【Side:恭也】

 俺、高町恭也は高校二年生になる義妹(いもうと)の美由希と一緒に海鳴市を離れ、父さんの代理で東京にきていた。
 先日なのはが家に連れてきた少女――桜花ちゃんから受けた依頼を遂行するためだ。
 彼女から受けた依頼は、現地組織との仲介。謂わば、政府要人との橋渡し。
 出来る限りの協力をさせてもらったのも、全ては家族(なのは)のため――
 そして同じように、大切な家族のためにこの世界にやってきたと話す彼女の言葉に、心を動かされたからでもあった。
 
「色々と協力して頂いて助かりました。お陰様で無事に交渉が纏まりそうです」
「いえ、俺は何も……殆ど、父さんのコネですし」

 百人が百人男女問わずに振り向くだろう、と確信を持って言える目の前の美人は、こちらの世界での桜花ちゃんの保護者――立木林檎(たつきりんご)さん。
 年は二十代半ばくらい。足首まで届く波打つ桜色の髪に、深い翡翠の瞳。白いスーツを身に纏い、気品すら感じさせる堂々とした姿は仕事の出来る女性を彷彿とさせる。その一方、気遣いの出来る物腰柔らかな落ち着いた感じの人で、俺が今までにあったどんな女の人とも違う……大人の色気が漂っていた。

「恭ちゃん鼻の下が伸びてる」
「ち、違う! 俺は別に!」
「忍さんに報告していい?」
「……頼む。それだけは勘弁してくれ。後で好きなのをなんでも奢ってやるから」

 俺を脅迫しているのは、妹の高町美由希。
 よい経験になるからと父さんの指示で連れてきたはいいが、この調子で扱いに困っていた。

 ――永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術

 通称『御神流』――それが、俺が父さんから学び、美由希に伝えている力。
 代々御神の家系に受け継がれてきた古流武術。父さんはこの力を使って、喫茶店の店長(マスター)になる前はボディガードを生業としてきた。
 あの事件で、怪我を負うまでは――
 今回の依頼も、そんな父さんの昔の仕事が深く関係していた。

 最初に協力を申し出たのは父さんの方。御神のことを話し、自分達にも何か出来ることがないか、と桜花ちゃんに相談したのが事の始まり。悩んだ末、戦闘以外でならと条件をつけた上で、彼女は俺達に仕事の依頼をしてきた。
 護衛でも一緒に戦うことでもなく、あくまで現地組織との繋ぎ。代々、要人の護衛や不穏組織の殲滅を生業としてきた御神の剣士に現地組織との窓口になって欲しいと、仲介役を依頼してきたのだ。
 しかし彼女は真剣だった。どれだけ強くても、この世界の人間では彼女達の戦っているバケモノには敵わないという理由からだ。正直、嘘を言っているようには思えなかった。

 父さんがその言葉を信じたと言うのもあるが、月村の自動人形のような人智を越えた高い戦闘力を持つ存在を俺は知っている。彼女が話す敵がそれと同等か、それ以上の戦闘力を持っているとしたら、確かに今の俺達では足手纏いになりかねない。
 それに俺や美由希が傷つけば、なのはが悲しむと考えたのだろう。
 本気で俺達家族のことを心配してくれているのだと思うと、無理を言う気にはなれなかった。
 彼女を信じたいと思ったのも、その優しさを知ったからだ。

 直感に近い感覚(もの)ではあるが、林檎さんや桜花ちゃんから感じられる強さは間違い無く本物だ。
 実戦を経験したものだけが身に纏う血の臭いと、寒気を感じるほどの存在感。正直どれほどの実力を隠しているのか底が知れない。
 戦えば簡単に負けるつもりはないが、勝てる気もしなかった。

「フフッ、仲がよろしいんですね」
「すみません。不出来な兄を持つと大変で……」

 出来の悪い兄で悪かったな、とは突っ込まない。
 女二人に男一人では分が悪いことを悟っていたからだ。
 スルーに限る。これは女ばかりの家で育った俺なりの処世術でもあった。

「この後はどうされるんですか?」
「夕方の会談が終わったら、海鳴市に向かうつもりです」
「それじゃあ、私達が案内します。恭ちゃん、よかったね」
「……何がだ?」
「安心していいよ。私、口は堅いから!」

 義妹(いもうと)よ。お前は酷い勘違いをしている。
 しかし情けないことに、否定する言葉が上手く出て来なかった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/マッドライフ 第10話『ファリンの覚悟』
作者 193






