「な、なんなんだい!? あのバケモノは!」

 シトレイユの山奥。
 喫水の境界にある山道を高地へ向けて走るひとりの女――コルディネ。
 その背後、山の麓にある山賊のアジトからは、黒い煙がもくもくと上がっていた。
 シトレイユの国境(くにざかい)で起こった襲撃騒ぎの一件で、太老の鉄球攻撃により壊滅寸前にまで追い込まれたコルディネ達は、ほとぼりを冷ますまでの間、ここシトレイユの山奥にある臨時のアジトに潜伏していた。
 そんななか、コルディネ達を襲った不運。それは突然、空から降ってきた。

「ああっ! もうっ、なんで空にでるかな? 林檎お姉ちゃん……は別のところに飛ばされたか。これだからマッドサイエンティストは……適当な仕事しないでよね」
「な、なんだい! アンタ!?」
「誰、おばさん? ううんと、ここどこ?」

 巫山戯た少女だとコルディネは思った。
 空から降ってきてアジトの屋根を突き破っておいて、全く状況を理解していない様子に怒りさえ覚えた。
 ナイフを構え、銃口を向け、少女に敵意を向ける山賊達。

「おばさん達、どういうつもり?」
「屋根の修理代をもらわないといけないからね。アンタにはその身体で払ってもらうよ」

 ほんの少し脅してやればいい。
 後は奴隷商人にでも売り飛ばせば、こんな小さな子供でも金にはなる。
 こんな山奥に潜伏を余儀なくされ、太老から受けた仕打ちの憂さ晴らしのつもりだった。
 だが、その考えが間違いだったとコルディネ達が気付くのに、一分と掛からなかった。

「……なるほど。おばさん達、悪い人なんだね」

 ――なら、遠慮はいらないよね?
 そう、少女が口にした瞬間、信じられないような悪夢がコルディネ達を襲った。
 
 少女の身体から発せられた強大なプレッシャー。
 嘗て無い殺気にあてられ、腰を抜かし、情けなくも尿を垂れ流す大の男達。
 彼等が感じたのは、目の前の何か≠ノ殺されるかもしれないという恐怖と戸惑いだった。
 次の瞬間、十人を超す山賊が空高く宙を舞っていた。
 まるで紙切れのように人が吹き飛ぶ姿。それを見て、錯乱する山賊達。砕け散る壁と床。衝撃で吹き飛ぶ建物。
 気付けばアジトだったはずの場所からは炎が立ち上り、僅か数分でコルディネの組織した山賊団は壊滅していた。

 そして現在に至る――

 コルディネは必死に逃げた。
 仲間を捨て、プライドも捨てて、ひたすら喫水外に向かって山道を駆けた。
 彼女がそうなるのも当然だ。あの少女(バケモノ)の前では、銃も剣も意味がない。
 そして聖機人ですら、あの少女(バケモノ)の前ではただの鉄くず≠ノ過ぎない。

「あ、あんなバケモノがアイツ以外にいたなんて……くっ、くそ!」
「アイツ以外? その話、私にも詳しく聞かせてくれないかな?」
「なっ……!?」

 コルディネの前に、その少女がいた。
 最初から、そこにいたかのように佇んでいた。

「鬼ごっこはおしまいだね。おばさん」

 クスクスと笑い、悪魔のような笑みを浮かべ、少女はコルディネに問い掛けた。





異世界の伝道師 第244話『異世界の幼女』
作者 193






「ぬこバーガーセットを一つと、単品で黄金バーガー二つ。あと、スマイル一つください!」
「はい。ありがとうございます」

 先程の少女『平田桜花(ひらたおうか)』は、街のファーストフード店で昼食タイムを取っていた。

「うん、結構美味しいわね。でも、このシールとカードなんだろう……」

 桜花が注文した、この二つの商品は――
 十枚シールを集めて応募すると、黄金の聖機人フィギュアがもらえる『黄金バーガー』。
 ぬこ衣装に身を包んだ少女達(全二十種)が印刷されたカードの他、封入されているカードがキラ仕様だと、それと交換にここでしかもらえない限定グッズと交換してもらえる『ぬこバーガーセット』。
 味よし、コレクター魂をくすぐる工夫よし、とこの店一番人気の商品だった。

「最初は最悪だったけど、御飯は美味しいし懐もホクホクだし後は――」

 出だしは最悪だったと言うように、実際酷い目に桜花はあっていた。
 予定していたのとは違う山奥に飛ばされ、某カニ頭のマッドサイエンティストのいい加減さに頭にきていたところ山賊に襲われ、その鬱憤は山賊(バカ)を相手に解消しようとしたが、若干のストレス解消にはなったものの完全には晴れなかった。
 余りに相手が弱く、数が少なかったためだ。いたぶり甲斐がなく、すぐに飽きてしまった。
 だが、コルディネ率いる山賊団を衛兵に引き渡した時に受け取った報奨金が、予想に反して大きな額だったため、その点だけは本当によかったと桜花は少し気を持ち直した。
 ついでに太老に関する情報も、山賊達にお願い≠オて入手したのだが――

