【Side:ラン】

 一見して小さなお城ほどある大きな建物。太老の独立領を改装して作られた現在十八ある正木商会支部の一つ――聖地学院支部。あたしランは、ここの支部長を任せられていた。
 そして最上階にある資料と本に埋もれたこの部屋は、あたしの支部長室。いつもと変わらぬメイド服に身を包んだマリエルと会合していた。
 話の内容は勿論、商会が請け負う学院の仕事についてだ。

「どうにか、補充人員が来るまで保たせられそうだね」
「はい。剣士様のお陰で修繕などの雑用が片付いたことが大きいですね」
「ああ……正直あの子には驚かされたよ」

 商会、聖地共に職員が不足していた件は、生徒の中からアルバイトを募集する事と、太老の血縁者――柾木剣士の活躍でほぼ解決した。
 社会勉強の一貫ということで学院に許可を取り付け、試験的に始まったアルバイトは、ほぼ大成功と言って良い順調な滑り出しを見せていた。
 制度が始まって一週間。現在では、ほぼ下級生の半数に上る生徒が登録されており、希望や適性に応じた仕事が生徒達に割り振られている。
 想像以上に登録者数が多かったのは、やはり太老と剣士の影響が大きかった。

 そしてもう一つ、忘れてはならないのが柾木剣士の活躍だ。
 剣士の働きによって予定されていた作業スケジュールを大幅に短縮できたことで、本来修繕などの雑用にあてる予定だった作業員を他の仕事に割り当てることが出来た。
 修繕作業から専門的な技術を要する様々な仕事を人並み以上にこなし、更には常人離れしたタフさと手際の良さで一般人の何十倍もの働きをする剣士の能力は、学院で働く職人達の間で高い評価を得ていた。
 教職員やメイド隊の侍従達の間でも評判は良い。特に実力をひけらかすわけでもなく、優しく人当たりの良い性格は、少し抜けているところも安堵感を与える要因となっているようで、小動物(コロ)のようで可愛いと……特に年上の女性達の間で大きな支持を得ていた。

「剣士を学院の上級職員として迎えたいって話もきてるみたいだね」
「太老様は本人の好きなようにさせて構わないと仰っていますが」
「とはいえ商会(うち)としても、あれだけの逸材を手放すのは惜しいしね。それに……」

 悪い言い方かもしれないが、こちらとしても剣士に居てもらった方が助かる。商会のため、太老のためになるのなら、利用できるものはなんでも利用する。あたしはアイツに恩を返すと決めた日に、心にそう誓った。
 剣士の存在は、学院に恩を売る意味でも重要な手札(カード)になる。それにセレスの件がある以上、剣士が学院に移籍することはない。友達や家族を裏切ったり、出し抜けるような人間には見えなかった。
 良くも悪くもお人好し。背後関係には気をつける必要はあるが、今のところそれだけだ。
 寧ろ気になるのは、あのカレンという剣士の雇い主。剣士を使って太老に近付き、何かを企んでいることだけは確かだが、それが何かまではわからない。あの太老を出し抜けるとは思えないが、万が一と言う事もある。現在一番警戒を払っている人物が彼女だった。

「それと聖機師授与式の件ですが」
「もう二回、いや三回延びてるのか? 確か予定では明日だったね」

 一度目は、聖武会の一件で闘技場が甚大な損害を被ったことで開催が延び、
 二度目は、太老が哲学科の客員講師をすることになった所為で、転科願いや見学の申し込みが殺到して式典どころではなくなり、
 三度目は、剣士とセレスを狙った男性聖機師の件で、各方面への説明と対応に追われ、

 度重なるアクシデントの所為で、未だに聖機師授与式は開催されていなかった。

「二度あることは三度ある。四度目ってあるのかね?」
「……可能性は考慮しておいた方がいいかと」

 ――常に最悪の事態を想定せよ
 水穂が常々あたしに言っていた言葉だ。

(どうにも嫌な予感がするんだよね)

 一抹の不安を覚えながら、あたし達は式典当日を迎えた。

【Side out】





異世界の伝道師 第235話『予感の正体』
作者 193






 聖機師授与式当日。ここはラシャラ・アースの独立寮。
 式典用の衣装に身を包んだキャイアとワウ。バニーガールやミスコンのような服に、首には猫の鈴。後には猫の尻尾。手には猫の招き手のカタチをした金の杖を握っていた。

「うむ。似合っておるではないか」
「ありがとうございます」

 ラシャラに褒められて、嬉しさと恥ずかしさの混じった表情で頬を染めるキャイア。
 一方、太老の方はポカンとした表情で、キャイアとワウの姿を呆然と眺めていた。

「やっぱり、この衣装なんだな……」
「うむ。御主は見た事があったのか?」
「まあね……。フローラさんが何かある度によく着てたし」

 フローラの衣装はキツネがモチーフだったが、こちらは猫……いや、ぬこ。ハヴォニワ辺りでは大ヒットしそうな衣装だ。
 毎年、授与式には動物をあしらった式典専用の衣装が用意され、今年はハヴォニワとシトレイユのブームに乗じるカタチで猫が選ばれた。

