【Side:すずか】

 ビルが林立する街の中心部から車で三十分の距離にある海鳴市の郊外。人里離れた山の中に、ひっそりと佇む屋敷。沢山の猫が住むことから、通称『猫屋敷』とも呼ばれているその家が、私の家だった。
 私、月村すずかは月村家の次女として、この家に生まれた。
 月村家が経営する月村重工は、工業機器の開発や製造を行う日本屈指の大会社。
 両親は仕事が忙しく滅多に家に帰って来ないけど、お姉ちゃんと家族同然のメイド、沢山の猫たちに囲まれて恵まれた毎日を送っていた。

「ここが今日から、あなたの暮らす家。気に入った?」
「にゃおん」

 皆で話し合って、私の家で飼うことになった黒猫。名前はロデム。
 それが元々、この子に付けられていた名前だと、桜花ちゃんが教えてくれた。
 艶々とした滑らかな毛並みからも、野良では無い様子が窺える。
 桜花ちゃんが言うには、ある科学者(マッドサイエンティスト)が飼っていた猫と言う話だった。

(……うちのお姉ちゃんみたいな人なのかな?)

 この()の元の飼い主が、話にあった桜花ちゃんが捜しているお兄さんだと仮定すると、その科学者と言うのが、桜花ちゃんのお兄さんのことなのだろう。
 同じくマッドが入った姉を持つ身としては、桜花ちゃんの気持ちが分かるような気がした。
 私のお姉ちゃんも普段は優しくて気配りの利く、理想的な姉ではあるのだけど――
 変わった癖……というか、特殊な趣味と裏の性格が少し玉に瑕だった。
 なのはちゃんのお兄さん……高町恭也さんも、そのことで苦労している姿を、私は実際にこの目でみているので……私の口からはなんとも言えない。。
 桜花ちゃんも同じような悩みを抱えているのかもしれない、と思うと親近感が湧いた。

「すずかお嬢様。お帰りなさいませ」
「ただいま。ノエル」

 このショートヘアの少し寡黙な感じの女の人が、ノエル・K・エーアリヒカイト。
 屋敷のメイド長で、お姉ちゃんの専属メイド。
 同じく月村家のメイドとして働く妹と二人で、この広い屋敷の管理をしてくれていた。

「すずかお嬢様。その猫は?」
「えっと……今日から、うちで飼いたいんだけど」
「はあ……またですか?」
「……ダメ?」
「いえ。お嬢様がちゃんと世話をされるのであれば、問題はありません」
「うん。ちゃんとお世話するね。ありがとう、ノエル」

 両親が家に居ない私にとって、ノエルは親代わりも同然。
 幼い頃から知っている私にとって、もう一人のお姉ちゃんみたいな存在だった。
 少し厳しいけど、私のためにこうして言ってくれているのだと思うと嬉しく思う。

「あっ、すずかちゃん。お帰りなさい」
「ファリン。ただいま」
「うわっ、綺麗な猫さん。凄い艶々してる。私にも抱かせて――あっ」

 眼をキラキラと輝かせながら、足早に近寄ってくるメイド服の少女。
 彼女は、ファリン・K・エーアリヒカイト。
 ファミリーネームからも分かる通り、ノエルの妹。私の専属メイド。
 歳はほんの少し、私よりもお姉さん。でも、歳の割に子供っぽい。仕事の出来る知的な女性といった感じで、クールな印象を持つノエルとは対象的に、クリッとした大きな目とふんわりとした長い髪、ほのぼのとした優しい笑顔がよく似合う可愛らしい女の子。
 黒猫(ロデム)に触りたかったみたいだけど、ノエルが隣に居る事に気付くと、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。

「……ファリン。またですか?」
「うっ……。すずかお嬢様、お帰りなさいませ。鞄をお預かりします」

 そして、少しドジで天然さん。お姉さんのノエルに、こうしてよく叱られていた。
 私にとっては、ファリンもノエルと同じ優しいお姉さん。大切な家族の一人。
 これが月村家。優しいメイドと、沢山の猫たちに囲まれた温かな家。
 ――カチャリ、と居間に続く扉に手をかけた。

「あら、すずか。お帰りなさい」
「ただいま。お姉ちゃん」

 そしてこれが私の――自慢のお姉ちゃんだった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/マッドライフ 第5話『ふたりの魔法少女』
作者 193






