「ダグマイアの様子はどうだ?」

 不安と心配を隠せない様子で、眼鏡を掛けた青年ニールは友人のアランに尋ねる。
 二人はダグマイアの古くからの友人だ。そして、ここは男性聖機師に割り当てられた特別寮のラウンジ。現在ダグマイアはメスト家の独立寮に戻らず、ここで他の男性聖機師と生活を共にしていた。
 ダグマイアだが、競武大会でセレスに敗れてからは三日ほど誰とも口を利かず落ち込んだ様子ではあったが、いまは少し落ち着いたようにアランは感じていた。
 だが、危険な状態。よくない傾向でもあることは、張り詰めたダグマイアの表情を見ればわかる。
 正木太老に敗れたのであれば、まだ救いはあった。しかし負けるはずのない相手、セレスに後れを取ったことはダグマイアのプライドを大きく傷つけたはずだ。

「ダグマイアは、もうダメかもしれない……」

 悲痛な顔でそう話すアランの言葉に、ニールは苦悶に満ちた表情を浮かべる。
 そもそも男性聖機師に求められるのは剣術の腕でも強さでもない。聖機師としての資質だ。
 尻尾付きの高い亜法耐性を持つダグマイアの価値が失われることはない。しかしそれはかごの鳥。種馬としての人生を意味する。
 ダグマイアはそんな現状に耐えられず、少しでも自身の価値を高めようと努力をしてきたことをアランとニールは知っていた。それだけに心配なのだ。

「そうか……正直このことを伝えるべきか、迷っていたのだが……」
「何があった?」

 ニールが何か言いにくそうにしているのを見て、アランは怪訝な表情で尋ねる。
 正直ニールは迷っていた。彼も話を聞いた時には驚きを隠せなかったのだ。
 いまのダグマイアに伝えるべきどうかは未だに迷っている。
 だがアランには言っておくべきだろうとニールは覚悟を決め、口にした。

「シトレイユのババルン卿が五日後に聖地入りする」





異世界の伝道師 第262話『男の友情』
作者 193






「父上が聖地へ? そんな話を俺は聞いていないぞ!?」

 声を荒げるダグマイア。結局ニールから相談を受けたアランは迷った末に、そのことをダグマイアに伝えることにした。
 既にシトレイユ出身の聖機師や貴族を中心に噂となっているようで、ダグマイアの耳に入るのも時間の問題だと思われたからだ。
 突然、他人の口から知らされるよりは、自分やニールの口から教えられた方がショックも少ないだろうとアランは考えたのだ。
 それに、まだ五日ある。ゆっくりと考え、心を落ち着かせるためにも、いまのダグマイアには時間が必要だと考えてのことでもあった。

「寮に帰っていなかったから、お前に情報が届かなかったんだろう」
「ぐっ! だが、それでも……」

 アランの言うことにも一理ある。
 しかし、その気になればダグマイアの居場所を知ることは難しい話ではない。学院で呼び出してもらうという手もある。
 そうしなかったと言うことは、そうまでして自分に伝えるべき情報ではなかったのだとダグマイアは察した。
 信頼されていない。戦力に数えられていない。もはや手駒としての価値すらないのかもしれない。
 ユライトがどういう意図でババルンが聖地へ赴くことを自分に伝えなかったかを考え、ダグマイアは苦い表情で爪を噛む。

「少し落ち着け」
「これが落ち着いていられるか! 俺は――」

 尋常なく憤りを見せるダグマイアを見て、やはり教えたのは失敗だったかとアランは顔をしかめる。

「俺はまだ何も結果をだせていない。そればかりか、あんな男に敗れて……こんな状態で父上に合わせる顔は……」

 どこか脅えているようだった。
 頭を抱え、小刻みに身体を震わせるダグマイアを見て、アランの後ろで様子を見守っていたニールも心配する。
 そして、しばらく悩んだ末にダグマイアは覚悟を決めた様子で二人に頭を下げた。

「アラン、ニール。人を集めてくれ」
「……何をするつもりだ?」

 嫌な予感を覚え、アランはダグマイアに尋ねる。
 いまのダグマイアが立場的に、精神的に追い詰められていることは見ればわかる。
 何より、父親に見捨てられるという事態を彼は恐れている。だとするなら、彼が取るべき行動は限られていた。

「父上が聖地に入る前に、ラシャラを押さえる」

 最悪とも言える選択。だがダグマイアの鬼気迫る表情に、アランとニールは逆らうことが出来なかった。





【Side:リチア】

「ダグマイアさんの居場所ですか? 寮には戻られていないのですか?」
「ああ、ユライト……先生の話じゃ、競武大会が終わってから帰ってないらしくてな」
「なるほど……」

