【Side:アルフ】

 あれは身の凍るような冷たい雨が降る夕暮れのことだった。
 群れから見放され、ひとりぼっちで森の中を彷徨っていたあたしは寒さと空腹で動けなくなり、土砂降りの中、小さな体を震わせていた。
 まだ身体の小さな子供だったあたしには、どうすることも出来なくて……誰にも気付かれないまま、ひとりそこで孤独に朽ち果てていくんだと思っていた。
 そんな時だ。冷え切った身体を包み込む、(あたた)かな(ぬく)もり。恐る恐る目を開けると、そこには小さな人間の女の子の顔があった。

 ――――ッ!

 両目一杯に涙を浮かべ、必死に何かを語りかけてくる女の子。
 死を覚悟していたあたしを拾ってくれた少女――それがフェイトだった。
 次に目が覚めたのは、柔らかい毛布にくるまれたベッドの上。つきっきりで看てくれていたのだろう。隣で眠るフェイトの優しい寝顔が、今も記憶の中に残っている。
 衰弱して死にかけていたあたしに魔力を分け与え、フェイトはあたしの命を救うために自分の使い魔にしてくれた。
 幼いフェイトには負担の大きい使い魔との契約。子供には重すぎる責任とリスク。それでも周囲の反対を押し切って、命を救ってくれたフェイトの優しさと強さに、あたしは助けられた。
 フェイトが使い魔の契約に条件として提示した内容は、普通の契約とは少し違っていた。

 ――生涯をともに過ごすこと

 それが、フェイトがあたしと交わした契約の内容。
 使い魔にしたからと言って、フェイトはあたしを束縛しようとはしなかった。
 誰にも必要とされず、ひっそりと死を待つしかなかったあたしに、何処にも帰る場所のなかったあたしに、生きるチャンスと居場所を与えてくれた優しい少女。
 だから、あたしは契約なんか関係無く心の底からフェイトを慕い、護ってあげたいと思うようになった。
 とても一途で、優しいご主人様に――幸せになって欲しかった。
 そんな時だ。アイツがあたし達の前に現れたのは――

 フェイトが『お兄ちゃん』と慕う男。アイツのお陰でフェイトは凄く良い笑顔で笑えるようになった。
 あたしに出来なかったことを、成し遂げた男。ただ、子供達の笑顔が見たかっただけ、といって特に見返りを要求するわけでもなく、フェイトがずっと望んでいた家族をアイツは取り戻してくれた。
 だからフェイトがアイツのために何かをしたいと言った時、あたしは反対をしなかった。
 フェイトがどれだけアイツのことを慕い、感謝しているかを知っていたからだ。
 寂しいという気持ち、愛されたいという気持ち――その全てを受け止め、察してくれた理解者。そして手を差し伸べ、孤独な闇の中から救い上げてくれた恩人。
 あの時から、フェイトが魔法を学ぶ目的は変わっていた。

 ――大好きな、大切なあの人の力になりたい
 ――そして、あの人のように強くなりたい

 フェイトが目標とし、追い求めているもの。
 褒めて欲しい、喜ぶ顔が見たい。
 今一番、フェイトが認めて欲しいと思っているのは、間違い無くアイツだった。
 だから、あたしは――

「アルフ……私はどうしたらいいと思う?」
「……フェイト?」
「あの子は悪い子じゃない。とても真っ直ぐで優しくて、私を心配して言ってくれてるって気持ちが伝わってくる。でも、私は……どうしたらいいかわからない。赤の他人の私のために、どうしてあそこまで一生懸命になれるのか……理由がわからないの」

 同じようなことをあの時、フェイトはアイツに尋ねたことがあった。
 どうして、そこまでしてくれるのか、って――
 それをアイツは、

「もう、その答えをフェイトは知っているはずだよ」
「アルフ?」
「フェイトの大好きなお兄ちゃんが、なんて言ったか覚えてるんだろう?」

 ――笑顔が見たかったから
 そうやってアイツは、フェイトの頭を優しく撫でながら言った。
 見返りを求めるわけではなく、アイツが欲しかった物はたったひとつ。
 子供達の笑顔――それだけだった。

