅキ?」
「あ、そう言えば剣士くんにはまだ話して無かったね。僕には幼馴染みがいて――」

 セレスには『ハヅキ』と言う名の同い年の幼馴染みの少女が居る。
 結婚を誓い合った仲、とまでは行かないまでも友達以上恋人未満の良好な関係にあった。
 だが、

 ――数少ない男性聖機師に自由な恋愛と結婚は許されない

 平民出身とはいえ、聖機師の資質があると認められた以上、それはセレスも例外では無い。
 男性聖機師には女性聖機師よりも更に多くの特権が与えられる。権力、金、そして栄誉。
 セレスの家族もまた、彼が聖機師になった事で裕福な暮らしを送れるようになった。

 暮らしが豊かになる、それ自体は良い事だ。セレスも両親に恩返しが出来る、家族に楽をさせてあげられる、とその時は喜んだ。
 しかしその事が、彼の日常を変えてしまった。周囲の大人達の考え方を歪めてしまった。
 セレスに聖機師の資質があると分かった途端、大人達はセレスとハヅキを引き離しに掛かったのだ。

 聖機師としての血が欲しいだけだとハヅキを批難するセレスの両親。
 そしてハヅキの両親もまた、あわよくばセレスとの間に子供を儲けて欲しいと考えるようになり、二人は対立した大人達によって仲を引き離される結果となってしまった。
 セレスが学院に来たのは聖機師の義務を全うするためと言うのもあるが、それ以上にハヅキとの関係を嫌った大人達が二人の仲を引き離そうとしたからでもあった。

 勿論、男性聖機師との間に子供を儲ければ、必ず聖機師の資質を持つ子供が生まれると言う訳ではない。
 だがその確率は、資質を持たない一般人同士の間に偶然聖機師の資質を持つ子供が生まれるよりはずっと高い。
 国によって聖機師の結婚が管理されているのも、出来る限り有能な聖機師同士の間に子供を儲けさせ、高い亜法波の耐性を持った子供が生まれる可能性を高めるためだ。
 セレスは聖機師になったばかりに仲の良かった幼馴染みと引き離され、これまでの日常の全てを失ってしまった。
 彼が学院に馴染めず、毎日のように暗く塞ぎ込んでいたのはそのためだ。
 聖機師に選ばれた以上、セレスも覚悟はしていたつもりだった。しかしその結果は、彼が思っていた以上に過酷なものだった。

 ――こんな結果を望んでいた訳じゃ無い。どうしてこんな事に?

 何度も何度も心の中で繰り返してきた言葉。
 剣士と初めて出会ったあの時も、セレスは故郷に残してきた幼馴染みの少女を思い、答えのでない考え事に耽っていた。
 しかし剣士との出会いが、太老との出会いがセレスの道筋に僅かな希望を灯した。

 平民から聖機師になり、功績を認められて爵位を授かり、世界有数の大商会を一代で築いたと言われている大人物。
 貴族らしくない貴族。だけどそれは平民出身と考えれば分からない話では無い。セレスが太老を見て驚いたのは彼がどこまでも前向きで、自分の生き方に恥じる事無く正直に生きていると言う点だった。
 未来に希望を見出せず毎日を諦めて過ごしていたセレスと違い、太老は眩しいくらいに前向きに人生を楽しんでいた。
 セレスがもう一度頑張ってみようと考えるようになったのは、剣士の明るさと優しさ。そして太老の太陽のような温かさと強さに魅せられたからだった。
 こんなにも前向きで強い人達が居る。そう考えると、ずっと悩んでいた事が嘘のように、セレスの中で一つの答えが出た。

 ――ハヅキの事を諦めたく無い。過去になんてしたくない

 それがセレスが心に誓った事だった。もう一度、頑張ってみよう。ほんの少し前向きに考えられるようになったのは二人のお陰だった。
 手紙でやり取りをするのすら難しい状況だが、ここで諦めてしまったら本当に大切な物を失ってしまう。
 太老の話を聞いてアルバイトをやってみようと考えたのも、聖地での修行を今まで以上に頑張ろうと考えたのも、全てはそのためだった。
 優秀な聖機師だと認められれば発言力が増し、国との交渉もやり易くなる。その最たる例が太老だ。彼の発言力は下手をすれば一国の元首すら上回るほどだ。
 結婚を認められるまでは行かないまでも力を示し、聖機師としての義務さえ果たせば、ハヅキとの仲を認めさせるくらいは出来るかもしれない。セレスはそう考えた。
 だが、それは茨の道だ。本来、男性聖機師には自由な恋愛すら許されない。それを覆すほどの実績を見せるというのは並大抵の努力では難しい。
 聖機師の実力は先天的な資質に左右されるところが大きい。セレスがどれだけ頑張ったとしても、太老のように成れる可能性は限りなくゼロに近かった。