(やっぱり異世界人って変態ばかりだな)

 自分のことを棚に上げて、そんなことを心の中で呟く太老。
 この衣装をはじめ、殆どは大戦期の混乱に乗じて異世界人が伝えた文化という話だ。
 ただ、意図的にねじ曲げられた内容が多く、この世界に伝わっている異世界の文化や伝統は、明らかに個人的な趣味に走ったものが多かった。


   ◆


 場所は変わって、聖地の中心にある闘技場。
 以前、太老の聖機人に破壊された武舞台は完全に復旧し、元の姿を取り戻していた。
 いや、全く同じと言う訳ではない。武舞台を覆う高い壁には、太老の船『カリバーン』に使用されているものと同じ亜法を弾く特殊金属が使用されており、林立する柱もただの石ではなくカリバーンの技術を転用して作られた金の柱だ。武舞台も以前にも増して頑丈に作られており、数百年の歴史を持つ古びた闘技場は一転して、最先端技術の粋を集めて作られた黄金の闘技場へと姿を変えていた。

「ふむ。太老に相応しい立派な闘技場じゃな」
「ええ、さすがはお兄様ですわ」
「金……またか、またなのか」

 感心して頷くラシャラとマリアの二人とは反対に、太老の気持ちはどん底に沈んでいた。
 闘技場の復興が進められていることは知っていたが、まさかここまで大幅な改装工事を行っているとは考えもしていなかったからだ。
 これでは復興ではなく魔改造(リフォーム)だ。

「ラン! これはどういうことだ!?」
「え? 注文通りだろ?」
「どこが!?」
「前よりも頑丈にしろって注文だったじゃないか。だから、あたしは――」

 そう、太老は復旧工事の注文書に、歳月の経過で余りにボロボロだった闘技場を見て、あれでは危ないから少しでも頑丈に造り替えるように、とやり過ぎてしまったお詫びの意味も込めて書き記していた。
 ただそれは常識の範囲内でのこと。太老の考えでは『安全面を考慮して綺麗にしてくれ』という話であって、何も『要塞に造り替えろ』と指示した覚えはなかった。
 一方ランはというと、少しでも太老の聖機人の力に耐えられるように闘技場を改造しろという指示だと思い込み、注文書通りに指示を送っただけだった。タチコマや侍従達も相手が太老だからと違和感を感じることなく、作業に励んだ――結果生まれたのが、この『黄金の闘技場』と言う訳だ。

「……もしかして、なんか間違ってたのか?」
「……いや、これでいいよ」

 過ぎた事を言っても仕方が無い。力無く肩を落とす太老だった。


   ◆


「――キャイア・フラン前へ」

 聖機師授与式は滞りなく進んでいた。
 証書代わりの猫耳を学院長の手から渡され、高らかに杖を振り上げるキャイア。ミスコンを彷彿とさせる風変わりな式典ではあるが、何百年と続いてきた式典だけに特に違和感を感じる者はいなかった。

「三度目の正直は無理だったけど、なんとか無事に終わったな」
「ああ、ほっとしたよ。この式典呪われてるんじゃないかって、最悪の事態も想定してたからね」
「俺にとっては複雑な式典だったがな……」

 猫耳や衣装のことなど全て吹き飛んでしまうくらい、闘技場の方が太老にとっては衝撃的だった。
 教会にしてみれば、商会の保有する技術を確認する意味でも、この闘技場の改装工事は魅力的な話だったのかもしれないが、太老にしてみれば迷惑極まり無い話だった。

「この後は生徒会主催のパーティーだっけ? ランも出るのか?」
「……あたしは仕事があるからね」
「仕事もいいけどお祭りなんだし、少しは楽しんだ方がいいぞ」

 太老が気遣って言ってくれていることはわかっていても、ランは今一つ乗り気にはなれなかった。
 時には力を抜くことも大事と考える一方で、太老から受けた恩を返すためには、このくらいではまだ足りないという想いがある。それに恩返しを太老が望んでいる望んでいないに関係無く、ランは今の仕事に誇りを持っていた。

(貴族のパーティーに出席ってガラじゃないしね……)

 綺麗なドレスを着飾り、聖機師や王侯貴族が参加するパーティーに参加するのは、今更な気もしていた。
 幼い頃から過酷な環境に身を置き、貧しい生活を余儀なくされていたランは、生まれながらにして貴族というだけで裕福な暮らしを享受している特権階級が余り好きでは無い。この世の不公平さに不満を抱き、憎しみさえ覚えていた頃が彼女にはあった。
 それを忘れて、一緒にパーティーを楽しむと言った気にはなれなかった。