 少女は夢を見ていた。
 優しい母親と元気一杯な姉。そして、狼と山猫の二匹の使い魔に囲まれた幸せな生活。
 少女がずっと夢見ていた理想の家族。それは現実として、今――少女の目の前にあった。
 切っ掛けは一人の青年との出会い。今から二年前、管理世界を震かんさせる大事件を引き起こした張本人にして、次元世界最高の科学者と噂される人物。
 彼との出会いがなければ、少女の願いが叶うことはなかった。

「お兄ちゃん……」

 目を覚ました少女――フェイト・テスタロッサは、大切な人を想い、ポツリと涙を流した。
 知らない天井。知らないベッド。
 カーテンから差し込む温かな日差しが、朝の訪れを教えてくれる。
 チュンチュンと(さえず)る小鳥の声に導かれるように、フェイトはベッドから上半身を起こした。

「ここは……?」

 ようやく頭がはっきりとしてきたところで、自分の眠っていた部屋を見渡すフェイト。
 ピンクで統一されたカーテンやベッドシーツ。窓際に置かれた幾つものぬいぐるみ。机や本棚に、綺麗にまとめられた本や小物。
 この部屋の主は几帳面なのか? よく整理整頓された女の子らしい可愛い部屋だった。

「……写真?」

 壁には、家族や友達と撮ったものと思われる写真が貼られていた。
 そこから部屋の主が、自分と同い年くらいの女の子だとフェイトは推察する。
 パッと頭に浮かんだのは、気絶する前に出会った少女のこと。真っ青な血に全身を染めながら、黒豹だったものを肉塊へと変えていく少女。思い出しただけで、血の気が引いたようにフェイトの顔色が青ざめていく。
 魔力の使い過ぎや疲労もあったが、気を失う一番の原因となったのは、その残虐な光景を目の当たりにしたからだった。

「あっ……よかった。目が覚めたんだ」

 ドアノブを回すカチャリという音と共に、部屋に一人の女の子が姿を見せる。
 困惑した様子のフェイトに、にこやかな表情をみせる少女。
 この部屋の主にして、フェイトが眠っていたベッドの持ち主。
 ――高町なのは。それが彼女の名前だった。
 ここは高町家。あの後、桜花と一緒に気絶したフェイトを家まで運んだなのはは、自分のベッドにフェイトを寝かし、昨晩は屋根裏の桜花の部屋で、桜花と一緒に休んでいた。
 
「まだ、顔色が悪いみたい……。あっ、そうだ」

 何かに気付いた様子で、ポケットから小瓶を取り出すなのは。

「これ、桜花ちゃんから。疲労に良く効く栄養ドリンクらしいよ」

 その瓶をフェイトに手渡し、心配そうに様子を窺うなのは。
 フェイトも状況が呑み込めず困惑しているものの、目の前の少女が気絶した自分を運んで看病してくれたのだと思うと、厚意を無碍にする気にはなれなかった。
 恐る恐る、なのはから手渡された瓶に口をつけるフェイト。
 ゴクリ――液体を一気に口の中に流し込み、
 
「え……?」

 次の瞬間、自分の身体に訪れた変化にフェイトは声を出して驚いた。
 あれだけの戦闘を行い、大規模な魔力放出を行った後では、三日は安静にしていないと回復は難しいと考えていた。なのに、消耗していた体力や魔力が、瓶の中身を口にしただけで一瞬で回復してしまったのだ。
 そこでようやく、昨晩負った腕の怪我もいつの間にか治療が施され、痛みがなくなっていることに気付いた。

「腕の傷も治ってる……」
「それは昨日の夜、桜花ちゃんが治してくれたんだよ」
「……桜花?」
「うん。私の大切なお友達。平田桜花ちゃん」

 ――平田桜花。聞き覚えのない名前だったが、それが昨日の少女のことだろうか?
 とフェイトは考えた。
 内容はどうあれ、桜花に助けられたことは事実。そのことに感謝していない訳では無い。
 ただ、あんなことがあった後では、どんな顔をして会えばいいか分からない。

「私は高町なのは。よかったら、あなたの名前を訊かせてくれるかな?」

 そんなフェイトを見て自分から名乗り、極自然に名前を尋ねるなのは。
 ただの直感に過ぎなかったが、なのはには目の前の女の子が悪人には思えなかった。
 少し脅えているような、困惑しているような、それでも悪い子には見えない。
 出来れば、ちゃんと話が聞きたい。困っている事があるなら相談に乗ってあげたい。
 そんな風に、なのはは考えていた。

