五反田(ごたんだ)食堂。小洒落た店……と言う訳が無く、昔懐かしい風情と人情が売りの大衆食堂。
 早い、安い、美味いの三拍子が揃ったこの店には、織斑一夏(おりむらいちか)凰鈴音(ファン・リンイン)共通の友人が住んでいた。
 五反田(だん)――親友と言うよりは悪友。一夏の数少ない……というか唯一の男友達。
 一夏は友人が少ない。というか男友達が殆どいない。
 太老など男の知人は他にもいるが、歳の近い友達と呼べる男はこの弾を置いて他にいない。
 確かに子供の頃から女友達の方が多かった一夏だったが、別に男友達が全くいなかったと言う訳ではなかった。
 ただ、三年前の事件以降、男友達が作りにくくなった。疎遠になってしまっただけだ。

 ISは女にしか動かせない。ISの世界で生きるということは、周りは必然的に女性の割合が多くなる。IS学園などに至っては教職員を含め、その殆どが女性だ。男の操縦者は一夏以外にいないのだから、それは当然のことだ。
 IS関係者に全く男がいないと言う訳ではないが、研究者や開発者、企業に所属しているような人物は一夏よりも年上が普通だ。しかも一つや二つではなく、子供と大人くらい歳が離れた大人ばかり。桜花や太老といった例外は除くが、大半はそんな感じだ。
 当然、『友達になってください』と気軽にはいかない。そんな環境のなかに身を置く一夏にとって、弾は気楽に付き合える、バカなことを言い合える貴重な男友達。それに鈴と同様、あの事件以降も変わる事無く接してくれた、数少ない友人のひとりだった。

「お前以外全員女子か。いい思いしてんだろうな」
「してない。何度もメールしただろうが」
「嘘つけ。あのメールに俺は何度殺意を覚えたことか。お前は俺に喧嘩を売ってるとしか思えん」
「そう言うがな。学園に居る間は一日中、何処に行くにも女子が一緒なんだぜ? 気の休まる暇なんて全くないっての。部屋は別だけど、寮は一緒だしな」
「何? その楽園(ヘヴン)。くっー、羨ましい! 招待券とかねーの?」
「ねーよ、バカ」

 心の底から悔しそうに羨ましそうに話す弾。一夏にしてみれば気の休まる暇もない、かなり辛い学園生活なのだが、弾にしてみれば一夏の話は不幸とは程遠い自慢話だった。
 代われるものなら代わってやりたい。代われるなら代わって欲しい。
 気持ちは変なところで一致しているのだが、二人の願いが叶うはずもなかった。
 IS学園はISを動かせなければ入れない。そしてISは男には動かせない。
 一夏が動かせるのが特殊なだけで、弾には当然そんな絵に描いた物語の主人公のような特殊能力は備わっていない。
 どれだけ愚痴っても、どれだけ願っても、叶わぬ願いと言う訳だ。

「でも、鈴が転校してきてくれて助かったよ」
「え?」

 一夏と弾がテレビゲームをしている後で、ベッドに寝転がって部屋にある漫画を読み漁っていた鈴が、驚いた様子で声を上げる。
 まさかここで自分に話が振られるとは思っていなかっただけに、一夏の言葉に少し期待してしまう。
 今日の一夏の服装は学園指定のいつもの制服ではなく、白と青のTシャツにジーンズと外出用の私服だ。右手首にある白いガントレットが異様な存在感を放ち一際浮いていた。
 当然、鈴も私服に身を包んでいた。しかも『これでもか!』と言うくらい気合いの入った格好だ。
 それも当然、昨日から悩みに悩みルームメイトのティナを呆れさせながらも、一晩掛けて選び抜いた一着。この日のために購入した勝負服だ。
 それというのも全ては一夏のため。今日はこの間、教室で約束をしたデートの日だった。
 では何故? 五反田家に二人はいるのか?
 理由は簡単だ。

 ――なあ、鈴。今度どこか一緒に出掛けないか?
 ――え? それってまさか……。

 一夏は遊びに行こうと言っただけ。何処に誰と遊びに行くかは明言していない。勿論、二人きりとは一言もいっていなかった。
 五反田弾は空気の読めない男ではない。めかしこんだ鈴が一夏と一緒に食堂にやってきたのを見た弾は、一夏のためを思って忠告した。
 ――何も言わず、鈴と二人で遊びに行ってこい、と。
 それを「折角三人一緒なんだ。久し振りなんだし一緒に遊ぼうぜ」と空気の読めないことを言ったのは一夏。
 弾は悪くない。頑張ったと褒めてやりたい。可哀想になるくらい弾は友達思いだった。
 で、話は戻るが気が付けば、この状況が出来上がっていた。