「フェイトの好きにすればいいよ。あたしは何があってもフェイトの味方だ」

 だから、決めたんだ。
 アイツに負けないように、フェイトの笑顔は私が護る。
 フェイトを悲しませる奴を絶対に許さないと――

【Side out】





異世界の伝道師外伝/マッドライフ 第6話『優しさの理由』
作者 193






 あれから、二日が経過して――
 フェイトとアルフは今も高町家に滞在していた。

「そうなんだ。お兄ちゃんのために……」

 ジュエルシードを集めていた理由が兄のためと聞き、切なげな表情を浮かべるなのは。
 フェイトがなのはに話したのは、大切な家族を取り戻してくれたお兄ちゃんに恩返しをしたい。そのために、お兄ちゃんの研究に必要なジュエルシードを集めていると言う話だけ。
 兄の素性や、家族のことには以前として口を閉ざしているものの、最初の頃に比べると多少態度は軟化している様子が窺えた。時間を置いて冷静に考える余裕が出来たことも、フェイトがなのはに事情を話そうと考えるに至った理由としては大きかった。
 恐怖心(トラウマ)を植え付けられたことで桜花と敵対することだけは避けたい、という思いが本音にはあったのだろうが……どちらにせよ、ジュエルシードを封印するには自分達の力だけでは難しいことを理解していた。
 目的のためには手段を選んではいられない。
 協力関係を築くことで妥協点を見つけられないかと、アルフと相談をして決めた末の決断でもあった。

「ユーノくん……」
「ダメだよ、なのは。何に使おうとしているのかはしらないけど、ジュエルシードを利用しようだなんてバカげてる。あれは人の手におえる力じゃ……」

 と、まで言おうとして、ユーノは言葉に詰まった。
 ジュエルシードを発動させて暴走するどころか、逆にエネルギーとしてその力を取り込んで利用していたバケモノを知っていたからだ。
 管理世界にロストロギアを効率的に運用する技術が残されていないだけで、桜花の世界ならジュエルシードを運用する技術があったとしても不思議では無かった。

「それじゃあ、桜花ちゃんに相談しよ!」
「え? ちょっと、なのは!」
「ユーノくんを助けたいって思った気持ちと同じくらい、フェイトちゃんの力にもなりたいって思う。家族のために、大切な人のために何かをしたい。そんなフェイトちゃんの気持ちは痛いほどによく分かるから……少しでも可能性があるなら、私は諦めないで出来ることを試してみたい」

 真剣ななのはの言葉に、ユーノはそれ以上、何も言うことが出来なかった。
 なのはを巻き込んでしまった負い目を感じているからというのもあるが、ジュエルシードはどのみち、なのはや桜花の協力をなくして集めることは出来ない。
 発掘したのは確かにユーノだが、散らばったジュエルシードを集めているのは彼女達だ。

「……わかった。でも、約束して。ジュエルシードは本当に危険なものなんだ。桜花が協力してくれなかった時は素直に諦めること。それに万が一の時は――」

 なのはと桜花には、それだけの我が儘を言う権利がある。
 もし、桜花がそれに協力するというなら――
 ユーノは条件付きで、なのはの願いを聞き届けた。


   ◆

 ――取り敢えず、私から桜花ちゃんに話してみるよ
 と言って、屋根裏の桜花の部屋に一人向かったなのはは、

「ジュエルシードの運用技術を提供して欲しい?」
「うん。桜花ちゃんなら、どうにか出来ないかな? と思って」

 テレビを見ながら御菓子を片手に部屋で寛いでいた桜花に、早速相談を持ち掛けていた。
 和装ではあっても、どこか勘違いした日本のような光景。住みやすいように改装された屋根裏部屋。改装と言うより魔改造が施されていた。
 異世界から持ち込んだ技術やアイテムで、広大な空間に姿を変えた屋根裏部屋。
 プカプカと宙に浮かぶ座布団もそうだが、実体のない空間モニターといい、明らかにこの世界の技術では再現不可能なものが所狭しと並んでいた。
 何度見ても、なのははここが自分の家の屋根裏だとは信じられなかった。

「無理」
「ええっ!?」
「私は科学者じゃないもの。道具の使い方はわかるけど、運用技術なんて専門的なことがわかるはずないでしょ?」
「そんな……」

 桜花ならと期待してやってきただけに、なのはの落胆は大きかった。
 だが確かに、道具の使い方が分かるのと、道具を作るのとでは意味が大きく違う。
 テレビの使い方が分かる人は大勢いても、テレビの仕組みを理解して一から作れる人は少ない。桜花はあくまで道具を効果的に利用しているだけに過ぎず、それそのものを一から作る専門的な技術は持ち合わせていなかった。

「可能な人に心当たりが無い訳じゃないけど……」
「可能な人?」
「でも、やっぱりダメね」
「どうして!?」
「特別な理由がない限り、恒星間移動技術のない初期段階文明との過度な接触は、私達の世界の法律で禁止されているのよ。技術供与なんてとんでもない」
「そんな……」

 正確には、異世界にまで厳密にそうした規則があるわけではないが、だからと言って技術供与をしても構わないと言う話でもない。過ぎた力は身を滅ぼす原因となる。世界を滅ぼしたいなら話は別だが、まだ未成熟な文明にそうした過ぎた技術は争いの種にしかならない。
 桜花達の世界にも争いがなかったわけではないが、種族や組織間での交渉と対立を続け、時には大きな戦争にまで発展して、それこそ何千何万年もの時間をかけて解決してきた問題だ。
 そうした文明の過程を一足に飛び越えるような真似をして、良い結果がでるはずもない。
 そう、一部の例外を除いて、何か特別な力が働いていない限りは――