 いつものように生徒会室で執務をこなしていると太老さんがやってきて、ダグマイアさんの居場所に心当たりがないかと尋ねてきた。
 私は机の上に置かれた書類に視線を落とす。ダグマイアさんが最近、学院に顔を出していないことは報告として上がっていた。
 独立寮にも戻っていないとなると、恐らくはセレス・タイトに負けたことに原因があるのだと察しは付く。
 プライドの高い彼のことだ。才能でも実力でも劣る生徒に負けたことは、彼の自尊心を大きく傷つけたのだろう。

「恐らくは男性聖機師の特別寮にいるのではないかと……」

 そもそも独立寮に戻っていないと言うことは、ユライト先生と顔を合わせることを避けていると言うことだ。
 家族に連絡が行くような場所へ身を寄せているとは思えない。他に行く場所もないだろうと考えてのことだった。

「うーん。やっぱりそうか」

 その反応からも、彼の居場所に当たりは付けていたのだろう。恐らくは確認のために私に尋ねたのだと察する。
 でも、どこか困った顔を見せる太老さんに、何があったのかと私は尋ねた。

「……どうかされたのですか?」
「いや、学院で男子生徒にダグマイアのことを尋ねようとしたんだけど、俺の顔を見るなり逃げちゃってな」

 無理もないと思った。彼等はセレスさんの一件で負い目がある上、太老さんの怒りを買うことを恐れている。
 怪我を負ったクリフさんを見限り、ダグマイアさんに再び取り入っていると言う話だが、それも保身のためだ。
 自ら危険に飛び込むような真似はしないだろう。

「あれだけのことをやっておいて当然です。少しは自覚なさってください」
「まあ、嫌われてる自覚はあるけど……そんなに言うほどかな?」

 そんな太老さんの反応に、私は呆れて溜め息が溢れる。
 太老さんにとって火の粉を払った程度の感覚なのだろうが、彼等は違う。
 男性聖機師という立場を持ちだしても、通用しない相手がいるなんて思ってもいなかっただろう。
 先のクリフ・クリーズの一件からもわかるように、何かあっても国が守ってくれない相手を敵に回したことなど彼等にはないはずだ。

(まあ、良い薬にはなったのでしょうけど……)

 正直、相手が悪すぎる。太老さんは言ってみれば、毒にも薬にもなる劇薬だ。
 少しばかり彼等の増長は目に余るようになってきていたので、良い薬になったと思うと同時に少し薬が効きすぎたとも思っていた。

「まあ、取り敢えず行ってみるか」
「え……まさか、男子寮に行かれるつもりですか?」
「そうだけど?」

 何も気負った様子もなく、あっさりとした感じで、そう答える太老さん。
 どうして先程までの話の流れから、そういう答えになるのか?
 彼等に避けられている自覚は、太老さんにもあるはずだ。
 太老さんが男子寮を訪ねれば、追い詰められた彼等が暴走しないとも限らない。
 最悪の事態を想定して、私は顔を青ざめる。出来ることなら、ここで止めるべきだとわかっていた。
 でも――

「……何か、事情があるのですね?」

 ただ火種を振りまくだけなら止めるところだが、太老さんからは強い意志のようなものを感じる。
 だからこそ、彼が何を考え、何を為そうとしているのかを私は確かめておきたかった。

「ババルンが来週、聖地に来るだろ?」
「ええ、そう伺っていますが……」
「その前にダグマイアと話を付けておきたいんだ」

 私は目を瞠る。
 ババルン卿が聖地を訪問することは、私も生徒会の一員と言うよりは教会の人間として事前に報告を受け、知っていた。
 はっきりと狙いはわからないが、そのことで聖地の管理を預かる教会関係者もピリピリとしていたのだ。
 ダグマイアさんと話を付けておきたいと言うのは、やはりそのことと関係があるのだろうと察しは付く。
 時間がないと言うのはわかった。確かにそれならリスクを冒してまで、男子寮を訪ねる理由はわかる。

「……私もご一緒してよろしいですか?」
「え?」

 しかし生徒会長として、目の前の問題を見過ごすことは出来なかった。

【Side out】





【Side:太老】

 リチアの案内で男子寮を目指していた。
 一緒に行きたいと言われた時は驚いたが、学院も欠席しているという話なので、リチアも生徒会長としてダグマイアのことを気に掛けていたのだろう。
 本当は俺一人で片を付けるつもりだったのだが、あんな風に頼まれては断ることも出来ない。
 とはいえ、俺が勝手にダグマイアの家の事情を話すわけにもいかないしな。
 ドールやユライトに悪いし、メスト家の後継者問題が関係するとなるとババルンにも迷惑を掛けることになる。
 まあ、リチアなら口は固いだろうから誰かに話すと言ったことはないだろうが、迂闊に漏らしていい話でないことは確かだ。