「太老様。リチア様が是非、パーティーに参加して欲しいと」
「マリエル、丁度よかった。ランの衣装合わせを手伝ってやってくれない?」
「ちょっ! あたしはまだ出るなんて一言も――」
「諦めろ。これも仕事だ。色々な人と顔を合わせるのも重要なことだぞ」

 予想もしなかった太老のまともな指摘に、「うっ」と声を上げるラン。
 意図的に距離を取り、壁を作っていることは自覚していただけに、それを言われると辛かった。

(クククッ……自分だけ逃げ(おお)せると思うなよ!)

 実は闘技場の件で、かなり根に持っている太老だった。


   ◆


(あたしがなんだって、こんな服を……)

 いつもパンツスーツや動きやすいラフな格好をしている事の多いランだが、太老の指示でマリエルや侍従達に無理矢理ドレスを着せられて、生徒会主催のパーティーに強制参加させられていた。
 肩が露出した純白のドレス。白に浮き立つ栗色の髪と褐色の肌が、健康的な美しさと魅力を感じさせる。端整な顔立ちにモデル顔負けの引き締まった身体をしているだけあって、パーティー参加者の中でも一際目立っていた。

「うっ……まさか、身近にこのような強敵がおるとは」
「……油断なりませんわね」

 胸は……今一つボリュームに欠けるが、美少女と言って差し支えない。
 ラシャラとマリアが危機感を抱くのも当然。商会の支部を一つ任せられるほど有能な力を持ち、学院との交渉をはじめ闘技場の復旧に携わった手腕が認められ、周囲から高い評価を得ていた。
 本人に自覚があるかどうかは別として、ランも太老のパートナーに相応しい実績と力を身に付けつつある。太老に好意を持つ女性達からすれば、太老に近い位置に立つランも恋敵(ライバル)と言う訳だ。

「なんだ、嫌がってた割には似合ってるじゃないか」
「当然だろ? スタイルには自信があるんだ」

 腰に手を当ててポーズを取ってみせるラン。胸が少しだけ標準より小さいことを除けば、抜群のプロポーション。ラン曰く、他が発育がよすぎるだけで特に貧乳と言う訳では無く、バランスの取れた体型が自慢だった。

「普段から、もうちょっとお洒落すればいいのに。勿体ない」
「……こんなチャラチャラした服じゃ動き難いし仕事にならないだろう?」
「でも、可愛いと思うぞ」
「か、かわ……」

 頬を赤く染め、珍しく慌てるラン。
 別にこれが初めてと言うだけではない。ドレス以上に恥ずかしい格好だってしたことがある。以前にハヴォニワの歓迎会でコスプレをさせられたこともあるランからすれば、ドレスを着るくらい大して恥ずかしいことではなかった。
 だというのに太老に服装を褒められただけで、これほど動揺するとは……ラン自身思ってもいないことだった。
 好きか嫌いかで言えば好意を持っているが、愛しているかどうかで言えばわからない。
 ただ、異性としては意識している自覚は持っていた。

「……あたしに色々と服を着せたこと、あっただろう?」
「ああ、なんだ? 目覚めたのか?」
「違う! あれは、そのなんだ……やっぱり可愛いから着せたのか?」
「ん? まあ、それはそうだが」

 ――どうせコスプレをさせるなら美少女の方がいい
 太老にしてみれば、そのくらいの軽い気持ちだったのだが、ランにしてみれば少し複雑な気持ちだった。

「……また着てやってもいいかな。太老がどうしてもって言うなら」
「なんだ? やっぱり目覚めたのか?」
「違う! アンタはどうしてそう……って、ちょっと待て」

 次の瞬間――侍従達が周囲を取り囲み、太老が何やら怪しげなリモコンを胸元から取り出すのを見て、ランは大きな危機感を抱いた。
 この状況、この流れ、頭の中の警戒音がけたたましい音を立てて鳴り響く。
 そう、ランが今言った言葉――それが地雷だったことに気付いた時には何もかも遅かった。

「言質は取った! これより、メインイベントを行う!」
「はあ!? 何を!」

 太老がボタンを押すと、プシューという音と共に白い煙が巻き上がり、会場の床が割れて姿を現す小さな武舞台(ステージ)。それは授業などでも使われている動甲冑専用の武舞台だった。
 既に用意万端とばかりに装飾が施され、『第二回ランちゃんファッションショー』の垂れ幕がデカデカと存在感を放っていた。

「嵌めたな! 最初からそのつもりで!」

 ランちゃんのファッションショーイン聖地。
 ずっと感じていた嫌な予感の正体に、ようやく気付いたランだった。





 ……TO BE CONTINUED



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