「まあ、お兄ちゃんなら、そんなこと気にしないだろうけど……」
「桜花ちゃんのお兄さん?」

 一筋の希望を見つけ、なのはの目が輝く。その一部の例外が、身近なところにいた。
 どんなに無茶無謀に思えることでも、結果的に最後は上手く(まと)まめる才能に長けた人物。
 歴史が証明する本物の天才。ただ一つだけ、大きな問題もあった。

「なのはも桜花ちゃんのお兄ちゃんを捜すのを手伝う! だから、お願いします!」
「……何をそんなに必死なのかわからないけど、後悔しない?」
「えっと……後悔? 桜花ちゃんのお兄ちゃんなんだよね?」

 出来ることなら、なのはをお兄ちゃんに会わせたくなかった桜花。
 これは運命か? それとも必然か?
 後悔するのは自分か? それともなのはか?
 何れにしても、全ては見つけてからだと問題を先送りにすることを桜花は決めた。

「はあ……紹介くらいならしてあげてもいいわよ?」
「ほんと!?」

 先程とは一転して明るい表情を浮かべるなのは。しかし桜花はそんななのはを見て、怪訝な表情を浮かべる。ユーノの件にせよ、見ず知らずの他人のために何故そこまで必死になれるのか、桜花にはなのはの本心がよく分からなかった。
 勿論、なのはが他人のために心を痛めることが出来る優しい子だというのは分かる。
 それにしても、赤の他人のために自らの危険を顧みない行為は少し度が過ぎている。
 明るく振る舞って見せている強さの奥――優しさの裏に隠された、なのはの危うさを桜花は感じ取っていた。
 本人の心の問題とはいえ、出来ることなら、そのことが原因で悲しい想いをして欲しくはなかった。その結果、一番傷つく事になるのは他の誰でもない。なのは自身だと分かっていたからだ。

「ええ。丁度この国のトップに、一度こちらから挨拶に向かわないといけなかったところだしね。その時に、私の家族(なかま)を紹介するわ」
「……え?」
「情報は必要でしょ? あてもなく捜し回るつもり?」
「ううん……そのことじゃなくて、国のトップって?」
「勿論、この国のトップのところよ? しばらく拠点として使わせてもらうんだから挨拶は必要でしょ?」

 国のトップ、説明、拠点という単語が理解できず、困惑した表情を浮かべるなのは。

「なのは……忘れてない? 住宅街での戦闘の件や、森での戦闘の件とか。あれ、ニュースになるくらいの被害が出てるのよ?」
「うっ……でも、あれは……」
「どうして、大きな問題になってないと思う?」
「えっと……誰かが直してくれてるとか?」

 どこに無償で壊れた物の修繕を行ってくれる親切な人がいるというのか?
 ユーノの結界で怪我人はなかったものの、全く被害が出なかった訳じゃ無い。
 最初の戦闘では、住宅街の生活道路や電柱、更には家屋にまで損害が生じ、二回目の戦闘では森が破壊され山の一部が丸裸になるといった被害まで出ていた。
 関係者である以上、なのはも無関係とは言えない。それに、最初の事件では当事者だ。
 
「はあ……結構な被害額なんだから。お陰で幾らか自腹を切る羽目に……。お金のことになると、林檎お姉ちゃん容赦がないから……」
「林檎お姉ちゃん? 桜花ちゃんが弁償してくれてるの?」
「全部じゃ無いけどそうね。これでも責任を感じてるから……というか、ママにバラすって半ば脅されて……」
「責任? ママ? バラす?」

 桜花の話に事情をよく呑み込めない言葉を見つけて、首を傾げるなのは。
 桜花は『しまった』と言った顔をしながらも、お気楽ななのはの反応に深く嘆息した。
 異世界のこととはいえ、さすがにここまで大きな被害がでると、見て見ぬフリは出来ない。
 そのため、現地組織との交渉や問題の後始末に、ここにいない桜花の仲間が奔走していた。
 で、その被害額の一部を桜花が負担させられていると言う訳だ。
 原因は言うまでも無い。太老の発明品の件が理由として大きかった。とはいえ――

「余り言いたくないけど、砲撃しか取り柄のない『魔砲少女』ってどうなの? なのはが修復魔法とか覚えてくれると負担も少しは減るんだけど?」
「ひ、酷いよ! なのは、砲撃魔法以外だって練習してるもん!」
「それも、殆どは攻撃魔法でしょうが!」

 レイジングハートに教わりながら、メキメキと魔法の腕をあげているなのは。
 しかし、覚える魔法は攻撃寄りの魔法ばかり。その才能は著しく偏りを見せていた。





 ……TO BE CONTINUED



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