「『タクドナルド』に『正木商会』か。絶対にお兄ちゃんだよね」

 街に来て愕然。そもそも探す必要がないくらい目立っていた。

「船穂、龍皇。林檎お姉ちゃんの現在位置を特定できる?」

 桜花のポーチから、ひょこっと顔を出す二匹の生き物。
 黒と白のマシュマロのような丸い手の平サイズの生き物が、机の上でコロコロと転がる。
 黒いのが船穂。白いのが龍皇。それぞれ第一世代、第二世代の皇家の樹の生体端末だった。
 皇家の樹はすべての樹が特殊なネットワークで繋がっている。
 それを利用して、林檎の位置を特定できないかと桜花は考えた。

「ん? なんで、こんなにたくさん反応があるの?」

 空中投影されたディスプレイを確認しながら、桜花は怪訝な表情を浮かべた。
 そこに映し出されているのは、皇家の樹とリンクしているキーの持ち主の反応だ。
 林檎の反応を確かめるつもりで頼んだはずが、考えられないほどの数のマークがそこに映し出され、桜花は戸惑った。
 ――ありえない。それが桜花の感想。
 こんな異世界に、こんな数の皇家の樹があるはずがない。
 だとすれば考えられることは一つしかない。契約者ではなく、キーの持ち主が複数いるということだ。

「水穂お姉ちゃん……じゃないわよね。お兄ちゃんの仕業かな?」

 それが一番可能性が高いと桜花は考えた。
 しかしそれは同時に、この世界にも皇家の樹があるという証明に他ならない。
 皇家の樹がなければ、キーは作り出せない。そして水穂の皇家の船は、こちらの世界にはきていないはずだ。
 だとすれば、この世界に別の皇家の樹があると考えるのが自然だった。

「反応が集まってるところ、ここにお兄ちゃんがいるのかな?」

 ううんと腕を組んで唸りながら、これからのことを考える桜花。
 反応の数が多いところが太老のところだと当たりをつけたのには、それなりの理由があった。
 太老がキーを渡す相手となると、かなり身近な人物の可能性が高い。だとすれば、その相手は太老の近くにいると考えるのが自然だ。
 それに相手は太老だ。絶対にまた無意識にフラグを立てまくってるに違いないと桜花は確信していた。

「ここからそんなに離れてないけど……こっちの反応の方が近いか」

 一つだけ光っている近くの反応に目をやる桜花。
 この反応が林檎の可能性が一番高いと考え、桜花は最初の目的地を決めた。

「さてと、待っててね。お兄ちゃん!」





【Side:太老】

 ――ブルッ!

「どうかされましたか? 太老様」
「いや、何度目になるかわからない身の危険を感じて……」

 マリエルに手伝ってもらいながら書斎で仕事をしていると、凄い嫌な寒気がした。
 こう言う時の自分の勘が良く当たるのを知っているので、そこはかとなく不安だ。
 なんというか、天災級の悪魔が降臨したかのような不安。その悪魔は幼女の姿をしているような予感すらする。
 いや、幾らなんでも具体的すぎるよな。そんなことあるはずがない。きっと大丈夫だ。

(幼女か、そう言えば桜花ちゃん達は元気にやってるかな?)

 幼女で思い出すのもどうかと思うが、実際にロリッ娘なのだから仕方が無い。もうひとつ付け加えると、ちょっとおませさん。誰に似たのか見た目の割に大人びていて、時々ドキッとさせられることがある。
 周りがアレだしな。きっと悪い影響を受けているんだろうと俺は思っていた。
 ただまあ、優しくて良い子だ。家族を大切にするし、よく気が利くしな。

 ちなみに平田兼光の娘で、無茶苦茶強い。母親が武神とか呼ばれている人だけに、娘の彼女も無茶苦茶強い。どのくらい強いかと言うと、恐らく白兵戦なら水穂を凌ぐほどだと言っておく。
 俺が樹雷に居た頃、『お兄ちゃん』って呼ばれて、かなり懐かれていた。
 これでも子供受けする方だからな。あれだ。シンシアやグレースみたいなものだ。
 余談ではあるが、桜花には血は繋がっていないが二人の妹がいる。
 機会があれば紹介したいと思うが、樹雷に帰ることでもない限り会うこともないだろうしな。

「身の危険ですか? もしかして、また何か不穏な動きが……」
「いや、そういうのとは、また少し違うような……」
「いえ、太老様の勘が外れているとは思えません。念のため、侍従達に注意を呼びかけておきます」