「話し相手、少なかったからな」

 その一夏の一言で、鈴の淡い期待はガラスのように音を立てて崩れ去る。
 頼られて嬉しくないわけではないのだが、幼馴染み。気心の知れた友人。弾と同列に扱われて、乙女としては複雑な心境だった。

「鈴……お前も大変だな」
「相手は一夏だしね……」

 ハアとため息を吐く二人。
 なんのことか意味がよくわからず、首を傾げる一夏だった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第9話『五反田兄妹』
作者 193






 俺は今、五反田の家に遊びに来ていた。
 本当は三人一緒に何処か遊びに行こうと話をしてたんだが、何故か鈴の機嫌が悪くなり、弾のお袋さんが気を利かせて「お昼食べて行きなさい」と言ってくれたので、弾の部屋で昼食まで時間を潰していた――と言う訳だ。
 で、現在――

「やっぱり、ここの料理は美味いな。鈴と蘭も、そう思うだろ?」
「……そうね」
「……そうですね」

 空気が最悪だった。どうもこの一角だけ空気が重い。原因は目の前の二人。鈴と弾の妹、五反田(らん)だ。
 弾と俺。鈴と蘭。
 と言った具合に分かれ、俺達は今、食堂のテーブルで一緒に昼食を取っていた。
 昼のピークは過ぎ、食堂の中には俺達と数人の客のみ。飯は美味い。文句なしに美味い。
 八十を超えた今も現役という五反田食堂の大将、弾の爺さん五反田(げん)さんの出す料理は、そんじょそこらのレストランや食堂ではなかなか出せない良い味をだしている。IS学園の食堂にも全く引けを取らない味。メニューによっては、こちらの方が味が上なくらいだ。
 年齢を感じさせない筋肉隆々のその腕で中華鍋を軽々と振るい、年季の入った流れるような動作で注文のあった料理を次々に仕上げていく。職人の技を感じさせる熟練の動きだった。

「食わねえなら下げるぞ、ガキども!」

 その厳さんの一言で、先程までとは一転して、黙々と箸を動かしはじめる鈴と蘭。
 厳さん、怒らせると恐いからな。しかも無茶苦茶痛い。あの豪腕から放たれる拳骨は、千冬姉の一撃と比べても勝るとも劣らない威力だ。実際に弾と一緒に拳骨を食らったことのある俺が言うのだから間違い無い。

「蘭って、服装に気を遣ってる? 家でも、いつもそうなのか?」
「え? そうですか?」
「いや、いつもはもっとダラし――ぐはっ!」

 向かいの席に座っていた蘭にグーで殴られ、大袈裟に机に倒れ込む弾。ああ、味噌汁が……。相変わらずだな。この兄と妹。
 この蘭って名前の赤毛の少女は、さっきも言ったが弾の妹。『私立マリアンヌ女学園』と言う、名前からしてお嬢様学校とわかる有名校に通う中学三年生。俺達の一個下だ。
 そんな有名校で生徒会長に選ばれるくらいの優等生で、頭も良く性格もいい。兄とは色々な意味で違う、よく出来た子だった。
 それにさっき俺が尋ねたように、普段から身形もきちんとしていて、今日も自分の家に居るとは思えないくらい余所行きの格好をしていた。
 兄妹揃ってトレードマークとなっているヘアバンドを頭につけ、フリルをあしらった可愛らしい半袖のワンピースに身を包み、さらさらとしたロングストレートの髪が十代男子の想像する女の子らしさを強調しているかのようだ。
 まあ、一言でいえば可愛いし、よく似合っている。

「今日の服、どうですか?」
「うん、可愛いと思うよ」
「一夏、あたしは?」
「鈴も、よく似合ってる。それ、今朝も訊かなかったか?」

 何やら嬉しそうな二人。まあ、服装を褒められれば悪い気はしないしな。
 そういえば、今日は鈴も気合いの入った格好をしていた。
 いつも制服姿しか見てないので他にどんな服を持っているのかしらないが、Tシャツにジーンズと動きやすいラフな格好の俺が、一緒にいると浮いて見えるくらいだ。
 いや、弾も似たような感じだし、別にこれが普通だと思うんだが……男と女では服に対する拘りとか全然違うだろうしな。
 俺は服に余り金をかけないし、お洒落とは程遠い人種だと自覚してる。もっと身形には気を遣え、と周りからはよく言われるんだが、そんな金があったら貯蓄に回す。
 千冬姉に甘えてばかりもいられないしな。
 話が少し脱線したが、何故か鈴と蘭は仲が悪い。いや、相性が悪いと言うべきか?
 中学の頃からずっと、いつも顔を合わす度にこんな感じだった。

