ロールがかった艶やかな金髪に、白人特有の白い肌。淀みのない澄み切った青い瞳。
 セシリア・オルコット。それが彼女の名前だ。
 IS世界大会モンド・グロッソに出場資格を持つ国家代表IS操縦者。
 その候補生としてイギリスより日本に渡り、IS学園に入学してきたのが彼女だった。

「織斑一夏……」

 学園に入学して直ぐ、今から二週間前に事を発したクラス代表を決めるHR(ホームルーム)で、彼女は織斑一夏とクラス代表の座を賭けて決闘することになった。
 結果は惨敗。
 それはエリート意識の強い彼女のプライドをへし折り、これまでの価値観や常識を覆すに十分過ぎる内容を残した。

 ISの登場により従来の兵器は鉄くず同然に意味をなさないものとなり、国家防衛の要はISに頼らざるを得ない状況となったことにより、有能なIS操縦者をどれだけ揃えているかと言う点が、そのままその国の軍事力に直結するようになった。
 そしてISは女にしか動かせない。
 結果、世論は女性の方へと傾き、どの国も率先して女性優遇制度を施行しはじめた。
 それが女尊男卑社会のはじまり。
 ここ十年でその流れは社会に広く浸透し、社会風潮、果てには一般常識にまでなりつつある。
 男が女より強かった時代は過ぎ去り、社会的にも女性が優遇され活躍する時代へと、時代は移り変わりを見せていた。

 当然、そんな時代に育ったセシリア・オルコットも例外ではなく、彼女もそうした現代に生きる女の在り方を体現している女性のひとりだった。
 クラスの女子が織斑一夏をクラス代表に推すなか、セシリアがそのことに納得できなかったのも無理はない。
 代表候補生としてのプライド。女が男の下につくという状況。
 それは常に一番であろうと努力を続けてきたセシリアにとって、到底看過できる内容ではなかった。
 しかし、彼女は負けた。男に。世界で唯一ISを操縦できる男、織斑一夏に。

「わたくしは……」

 完璧な敗北だった。
 有効なダメージを一度も通すことなく一方的に追い詰められ、最後はたったの一撃でセシリアは敗れてしまった。
 今でも、そっと目を瞑ると鮮明に思い浮かぶ、あの強い意志の宿った瞳。
 ――織斑一夏。セシリアにとって、何もかもが初めての男。
 はっきりとした自分の意思を持ち、他者に媚びることも、女に卑屈になることもない。
 強さ。それは彼だけが持つ、セシリアの知らない強さだった。

 思い出すのは両親との記憶。彼女の父親は一夏とは全く逆の性格をしていた。
 婿養子であるばかりに、名家の娘で幾つもの会社を経営していた母に引け目を感じ、ずっと母の陰に脅えながら卑屈な態度を取っていた父。
 そんな父親を見て育ったセシリアが、『将来、情けない男とは結婚しない』と幼いながらに想いを抱くのは自然なことだった。
 いつしか夫婦の間に会話はなくなり、母もそんな父を避け、夫婦の時間、家族の時間は段々と失われていった。

 ISが発表され、社会風潮が女尊男卑に傾きだしてからは、その傾向が更に強くなり、三年前――越境鉄道の横転事故により、夫婦揃って帰らぬ人となるまで、その状況は続いた。
 何故、その日に限って両親が一緒にいたのか? そこまではセシリアにもわからない。
 ただひとつだけわかることは、もうそれを尋ねる術がないということだけ。
 彼女はそれを境に家族を失い、天涯孤独の身の上になった。

 幸いな事に両親が残してくれた遺産は莫大なもので、生活に困る事はなかった。
 大変だったことがあるとすれば、遺産に群がってくる金の亡者たちから、両親の遺産をどうやって守るかということだけだった。
 そのため、セシリアは猛勉強をした。
 両親の遺産を守るために努力をして、その一環で受けたIS適性試験でA+判定がでたことは幸運だったに違いない。政府から国籍保持のためにだされた様々な好条件を、セシリアは両親の遺産を守るために受け入れ、即決した。
 それが、彼女が代表候補生になった主な理由。第三世代装備ブルー・ティアーズの運用試験者(テストパイロット)に選ばれ、稼働データを得るためにIS学園にやってきたのも必然だった。
 そんな必然の中、彼女は出会ってしまった。