「着きました」

 リチアに言われて足を止めると、大きな建物が目に入った。マリアやラシャラの独立寮よりも更に大きい。校舎一つ分くらいはあるだろうか?
 前に生徒会の仕事で女子寮を少し覗いたことがあるが、僅かに男子寮の方が広く、豪華な作りに見える。
 女生徒は進級して聖機師と認められるまでは準聖機師の扱いで、部屋も二人一部屋だと言う話だしな。
 こういうところでも男子生徒は優遇されているのだろう。

(だからバカも多いんだろうけど……)

 立場に甘え、権利ばかりを主張し、我が物顔に振る舞う男性聖機師を俺は数多く見てきた。
 ハヴォニワはかなり改善されてきたが、ここ聖地ではシンシアにちょっかいを掛けようとした連中も含めて典型的なバカが多い。
 文化や習慣が違う以上、この世界を日本と同じような常識で語るつもりはないが、それにしたって酷い。
 男の聖機師が貴重なのはわかるが、大事に育てることと甘やかすことは違う。根本的なところから教育を見直す必要があると俺は感じていた。
 ダグマイアもそう言う意味では、そうした社会の生んだ犠牲者の一人と言えなくはないんだよな。
 あいつのしてきたことを思えば甘い顔をするつもりはないが、ドールのこともある。ダグマイアには出来れば心入れ替えて頑張って欲しいところだ。

「正木卿!? ど、どうしてここに――」
「生徒会長まで!」

 リチアと共に男子寮に入ると、俺たちに気付いた男子生徒が驚いた様子で大声を上げる。
 騒ぎに気付き、ぞろぞろと玄関ロビーに姿を見せる男子生徒。何やら騒がしくなってきた。
 まあ、何も言わずに突然押し掛けてきたしな。驚くのも無理はないか。

「ちょっと聞きたいんだが、ダグマイアはいるか?」

 俺の問いに、明らかに動揺した様子を見せる男子生徒たち。
 俺の顔を見るなり、そそくさと逃げていたのはダグマイアを匿っていたからだろうしな。
 友情を大切にするのは感心だが、その思い遣りを他にも活かせば言うことはないのに……と思わなくもない。
 まあ、取り敢えず今日はダグマイアのことだ。

「ダグマイアさんは……いない」
「いない? どういうことですか?」

 俺が聞き返すよりも先に、リチアが鋭い眼で男子生徒に尋ねた。
 リチアの迫力に気圧されてか、明らかにビビった様子を見せるに男子生徒。
 なんか、今日のリチアはいつになく積極的だな。俺の出番がまったくと言って良いほどない。

「やっぱり正木卿に気付かれてたじゃないか! だから俺は嫌だったんだ!」
「くそ! もう終わりだ。何もかも……」
「その様子では、寮に戻ったと言う訳ではなさそうですね。まさか……」

 何かに気付いた様子で、そう声を上げるリチア。
 なんのことだ? さっぱり状況が掴めないんだが、ダグマイアは取り敢えずここにいないと言うことでいいんだろうか?
 俺たちが来ることを察知して、一早く逃げたとか? どれだけ家に帰りたくないんだよ……。
 まあ、大見得を切ってセレスに負けた挙げ句、家出をして家族に迷惑を掛けたことを考えれば、合わせる顔がないと言ったところだろうけどメンタルが弱すぎるだろう。

「すみません! ゆ、許してください! お、俺たちは関係ないんですッ!」

 そう言って許しを請うように土下座をする男子生徒たち。
 いや、別にそこまで怒ってないから……ダグマイアを匿ったことをそんなに気にしてたのか?
 だが、男同士の友情にまで、俺は茶々を入れるつもりはない。

「お前たちを責めるつもりはない。だから素直に話してくれないか?」
「ま、正木卿……」
「俺たちは……くッ!」

 何やら感動した様子で、男子生徒たちは目に涙を溜める。
 涙もろい奴等だな。シンシアに襲い掛かった連中の仲間とは思えない。
 なんか性格が変わりすぎてないか? こいつらに何があった?
 そしてポツポツと白状し始める男子生徒の話に、俺とリチアは耳を傾けるのだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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