「「ごちそうさまでした」」

 同時に食べ終わり、手を合わせて箸を置く鈴と蘭。食べるの早いな。
 それに同時って、ひょっとして仲が良いんじゃないのか?
 ちなみに俺と弾の方は、まだ三分の一ほど残っている。これは急いで片付けないと。

「今日は随分と気合いの入った格好してるわね。蘭」
「鈴さんこそ。そんなにめかしこんで、何処かにおでかけですか?」
「フフン、今日は一夏とデート≠ネのよ」
「なるほど、三人≠ナデートですか。さすがは中学が一緒の仲良し三人組≠ナすね」
「ぐっ……言うじゃない。弾の妹の癖に……」
「ええ、妹ですから。兄と親友≠フ一夏さんとも、仲良く≠ウせてもらってます」

 食事が終わった途端、またも何やら険悪なムードに突入する二人。言葉の節々にトゲのようなものが感じ取れる。
 さっきは食事中だったからアレだが、今度は厳さんも止めようとしない。なんだか隣にいる弾も居心地が悪そうだ。
 うん、とにかく早く飯を食べてしまおう。このままにしておくのは危険そうだ。

「……決めました。一夏さん。私、IS学園に通います!」
「はい?」
「な、なんだと!?」
「なっ、なんですって!?」

 弾はわかるが、鈴が何故そんなに驚く? まあ、確かに大きなニュースではあるが。
 しかしなんで急に蘭が、IS学園に通うという話になってるんだ?
 蘭の学校は大学まで続くエスカレーター式のお嬢様学校だ。
 将来は約束されたも同然の名門。無理にIS学園に進学しなくても――ああ、もしかして。

「あっち関連か? あの人に何か言われたとか?」
「いえ、自分の意思で決めました。今、覚悟が決まりました!」

 と言い、テーブルにドンッと手を置いて身を乗り出す蘭。
 今決めたって、そんな「買い物に行ってきます」みたいなノリで簡単に進路決めていいのか?
 ちなみにあの人というのは、勿論あの合法幼女のことだ。
 実は蘭は彼女と面識がある。いや、面識があるどころか、蘭は――

「で、でも実技はどうする!? 一夏、あそこって実技があったよな!?」

 そこで俺に話を振るか?
 何やら縋るような眼差しで、弾が俺に迫ってくる。男に迫られても全く嬉しくないのだが。
 IS学園の入試には確かに実技がある。正確にはISの適性試験だ。
 実際にISを起動して、筆記試験との総合評価で基準に満たないと落とされるそうだ。
 かなりの狭き門らしく、毎年のように多くの受験者がこの難関に挑むが、適性などの問題もあって多くの受験者が落とされるそうだ。
 試験の内容は様々で、俺の時は試験官とISを使った模擬戦をした。その時の試験官というのが山田先生で、なんだかよくわからない間に俺が勝っていた。
 ぶっちゃけると、ISで突っ込んできた時に壁に頭を打って気絶したんだ。あの人。
 でも、弾よ。それは意味のない質問だ。妹のことで必死になるのはわかるが、お前だって知ってるはずだぞ。

「確かに適性がないと落とされるけど、蘭は――」
「問題ありません」

 そう言って顔の前に左手を持っていき、手首につけた銀色の腕輪を皆に見せる蘭。
 次の瞬間、蘭の左手に部分展開されたISの腕≠ェ現れる。
 それを見て、ガタンと椅子ごと後に倒れ込む弾。目を見開いて驚く鈴。
 一方、厳さんは堂々としたものだ。特に気にした様子も無く、いつものように中華鍋を振っていた。
 いや、でもこんなところで部分展開するなよ? ほら、まだ他のお客さんもいるんだし、な?