「……フェイト。フェイト・テスタロッサ」

 なのはの押しの強さに主導権を握られながらも、律儀に質問に答えるフェイト。
 名前を教えたのは命の恩人ということもあるが、歳の近い友達が今まで一人もいなかったフェイトは、こう言う時、どんな風に接していいか分からず迷っていた。

「よろしくね。フェイトちゃん」

 にっこりと微笑み、握手を求めてくるなのはに戸惑いながらも――
 求められた握手に答えようとした、その時だった。

「きゃいいいいいんっ!」

 窓の外、庭から聞こえて来た犬の悲鳴。
 なのはとフェイトは悲鳴に驚き、手を出した……そのままの状態で固まる。

「……アルフ?」

 しかし、フェイトにはよく聞き覚えのある声だった。


   ◆


「アルフ! しっかりしてアルフ!」
「ごめん。フェイト……あ、あたしはもう……」
「アルフ――――ッ!」

 高町家のリビングで、魔導師と使い魔の小芝居が披露されていた。
 実際、使い魔の方は体力と魔力も底を尽きた様子で、疲労困憊と行った様子が窺える。
 本来の姿を維持できず、子犬の姿になって力の消耗を抑えていた。
 フェイトが気絶していたために、昨晩から魔力の供給が途絶えていた所為もあるが、それ以上にほんの数分前、冷酷非道な悪魔の仕掛けた罠に掛かり、生命の危機に晒されたことが原因として大きかった。

「桜花ちゃん……一体何をしたの?」
「私は何もしてないわよ? 念のため仕掛けてあった侵入者用の罠に、そこの犬が掛かったみたいで、気付いたらこうなってたのよ」
「……罠? そんなものを、いつの間に……」
「うーん、『虎の穴』はやり過ぎだったかな?」
「とらのあな?」
「お兄ちゃんの発明品の一つ。本当は訓練シミュレーターなんだけど、設定次第で侵入者除けの罠にも使えるのよ。便利でしょ?」
「…………」

 ツッコミを入れる気もおきず、沈黙するなのは。
 いつの間にか自分の家が魔改造されていたことに驚くべきか、怒るべきか、判断に迷った。
 桜花の仕掛けた罠に掛かった犬――もとい額に赤い宝石の入ったオレンジ色の狼は、フェイトの使い魔。
 名前はアルフ。これでも、そこそこ優秀な使い魔だった。

「あら? 可愛らしい子犬ね。なのは、また拾ってきたの?」
「ううむ。うちは飲食店だからな。フェレットはともかく、犬というのは……」
「じゃあ、保健所に連絡します?」
「桜花ちゃん!?」

 桃子と士郎の話に便乗して、不吉なことを口走る桜花。
 これにはさすがのなのはも、ツッコミを入れざるを得なかった。
 余程、恐い目にあったのか、桜花をみてブルブルと小刻みに体を震わせるアルフ。
 どことなくフェイトの顔色も悪い。昨日の事を思い出しているようだ。

「ちょっとしたジョークじゃない……」
「桜花ちゃんが言うと冗談に聞こえないの」

 これまでのことを思い返すと説得力が全く無い。
 更に二人の様子を見ると、なのはには桜花の話が冗談には聞こえなかった。

「あの……少しいいかな?」
「ユーノくん?」

 器用にソファーを伝って机の上に飛び乗り、フェイトとアルフの前にでるユーノ。
 すると、逆三角形のカタチをしたアクセサリーのようなものを取り出した。
 それに、真っ先に反応したのはフェイトだ。

「バルディッシュ!」

 ユーノの取り出した物を見て、取り乱し、名前を呼ぶフェイト。
 それはフェイトが手にしていた戦斧(デバイス)――バルディッシュ。
 なのはのレイジングハートのように、待機状態の時は小さな装飾品の姿を取っていた。

「ユーノくん、それって……」
「インテリジェントデバイス。レイジングハートと同じ種類の魔導端末(デバイス)