 理想とする男性に――強い意志を持つ青年、織斑一夏に。

 そう、
 まるでそうなることが運命であったかのように、二人は出会った。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第2話『クラス代表』
作者 193






 結果から報告しようと思う。
 ここはIS学園。学園に入学して三週間。前回の冒頭の回想から一日。
 イギリスの代表候補生セシリアとの決闘で勝利した俺、織斑一夏はクラス代表にされてしまった。
 勝てばクラス代表。そういう賭けをしていたのだから当然の結果ではあるが、今になって若干後悔している。勝つつもりがなかったわけではない。売り言葉に買い言葉。セシリアの挑発に乗って本気で勝つつもりで俺は戦った。
 だが、こういうのはなりたい奴がなるのが一番だし、クラス代表になりたかったかどうかと訊かれれば正直微妙なところだ。
 ガラではない。自分が向いていないということくらい自覚しているつもりだ。
 しかしまあ、なってしまったモノは仕方が無い。
 セシリアがまだやりたいようなら譲ってもいいと考えていたのだが――

「「「織斑くん! クラス代表決定おめでとう!」」」

 この有様。パンパンとクラッカーの軽快な音が食堂の一角に鳴り響く。
 セシリアも翌日になると人が変わったように大人しくなっていて、クラスメイトと一緒になって俺のクラス代表就任を率先して祝ってくれていた。
 本人が納得しているのなら、これ以上話を蒸し返すつもりはないが、一体どんな心境の変化があったのかさっぱりだ。女心は全くわからん。

「一夏さん、クラス代表就任おめでとうございます」
「……一夏≠ウん?」

 おかしい。昨日までと同一人物だとは思えない変わり様だ。
 なんだか優しいし、ギスギスしてた昨日までと打って変わって穏やかな雰囲気だ。

「わたくしに勝ったのですから、もっと自信を持ってください」
「うん……でも、アレは相性もあるしな。いや、悪い。勝った俺が言う事じゃなかった」

 セシリアの言うことはもっともだ。今の言い方は真剣に戦った相手に失礼だと反省した。
 だが、相性が悪かったというのは嘘ではない。少なくとも昨日の勝負は俺に有利な戦いだった。

 セシリアのIS『ブルー・ティアーズ』は、光学兵器を搭載した射撃主体の機体。一方、俺のIS『白式(びゃくしき)』は近接特化型の機体だ。これだけを聞けば、セシリアの方が有利に思えるかもしれないが、俺の機体には触れた対象のエネルギーを全て無効化する特別な装備が搭載されていた。
 零落白夜(れいらくびゃくや)――それが俺のISに搭載されている唯一無二の武器にして、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)
 操縦者とISの相性が最高の状態になった時に発動する固有能力。それを単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)と言うのだが、通常は第二形態(セカンド・シフト)から、それも発現しない場合の方が多いとされる希少能力が、どう言う訳か俺の白式だけ第一形態(ファースト・シフト)から発動してした。

 理由はよくわからないが、俺のISには本来備わっているはずの拡張領域(バススロット)に空きがないらしく、長さ二メートルほどの長刀『雪片弐型(ゆきひらにがた)』しか武装を搭載していない。
 先程話をした単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)に容量を全て取られているのが原因ではないか? というのが、関係者の見解だった。
 そもそもこの白式。元々は日本が開発を進めていた機体で、正木グループに引き取られるまでは開発が頓挫し、欠陥機として凍結されていた代物らしい。
 細かい説明は俺も出来ない上、訊かれてもよくわからないので省略するが、武器が一つしかない近接特化型であるが故に、俺の戦い方には適した機体ではあった。
 射撃訓練も受けるには受けていたが、どうも俺には才能がないらしく剣を振る以外には取り柄がない。剣術に関して言えばそこそこ自信はあるが、言ってみれば俺にはそれしか戦える術がなかった。