「なななな、何よ! それ!」
「何ってISですが?」
「そうじゃなくて、なんでアンタが専用機なんて持ってるのよ!?」

 ISが部分展開された蘭の腕を指さして、大袈裟に驚く鈴。
 あ、そういえば、鈴は知らなかったんだっけ? 鈴が転校した後のことだもんな。
 というか、なんで弾までこんなに驚いてるんだ? もしかして知らなかったのか?

「どういうことだ、一夏! 俺は聞いてないぞ!?」
「え? 話してなかったのか? 蘭」
「お爺ちゃんや両親には話しましたよ?」

 いや、それって弾には話してないって言ってるんじゃ……?
 ほら、「なんで俺だけ知らなかったんだーっ!」って隣でショック受けてるし。
 俺について会社に何度かきたことのある蘭は、その時に偶然あの人達と知り合った。
 それで後から聞いた話だが、本人の希望で実施したISの適性検査で想像以上の高い適性が認められたとかで、半年くらい前から正木グループと契約を交わし、試験機の運用試験などを手伝っていた。

 ただ、その話にも実は裏がある。
 判定A以上の適性というのはかなり稀少らしく、国や企業からすると喉から手が出るほど欲しい逸材なのだそうだ。
 日本では余り強引な勧誘は行われていないが、国によっては強引なスカウトに発展することもあるらしく、IS適性の高い人材は海外に流出しないように国籍保持のための様々な好条件が提示され、そうやって将来有望な操縦者を集めて、国や企業が管理しているのだと聞かされた。
 適性が高い有能な操縦者をどれだけ集められるかが国の軍事力に直結する今、確かにそうした動きは仕方の無いことなのかもしれないが、俺の関係者というだけで蘭が狙われる可能性が高いというのは、俺としても聞き逃す事の出来ない話だった。

 蘭が『正木』に所属している理由は俺とほぼ同じだ。
 正木グループ所属ということにしておけば、引き抜きや勧誘などを防ぐことが出来る。完璧ではないが、何処かに所属しておいた方が面倒なことになりにくいと言うことだ。
 蘭のようなケースを回避するためにも、俺と交流のある人達には密かに有能な護衛がついているそうで、気付かず悟られず常に見守っているというのだから、どれだけ有能な護衛なのか想像がつかない。
 それを理解した上で、「守ると言うのなら、守れるように強くなれ」と俺は言われた。
 俺が強くなろうと、この三年間努力した理由の一つがそこがある。地獄のような訓練の日々だったが、それも俺自身が望んだ結果だ。大変だったが後悔はしていない。
 しかし、まさか弾が知らなかったとは……。
 蘭が家族には自分から話すと言っていたので、俺からは何も言わなかったのだが、家族に話して弾だけ除け者は確かに酷い。
 いや、まあ……さっきの反応を見るに、反対することがわかっていたから黙っていたという線も考えられるが、それにしたって可哀想だった。

「『正木』所属……一夏と同じ」
「はい。一夏さんと一緒です」

 優越感に浸り、胸を張って自慢する蘭。ギロッと俺を睨む鈴。
 いや、ちょっと待て。なんで、俺が睨まれなくてはいけないんだ?
 蘭にISを自慢されたのが、そんなに悔しいのか? お前だって専用機持ちだろ?

「くそっ! オヤジもじーちゃんも知ってたのか!? 母さんはそれでいいのかよ!?」
「あら、何か問題があるの? 一夏くん、蘭のことよろしくお願いね」
「あ、はい」

 この人が弾の母親、五反田定食の自称看板娘、五反田(れん)さん。永遠の二十八才。
 五反田家の良心と呼ばれるほど笑顔のよく似合う美人で、高校生と中学生の子供がいる二児の母とは思えないくらい綺麗な人だ。
 人妻ではあるんだが、蓮さん目当てで通っている常連さんも少なくないらしい。

「何、頷いてんのよ、このバカ!」

 瞬時に展開したISの右腕で、俺を攻撃してくる鈴。いや、当たったら死ぬから!?
 それに頼まれたら面倒くらいみるぞ。五反田家の人達にはお世話になってるし、友達の妹だしな。そのくらい当然だ。

()けるな!」
「そうだ! 大人しく()られろ! 一夏!」

 おまっ! 弾、それが中学からの付き合いの友人にいう言葉か!?
 次の瞬間、ガガンッ、と二回リズム良く甲高い音が鳴る。
 俺の頭と弾の頭を襲ったのは鈴の拳ではなく、厳さんの投げたおたまの衝撃だった。





 ……TO BE CONTINUED



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