 一口に魔導師が使うデバイスと言っても、その種類は多岐に渡る。
 通常、魔法の術式を保存しておくだけの記憶媒体に過ぎない魔導端末(デバイス)に、発動の手助けとなる処理装置、状況判断を行える人工知能を搭載したものがインテリジェントデバイスだ。
 デバイスの中でも特に扱いは難しいとされるが、意思疎通に成功すれば、魔法の威力や到達距離の強化、無詠唱での発動。使い手である魔導師との同時魔法行使など、実用性の高い性能(パフォーマンス)が期待できる。単純に一足す一ではなく、五にも十にもする可能性を秘めた特別な魔導端末(デバイス)
 だが、基本的には魔導師に合わせたオーダーメイドとなるため、使われている部品のこともあって高価なのが欠点と言えた。そのため、コストパフォーマンスの高さから数多く普及しているストレージデバイスと違い、余り一般的とは言えない代物。

「インテリジェントデバイス?」
「レイジングハートは元々、僕が遺跡の発掘をしている時に偶然入手した物なんだ。本当は凄く高価な物で、家が何軒か建つくらい……」
「ええ――っ! レ、レイジングハートってそんなに高かったの! その、ユーノくん。わ、私……どうしたら?」
「気にしなくて良いよ。もうそれは、なのはの物だ。それに僕には上手く使えなかった。レイジングハートだって、上手く使ってくれるマスターに巡り逢えて幸せだと思う。それに元々は、遺跡で手に入れたものだしね……」

 レイジングハートは元々、遺跡探索者であるユーノが偶然入手した出自不明のインテリジェントデバイスだった。
 誰からの使用者登録も受け付けず、AIユニットは開放は疎か、解析すら不能。そんな彼女――レイジングハートが心を開き、マスターとして認めたのは、魔法の事を何も知らなかった少女――高町なのは。
 その出会いは偶然か? 必然か? ユーノが運命を感じるほどだった。

「やっぱり、キミは魔導師……僕と同じ管理世界の住人だね?」
「――――っ!」

 レイジングハートと同じインテリジェントデバイスを持つ少女、フェイト・テスタロッサ。偶然、現場に居合わせた少女が、ジュエルシードを所持したバケモノと戦っていた。そんな話を偶然の一言で片付けられるほど、ユーノはお人好しではなかった。
 考えられる事は一つだけ、彼女もロストロギアの探索者と言う線だ。
 だが、管理外世界での探索や発掘は原則禁止されているし、ロストロギアの不法所持は明確な管理法違反にあたる。ユーノも管理外世界に来る前に所定の手続きを済ませ、管理局に先行調査の許可を得た上で地球にやってきていた。
 管理外世界のなのはや異世界からやってきた桜花はともかく、管理世界の住人である彼女が、それを知らなかったとは思えない。
 
 ――何故ジュエルシードを探していたのか?

 それがはっきりとしない限りは、ユーノは彼女を信じる事が出来なかった。

「お願い。バルディッシュを返して」
「先に、僕の質問に答えてもらう。何故、ジュエルシードを探している? あれは危険な物なんだ。キミも僕と同じ世界の住民なら、それがわからないはずがないだろう?」
「それは……」

 言葉に詰まるフェイト。『お兄ちゃん』と慕う大切な人のために集めようと心に決めたジュエルシード。でも、相手は同じジュエルシードの探索者。事情を話したところで譲ってもらえるとは思えない。寧ろ、敵視される可能性の方が高いとリスクばかりを考えてしまう。

(どうしたら……)

 それに、このことが知られたら、家族にも迷惑を掛けるかもしれない。
 お兄ちゃんにも迷惑を……いや、もしかしたら嫌われるかもしれない。
 そう考えると、フェイトは正直に事情を話す気にはなれなかった。

「ううぅ……」
「フェ、フェイト! アンタ、よくもフェイトを泣かしたね!」
「いや、ちょっと待ってくれ! 僕は別にそんなつもりじゃ――」
「ユーノくん……女の子に意地悪は良くないと思うの」
「なのは。このくらいの歳の男の子は、好きな子に意地悪したくなるものなのよ」
「そうなの? ユーノくん、フェイトちゃんの事が好きなの?」
「ち、ちがうんだ! なのは!」

 突然、泣き出すフェイト。怒るアルフ。勘違いするなのは。冷やかす桜花。
 場はユーノの弁明も虚しく、混沌とするばかりだった。





 ……TO BE CONTINUED



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