「な、なんなんですか! 一体あれは!?」
「わからない。でも、多分これは……」
「にゃあ」

 逃げる二人と一匹。忽然と姿を消した人々。静まり返った空。誰一人いない静寂な世界。
 すずかはこの光景に見覚えがあった。ユーノの封時結界だ。
 だとすれば、後から自分達を追い掛けてきているもの……それは一つしかないと、すずかは考える。
 桜花の世界の機械人形(ガーディアン)。桜花にしかどうすることも出来ない危険な兵器。

「すずかちゃんは逃げて! ここは私が時間を稼ぐから!」
「ダメ! ファリン! あなたでもあれには――」

 ――敵わない。すずかはそう確信していた。
 ファリン・K・エーアリヒカイトの正体は、月村の先祖が作った自動人形。
 遺失工学と呼ばれる今では失われた技術によって生み出された機械仕掛けの人形(マリオネット)
 人間により近付けることを目的として作られた遺失工学の芸術品。
 エーディリヒ式・最後期型――それがファリンとノエルの正式名称だった。

「大丈夫です! 私これでも結構強いんですから!」

 すずかを安心させようとガッツポーズを取ってみせるファリン。
 確かに彼女は強い。姉のノエルほどではないが、同じく後期の自動人形である彼女の力は、人間とは比較にならないほどだ。その力は御神の剣士にも引けを取らない。
 だが、それはあくまで人間と比べての話。相手は異世界の機械兵器。それもファリンの生み出された時代の技術よりも、更に高度な技術力で作り出された最高クラスのガーディアン。

「照準固定。距離百二十。風向き参考、無し」

 右手をガーディアンに向けて構えるファリン。

「すずかちゃんを虐める悪い子にはお仕置きです!」

 次の瞬間、ドシュンという音を立てて、ファリンの肘から先が光を放ち……飛んだ。
 ロケットパンチ。忍が趣味でつけたファリンとノエル共通の武装。ノエルは左手を、ファリンは右手を飛ばすことが出来、その威力は大木をへし折り、車を弾き飛ばすほど。
 破壊には至らなくても、当たれば対象を怯ませることくらいは出来る破壊力を秘めていた。
 ファリンはそう考え、目の前のガーディアンにロケットパンチを放ったのだが、
 ――ガンッ!

「嘘!? そんなのありですか!」

 ガーディアンの周囲に展開された防御壁(フィールド)を突破するには至らず、簡単に弾かれてしまう。
 元々、ノエルと違って余り戦闘向きとは言えないファリンでは、これが限界。その他の武装は屋敷に置いてきているため、ファリンに残された攻撃手段は生身での格闘しか残されていなかった。

「逃げて! すずかちゃん!」

 それでも懸命に主を守ろうと、逃げずに拳を構えるファリン。
 すずかが逃げきるまでの時間を稼ぐことが、彼女に残された唯一にして絶対の行動だった。
 冷たい倉庫のなかで、壊れて眠っていたノエルとファリンの二人を、再び動けるようにレストアしたのが忍。明るく笑えるように、人間らしく生活を送れるように、優しさと愛情を沢山注いでくれたのがすずか。ノエル同様、ファリンにとって二人は、ただの主人(マスター)以上に大切な存在だった。
 ――メイドとして、友達として、家族として、すずかちゃんを必ず守ってみせる!
 ファリンは心にそう決めていた。

「にゃあ」
「え? ロデム?」

 すると、その時だ。ファリンを庇うように前にでる一匹の黒猫。

「にゃあおおおおん!」

 雄叫びをあげた次の瞬間――小さな黒猫がトラックほどある巨大な黒豹に変化した。

「え? え? ええ――っ!」

 驚きの余り、空が張り裂けんばかりの大声をあげるファリン。
 そんなファリンを背に、ロデムは迫る機械人形(ガーディアン)にその巨大な腕を振り下ろす。

 ――ドゴンッ!

 響く轟音と衝撃。ファリンのロケットパンチで微動だにしなかった機械の身体が、あっさりと弾き飛ばされた。
 火花を上げ、一面ガラス張りのビル一階テナント部分を貫き、反対側の通りにまでボールのように跳ねながら転がっていく。土煙と粉々に破壊された店の残骸が、その一撃の威力を物語っていた。

「ファリン、大丈夫?」
「す、すずかちゃん。ロ、ロデムが……」

 瞼をパチクリと何度も開閉し、ロデムを指さして錯乱するファリン。
 次々に起こる非常識な出来事を前に、彼女の思考回路はオーバーヒート寸前に達していた。


   ◆


 火花をあげる二つの影。轟音と衝撃のなか、何度も何度も衝突する黒い獣(ロデム)機械人形(ガーディアン)
 能力的には、ほぼ互角。しかし徐々にロデムの方が押されてきていた。
 製作者が同じ、同時期に作られた戦闘用であれば、勝敗を分けるのは相性と状態。ロデムは以前の戦闘で負った傷が完治しておらず、ジュエルシードを体内に取り込んでいた時のように無尽蔵に力を発揮することも出来なければ、戦闘行動に必要なエネルギーも完全に回復していない。一方ガーディアンの方はジュエルシードを体内に取り込み、自らの力を増幅していた。

「にゃあっ!」

 拮抗していた戦闘も、ロデムのエネルギー不足によってガクリと崩れ去った。

 ――ズドーン!