 さっき、セシリアとの相性がよかったと言ったが、理由を話せばそこに至る。
 セシリアの機体はどうみても後方支援型。中距離から遠距離戦闘を想定した機体だ。
 アリーナと言う限定された空間での模擬戦闘であれば、近接特化型でエネルギー無効化という切り札のある俺が有利なのは必然。これが外での戦い、実際の戦闘だった場合、結果はまた違っていたはずだ。
 近接戦闘なら無類の強さを誇る白式だが、距離を取られると途端に何も出来なくなる。近接攻撃用の武器以外何もない上に、俺の射撃センスのなさから状況によっては対象に近付くことなくやられてしまう可能性だってあるからだ。
 そうならないための秘策は考えているが、それだって確実とは言えない以上、不利なことに変わりはない。欠陥機と言われても仕方の無い機体。だがその欠陥機だからこそ、今回俺はセシリアに勝てた。
 相性や環境によって勝率など幾らでも変わる。戦いの勝敗に絶対ということはない。この三年間で嫌というほど身体に叩き込まれてきた答えがそれだ。
 寧ろ、俺はセシリアの器用さが羨ましいとさえ思っている。
 セシリアは決して弱くない。射撃センスや操縦技術だけで言えば、俺よりも才能がある。
 大口を叩いて自慢するだけのことはあると、素直にそこはセシリアの力を認めていた。

「あの……よろしければ、わたくしの特訓に付き合って頂けませんか?」
「特訓に?」
「はい。一夏さんに敗れて、自分の不甲斐なさを痛感しました。ですから、よろしければ一緒に訓練など出来ればと……」

 少し考えた。先程の話に戻るがセシリアは力の使い方、戦い方が上手くない。
 ISの実戦は俺もセシリアとの戦いがはじめてではあるが、そんな俺に負けるほど戦闘経験の無さが敗北の致命的な要因に繋がっていた。
 技術はある。しかし戦いの駆け引きや、読みの鋭さと言ったモノが感じられない。
 言ってみれば教科書通りの攻め方。少なくともその点に関して言えば、実戦さながらの命懸けの訓練を受けてきた俺とでは、土台からして違っていた。

(俺とセシリアじゃタイプが正反対だしな。ううん、でも……)

 俺とセシリアは近接と射撃という違いはあれど、どちらも特化型だ。
 だが、お互いに苦手とするタイプだからこそ、学べるモノはある。
 この三年間、ISはデータ取りなどの実験に参加するのが中心で、先程も言ったように実戦経験は俺もなかった。
 訓練もISを使ったものではなく生身での訓練が主体だったので、少しでも多くIS戦闘の経験を重ね、慣れておきたいと言う気持ちはある。実戦に勝る経験はないからだ。
 セシリアも戦い方を学ぶ機会になり、俺もIS操縦の実戦経験を得る良い機会になる。
 一緒に訓練をするメリットは確かにあった。

「うん、そうだな。それじゃあ、早速明日から一緒に――」
「待て、一夏」
「……(ほうき)?」

 言いかけた瞬間、俺とセシリアの会話に割って入り、声を掛けてきたのは篠ノ之箒(しのののほうき)
 俺の幼馴染みだった。

「訓練なら私が付き合ってやる」
「ちょっと、篠ノ之さん。わたくしと一夏さんの会話に割って入らないでくださいますか?」
「一夏は近接タイプだ。ならば、射撃型のセシリアと訓練しても得られるものは少ない」
「なっ! 苦手なものだからこそ、学ぶべきことが多いのではなくて?」
「しかし一夏のISには近接武器以外の装備がない。それに射撃対策にしても一夏には無用だ。現にお前の攻撃は、一夏にかすりもしなかったではないか」
「うぐっ……! た、確かにそうですが、適性ランクCのあなたに言われたくありませんわ」
「だが、私は剣道の心得がある。一夏の訓練の相手をするなら、私の方が適任と思うが?」
「聞きましてよ? その剣道も一夏さんに敵わなかったそうではありませんか。私が知らないと思ったら大間違いですわ!」
「むっ……! あ、あれは……」

 箒とセシリア。何故か、一触即発といった感じで険悪なムードになっていた。
 箒とは小学四年の時、彼女が転校するまで学校が一緒だった幼馴染みだ。
 俺の剣は千冬姉に習ったもので、厳密にいうと箒の使う剣術とは流派が違うのだが、幼い頃から彼女の実家の剣術道場に通い、お世話になっていた経緯がある。
 そんなこんなで六年ぶりの再会を喜ぶはずが、今のセシリアと箒のように何故か険悪なムードになり、気付けば学園の道場で竹刀を交えることになっていた。