「幼馴染みか。セレスくん、その子の事が好きなんだね」
「え、うん……」
「俺、応援するよ! でも、どうすればいいんだろう? マリア様や太老兄にも相談……」
「ごめん、剣士くん。それじゃあ、ダメなんだ」
「セレスくん?」

 マリアや太老に頼れば、今よりは確かに状況が改善される可能性はある。しかしそれでは、また二人に迷惑を掛けてしまう。
 ここで頼ってしまったら、今までと何も変わらない。太老とマリアの優しさを知ったから、セレスはその優しさに甘えたくなかった。
 それにハヅキとの事は自分自身の問題だ。何もしない内から、安易に助けを求めるような真似をしたくは無い。
 剣士に事情を話したのは、剣士を友達と信頼しての事だ。誰かに覚悟を聞いて欲しかったのかもしれない。セレスはそう考えていた。

「ごめん、俺にもっと力があれば……」
「剣士くんは悪く無いよ。これは僕の問題なんだ。僕自身が解決しないと意味が無いんだよ」
「セレスくん……。うん、セレスくんの夢が叶うように、俺も友達として応援するよ」
「ありがとう、剣士くん」


   ◆


「面白く無い! なんでアイツばかり注目されるんだ!」

 剣士と同じ教室の男子生徒四人組が、また昨日と同じように校舎の裏に集まって不満を喚き散らしていた。
 昨日はカレンに捕まって夜遅くまで説教をされる羽目となり、学院長からも厳重注意を言い渡された四人。
 ちょっとした注意で済んだかもしれないところを、『ガラス窓を割った事は確かだが、そうなった原因は剣士とセレスにある』と言った事がカレンを余計に怒らせてしまったのだ。
 余計な事を言わなければ良いものを、責任逃れをしようとして二人の名前をだしたばかりに酷い目に遭う。まさに自業自得だった。

「おい、面白いネタを仕入れてきたぞ」
「面白いネタ?」

 これだ。これ、と言って手の平サイズの小さな機械を仲間に見せる男。それは小型の亜法通信機だった。
 誰も居ない時間帯を見計らって朝早くから教室に来ていた彼は、セレスと剣士の机に細工をして盗聴器を仕掛けていたのだ。

「セレスの幼馴染み?」
「ああ、その幼馴染みのために頑張るだって、恥ずかしくなるような事を言ってやがったよ。あのバカ」
「確かにそりゃ大バカだ。大した実力も無い癖に、自由恋愛も無いだろう」

 セレスの話を仲間から聞いて、蔑むように下品な笑い声を上げる男子生徒達。
 彼等が笑うように確かにセレスのやろうとしている事は、並大抵の努力では叶えられない無茶な願いだ。
 どれだけ頑張ったところで、ただの一般人と男性聖機師。二人の仲が認められる事は無い。それは聖機師なら、子供ですら知っているようなこの世界の常識だ。

「やはり、マサキ卿と少し知り合いになれたからと言って、調子に乗っているみたいだな」
「どうする? やはりセレスもしめるか?」
「いや、良い手を思いついた。奴には協力してもらおう」
「協力?」

 リーダー格の男がニヤリと口元を緩め、仲間に向かってそう言った。

「友人に裏切られたと知ったら、あの従者はどう思うかな?」
「それはいい。セレスを使って、あの剣士って奴を罠に嵌める訳か」
「ああ、さっきの話は使える。俺達を怒らせるとどうなるか、奴等には確りと分からせてやる必要がある」

 その通りだ、と言って次々に仲間の言葉に賛同し、自分達の行いを正当化する男子生徒達。
 それが破滅への第一歩だとは……そこに居る誰も気付いては居なかった。





 ……TO BE CONTINUED



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