 マリエルを心配させてしまったようだ。
 でも、実際にあの幼女達だったら警戒するだけ無駄。特に桜花を止めるなら、水穂くらい連れてこないと無理だ。まあ、絶対に有り得ない仮定だが。
 彼女達は樹雷で留守番してるはずだしな。こっちの世界にいるはずがない。

(でも、久し振りに会いたいな。元気にしてるかな)

 あっちの世界に帰る算段が付いたら、一度顔を見に帰ってみるか。
 鬼姫には絶対に会いたくないけど、それなりに親しい人達はあっちにもいたので少し気になっていた。
 まあ、先に元の世界に帰るための方法を探さないとダメなんだが、それも水穂が引き続き方法を探してくれているようだし、焦らなくてもそのうち見つかるだろう。
 どちらにせよ、こっちの世界の問題を放置して帰れないしな。
 色々とやるだけやっておいて放って帰るほど、俺は無責任じゃないつもりだ。

「そう言えば、太老様。水穂様から今朝連絡がありまして、ハヅキさんがこちらに来るそうです」
「ハヅキ? それってセレスの彼女の?」
「はい。商会の使いで、注文の品を持ってこられると連絡がありました」

 注文の品というのは、例のアレ≠フことだろう。さすが水穂。仕事が早い。
 ランから水穂の伝言を聞かせられた時は肝が冷える思いだったが、一安心と言ったところか。
 とはいえ、ハヅキか。ああ見えて、面倒見がいい水穂のことだ。
 ハヅキを使いに出したと言うことは、セレスとの件で気を遣ってくれたのだろう。
 だったら、セレスにも教えてやらないといけないな。

「セレスにこのことは?」
「まだ伝えていません。本人の要望で、セレス様には伝えないで欲しいと」

 ふむ。サプライズでもするつもりなのかな?
 なんだかんだで愛されてるじゃないか。セレスの奴。彼女がいない身としては羨ましい限りだ。
 え? 婚約者がいるじゃないか、って?
 マリアとラシャラは妹みたいなもんだしな。彼女とは少し違う気がする。
 それに二人はまだ十二歳だぞ。手を出したら犯罪じゃないか。俺はロリコンではない。

「そういうことなら仕方が無いな。じゃあ、せめて当日はセレスの予定がオフになるように調整しておいてやってくれ」
「はい。畏まりました」

 このくらいは配慮しても、いいだろう。折角の再会だ。積もる話もあるだろうし。
 剣士と一緒で普段からよく働いてくれていると聞いているしな。
 侍従達は勿論のこと、聖地の職員や生徒達の評判も上々という話だ。
 実際よく頑張っていると思う。
 あの剣士についていけてるんだから、根性と体力はなかなかのものだ。

(でも、どんな子なんだろ?)

 俺はまだハヅキという少女と直接の面識はなかった。
 報告でだが、仕事も真面目にコツコツとこなし、性格もよく素直で良い子だとは聞いている。
 水穂が気に入るくらいだから、実際に良い子なのだとは思うが。

「マリエルも、まだハヅキちゃんに会ったことはないんだっけ?」
「直接お会いしたことはありません。ですが、通信越しでなら一度」
「ああ、なるほど。どうだった? マリエルから見て」
「少し気の弱いところがあるように見受けられましたが、素直で良い子だと思います」

 マリエルの評価も報告書と変わりないか。
 俺も折角だから一度会っておくかな。雇用主としては、どんな子か知っておきたい。
 いや、セレスの彼女がどんなのか見てみたいとか、決して野次馬根性じゃないからな。

「ハヅキちゃんが来るのは競武大会の前日か。なら、準備の打ち上げを兼ねた簡単な歓迎会でもするか」
「よろしいのですか?」
「ささやかな催しだけどね。あの二人は少しでも人目を避けたいだろうし」
「太老様……はい。それでは、そのように手配しておきます」

 準備の打ち上げを兼ねたパーティーを開くのも悪くないと考えた。
 身内だけの小規模なものだが、あの二人にはその方が都合がいいはずだ。
 男性聖機師と一般人が外で逢い引きなんてしてたら、目立って仕方が無い。それでなくてもセレスは剣士と一緒で注目を集めている分、かなり目立つ。
 寮になんて連れ込めないし、ひっそりと会える場所なんて限られている。なら理由を付けて、場所を提供してやろうと考えたわけだ。
 セレスもその方が友達を紹介しやすいだろうし、折角だから俺の方もマリア達にハヅキを紹介しておきたい。
 ここでのセレスの様子を彼女に見てもらうには、その方が色々と都合がいいはずだ。
 俺がパーティーの主催者なら、うちの侍従ということでハヅキのことは説明がつくしな。

「それじゃあ、さっさと今日の仕事を終わらせてしまうか」
「はい。では、シトレイユの商会から送られてきた報告書を先に――」

 そうして、いつものように夜は更けていく。競武大会開催まで残り二週間を切っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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