 結果はセシリアの言うように、俺の勝ち。
 昨年、剣道の大会で全国優勝を果たした実績を持つ箒だが、俺の方が剣の腕は上だった。
 正直、箒に勝てたのは自分でも驚きだったのだが、これでも剣術は二つとない俺が自慢出来る特技の一つだ。
 千冬姉にはまだ勝てる気はしないが、伊達にあの地獄のような訓練を受けていない。
 思い出すだけで身体中が痛くなって涙が出そうになるくらい……あれは辛い日々だった。

「一夏! お前はどちらと訓練をしたいのだ!?」
「一夏さん! 勿論わたくしとですわよね!?」

 これは答えないといけないのだろうか? どう答えてもアウトな気がする。
 いや、クラスメイトの皆さん。ニヤニヤと鑑賞していないで、誰か助けてくれ。
 味方は、味方はいないのか! ああ、男は俺一人だった。これだから女子校は……。

「あはは、おりむーモテモテだね〜。ここは間を取って、私が付き合ってあげようか?」
「じゃあ、それで……」
「「一夏(さん)!?」」

 俺の腕を掴んで、そう話すのほほんさん。
 本名は知らないが間の延びたしゃべり方、のほほんとしたその雰囲気から、俺は『のほほんさん』と彼女のことを呼称していた。
 でも、それは助け船ではなく、爆弾フラグだったみたいです。
 次の瞬間、ガンッと頭にくる強い衝撃。俺の意識は、そのままブラックアウトした。


   ◆


 カーテンの合間から覗く眩い太陽。日の光を吸ったやわらかな布団が心地よい。

「ううっ……ここは?」

 頭がぼーっとして今一つはっきりしない。
 昨日はクラス代表の就任祝いで、クラスメイトに食堂で祝って貰って、それで……。
 ああ、そうだ。箒とセシリアの逆鱗に触れて、気絶させられたのか。
 あの衝撃って、ただの一撃じゃないよな。ガンッって……うわっ、タンコブが出来てる。
 木刀(箒)とIS(セシリア)ってところか? 俺じゃなきゃ死んでるぞ。これでは命が幾つあっても足りない。あの二人を怒らせるのはやめとこう。
 というか、なんであんなにアイツ等仲が悪かったんだ? カルシウムでも足りてないのか?
 とにかく散々な一日だった。

(俺ってこんなのばかりだよな)

 枕元の時計。時刻を見れば朝の六時半。ここは一年生寮、俺の部屋だ。
 羽毛布団を使ったフカフカとした大きなベッドが二つ並んでいる。パソコンにシャワールーム、自動乾燥機も完備のちょっとしたビジネスホテルよりも贅沢で広い部屋。学園の寮は基本的に二人部屋なので、この広さは納得だ。
 とはいえ、学園に男は俺一人なので、この広い部屋に俺は一人で生活をしていた。

「顔でも洗ってくるか……」

 そう言って上半身を起こす。すると手のひらにムニュッと柔らかい感触が伝わった。
 最近の枕はこんな生温かく、柔らかいリアルな感触をしているものなのか?
 とはいえ、枕にしては若干小振りな気がする。

「あ、あんっ……だ、ダメ。そこは」

 さすがはIS学園。国立。最先端の技術が集まる学園だけのことはある。
 最近の枕は人間の言葉まで喋るのか――って、そんなわけがあるかっ!

「なっ……!」

 俺は慌てて毛布をひっぺがえす。布団の中から現れたのは、黒髪のツインテール。
 真っ白なワイシャツの合間から覗かせる肌が変な欲情を駆り立てる。
 俺の左手≠ェ触れていたのは紛れもなく、そのツインテールの持ち主のささやかな°ケだった。

「うわあああっ!」

 あわてて、ベッドの端まで仰け反る。無理をすれば三人寝ることも出来なくない広さがあるお気に入りのベッド。そのベッドに何故か、小さな女の子が一緒に寝ていた。
 いや、小さいというのは語弊がある。胸が小さい……一般的な他の女子に比べて身体が小さいと言う意味でだ。どこぞの合法ロリッ娘とは、また違う。いやいや、そういうのじゃなくて――見覚えがあった。
 その黒髪のツインテールに、口元から覗かせる八重歯。

「ううん……一夏?」
「まさか、鈴か!?」

 眼をゴシゴシと擦りながら、ムクリと身体を起こす少女。
 ――凰鈴音(ファン・リンイン)。箒に続く二番目の幼馴染みだった。





 ……TO BE CONTINUED



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