 轟音と共にビル八階の高さから地面に落下するロデム。
 土埃が舞い上がり、アスファルトが捲れ上がり、地面に大きなクレーターが出来上がる。
 再生に回すだけのエネルギーも尽き、全身から青い液体を流しながらも、よろよろと立ち上がるロデム。まだ戦う意思は残っているようだが、明らかにロデムの体力(エネルギー)は限界に達していた。

「ロデム!」
「すずかちゃん、危ない!」

 ファリンの静止も聞かず、戦闘で傷ついたロデムの元に駆け寄るすずか。傷ついたロデムに抱きつき、すずかは「もう、やめて」と何度も泣き叫ぶ。
 ロデムが傷つきながらも倒れず、必死になって戦っている理由は一つしかない。桜花の命令を遂行するため、すずかを護るためだ。
 ガーディアンやバイオボーグにとって主人(マスター)の命令は絶対。他のバイオボーグにはない高度な人工知能が搭載されているとはいえ、例え粉々に壊されることになったとしても、ロデムは戦うことをやめようとしないだろう。
 それがロデムに与えられた命令であり、ロデムが生み出された理由でもあったからだ。

「……ロデム。すずかちゃんを連れて逃げて」
「……ファリン?」

 ザッと足音を放ち、すずかとロデムの前に庇うように立つファリン。
 冷たい汗と厳しい表情を浮かべ、先程のロデムとガーディアンの戦闘をみて、ファリンは自分では勝ち目が無いことを悟っていた。
 三十秒、いや十秒時間を稼げるかわからない。それでも、ロデムの速度ならすずかを安全なところにまで退避させることが出来る。状況から判断してそれしかないと考えたファリンは、すずかをロデムに託すことを決めた。

「にゃあ」
「ロデム、離して! ファリンが、ファリン!」

 ファリンの気持ちが通じたのか? すずかを傷つけないように優しく口にくわえ、その場を離れるロデム。名前を呼ぶすずかの声を背に、ファリンは戦闘の構えを取った。
 例え、破壊されることになっても、すずかとロデムが完全に逃げ切るまでの一瞬の時間を稼ぐ。それがファリンの決めた覚悟だった。

(お姉様、忍様、それに……)

 空気の壁を貫き、衝撃音と共にファリンに迫るガーディアン。
 ロデムのように防御壁(フィールド)を展開する能力のないファリンが直撃を受ければ、かすっただけで粉々に破壊されてしまうような強力な一撃。時が制止したその世界で、ファリンの脳裏に大切な家族とご主人様、そして紫の髪をした少女の優しい笑顔が浮かんだ。

 ――ごめんなさい、すずかちゃん

 地を蹴り、叫びながら拳を突き出すファリン。
 勝負は一瞬で決まる。そう思えた……その時だった。
 ――ドオオオォォン!

「え?」

 ファリンの前を横切る桜色の光。ガーディアンの全身を一筋の巨大な光が呑み込んだ。
 光の軌跡を追って、金色の光が凄い速さで吹き飛ばされたガーディアンに迫る。
 次の瞬間、カッと光が瞬く。
 光が溢れ、周囲を爆風と真っ白な光が包み込んでいく。

「――――ッ!」

 余りの眩しさに目を瞑り、爆風に飛ばされないように身を伏せるファリン。
 パラパラと崩れ落ちるビルの瓦礫。視界が晴れ、風が止み、再び静寂が世界に訪れる。
 次にファリンの目に飛び込んできたものは、よく見知った少女の顔だった。

「あの……大丈夫ですか? ファリンさん」
「……なのはちゃん?」

 魔導師の防護服――『BJ(バリアジャケット)』を展開し、左手に魔導師の杖(レイジングハート)を持ったなのは。
 先程、ガーディアンを吹き飛ばした桜色の光は、彼女が放った砲撃魔法(ディバインバスター)
 そして――

「これ以上は、やらせない」

 追撃を放ったのは、黒衣のBJを身に纏った魔導師――フェイト・テスタロッサだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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